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二章 モテる男は楽じゃない

6 飛んで火にいる八つ当たり

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 十字路で左右を確認する振りをして、冬馬は後方をちらりと見やった。
 すると、スッと歩調を緩める影。セーラー服のスカートが視界の端にうつる。

(あのときの、あいつか!)

 以前、家の前に立っていた少女。やはり冬馬に何らかの用事があるらしい。
 あのときは、冬馬がわざと帰らなかったので諦めて引き上げたようだったが、今度は尾行とは。

(何だか腹が立ってきた……)

 冬馬は短気になっていた。蒸し返すようだがこの前の無言電話はこいつじゃないだろうなと邪推し、余計に苛立ちが増してくる。
 どいつもこいつも人の迷惑も考えず、やりたい放題し放題。いい加減にしてくれ!

 今日こそははっきり言ってやる。相手は女子ひとりだ。
 住み慣れた町の構造は頭に入っている。
 角を曲がってすぐ死角になる植込みに隠れ、やり過ごす。素早く行動し、冬馬は息を潜めた。

 しばらくして追いついてきた足音は、角を曲がってすぐに、慌てたように立ち止まった。
 冬馬を見失って戸惑っているのだ。

 こちらの勘違いという可能性も捨ててはいなかったのに、相手はあたりを見回し、路上から消えた冬馬の姿を探していることから、冬馬をターゲットに尾行していたことはもう間違いない。

 冬馬はわざと足音をさせて、少女の後方に立った。
 少女が振り返って、ぎょっとした表情をみせる。

 身長は冬馬より数センチ低いくらい。ショートカットの髪に、少し焼けた肌。くっきりとした二重、猫のような瞳は気の強さをのぞかせる。
 だが健康状態がよくないのか、目の下に深い隈があった。
 そして左目の下に、印象的な泣き黒子がある。

(……?)

 やっぱり、もっと以前に、どこかで会っただろうか?
 はっきりとは思い出せないけれど、ぴりっとした緊張を感じた。どちらにしても正体を突き止めなければならない。
 絶句したままの少女に、冬馬は冷静を保って言った。

「俺に何か用?」
「……」

 少女の方から、なんでもないです、とか、そちらこそ何か、とか反応があるかと思ったが、相手はパニックになっているのか、黙ったまま視線を揺らしている。
 下手にこちらから腕でも掴んで、騒がれたりしたら不利だ。冬馬は一定の距離を保ったまま、警告した。

「あのさ。ずっと駅から俺のこと、つけてきてるように感じたんだけど。違ってたらすみません。でも、前にもうちの前に立ってたの、見てるんで」

 棘を隠さない丁寧語。返事はなかったが、相手は気まずそうに下を向いた。肯定ということだろう。
 冬馬はふと、その俯いた顔の尖らせた唇に、やはり見覚えがあると感じた。とはいえ、どこかで接点があるからこそ、こうして付きまとわれているのだろうから、構わず追及を続ける。

「何か用なんですか。何もないなら、今後一切こういうことは止めてください。気味が悪いんで。ストーカー行為は犯罪だってわかってます?」
「……ストーカー?」

 もじもじしていた少女が、驚いたように顔を上げた。アルトソプラノの声。響きは尖っていた。

「違うとでも?」
「ばっかじゃないの」

 まさか鼻で笑われると思っていなかったので、冬馬は頭にカッと血がのぼった。

「いい加減にしろよ。待ち伏せしたり、後をつけたり、無言電話を繰り返したり。どこがストーカーじゃないって? こっちは警察に届け出たっていいんだぞ」

 少女はさっきまでの動揺した様子は消え去り、こちらを馬鹿にしたような、ふてぶてしい態度で打ち返した。

「何言ってんの? 意味わかんない。鏡見たことある? 自意識過剰なんじゃない」
「は、はぁ?」

 あまりの言い草に、冬馬は開いた口が塞がらない。

「じゃあ……なんで後ろをついてきたりしてたんだよ! 何か用があったんじゃないのかよ」
「お、お母さんのために……あんたに渡さなきゃと思ったけど。やっぱり止めた。あんたなんかに、誰がやるもんか! この勘違い野郎!」

 表情を歪ませ、冬馬をこきおろすと、少女は足早に冬馬の横を通り過ぎ、あっという間に駆け去っていった。

「おい!」

 振り向いて後を追ったが、角から顔を出したときには少女の姿は見えなくなっていた。どこかの路地に入ったのだろう。
 立ち尽くす冬馬の横を、ママチャリに乗った中年の女性が、怪訝そうな顔をして走り抜けていった。
 途端に濃くなったように感じる夕暮れのトーン。
 後には呆然とした冬馬だけが残された。
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