むかし沈んだ船の殺人

戸笠耕一

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ストーリー

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 今度は傑が笑う番だった。

 「命だって?」

 この娘はまだ自分の力量をわかっていないようだ。

「10年も経てば色々学んできたと思うが。どうも君の自信過剰は治らないようだね」

 お互いに10年ぶりの再会で一切の連絡を取り合っていない。あれもこれもあるはずだが、旧交を温めたいと思えるほどすでに仲は良くなかった。2人の縁は女のほうが言っているように敵対関係にある。

「それだけ立てば、あなたを殺す算段は付く。私も色々考えがあるの」

「何がしたいのか分からないが、遊びはこれきりにしないか」

 不穏な空気が漂う。

「まあいいわ。あなたが見つけた爆弾は時限式。ざっと半日といっていいかしら。爆弾が起動すれば、浸水し海
の藻屑となる。どこか分からない海上で助かる見込みは皆無」

「爆弾を止める条件は何だ?」

「これはゲーム」

「ばかばかしい」

「あなたは本気にならないの。爆発のときは刻々と迫っているのに。私たちが心中するならいいけど、罪なき人たち
を死に晒すなんて元警察官としてあまり好ましい態度とは言えないわね」

「ほかに誰かいるのか?」

「それは自分の目で確かめることね」

「大掛かりな船の模型で何を再現したい?」

「それを見破るのも探偵の仕事じゃない?」

「ここを出ようか」

 他に誰かいて何が起ころうとしているのか。少なくとも階下に人はいない。あとは甲板など階上のフロアに行って
みる必要がある。

 テラスがある最上階に向かう。

「匂うわね、誰かいるわ」

 彼女は螺旋階段を昇る途中で立ち止まり、ふいに匂いをかいだ。

 少しだが潮風に混じってシトラス系の香りが漂う。彼女がつけているフローラル系とはまた違って嗅覚を刺激する。

 何かを思い出したのか、沙良はいじわる気ににやけた顔で傑を挑発した。

「あなた好みの匂いじゃない?」

「今はいいだろ」

 彼女といると色々と過去を思い起こさせるため集中力を削がれる。傑にとっていい意味でも、悪い意味でも、人の心を無意識のうちに侵犯する。

「誰がいるかわからない。慎重に行こう」

 傑は足音を立てぬよう沙良に促した。一段上がるたびに甲板が姿を現す。ひらけた船首で傑は再開したときの記憶がよみがえる。出会いは必然であった。傑は出会ってすぐに沙良と関係を結んだ。成り行きなのだから難しい話ではない。

「懐かしい? 誰があなたを待っているのかしら」

 シッと傑は口をつぐむよう言う。不平を募る我が子を強い口調で黙らせる親のようだった。

 広々と塗装の剥げた板が敷き詰められた船首の先に女がいた。白いブラウスを着て、ベージュのスカートを履いて
いた。頭に麦わら帽子をちょっと強い風に飛ばされないよう抑えていた。歳は20代だろうか。

 女は甲板にたたずんで、どこかさみしげに広大な海を見つめている。女に敵意は感じない。傑と沙良は警戒心
を自然と緩める。

「ちょっと伺いたいことがあるのですが?」

 女はハッと背後からきた傑たちの気配を悟る。浅黒い顔つきにしわを寄せて2人を自然な感覚でにらんだ。

「どちら様ですか?」

「新井傑と言います」

「風井空です」

 傑は彼女の発した名前に一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔で切り返した。

「白崎真由美です。山川丸には客として乗ったことがありますから」

「あなたもこの船の乗客でしたか?」

「はい。フォアでの眺めがとても好きです。潮風と波に揺られながらの航海はいつもわくわくします」

「今日は波が強くて揺れも酷いからいい気分じゃないわ」

「そうですね。でもスタビライザーが船には付いていますから揺れは軽減されるはずですよ」

 船には波の揺れによる転覆防止のための装置が船底近くの量限についている。今日のように揺れが激しいときに効
果を発揮するが、恩恵は感じられない。バサッと高波がデッキに降り注いだ。

「僕らは3年前に乗りました。が、僕らはどうしてこの船に乗っているのかわからない。それに船が航海しているこ
とはあり得ない」

 真由美は首を傾げ、しばらく傑の顔を見つめていた

「不思議な設定ですね。探偵が訳も分からず船上にいるなんて。事件でも起こるのかしら?」

「恐らく僕らは何者かに誘拐されここに連れて来られたと推理はできます」

「誰でしょうね? 私たちを導いた人って」

 真由美は少し笑うとフェンスに寄り掛かった。

「危ないですよ。フェンスは脆くなっている。先ほど僕も危うく落ちかけたので」

「大丈夫。ここの甲板は本物に似せて」

 真由美は何かを言おうとして口を閉ざす。

 傑はそっと船首から船底をのぞくように見ていた。

「どうやらあなたのほうが船にお詳しいようだ」

 すっと真由美は背後を指さした。

「あそこがブリッジです。懐かしい」

 傑と空は指先の示す場所を見つめていた。白く塗り固められた壁に「山川丸」と黒字で書かれていた。ブリッジ
は船で一番高い場所に置かれている。外側からはガラスがフィルタリングされて見えない。

 船にはキャプテンやクルーがいるはずだが、傑と沙良と船首での眺めを見ていた真由美以外に出会っていない。

 乗員のいない豪華客船には客が3人。極めて信じがたい情景だ。とにかくブリッジには行ってみる価値はありそうだ。

「そうね。風に当たっていても仕方ないわ。こんなところに連れてきた人に話を聞かないとね」

「案内します」

 真由美は海上に目を背け歩きだした。

「なんだい、その名前。聞かない名前だな?」

「私の本当の名前が有名なのは知っているでしょ」

 そうかいと冷めた視線を送る空に傑は笑ってやった。

「気づいているかもしれないけど」

 空はポツリと傑の耳元でつぶやいた。甘く濃厚な匂いが鼻を刺激する。とても快適さを与えるが、酔うと厄介な危険性がある。

「あの子、怪しいわよ」

「分かっているさ」

 傑には忌々しいが、空を一時的に助手として迎える。かつての2人は最高のバディだった。今一度だけバディを再開させる。
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