世界を渡った彼と私

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〈レオン視点〉無意識

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「せっかく着飾ったんですから、その姿をリリナ嬢にも見せて差し上げたらいかがです?」


どうせこの後の夜会も挨拶だけで退場するのでしょう? 
私の髪を整えながら言われるいつもの小言をそうだな、と涼しい顔で聞き流した。


「必ず19時前に姿を消すあなたが社交界で何て呼ばれているかご存知ですか?」

「言いたいやつには言わせておけばいい。」

「深窓の王太子ですよ。もしくは強運の金華鳥。」


思わず笑ってしまった。金華鳥は会えたら幸福を運んでくると言われる鳥だが、めったに人前に姿を現すことがない。それと、私がよく運に恵まれていると話題になることを掛けているのだろう。言い得て妙だ。確かに何も知らない者からしたら、私は強運と感じるのだろう。言い始めたやつとは仲良くなれそうだ。
シュミットがはぁとため息をついた。


「笑い事ではないですよ。なんでも声高に言ってるのはヘンズダール侯爵だとか。」


片眉を上げてシュミットを見る。


「あいつにそんなセンスがあるとは思えないが」

「どうやら最近またお・仲・間・で仲良くされているそうです。」

「そうか、暇な奴らだ。」


祖父の代に改革を推し進め、今代の父上の治世では貴族の腐敗も大分改善された。高位貴族の資金源であった様々な利権を王家直轄、もしくは信頼のおける貴族へ分配し、政では要職に中立派の貴族を多く登用することで少しずつ力を削っていったのだ。
徹底した流通や税の管理で違法な奴隷の摘発や貴族の脱税、無理な徴収を無くしたことで結果として治安も良くなり国民からの支持も上がった。
だが力を奪われた家のものは、表向き王家に阿おもねっていても裏ではなんとかして過去の栄華を取り戻そうと躍起になっている。

以前、ヘンズダール侯には少し痛い目を見せた事があったので懲りたと思っていたが、やはりあの程度の男にはしっかりと立場を解らせないと理解できないらしい。
来週の御前会議にたしかヘンズダールも出る予定だったか。裏帳簿は押さえてあるので、見せしめも兼ねそこで叩き潰すとしよう。
頭の中でそう決めたところで、どうでもいい顔をさっさと脳裏から消す。
ああ、いますぐ19時にならないものか


「そんなに時計を睨んでも時間は進みませんよ。」

「何も言ってないだろう。」

「最近のあなたはわかりやすすぎます。
・・・差し色に、黒を入れますか?」

「頼む。」


間髪を入れずに返す。これは令嬢除けでもあった。

私が生まれる直前、神託が降りた。
《黒い花弁が顕現する》
実際はもっと長いが、簡単に訳すとなんでも次の天弁花の咲く頃に黒い花弁、今代の花姫が現れるらしい。天弁花は20年周期で漆黒の花をつける長寿草だ。
それを受け、神託の後に生まれた私を始め高位貴族の男子には婚約者をいまだ持たない物が多い。花姫を自分の家に入れることができれば長い繁栄が約束されるといわれているからだ。

しかしその天弁花は2年前になぜか花開くことなく枯れてしまった。

花姫が現れることなく月日だけが過ぎ、いまでは花姫を諦め結婚する者もいれば、いまだ婚約者を定めていない家もある。
これまで神託が外れることはありえなかった。皆どう動くべきか判断しきれないのだろう。神託の正否も含めて。

そのためこういった夜会では、まだ婚約者が決まっていない適齢期の貴族へ群がるように令嬢からダンスの相手に誘われるのだ。
これまでは黒を身につけている者は花姫を待つという意思表示になるため、あまり誘われることはなかった。が、最近ではかえって標的になってしまっているのが悩ましいところだ。


「陛下へのご報告は?」


胸に黒いシルクのポケットチーフを刺すシュミットと鏡越しに目が合う。その瞳から感情は読み取れないが、かすかにこちらを案じているのが伺えた。


「もしリリナ嬢が本当にそ・う・なら、早めに報告するべきですよ」


わかっている。リリナのことは伏せてカーバルトン伯に魔法陣について聞いたが、分かったのは転移、時間指定、空間補足とかなり多くの条件が重なった複雑な複合魔法陣ということだけで、引き続き調べてくれてはいるが芳しい報告は今のところない。


もう少し。
まだそうと決まったわけではない、と自分に言い聞かせる。
いまは、何も考えずにリリナと会いたかった。








19時になって彼女の家に移動する。
大抵は目の前に腰掛け待っていてくれる姿が見えず、辺りを見回すとソファから小さく足先が覗いているのが見えた。

近づくとリリナはソファに横になり無防備に寝ていた。

ソファの前のテーブルには本や紙が広がっているので、おそらく直前まで何か大学とやらで出される課題をしていたのだろう、

顔を覗き込むとうっすらとクマが見える。
少し寒そうにしていたのでジャケットを脱いでリリナにかけた。

リリナは少し頑張りすぎだ。
いつも明るく疲れた様子など見せないが、学業と労働、この家の管理を1人でこなしているのだ。
もう少し自分にも弱みを見せてくれてもいいのに。
顔にかかっていた髪の毛を優しく払う。
少しむずがる様に眉を寄せるのを見て思わず笑みがこぼれた。寝ているからかいつもよりあどけなく見える。可愛い。
何をするでもなくしばらく彼女の寝顔を眺めた。

長いまつ毛が滑らかな頬に影を落としている。
そっと手を頬に滑らしても起きる気配はない。
気づくと自然と顔を近づけていた。


「・・・ん、」


はっとなって体を起こす。

いま、私は何をしようとしていた?

己の行動に信じられない気持ちで口に手を当て後退る。
いくら気心が知れた中とはいえ、無防備に寝ている女性に近づきあまつさえ手を出そうとするなんて。
半ば自分の行動にショックを受けて横にある1人掛けのソファに腰掛けた。
何かをしていないと声を出してしまいそうで、目についた女性が微笑んでこちらを見ている本に手を伸ばす。

自分にこんな一面があったなんて。
自惚れていたわけではないが、自分は忍耐強く理性的な男だと思っていた。
許可も得ず女性に手を出す男は軽蔑の対象だったが、まさか自分が・・・。

リリナから半ば強引に意識を逸らし開いた本の中を眺める。現実逃避といわれようと今は他のことを考えたかった。

頁を捲るとそこには様々な女性の姿が描かれている。こんな精密な絵が、いや、たしか写真というのだったか。このページ数全てに写真が載っていると考えると、これ一冊でいくらするのか。
それにしてもこちらの世界の服装は、こう、なんというか、目のやり場に困る。
目の前にいるわけではないとはいえ、いやだからこそ見てはいけないものを見ている気分にさせられる。
別の頁には多種多様の華やかなドレスが載っていた。
リリナはいつも白や黒の動きやすそうな服装が多いが、こういった明るい色合いのドレスも似合うと思う。
贈ったら着てくれないだろうか。
脳裏にドレスを着て笑顔を浮かべるリリナの姿が思い浮かび少し気分が浮上する。

しばらく本を捲り続け自分を落ち着けていると、リリナの起きる気配がする。


動揺を気取られないよう、済ました顔でリリナに声をかけた。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



戻ってきたあと。



「シュミット、ドレスを手配してくれ。色はグリーンで。」

「・・・先走りすぎでは?」


サイズもわからないのに、と言うシュミットに腰が細かったと答えて軽蔑の眼差しで見られるレオン。りりなと踊れて浮かれていたけど、自分の行動を思い出して自己嫌悪に陥る。
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