むかし沈んだ船の殺人

戸笠耕一

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ストーリー

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 そんな思考をよそに状況は動いた。

「おい、あんた」

 能勢が思い越したように席を立った。一同が能勢の行動に目を向けた。能勢の脅えた視線の先には白崎真由美がいた。危険を察知し傑は能勢の近くによる。

「白崎っていったな? あの本山船長の娘だろ?」

 真由美はゆっくりと視線を能勢に合わせる。

「あんたじゃないのか? ひょっと俺たちを連れてきたのは。。」

 真由美はじっとあの暗がりを秘めた視線を能勢に向けて乾いた笑いを浮かべる。

「覚えてくださったとは光栄です。能勢さん、父に最後に会ったのは私たちですもの。当然ですね。隠す必要もありませんし」

「何で俺たちを?」

「最後の救命艇に乗ったのは私たちです。覚えているでしょう。沈没間近になっても現れない父に諦めろと言ったのはどなただったかしら?」

 真由美は順々に3人の航海士を見て回った。

「私だ。いや思い出したよ。あんたが船長の娘だとはね。しかし私たちを集めて何をしたいのかね?」

「当然、父を殺した犯人の正体を探るため。そのために探偵も呼んだのよ!」

 真由美は初めて感情を高ぶらせていた。

「どうもあなたの早合点ではないかね?」

「違うようですよ。本山船長の日記には、航海士が航海日誌を使って売上を横領していた事実が書かれていました」

「そんなのただの偶然ではないのかね?」

「横領に使用していた口座も航海日誌にきっちり書かれています。地上に戻ってきっちり調査してもらえば、答えは出ますよ」

 3人の表情は揺らいだ。

「荒引です。正直に申し上げます。山川丸を含め船舶の売り上げが不正に着手されていのはパーサー以上の立場の人間なら知っていました……」

 済まなさそうな言葉で二等航海士の荒引が話だした。

「説明いただけますか?」

「もう何年も前から政治がらみの不正献金などに使われている実態はございます。船長の本山さんは曲がったことの許さない潔白なお人柄でした。不正を摘発したいという趣旨の発言はよく伺っております」

「じゃあ、あなたなの? 私に航海日誌を送ったのは?」

 真由美がすかさず荒引に迫った。

「いえ、山川丸の航海日誌は沈没後に盗まれてしまいました。誰かはわかっておりません。今のお話を聞いて、あなたではと」

「違う。手紙には『この航海日誌に記された暗号を解読すると、あなたのお父様の真相が書かれています。』って」

「真由美さん。あなたは住所や差出人を示す者はないとおっしゃっていましたね? ほかに人物を特定するものはなかったですか? 例えばイニシャルとか?」

「そうね、たしか」

 真由美はイニシャルという言葉に引っかかり言いかけたが、何か雷鳴にでもあったように口を閉ざした。

「その名前が何です?」

「話が脱線しているわ。今は手紙の内容より、殺された航海士の犯人を特定することが先決じゃないの? あなたが呼ばれたのは、事件の究明でしょ?」

 空の言うことも至極もっともだった。まあ彼女が遮るのも無理はなかった。

「差出人のことは置いておこう。ずばり小野寺航海士を殺した犯人を申し上げます。あなたですね」

 傑は細長い指をある人物に向けた。探偵の導き出した犯人への航路は、一等航海士の里村浩平を示していた。

「一体何を言い出すと思えば」

 里村は鼻であざ笑う。

「ばかばかしい。どうして私が小野寺を殺すのかね?」

「口封じでしょう。あなたは目が覚めたとき船の上にいることを理解した。隣の部屋に寝ていた小野寺さんを起こした。事情を説明したときに彼がパニックにでもなったのでしょう? 誤って彼を殺してしまった。ちょうど横領のことを話されていても困るし」

「横領? 何のことだ?」

「とぼけられても困りますよ。航海日誌であなたと小野寺さんが売り上げを横領していたことはわかっていますからね。航海日誌に示された暗号にはあなたの名前がきっちりと記されておりましたよ。『積み荷は期日までに振り込まれたし。StoO』。Sは里村のS。Oは小野寺のOです」

「言いがかりも大概にしてくれ。たまたまだろう!」

「いや、ありますよ。決定的な証拠がね」

 傑はすたすたと里村に近寄り、素早く腕を捻じ曲げる。

 何をすると里村は怒鳴った。

「これは何でしょうね?」

 シャツの袖口の裏に付いていた茶色のボタンを突き出した。

「ほら反対側は白いのに。片方が茶色になっているなんておかしいデザインですね。あなたはとっさに小野寺さんの部屋にあった鈍器か何かで彼の頭を殴りつけた。その時、来ていた服は返り血がべっとりと付いてしまった。焦った
あなたは遺体を海の外に捨てたあと船長室に向かった。上司の本山船長とは航海日誌を提出することで頻繁に訪れていたから、部屋の中に何があったかよくわかっていたはずだ」

「ふん。もういい。やめてくれ」

 里村は諦めた口調で言う。

「船長室には着替えが置いてあった。まさかしっかりと再現されているとは。奇跡だと思ったよ。私はすぐに服を脱ぎ、シャツに血が付かないよう注意しながら着替えたつもりだったが。ボタン一つでばれてしまうとは」

「お認めになるわけですね」

「ああ、そうだ。全くあんたが乗っていなければこんなことには」

 里村は悪態を付きまくった。しかし、その傍若無人な態度がある人物を怒らせていた。怒りは憎しみを呼び、理性を失わせた。あとは復讐するだけ。スッと伸びた白い手の先に鋼の鉛が乗せられていた。拳銃だ。
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