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三章
一節 徳村芽衣の婚活
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今、わたしは人生最大の試練に立ち向かっている。
周りには着飾った女、女、女。そしてスーツまたはジャケットを着た男、男、男。
総勢二十名くらいの妙齢の男女たちが、ここ狭山オリエンタルホテルのレストラン会場に勇み集っていた。
俗にいう「婚活パーティー」なるものに、なにを血迷ったか、この歳になって参加してみる気になり、うっかり足を踏み入れてしまったのだ。
きっかけは旧友の朋美の誘いで(ちなみに朋美に関しては既婚者であることは内緒らしい)、そういう場に抵抗があるようなら無理はしなくてもいいと言われたのだが、近ごろのわたしはどうしてだかポジティブ・シンキングタイムに入っており……。
「何事も、試してみねば、始まらぬ」
などとチャレンジ精神を発揮した結果、会場に入ってものの一分で激しく後悔することになった。
恐ろしい世界に紛れ込んでしまった――。
メンバーは二十代から三十代。女性陣はみんな仮面をつけたように華やかに笑っているけれど、その目は獲物を狙う獣そのもの。ライバルの蹴落とし、相手の値踏み、さぐりあい。その気迫には鬼気迫るものがある。
男性もまた、とって食われないよう警戒しながら、最善のパートナーを探そうと、なんだかみんながみんな、ギラギラしているのだ。
持っている私服の中から一番マシに見えそうなワンピース、東京に勤めていた頃に使っていた黒のパンプスをあわせ、ブランドでも何でもないバッグに千円で買ったヘアアクセサリーをちょこんと乗っけただけのわたしなど、早々に参加者たちからゴミとみなされ、自分より十も年下であろう女子に控室で「へっ」と笑われてしまった。
朋美はわたしのワンピースを可愛いと言ってくれたが、彼女自身も肩を大胆に出した披露宴にも参加できそうなピンク色のドレスを纏い、気合いが入っている。以前道端で会った時のノーメイク朋美とは完全なる別人。
婚活とはこういうものか……。これは戦争なのだ。自分の意識の低さを見せつけられ、恥ずかしいやら悲しいやら。
「じゃ、お互いがんばろう!」
フリータイムに突入すると、朋美はわたしの肩を叩き、群れの中へと繰り出していった。
わたしも勇気を出して、最初の立ち位置で隣にいた男性に「どうも」と声をかけてみたが、怪訝な顔で「はぁ」と言われ、スーッと離れていかれてしまった。しょっぱなからパンチをくらった気分で、もうこの場から消えたくなる。
参加費については男性よりは安いものの、女性も三千円を支払っている。せめて料理だけでも、と丸テーブルを離れ、料理のある台でしこたま皿にオードブルを盛りつけ、壁際の椅子に陣取って食べはじめた。
この皿が空になったら〆のカレーにいって、デザートとコーヒーを飲んで、もうそれで退陣しようと考えていると――。
ふと、目の前に立つ影が。
「こんにちは。どうしたの、疲れちゃったの?」
少し顎がとがっているが、爽やか系のお兄さん。ひとりでいるわたしを気遣って話しかけてくれたのだろうか。
「はぁ。ちょっとお腹が減ったので……」
「隣、いいかな」
から揚げがまだ口の中に入っていたので、もぐもぐと咀嚼しながら頷いた。
(どうぞ。わたしなんかの隣では、つまらないかと思いますが……)
「僕さ、こういうところ、初めて来てみたんだけど、落ち着かないね。友人の誘いで、断れなくて来たんだけど、女の子たちもなんだか怖いし……かといって一人でいるのも悲しいから、一緒にいさせてもらってもいい?」
おお、わたしと同じ。うんうんと頷くと、お兄さんはプッと吹き出した。
「美味しそうに食べるね。僕も、何かとってこようかな」
男性が席を立ち、また一人になったと思ったが、しばらくすると本当に戻ってきた。なんと、わたしの分のデザートまで持ってきてくれるスマートぶり。
男性は「有川光一」と名乗った。三十八歳、同い年。
駅前のケーキ屋がわりと美味しいなんて話から、この年になって未婚だと親や親戚の圧力がすごいよね、なんて。
置かれた環境が似ていて、話の合う人だった。自分にしては話が弾んだほうだと思う。
私が「同年代の独身が多くて油断してたら、三人同時に結婚してて」などという話をすると、有川氏は「わかる!」と両手を叩いて同意を示す。
「割と平気で裏切るんだよな。俺は一生結婚しない、恋より友情だ、なんて言っておいてさ」
「そうなんですよ。しかも友人間でわたしだけが最後まで知らされてなくて、その後は腫れ物扱いだし」
自虐ネタでも、こんなに明るい気持ちでぶっちゃけられるなんて珍しいことだ。
おかげで耐久羞恥プレイのままパーティーを終えることなく、時間いっぱいまで楽しく過ごすことができた。最後には連絡先を交換する時間が設けられたが、有川氏はわたしのところにも立ち寄ってくれて、
「おかげで楽しく過ごせたよ。ありがとう。これ、僕の連絡先。良かったら、メールでもください」
などと嬉しいことを言われ、名刺を渡される。
名刺には名前のほか、肩書きにはウェブデザイナーと書かれていた。名前だけでなく職業まで華やかな人だ。
朋美の方も、収穫はあったようだが、なにせ本人が既婚者だ。デートの約束をしたと言っていたがモラル的に大丈夫なのかは……知らなかったことにする。
「芽衣もなかなかイケメンを捕まえてたじゃん。こういうのってタイミングだから。絶対、逃しちゃだめだよ」
と言われても、何をどうしたらいいのやら。あははと笑ってごまかして、このまま自然消滅だろうなんて考えていたら――。
なんと翌日、有川氏からメールが入っていた。
『昨日はありがとうございました。徳村さんとは話も合ったし、楽しかったから、良かったらまたお会いしませんか』
マジか、とベッドから跳ね起きた。お腹の上に乗っていたちくわぶを跳ね飛ばす形になり気の毒なことをした。だが構っている余裕はない。
『こちらこそありがとうございました。わたしも楽しかったです。話に出たケーキ屋さんに行けたらよいですね』
震える手で、えいやっと送信を押すと、すぐに了承の返事が返ってきた。
『ぜひ一緒に行きましょうよ。いつが良いですか?』
(え? 話が進んじゃうの? ケーキ屋本当に行っちゃうの?)
これがタイミングというやつか……。遅かりしモテ期到来?
興奮した気持ちをなだめつつ、無視されて暴れているちくわぶを廊下に出して、更なる返信文をじっと考えるのだった。
周りには着飾った女、女、女。そしてスーツまたはジャケットを着た男、男、男。
総勢二十名くらいの妙齢の男女たちが、ここ狭山オリエンタルホテルのレストラン会場に勇み集っていた。
俗にいう「婚活パーティー」なるものに、なにを血迷ったか、この歳になって参加してみる気になり、うっかり足を踏み入れてしまったのだ。
きっかけは旧友の朋美の誘いで(ちなみに朋美に関しては既婚者であることは内緒らしい)、そういう場に抵抗があるようなら無理はしなくてもいいと言われたのだが、近ごろのわたしはどうしてだかポジティブ・シンキングタイムに入っており……。
「何事も、試してみねば、始まらぬ」
などとチャレンジ精神を発揮した結果、会場に入ってものの一分で激しく後悔することになった。
恐ろしい世界に紛れ込んでしまった――。
メンバーは二十代から三十代。女性陣はみんな仮面をつけたように華やかに笑っているけれど、その目は獲物を狙う獣そのもの。ライバルの蹴落とし、相手の値踏み、さぐりあい。その気迫には鬼気迫るものがある。
男性もまた、とって食われないよう警戒しながら、最善のパートナーを探そうと、なんだかみんながみんな、ギラギラしているのだ。
持っている私服の中から一番マシに見えそうなワンピース、東京に勤めていた頃に使っていた黒のパンプスをあわせ、ブランドでも何でもないバッグに千円で買ったヘアアクセサリーをちょこんと乗っけただけのわたしなど、早々に参加者たちからゴミとみなされ、自分より十も年下であろう女子に控室で「へっ」と笑われてしまった。
朋美はわたしのワンピースを可愛いと言ってくれたが、彼女自身も肩を大胆に出した披露宴にも参加できそうなピンク色のドレスを纏い、気合いが入っている。以前道端で会った時のノーメイク朋美とは完全なる別人。
婚活とはこういうものか……。これは戦争なのだ。自分の意識の低さを見せつけられ、恥ずかしいやら悲しいやら。
「じゃ、お互いがんばろう!」
フリータイムに突入すると、朋美はわたしの肩を叩き、群れの中へと繰り出していった。
わたしも勇気を出して、最初の立ち位置で隣にいた男性に「どうも」と声をかけてみたが、怪訝な顔で「はぁ」と言われ、スーッと離れていかれてしまった。しょっぱなからパンチをくらった気分で、もうこの場から消えたくなる。
参加費については男性よりは安いものの、女性も三千円を支払っている。せめて料理だけでも、と丸テーブルを離れ、料理のある台でしこたま皿にオードブルを盛りつけ、壁際の椅子に陣取って食べはじめた。
この皿が空になったら〆のカレーにいって、デザートとコーヒーを飲んで、もうそれで退陣しようと考えていると――。
ふと、目の前に立つ影が。
「こんにちは。どうしたの、疲れちゃったの?」
少し顎がとがっているが、爽やか系のお兄さん。ひとりでいるわたしを気遣って話しかけてくれたのだろうか。
「はぁ。ちょっとお腹が減ったので……」
「隣、いいかな」
から揚げがまだ口の中に入っていたので、もぐもぐと咀嚼しながら頷いた。
(どうぞ。わたしなんかの隣では、つまらないかと思いますが……)
「僕さ、こういうところ、初めて来てみたんだけど、落ち着かないね。友人の誘いで、断れなくて来たんだけど、女の子たちもなんだか怖いし……かといって一人でいるのも悲しいから、一緒にいさせてもらってもいい?」
おお、わたしと同じ。うんうんと頷くと、お兄さんはプッと吹き出した。
「美味しそうに食べるね。僕も、何かとってこようかな」
男性が席を立ち、また一人になったと思ったが、しばらくすると本当に戻ってきた。なんと、わたしの分のデザートまで持ってきてくれるスマートぶり。
男性は「有川光一」と名乗った。三十八歳、同い年。
駅前のケーキ屋がわりと美味しいなんて話から、この年になって未婚だと親や親戚の圧力がすごいよね、なんて。
置かれた環境が似ていて、話の合う人だった。自分にしては話が弾んだほうだと思う。
私が「同年代の独身が多くて油断してたら、三人同時に結婚してて」などという話をすると、有川氏は「わかる!」と両手を叩いて同意を示す。
「割と平気で裏切るんだよな。俺は一生結婚しない、恋より友情だ、なんて言っておいてさ」
「そうなんですよ。しかも友人間でわたしだけが最後まで知らされてなくて、その後は腫れ物扱いだし」
自虐ネタでも、こんなに明るい気持ちでぶっちゃけられるなんて珍しいことだ。
おかげで耐久羞恥プレイのままパーティーを終えることなく、時間いっぱいまで楽しく過ごすことができた。最後には連絡先を交換する時間が設けられたが、有川氏はわたしのところにも立ち寄ってくれて、
「おかげで楽しく過ごせたよ。ありがとう。これ、僕の連絡先。良かったら、メールでもください」
などと嬉しいことを言われ、名刺を渡される。
名刺には名前のほか、肩書きにはウェブデザイナーと書かれていた。名前だけでなく職業まで華やかな人だ。
朋美の方も、収穫はあったようだが、なにせ本人が既婚者だ。デートの約束をしたと言っていたがモラル的に大丈夫なのかは……知らなかったことにする。
「芽衣もなかなかイケメンを捕まえてたじゃん。こういうのってタイミングだから。絶対、逃しちゃだめだよ」
と言われても、何をどうしたらいいのやら。あははと笑ってごまかして、このまま自然消滅だろうなんて考えていたら――。
なんと翌日、有川氏からメールが入っていた。
『昨日はありがとうございました。徳村さんとは話も合ったし、楽しかったから、良かったらまたお会いしませんか』
マジか、とベッドから跳ね起きた。お腹の上に乗っていたちくわぶを跳ね飛ばす形になり気の毒なことをした。だが構っている余裕はない。
『こちらこそありがとうございました。わたしも楽しかったです。話に出たケーキ屋さんに行けたらよいですね』
震える手で、えいやっと送信を押すと、すぐに了承の返事が返ってきた。
『ぜひ一緒に行きましょうよ。いつが良いですか?』
(え? 話が進んじゃうの? ケーキ屋本当に行っちゃうの?)
これがタイミングというやつか……。遅かりしモテ期到来?
興奮した気持ちをなだめつつ、無視されて暴れているちくわぶを廊下に出して、更なる返信文をじっと考えるのだった。
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