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幸せ
しおりを挟むずっと落ち着かなくて、19時が近付くにつれてそわそわと部屋の中を歩き回る。どんな顔して待てばいいんだろう。思い出しただけでも顔が熱くなる。
あの後はずっと抱きしめられててあまりレオンとは話せなかった。一人になってもふわふわと夢を見てるように現実感がなくて、お風呂で湯船に浸かって天井を見上げた時、急に実感が湧いてきて顔を覆って声にならない悲鳴をあげた。その後は寝るまで何も手につかなくて、ベッドに入っても思い出しては布団をぎゅうぎゅうに抱きしめていた。
起きてからも気付いたら唇に触れてしまう。レオンのことを考えるだけで心臓がうるさくて、早く会いたいけど会いたくない。
医学的にも恋愛に起因する胸の痛みは心筋症の一種だと解明されてるから、このままドキドキし続けるといつか心臓が止まってしまうかもしれない。
もうすぐレオンが来る時間になる。結局いつもの席で待つ事にした。るるちゃんを握りしめる。
時計の針が19時を指すと同時に微かな光と共に現れたレオンは、私を視界に捉えるとその緑の瞳を甘く溶かした。手には小さな花束を持っている。大股で私の方へ歩いて来たかと思ったら椅子ごとぎゅっと抱きしめられた。
「会いたかった。」
砂糖をこれでもかと溶かした様な甘い声で囁かれる。変な声が出そうになって慌てて唇を噛んだ。心臓が痛い。
レオンがなかなか離してくれないので、恐る恐る私もレオンの背中に手を回した。
「私も、会いたかった。」
声に出して言うと急に恥ずかしくなって尻すぼみになってしまった。でもレオンにはちゃんと伝わった様で、さらに力強くぎゅっと抱きしめられた。さっきとは違う意味で声が出そうになる。
少しして満足したのか体を離したレオンは、膝をついて花束を差し出した。
「今日も美しい私のりりなへ。」
映画みたいなセリフが嫌味なく完璧に似合っている。恥ずかしいとか嬉しいとかよりも一周回って感心してしまった。まだドキドキはするけど、おかげでちょっと落ち着いてきたかもしれない。レオンのこういう言動にも大分耐性がついてきた気がする。
「ありがとう、嬉しい。可愛い花束だね。」
「本当はもっと大きなものを持ってきたかったんだが、シュミットに止められた。」
不満そうにしているけど、シュミットさんにはいつかお礼をしないといけないと心に留めた。いつもレオンに振り回されてそうだし。
受け取った花束には淡い黄色とピンクの花が入っていて可愛い。バラの様な見た目の花弁は、よく見ると一つの茎から咲いていた。
「一つの茎から2色咲いてるの?不思議なお花だね。」
「私の国にしか咲かない花だよ。幸せを運んでくると言われている。愛しい人へ贈るのにぴったりだと思ってね。」
「いとしいひと。」
思わず繰り返してしまった。レオンの唇が緩やかな弧を描く。
「りりなは私の愛しい人だよ。」
愛しそうに微笑まれるて、じわじわと頬が熱くなる。耐性がついたと思ったけどやっぱりだめかもしれない。赤面する私を見て幸せそうに笑いながら頬をするりと撫でられた。
「私の愛しい人は恥ずかしがり屋だね。」
とどめを刺す様に、そんなところも可愛い、と甘く呟かれる。だれか、レオンを少し止めて。タガが外れたように甘い言葉しか吐かないレオンの口を塞ぎたくなる。なんでこんなに突き抜けるの。・・・なんか前も同じことを思った気がする。
レオンの口を封じるものがないか視線を彷徨わせた時、スマホの画面が光った。確認したら、お気に入り登録をしていた映画の配信開始を知らせる通知だった。タイミングがいい。話題を変えたくて急いで口を開いた。
「レオンが前に観たいって言ってた映画、今日から配信されるみたい。上で観てみる?」
「そうだね、りりなが良ければ一緒に観ようか。」
レオンに手を引かれて椅子から立ち上がる。顎に手をかけられたと思ったらおでこに優しくキスされて、今度こそ変な声が出た。
ドリンクとスナックを持って2階に上がる。一番奥のドアを開けてシアタールームに入った。何度かここで映画を観たので、レオンは慣れた様子でプロジェクターを起動してくれる。
「寒くない?」
「私は大丈夫。りりなは?」
「私も平気。」
暖房はつけてあるけど、一応足元にブランケットを用意しておく。一緒にソファに座ってスマホを操作すると、お気に入りに入れた映画以外にもレオンの興味を引きそうな映画が新着として表示されていた。
「他にも色々配信開始されてるみたい。これとか前に気になっていた映画じゃない?」
「どれ?」
横からスマホを覗き込んでくるレオンに画面をスクロールして見せていく。
話しながら不意に上げた視線がパチリと合って、一つの画面を一緒に見る事で自然と距離が近くなっていた事に気付いた。映画に気を取られて忘れてたけど、唐突にレオンと密室に二人きりだという事実を意識し始めて今さら緊張してくる。
ふっとレオンが笑う。その表情に今まで感じなかった艶がある様に思えてドキリとした。レオンが少し動いただけで触れてしまいそうな近さに、思わず体に力が入る。
「そんなに身構えなくても何もしないよ。」
心を読んでいるかのような言葉に心臓が小さく跳ねた。
「意識されてると思ったら手を出したくなるのが男だけれどね。」
ほっとしかけたところで続けて言われて固まった。レオンを伺うように見れば、楽しそうに笑いながら頭を撫でられる。
「大丈夫、りりなが嫌がることは誓ってしないよ。」
「レオンにされて嫌なことなんて一つもないよ。」
言ってから、この状況で言うのは良くなかったと思った。本心が思わず口を突いて出ちゃったけど、今言うべきではなかったよね。レオンを見ると穏やかな笑顔を浮かべているけど、これはいつも注意される時の顔だ。
「・・・何でもないです。」
視線を外しながら小さい声で言った。レオンは一度小さく息を吐くと、スマホから適当に映画を選んでタップした。
映像がプロジェクターを通してスクリーンに投影される。しばらくは大人しく観ていたけど、あんまり頭に入ってこなくてレオンに視線を向けた。指を組んで真剣な表情で観ている横顔が綺麗だ。ポテトチップスを食べながらレオンを見つめた。当のレオンは私の視線に気付くことなくじっと前を見てるから、なんとなく一枚つまんでレオンの口元に持っていく。流石にチラリと私の指を見つめて、それから小さく口を開けて食べてくれた。ふふ、可愛い。三枚目を食べたところで片眉を上げてこちらを見たのでこれ以上はやめておく。
自分も食べようとお皿に目を向けると、レオンの腕が伸びてきた。一枚取るとそのままお返しのように私の口元へ差し出される。
レオンを見ると暗い中で目が合った。レオンの目を見たままゆっくりと口へ入れると、レオンの目が少し細まる。無言でもう一枚差し出されるから、それを食べて、次は私がレオンにあげた。
映画がクライマックスに差し掛かる。いまいち内容に入り込めないまま、モゾモゾと体勢を変えた。少し冷えてきたので、レオンと一枚のブランケットを分け合ってる。動いた拍子に毛布の中で指先が当たった。そのまま捕まって、指先を絡められる。
これまで手を繋ぐなんて当たり前にしてきたけど、今までとは全然違うと思った。レオンのことが好きで、幸せで、ずっとこうしていたい。せっかく静まっていたのに、心臓の音がレオンに聞こえるんじゃないかと思うほどうるさく鳴っている。
結局映画の内容は少しも頭に入ってこなかった。
レオンが帰る間際にそっと手を引かれた。
「キスをしても?」
「・・・昨日は聞かなかった。」
素直に頷けなくて、恥ずかしいのを誤魔化すように言えば笑って両頬を包まれる。
「美しい人、唇に触れる許可をいただけますか?」
「・・・はい。」
目を瞑ると額、瞼、鼻の順にキスを落とされて、最後に優しく触れるだけのキスをされる。ちゅっと小さく鳴る音に羞恥が煽られて、レオンの服の袖をきゅっと握った。
そのまま昨日と同じように時間が許すまで抱きしめ合って、レオンが消える瞬間までその姿を見つめ続けた。
レオンがいないと途端に家が広く感じる。急に寒さを感じて、温かい飲み物を淹れようとキッチンに向かった。
その途中で、なんとなく時計を見上げる。
壁に掛かり静かに時を刻む時計の針は、20:50を指していた。
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