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第三章
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挨拶が終わる。
陽花は差し込んだ雷光に照らされたロングの髪を整えて、紅色の唇に軽く手を添える。
誰もが驚いている。机に置かれた封書には未発表作と著作権譲渡の契約書が入っている。誰もが唾を飲み込んだ。
何かの拍子に奪い合いが起きてもおかしくない。
今日の定例会が次の会長を決めるもので未発表作を手に入れる権利を決める場だと想像もしていなかっただろう。
すべては計画通り。志麻の作品はもちろん遺言書に書かれていたものは全て手に入れる。確信が陽花にはある。
「公平性を確かめるため、どの順番で書いてもらった小説を発表するか決めましょうね」
「待ってください」
美星の声は甲高く上ずっていた。
「本当に未発表作が存在するんですか? 何だか突然そんな話が出てくるなんておかしいです」
「美星さんの気持ちは分かりますよ。私も驚きました。ですが、しっかり私宛てになっているでしょう」
陽花は机に置いた封書の宛名を指し示す。二〇二三年六月二十五日付けで消印が押されている。封書には松崎陽花の名前と住所が記載されている。
「深木先生は松崎先輩宛に送ってきたってことですか?」
「先生のお手紙に書いてあった通りです。私が幼なじみで秘書という立場だったかしら?」
美星はまだ納得がいかない表情を浮かべる。
「藤垣さんの言う通りね。自分の身に何かあるというならまずは両親に渡すものじゃないかしら? 企みを感じるわね」
「私が企む?」
陽花の言葉は鋭い刃物のように研がれていた。外の雷雨が言葉の刃の鋭さを際立たせている。
「あなたは未発表作が公表されると困ることがあるのかしら?」
全員の表情に驚愕の色が浮かぶ。何が入っているか分からない封書は部員たちの心を揺さぶる。
「少なくとも次期会長は誰になるべきか決めないとね。文芸部の総則にあるように会長の地位は最も優秀な作品を書いた者とあるけど」
「他の皆さんもよろしくて? 何も無理に望んでやる必要はありません。真実とは残酷なものです。お辛い方は棄権してもらっても構いません。ただ値千金の小説を欲しがらない人はいないでしょう」
誰も席を離れない。当然だろう。会長の椅子、未発表作の公表権、全作品の著作権を手に入れられる。
「発表の順番はどうするつもり? あなたなら、いくらでも細工が出来てしまう。私なら印象付けたいから最初に言いたいわ。結構、衝撃な作品なのよ」
三年の実歩が頬杖を突きながら語り掛ける。おっとりするような言葉遣いの裏腹に挑戦的な意味が込められている。
「実歩さんのいう通りですね。ではどなたにお願いしましょう。発言する順番でもめたくないもの」
「あのお、いい考えがあります」
二年生の真木が恐る恐る手を挙げる。
「乱数を作成するツールがネット上にありますから、一番大きい値の人から発表するのはいかがですか?」
真木は手持ちのスマートフォンから乱数生成アプリを開いて説明した。
「確かにこれなら不公平はないわ」
「でも真木ちゃんが作ったアプリだったなら」
「あ? あんた、何を言っているの? 私が一作も書けないからって志麻先輩の著作権が欲しいためにズルしているって? 文芸部なんて別に深木さんに誘われただけだから」
真木は同級生の言葉に荒っぽい言い方になった。
「違うわよ! 可能性の話をしているだけ」
陽花はパンパンと手を叩き、真木と美星のいざこざを収める。
「喧嘩はやめましょう。順番なんて関係ありませんわ。ようは最も優れた作品を書けばいい。ましてはプロの世界とはそういうもの。違う?」
五人はアプリを使って乱数を出していく。
陽花が八十八点とトップで、実歩が六十五点、美星が六十三点、真木が五十四点、小夏が二十五点となった。
「なんて運のいい。一番はこの私。幸運の女神は私を味方しているのかしら?」
「数字で使い果たしてしまうなんて、この後不吉なことになりそうだけど」
美星が苦々しい表情を浮かべていたのを陽花は悠然と眺める。朗読をするときは灯りを消して手元のランプを頼りに朗読を行う。
陽花はしなやかな足を従えてステージに立った。
部屋の灯りが消えて朗読が始まる。
タイトル 志麻の鼓動
松崎陽花作
1 深木志麻の死について
志麻の死をどう思うかですって?
決まっています。悲しきことです。だって私と志麻は二人で支え合ってきたわけですから。でも最初に会った時は、こんなにいい加減な子が名だたる文学賞を総なめするなんて思いもしません。
私が一番志麻と長く付き合っていますから分かることだけど、志麻はこの一年間どこか焦っていたのかもしれません。
心臓が生まれつき弱くて、いつも薬を服用していました。余命十歳と言われていたぐらいです。死が近い存在だった。
私たちに対して文芸への熱い情熱をしばしば見せてくれたのも、わずかな寿命が起因していたと思います。
しかし、悲しみに飲み込まれてはいけません。志麻は死んでも、残した作品は語り継がれていく。私は心の奥底から深木志麻の後継者になりたいと考えています。
陽花は差し込んだ雷光に照らされたロングの髪を整えて、紅色の唇に軽く手を添える。
誰もが驚いている。机に置かれた封書には未発表作と著作権譲渡の契約書が入っている。誰もが唾を飲み込んだ。
何かの拍子に奪い合いが起きてもおかしくない。
今日の定例会が次の会長を決めるもので未発表作を手に入れる権利を決める場だと想像もしていなかっただろう。
すべては計画通り。志麻の作品はもちろん遺言書に書かれていたものは全て手に入れる。確信が陽花にはある。
「公平性を確かめるため、どの順番で書いてもらった小説を発表するか決めましょうね」
「待ってください」
美星の声は甲高く上ずっていた。
「本当に未発表作が存在するんですか? 何だか突然そんな話が出てくるなんておかしいです」
「美星さんの気持ちは分かりますよ。私も驚きました。ですが、しっかり私宛てになっているでしょう」
陽花は机に置いた封書の宛名を指し示す。二〇二三年六月二十五日付けで消印が押されている。封書には松崎陽花の名前と住所が記載されている。
「深木先生は松崎先輩宛に送ってきたってことですか?」
「先生のお手紙に書いてあった通りです。私が幼なじみで秘書という立場だったかしら?」
美星はまだ納得がいかない表情を浮かべる。
「藤垣さんの言う通りね。自分の身に何かあるというならまずは両親に渡すものじゃないかしら? 企みを感じるわね」
「私が企む?」
陽花の言葉は鋭い刃物のように研がれていた。外の雷雨が言葉の刃の鋭さを際立たせている。
「あなたは未発表作が公表されると困ることがあるのかしら?」
全員の表情に驚愕の色が浮かぶ。何が入っているか分からない封書は部員たちの心を揺さぶる。
「少なくとも次期会長は誰になるべきか決めないとね。文芸部の総則にあるように会長の地位は最も優秀な作品を書いた者とあるけど」
「他の皆さんもよろしくて? 何も無理に望んでやる必要はありません。真実とは残酷なものです。お辛い方は棄権してもらっても構いません。ただ値千金の小説を欲しがらない人はいないでしょう」
誰も席を離れない。当然だろう。会長の椅子、未発表作の公表権、全作品の著作権を手に入れられる。
「発表の順番はどうするつもり? あなたなら、いくらでも細工が出来てしまう。私なら印象付けたいから最初に言いたいわ。結構、衝撃な作品なのよ」
三年の実歩が頬杖を突きながら語り掛ける。おっとりするような言葉遣いの裏腹に挑戦的な意味が込められている。
「実歩さんのいう通りですね。ではどなたにお願いしましょう。発言する順番でもめたくないもの」
「あのお、いい考えがあります」
二年生の真木が恐る恐る手を挙げる。
「乱数を作成するツールがネット上にありますから、一番大きい値の人から発表するのはいかがですか?」
真木は手持ちのスマートフォンから乱数生成アプリを開いて説明した。
「確かにこれなら不公平はないわ」
「でも真木ちゃんが作ったアプリだったなら」
「あ? あんた、何を言っているの? 私が一作も書けないからって志麻先輩の著作権が欲しいためにズルしているって? 文芸部なんて別に深木さんに誘われただけだから」
真木は同級生の言葉に荒っぽい言い方になった。
「違うわよ! 可能性の話をしているだけ」
陽花はパンパンと手を叩き、真木と美星のいざこざを収める。
「喧嘩はやめましょう。順番なんて関係ありませんわ。ようは最も優れた作品を書けばいい。ましてはプロの世界とはそういうもの。違う?」
五人はアプリを使って乱数を出していく。
陽花が八十八点とトップで、実歩が六十五点、美星が六十三点、真木が五十四点、小夏が二十五点となった。
「なんて運のいい。一番はこの私。幸運の女神は私を味方しているのかしら?」
「数字で使い果たしてしまうなんて、この後不吉なことになりそうだけど」
美星が苦々しい表情を浮かべていたのを陽花は悠然と眺める。朗読をするときは灯りを消して手元のランプを頼りに朗読を行う。
陽花はしなやかな足を従えてステージに立った。
部屋の灯りが消えて朗読が始まる。
タイトル 志麻の鼓動
松崎陽花作
1 深木志麻の死について
志麻の死をどう思うかですって?
決まっています。悲しきことです。だって私と志麻は二人で支え合ってきたわけですから。でも最初に会った時は、こんなにいい加減な子が名だたる文学賞を総なめするなんて思いもしません。
私が一番志麻と長く付き合っていますから分かることだけど、志麻はこの一年間どこか焦っていたのかもしれません。
心臓が生まれつき弱くて、いつも薬を服用していました。余命十歳と言われていたぐらいです。死が近い存在だった。
私たちに対して文芸への熱い情熱をしばしば見せてくれたのも、わずかな寿命が起因していたと思います。
しかし、悲しみに飲み込まれてはいけません。志麻は死んでも、残した作品は語り継がれていく。私は心の奥底から深木志麻の後継者になりたいと考えています。
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