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ストーリー
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外光に照らされた船長室は航海士たちの部屋と違い間取りも広く、造りが違った。
机にはめ込まれたガラスの打ちに世界地図はいかにも航海士らしい印象だった。
写真たてには家族写真が写っていた。中央にいる凛としたまなざしを持つ男が船長だった。隣には幼い娘が1人いて、小さな指でピースをしていた。
机の引き出しを探ると、一冊のA4サイズの厚さ一センチほどのノートを見つけた。表紙に第35回航海日記と書いてあり、山本誠と筆者の名前も添えられていた。
『山川丸の航海も三十五回目を迎える。娘を含めて二千名を超える乗客を預かる身としていつも身が引き締まる思い
で書いている。』
書き出しから本人の性格がにじみ出ていた。
『8月3日午前11時。山川丸、出航。天候は快晴。浪も風も穏やかだ。久しぶりに天候に恵まれ、船員たちの顔も穏
やかだ。しかし私はこういう時こそ気を引き締めるべきと考えている。30日にもわたる航海で何が起こるかわからないからだ。』
それ以降ビッチリと文章が書きこまれている。長短はあったが、航海士らしく私用の日記も正確だった。傑は次のページに進む。
『8月6日午後7時。乗客を集めてラウンジで立食パーティを開催した。万雷の拍手が注がれる。これが期待というものだ。私は責任の重さを感じる。一方で私の視線は娘を追っていた。』
ここでも船長の本山の気質が現れていたが、娘という言葉が引っかかっている。続きを読み進める。
『同日午後九時。デッキに出て波風に揺られながら娘と密かに話す。半年ぶりに会う娘はますます美しくなってい
る。私の反対を押し切り、とうとう小型船のパーサーになってしまった。』
どうやら自慢の一人娘のようだ。話は続く。
『娘の無垢の瞳を見ると、私は嘆かわしくなる。この船はけがれている。欲に目がくらんだ奴らが会社の上層部と癒着し、売り上げを懐に収めている。まだ若い娘が汚い大人の醜態をどうなるだろう? 嘆かわしい。』
ずいぶん辛らつなことを書いているなと傑は感じた。本山は傑と同じく船の上で起こった不正に気付いていた。ならば航海日誌で行われていたやり取りから知ったと推測が付く。
『8月7日午後9時。もはや我慢がならない。今度の航海で連中は不正にお金を引き出そうとしている。船の責任者と
して看過できない事態だ。私は決断した。上層部の手先となっているのは2名。呼び出し、金のことを問いただす』
ページを進めていくと、とうとう事態は緊迫してきた。
『航海日誌を突き付けると1人は慌てていた。もう1人はとぼけた態度を取った。久しぶりの怒りに私は胸を抑え
た。60を前にし、心臓を患ってしまった。薬でやっと抑えているが、もう幾度も航海はできない。その前に悪しき
膿は出す必要がある。』
八月七日。傑は記憶を紐解いた。山川丸の最後の日だ。日記は怒涛の如く最後のときに向かって突き進む。
『午後十一時。突然、がんと大きな岩に接触する音がした。航海は七日目にして難所に到達した。浅瀬近くにある岩
礁に接近するため、航海に細心の注意を払う必要があったのに、なんということだ』
傑は当時の記憶を思い出した。激しい接触音で船内は緊迫した空気に包まれた。館内放送で部屋に戻るように言わ
れると、救命胴衣が配られ始める。やがて船は傾き始めた。傑は理佐とのバカンスを楽しんでいた。
走り書きをしたのか文体が荒くなっている。
『船は傾いている。恐らく沈没は避けられない。山川丸の船長として最後の責務を果たす時が来たようだ。乗員には乗客の避難誘導を進める。1人たりとも見捨てることなど遭ってはならない。心臓に障るが、ここを乗り切る必要がある。不正を白日の下に晒すまでは死にきれない。娘よ、お前だけは無事でいてくれ。』
日記はここで終わっていた。推測の段階でしかないが、本山は日記を書いたのちに、何がしかのトラブルに巻き込
まれ死んだとみられる。心臓を患っていたから発作で倒れたなどが考えられるが。
あのとき、理佐は遅れて客室に帰ってきた。心配になったが、救命艇に乗るときには戻ってきていた。理佐はふら
りとどこかに行ってしまう傾向がある。
傑は日記を閉じると今度は部屋中を探した。棚の中にはハンガーがかけられていた。2着には船長のシャツがかか
っていて、一着は何もなかった。
ずいぶん正確に部屋をきちんと再現している。傑たちの寝泊まりしていた部屋とは全然違う再現性の高さだ。
真由美が言っていたカメラは真鍮のポールハンガーにかかっていた。傑は手に取ると中身を確認した。使えそうである。
「カメラは使えます。証拠の保全に役立ちますよ」
「そうなんですね」
真由美は興味なさそうに言った。
よかったと真由美は薄い唇を広げる。
「戻りましょう」
「もう少しだけお話を聞かせてください。あなたが我々を山川丸に連れてきたわけを」
傑は淡々と質問を投げかけた。
机にはめ込まれたガラスの打ちに世界地図はいかにも航海士らしい印象だった。
写真たてには家族写真が写っていた。中央にいる凛としたまなざしを持つ男が船長だった。隣には幼い娘が1人いて、小さな指でピースをしていた。
机の引き出しを探ると、一冊のA4サイズの厚さ一センチほどのノートを見つけた。表紙に第35回航海日記と書いてあり、山本誠と筆者の名前も添えられていた。
『山川丸の航海も三十五回目を迎える。娘を含めて二千名を超える乗客を預かる身としていつも身が引き締まる思い
で書いている。』
書き出しから本人の性格がにじみ出ていた。
『8月3日午前11時。山川丸、出航。天候は快晴。浪も風も穏やかだ。久しぶりに天候に恵まれ、船員たちの顔も穏
やかだ。しかし私はこういう時こそ気を引き締めるべきと考えている。30日にもわたる航海で何が起こるかわからないからだ。』
それ以降ビッチリと文章が書きこまれている。長短はあったが、航海士らしく私用の日記も正確だった。傑は次のページに進む。
『8月6日午後7時。乗客を集めてラウンジで立食パーティを開催した。万雷の拍手が注がれる。これが期待というものだ。私は責任の重さを感じる。一方で私の視線は娘を追っていた。』
ここでも船長の本山の気質が現れていたが、娘という言葉が引っかかっている。続きを読み進める。
『同日午後九時。デッキに出て波風に揺られながら娘と密かに話す。半年ぶりに会う娘はますます美しくなってい
る。私の反対を押し切り、とうとう小型船のパーサーになってしまった。』
どうやら自慢の一人娘のようだ。話は続く。
『娘の無垢の瞳を見ると、私は嘆かわしくなる。この船はけがれている。欲に目がくらんだ奴らが会社の上層部と癒着し、売り上げを懐に収めている。まだ若い娘が汚い大人の醜態をどうなるだろう? 嘆かわしい。』
ずいぶん辛らつなことを書いているなと傑は感じた。本山は傑と同じく船の上で起こった不正に気付いていた。ならば航海日誌で行われていたやり取りから知ったと推測が付く。
『8月7日午後9時。もはや我慢がならない。今度の航海で連中は不正にお金を引き出そうとしている。船の責任者と
して看過できない事態だ。私は決断した。上層部の手先となっているのは2名。呼び出し、金のことを問いただす』
ページを進めていくと、とうとう事態は緊迫してきた。
『航海日誌を突き付けると1人は慌てていた。もう1人はとぼけた態度を取った。久しぶりの怒りに私は胸を抑え
た。60を前にし、心臓を患ってしまった。薬でやっと抑えているが、もう幾度も航海はできない。その前に悪しき
膿は出す必要がある。』
八月七日。傑は記憶を紐解いた。山川丸の最後の日だ。日記は怒涛の如く最後のときに向かって突き進む。
『午後十一時。突然、がんと大きな岩に接触する音がした。航海は七日目にして難所に到達した。浅瀬近くにある岩
礁に接近するため、航海に細心の注意を払う必要があったのに、なんということだ』
傑は当時の記憶を思い出した。激しい接触音で船内は緊迫した空気に包まれた。館内放送で部屋に戻るように言わ
れると、救命胴衣が配られ始める。やがて船は傾き始めた。傑は理佐とのバカンスを楽しんでいた。
走り書きをしたのか文体が荒くなっている。
『船は傾いている。恐らく沈没は避けられない。山川丸の船長として最後の責務を果たす時が来たようだ。乗員には乗客の避難誘導を進める。1人たりとも見捨てることなど遭ってはならない。心臓に障るが、ここを乗り切る必要がある。不正を白日の下に晒すまでは死にきれない。娘よ、お前だけは無事でいてくれ。』
日記はここで終わっていた。推測の段階でしかないが、本山は日記を書いたのちに、何がしかのトラブルに巻き込
まれ死んだとみられる。心臓を患っていたから発作で倒れたなどが考えられるが。
あのとき、理佐は遅れて客室に帰ってきた。心配になったが、救命艇に乗るときには戻ってきていた。理佐はふら
りとどこかに行ってしまう傾向がある。
傑は日記を閉じると今度は部屋中を探した。棚の中にはハンガーがかけられていた。2着には船長のシャツがかか
っていて、一着は何もなかった。
ずいぶん正確に部屋をきちんと再現している。傑たちの寝泊まりしていた部屋とは全然違う再現性の高さだ。
真由美が言っていたカメラは真鍮のポールハンガーにかかっていた。傑は手に取ると中身を確認した。使えそうである。
「カメラは使えます。証拠の保全に役立ちますよ」
「そうなんですね」
真由美は興味なさそうに言った。
よかったと真由美は薄い唇を広げる。
「戻りましょう」
「もう少しだけお話を聞かせてください。あなたが我々を山川丸に連れてきたわけを」
傑は淡々と質問を投げかけた。
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