孤島に浮かぶ真実

平野耕一郎

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第二部

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 四月になった。気温はますます上がり、初旬だというのに初夏の香りがする。この島の生徒は、一年中夏用の服を着ているらしい。

 私は三月中に、学校へ転校する際に必要な書類を提出しに行った。教頭と新たに私の担任を引き受けてくれる人に会ってきた。

 学校は春休みでガランとしている。海沿いに面した浜辺に近い学校だ。校庭に桜の木が咲いているが、三月なのに大体散っている。

 本来見慣れていた光景を目にしなくなったとき感覚が狂う。でも私はもう島の住人だ。ここで暮らしていく。卒業するまでは。ここの生活に溶け込んでいくしかない。

 ピンポーンとインターフォンが鳴る。誰か来た。

 相手は誰か分かっている。朝食を済まして、身なりを整えた私は家を出る。白いセーラー服と紺のスカート、これでもう私はこの島の生徒だ。そして外で待っていたのは彼女だった。

「おはよ」

 少し眠そうな彩月。彼女には初めて会って以来、島について色々と教えてもらった。

 今日も一緒に学校まで歩くことにした。何でも島の学生が使う学校への近道があるそうだ。

「おはよう」

「ちょっと緊張している?」

「ううん、慣れているから」

「へええー、ずいぶんいろんなところに行っているんだ?」

「小学校で二回、中学で一回。それで今回で一回かな」と私は事務的にしゃべる。

「あのお父さん、作家先生のせい?」

「ほかに誰かいる?」

 そう皮肉交じりに言うと彩月は軽くカラカラと笑う。

「あなたはどうなの?」

「今回が初」

「それまで東京暮らし?」

「そう、それが急にねえー。仕事疲れたから少し息抜きしたいなんて言い出したのよ。四十半ばの働き盛りの男がよく言うよ」

 彩月の言葉は半ばトゲがあった。

「お父さんは不動産関係?」

「まあ物件を案内して、よく知らないけど」

「セミリタイアか。そういえば、お父さん言っていた、小説家は毎日仕事で、毎日休みだって……」

「なにそれ?」

 彩月が怪訝そうな顔をしたので、私は少し説明を付け足した。

「まあ決まった時間に働くサラリーマンじゃないからね」

「All holyday, all workdayだって」

「そんなのただカッコつけじゃない。ロマンティックなのね、カタルシスに酔いすぎ」

「それにナルシスト」

 私たちは互いに顔を合わせてプッと吹き出した。

「で、こっちよ」

 彩月は指をさして行き先を示した。港へと続く道をしばらく下って行って、雑木林に包まれた脇道にそれる。しばらく進むと道が開け、緑の畑が広がり視界が開けた。そのときスーッと風が私のそばを吹き抜けていって、自然の優しさを感じられた。

 私たちは畦道の中を歩いていた。その先には森があって、本当にこの道が近道なのか疑問を持った。

「学校までどれくらいなの?」

「大体二十分ほどね。走れば十五分ってとこ」

「ここって私有地なんじゃない? 畑の中だし。大丈夫?」

「平気よ」

 彩月は少し強めの口調で足並みを速めた。

 やがて畦道は終わり、森林の中に入る。その道はくねくねと曲がりくねっており、下り坂になっている。ところどころから日光が草木の間を突き抜けて地面を照らしている。

 森の中でしか感じられない、湿った空気の中にふんわりと漂う草木の香り。言葉では表せない味わい。そこによそ風が吹くと何ともこれが気持ちいい……

「あ、サッチー」

 突然、後ろから呼びかけられて、彩月が背後を向いて、声の主を見たとたん目を見開いて大きく反応した。

「おおっ! 久しぶり~!」

「三月中あってないからホント久しぶりだね!」

 女の子は私たちと同じ服装をしていた。背の高めの体格のほっそりとした子で、多少出っ歯だった。腕は長くて前傾姿勢。くりっとした目が猫のよう。きっと長い手をクリクリしたら猫としか見れない。

「三月部活に来ないから心配していた」

「東京に行っていたから」

「なんだ言ってよ。男ばっかでつまんなかったー」

「言うの忘れた」

「えーと?」

 私という見知らぬ存在に女の子は、一歩引いて私との距離を保っていた。

「ああ彼女は、星河さん。星河明美さん。東京から転校してきた」

 くりっとした目が私をまじまじと見てきた。そのとき私は自分の方から挨拶をしてみようという気にさせられた。

「よろしく」

「あ、よろしくお願いしまーす……」

 へへっと笑った顔が若干引きつっていた。ちょっと自分の言葉尻がきつかったかもしれなかった。

「ほら、メイも自己紹介しな」

「え、だってすごい目上の人かなと思っちゃって緊張しちゃった」

「花田芽衣子です。フフッ」

「何を笑ってんの?」

 芽衣子という女の子は笑うと歯がむき出しになって、目が細くなって老婆のようになる。

「ごめんね、この子少しヘンなの」彩月が腰に手を当て、困ったわねえと母親みたいな顔つきをする。

「ねえヘンとか言わないでよー」

「え、ヘンじゃん?」

「コラ」

 芽衣子が自分の手を振り上げ、彩月の頭を叩こうとした。しかしサッとよけ、駆け出した。そのあとを芽衣子が追いかけ、私は一人になる。少し先で二人がじゃれあっていた。

 やり取りが思春期の女の子っぽくて健気で、素直で、無垢で、美しいと思えた。私はただそのさまを見ている傍観者だった。後から追ってまた三人になった。

 三人になった私たちは彩月を真ん中にして、学校まで歩いていく。まだ何も起こる前の静けさがその日の朝にあった。

 それはまだ初々しい四月の春のことだった……
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