上 下
4 / 21
一章 子どもは親を選べない

3 許可なき訪問を禁ず

しおりを挟む
「……うわ」
 話し相手が周りに誰もいないのに、冬馬は思わず呻いた。

 駅から徒歩で十五分ほど歩いた場所にある、ごく一般的な住宅街。
 土地開発の際にまとめて拓かれた分譲地帯らしく、似たような色と形をした二階建ての戸建てが、みっちりと並んでいる。
 その中のひとつである我が家までは、十字路を曲がればあと十数メートルの距離……なのだが、角を曲がったところで冬馬は立ち止まり、一歩身を引いた。

 自分の家の向かいの電信柱のそばに、不審な人物が立っている。
 どこかの学校の制服を着た、同年代くらいの少女だ。人を待っているのか、じっとその場を動かない。

 時刻は夕方五時をまわったところ。日は西に傾きはじめていた。
 雲ひとつない秋空の天井は高く、周囲はまだ十分に明るかったが、密集した住宅の影が長く路面にかかり、その人物の表情をベールがかかったように覆い隠している。

 例のしつこく付きまとってくる同級生かとも思ったが、冬馬の高校のブレザータイプの制服とは違い、少女が身に着けているのはセーラー服だ。髪の長さも肩より短く、ボーイッシュな雰囲気。冬馬が知る人物とは異なっている。
 しばらく目を細めて観察してみたが、知り合いではなさそうだ。

 彼女は時折電信柱の近くをうろうろしたり、向かいの住宅を見上げたりしている。そしてその場所は……位置的に見ておそらく、冬馬の家だ。

 自宅に誰か訪ねてくる約束はないし、そんな関係の女友達も作っていない。
 唯一心当たりといえば、ついさっき持て余して捨てた手紙。てっきり同級生からだと思っていたが、セーラー服の彼女こそが出し主で、それの返事を聞きにきたとか。

 しかし他校の生徒が校内の下駄箱まで侵入するかというと、それも考えづらい。
 仮に手紙の出し主だったとして、「読んでくれた?」とか言うくらいなら最初から対面式にすればいいのに。

 ファンとは聞こえがいいだけの、一方的なストーカー。
 冬馬はこれまでも何度となく、視線を感じたり、あとをつけられることがあった。家の前で待ち伏せされたのは、今回が初めてになるが。

 どうする。
 こんなことで父親に連絡はしない。どうせ夏樹が帰ってくるのは夜の十一時か十二時を過ぎた頃だ。
 警察沙汰にするほどのことでもないし、誰かを巻き込むのも面倒くさい。

 迷った結果、冬馬はしばらくひとりで時間をつぶしてから帰宅することに決め、そっと踵を返した。危ないものには近寄らないに限る。
 駅前に戻って、満喫かファーストフード店にでも寄るか。

 ひとつ困ったのは、晩御飯を作る手前、駅前のスーパーに立ち寄って、買い物を済ませてしまったことだ。カサカサと音をたてるビニール袋の中で牛肉が傷まないか心配だったが、真夏ではないから、今日中に調理すればなんとかなるだろう。

     *

 二時間ほど経ってから再び家の前に戻ってくると、先ほどの少女はいなくなっていた。諦めて帰ったのだろうか。
 警戒を緩めず自宅に滑り込んだが、とくに異常もなく杞憂に終わり、リビングキッチンで一息をつく。

 結局、誰だったんだろう。
 もしかしたら不審者だと思ったのは自分の勘違いで、隣の家のおばちゃんちに姪っ子か誰かが遊びにきて、家の人が不在で入れなかったとか、そんな単純なことだったのかもしれないと冬馬は思った。

 商店街をぶらぶらしながら間食したので腹は減っていなかったが、後から帰ってくる家人がいるので晩御飯の用意をしないわけにもいかない。男ふたり世帯、先に帰宅する冬馬が自然と料理当番になっている。

 あいつは外面はいいけど、家事は何もやらないからな。

 とりあえず、持ち歩くはめになった牛肉を細切りにして、肉野菜炒めにでもするかとビニール袋を開けて中身を取り出していき、最後に冬馬は天を仰いだ。

 その日たまたま気まぐれに手にとったアイスが、液体と化していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。 ・第一章『First step』(全4話) 真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。 ・第二章 『Be with me』(全4話) 母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。 ・第三章 『First christmas』(全5話) ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……? ・第四章 『Be with you』(全4話) 1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...