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第一章 七川蒔
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夕が手配したタクシーに乗り込む。赤坂の料亭『飯水亭』へは三十分ほどかかる。
仕事もでき、気配りもできる優秀な部下。蒔は夕と同い年の三十五才。ともに仕事が乗ってきて順風満帆というべきキャリアを送っている。
「皮肉なものね。学生時代、優秀なあなたが部下で、落ちこぼれの私が上司なんて。そうは思わない?」
無言。夕は決してプライベートを見せようとしない。蒔は突然細い手で夕の太ももに触れた。
夕の顔が少しだけ歪んだ。
「びっくりした? でもこうでもしないとあなたは感情を見せない。違う?」
「相変わらずね」
「なにが?」
「何でもないわ」
「言いなさいよ」
澄ました顔で逃げようとしている。
「何をあなたに言えばいいのかしら?」
ウッと蒔は夕の棘のある言葉に言い返せなかった。
「生意気ね。でもいいわ。今回は大目に見てあげる。あなたの手柄だし」
蒔は足を組みなおして考え込む。これほどまでに自由にさせてきたのに夕は心を開こうとしない。
「私はいいけど、あなたのそういう態度気にする人いると思うわよ」
夕は返事をしない。
「あら? 図星なのかしら?」
「別に。私はあなたと違って仕事とプライベートは切り分けているだけよ」
「私だって今の会社が好きだし、仕事は好きよ?」
「そう、いいことね。それにご立派な忠誠心ね」
「あなたも、私も……綾さんの手のひらで踊っている役者なの。わかっているでしょ? あなたがいくら優秀だって」
タクシーはキッとブレーキを踏んだ。
「危ないわね!」
「申し訳ございません。急に対向車が」
全くと蒔は貧乏ゆすりをする。
「ねえ、まだ着かないの?」
「はい、道が混みあっていまして」
蒔は役立たずと叫びそうになったが感情をこらえた。
「ここで、止めてください」
「え? よろしいですか?」
「歩いていきますから。七川部長。歩けば五分ですから」
夕はさっさと会計を済ますと降りてしまう。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「何ですか?」
「どういうつもり?」
「時間がありません。店は歩いてすぐそこです」
夕は大通りを右に回る。曲がった先に入った道の先に石畳の階段がある。コツコツとヒールの音がした。
「独断専行。人の気持ちを考えない。そういうところ直さないと組織が成り立たなくなることぐらい覚えなさいよ」
「では。お客様をお待たせするおつもりですか? もう時間はありません」
蒔は鋭い切り返しに押し黙ってしまった。階段を昇った先に『飯水亭』という名前がぼんやりとオレンジの灯りにうっすらと文字が浮かび上がる。
「切り盛りは任せるわ。何かあったら責任はあなたが取るのよ」
仕事もでき、気配りもできる優秀な部下。蒔は夕と同い年の三十五才。ともに仕事が乗ってきて順風満帆というべきキャリアを送っている。
「皮肉なものね。学生時代、優秀なあなたが部下で、落ちこぼれの私が上司なんて。そうは思わない?」
無言。夕は決してプライベートを見せようとしない。蒔は突然細い手で夕の太ももに触れた。
夕の顔が少しだけ歪んだ。
「びっくりした? でもこうでもしないとあなたは感情を見せない。違う?」
「相変わらずね」
「なにが?」
「何でもないわ」
「言いなさいよ」
澄ました顔で逃げようとしている。
「何をあなたに言えばいいのかしら?」
ウッと蒔は夕の棘のある言葉に言い返せなかった。
「生意気ね。でもいいわ。今回は大目に見てあげる。あなたの手柄だし」
蒔は足を組みなおして考え込む。これほどまでに自由にさせてきたのに夕は心を開こうとしない。
「私はいいけど、あなたのそういう態度気にする人いると思うわよ」
夕は返事をしない。
「あら? 図星なのかしら?」
「別に。私はあなたと違って仕事とプライベートは切り分けているだけよ」
「私だって今の会社が好きだし、仕事は好きよ?」
「そう、いいことね。それにご立派な忠誠心ね」
「あなたも、私も……綾さんの手のひらで踊っている役者なの。わかっているでしょ? あなたがいくら優秀だって」
タクシーはキッとブレーキを踏んだ。
「危ないわね!」
「申し訳ございません。急に対向車が」
全くと蒔は貧乏ゆすりをする。
「ねえ、まだ着かないの?」
「はい、道が混みあっていまして」
蒔は役立たずと叫びそうになったが感情をこらえた。
「ここで、止めてください」
「え? よろしいですか?」
「歩いていきますから。七川部長。歩けば五分ですから」
夕はさっさと会計を済ますと降りてしまう。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「何ですか?」
「どういうつもり?」
「時間がありません。店は歩いてすぐそこです」
夕は大通りを右に回る。曲がった先に入った道の先に石畳の階段がある。コツコツとヒールの音がした。
「独断専行。人の気持ちを考えない。そういうところ直さないと組織が成り立たなくなることぐらい覚えなさいよ」
「では。お客様をお待たせするおつもりですか? もう時間はありません」
蒔は鋭い切り返しに押し黙ってしまった。階段を昇った先に『飯水亭』という名前がぼんやりとオレンジの灯りにうっすらと文字が浮かび上がる。
「切り盛りは任せるわ。何かあったら責任はあなたが取るのよ」
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