むかし沈んだ船の殺人

ストーリー

11

　パチパチと木材が焼ける音がした。やはり模造船だったのだ。船全体から感じた木材のにおいに違和感を覚えた傑の感性は正しかった。

「燃えているわ」

　救命艇の端に腰かけている真由美は静かに焼け落ちていく船をいつまでも眺めていた。黒い瞳はオレンジの炎が焼き付いていた。

「もういいでしょ。あなたに取り付いていた過去の亡霊は今死にました」

「いいえ。死んだのはずいぶん前よ。三年前、父が船とともに沈んだ時私も死んだのよ」

「たとえそう思っても現にあなたはここにいる」

「私はただの抜け殻よ。意味はないわ」

　傑は語り掛ける言葉に迷っていた。

「放っておきなさいよ。心神喪失を演じているだけでしょ。この子は、ただカタルシスに浸りたいだけ。大好きなお父さんとの船の生活に酔いたいだけよ。可哀そうだなんて思わないことよ」

　カタルシス。船内を探索したときによぎった目の前にいる理佐との船の旅は今ではほろ苦い香りがしている。

「あまり愉快な再開ではないが、これはどういうことだ？」

　船の上での再会なんて作為的すぎる。これほどの大仕掛けを一人の娘にできるはずもない。傑は裏で動いている存在にうすうす感づいていた。

「腕が鈍っていなくてよかった」

「当たり前だ。君は何を疑っている？」

「確かめたかったの。それだけよ」

　月明かりに照らされた理佐の表情は、どんな男でも引かれてしまうほど妖しいほど美しかった。