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一章 子どもは親を選べない
3 許可なき訪問を禁ず
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「……うわ」
話し相手が周りに誰もいないのに、冬馬は思わず呻いた。
駅から徒歩で十五分ほど歩いた場所にある、ごく一般的な住宅街。
土地開発の際にまとめて拓かれた分譲地帯らしく、似たような色と形をした二階建ての戸建てが、みっちりと並んでいる。
その中のひとつである我が家までは、十字路を曲がればあと十数メートルの距離……なのだが、角を曲がったところで冬馬は立ち止まり、一歩身を引いた。
自分の家の向かいの電信柱のそばに、不審な人物が立っている。
どこかの学校の制服を着た、同年代くらいの少女だ。人を待っているのか、じっとその場を動かない。
時刻は夕方五時をまわったところ。日は西に傾きはじめていた。
雲ひとつない秋空の天井は高く、周囲はまだ十分に明るかったが、密集した住宅の影が長く路面にかかり、その人物の表情をベールがかかったように覆い隠している。
例のしつこく付きまとってくる同級生かとも思ったが、冬馬の高校のブレザータイプの制服とは違い、少女が身に着けているのはセーラー服だ。髪の長さも肩より短く、ボーイッシュな雰囲気。冬馬が知る人物とは異なっている。
しばらく目を細めて観察してみたが、知り合いではなさそうだ。
彼女は時折電信柱の近くをうろうろしたり、向かいの住宅を見上げたりしている。そしてその場所は……位置的に見ておそらく、冬馬の家だ。
自宅に誰か訪ねてくる約束はないし、そんな関係の女友達も作っていない。
唯一心当たりといえば、ついさっき持て余して捨てた手紙。てっきり同級生からだと思っていたが、セーラー服の彼女こそが出し主で、それの返事を聞きにきたとか。
しかし他校の生徒が校内の下駄箱まで侵入するかというと、それも考えづらい。
仮に手紙の出し主だったとして、「読んでくれた?」とか言うくらいなら最初から対面式にすればいいのに。
ファンとは聞こえがいいだけの、一方的なストーカー。
冬馬はこれまでも何度となく、視線を感じたり、あとをつけられることがあった。家の前で待ち伏せされたのは、今回が初めてになるが。
どうする。
こんなことで父親に連絡はしない。どうせ夏樹が帰ってくるのは夜の十一時か十二時を過ぎた頃だ。
警察沙汰にするほどのことでもないし、誰かを巻き込むのも面倒くさい。
迷った結果、冬馬はしばらくひとりで時間をつぶしてから帰宅することに決め、そっと踵を返した。危ないものには近寄らないに限る。
駅前に戻って、満喫かファーストフード店にでも寄るか。
ひとつ困ったのは、晩御飯を作る手前、駅前のスーパーに立ち寄って、買い物を済ませてしまったことだ。カサカサと音をたてるビニール袋の中で牛肉が傷まないか心配だったが、真夏ではないから、今日中に調理すればなんとかなるだろう。
*
二時間ほど経ってから再び家の前に戻ってくると、先ほどの少女はいなくなっていた。諦めて帰ったのだろうか。
警戒を緩めず自宅に滑り込んだが、とくに異常もなく杞憂に終わり、リビングキッチンで一息をつく。
結局、誰だったんだろう。
もしかしたら不審者だと思ったのは自分の勘違いで、隣の家のおばちゃんちに姪っ子か誰かが遊びにきて、家の人が不在で入れなかったとか、そんな単純なことだったのかもしれないと冬馬は思った。
商店街をぶらぶらしながら間食したので腹は減っていなかったが、後から帰ってくる家人がいるので晩御飯の用意をしないわけにもいかない。男ふたり世帯、先に帰宅する冬馬が自然と料理当番になっている。
あいつは外面はいいけど、家事は何もやらないからな。
とりあえず、持ち歩くはめになった牛肉を細切りにして、肉野菜炒めにでもするかとビニール袋を開けて中身を取り出していき、最後に冬馬は天を仰いだ。
その日たまたま気まぐれに手にとったアイスが、液体と化していた。
話し相手が周りに誰もいないのに、冬馬は思わず呻いた。
駅から徒歩で十五分ほど歩いた場所にある、ごく一般的な住宅街。
土地開発の際にまとめて拓かれた分譲地帯らしく、似たような色と形をした二階建ての戸建てが、みっちりと並んでいる。
その中のひとつである我が家までは、十字路を曲がればあと十数メートルの距離……なのだが、角を曲がったところで冬馬は立ち止まり、一歩身を引いた。
自分の家の向かいの電信柱のそばに、不審な人物が立っている。
どこかの学校の制服を着た、同年代くらいの少女だ。人を待っているのか、じっとその場を動かない。
時刻は夕方五時をまわったところ。日は西に傾きはじめていた。
雲ひとつない秋空の天井は高く、周囲はまだ十分に明るかったが、密集した住宅の影が長く路面にかかり、その人物の表情をベールがかかったように覆い隠している。
例のしつこく付きまとってくる同級生かとも思ったが、冬馬の高校のブレザータイプの制服とは違い、少女が身に着けているのはセーラー服だ。髪の長さも肩より短く、ボーイッシュな雰囲気。冬馬が知る人物とは異なっている。
しばらく目を細めて観察してみたが、知り合いではなさそうだ。
彼女は時折電信柱の近くをうろうろしたり、向かいの住宅を見上げたりしている。そしてその場所は……位置的に見ておそらく、冬馬の家だ。
自宅に誰か訪ねてくる約束はないし、そんな関係の女友達も作っていない。
唯一心当たりといえば、ついさっき持て余して捨てた手紙。てっきり同級生からだと思っていたが、セーラー服の彼女こそが出し主で、それの返事を聞きにきたとか。
しかし他校の生徒が校内の下駄箱まで侵入するかというと、それも考えづらい。
仮に手紙の出し主だったとして、「読んでくれた?」とか言うくらいなら最初から対面式にすればいいのに。
ファンとは聞こえがいいだけの、一方的なストーカー。
冬馬はこれまでも何度となく、視線を感じたり、あとをつけられることがあった。家の前で待ち伏せされたのは、今回が初めてになるが。
どうする。
こんなことで父親に連絡はしない。どうせ夏樹が帰ってくるのは夜の十一時か十二時を過ぎた頃だ。
警察沙汰にするほどのことでもないし、誰かを巻き込むのも面倒くさい。
迷った結果、冬馬はしばらくひとりで時間をつぶしてから帰宅することに決め、そっと踵を返した。危ないものには近寄らないに限る。
駅前に戻って、満喫かファーストフード店にでも寄るか。
ひとつ困ったのは、晩御飯を作る手前、駅前のスーパーに立ち寄って、買い物を済ませてしまったことだ。カサカサと音をたてるビニール袋の中で牛肉が傷まないか心配だったが、真夏ではないから、今日中に調理すればなんとかなるだろう。
*
二時間ほど経ってから再び家の前に戻ってくると、先ほどの少女はいなくなっていた。諦めて帰ったのだろうか。
警戒を緩めず自宅に滑り込んだが、とくに異常もなく杞憂に終わり、リビングキッチンで一息をつく。
結局、誰だったんだろう。
もしかしたら不審者だと思ったのは自分の勘違いで、隣の家のおばちゃんちに姪っ子か誰かが遊びにきて、家の人が不在で入れなかったとか、そんな単純なことだったのかもしれないと冬馬は思った。
商店街をぶらぶらしながら間食したので腹は減っていなかったが、後から帰ってくる家人がいるので晩御飯の用意をしないわけにもいかない。男ふたり世帯、先に帰宅する冬馬が自然と料理当番になっている。
あいつは外面はいいけど、家事は何もやらないからな。
とりあえず、持ち歩くはめになった牛肉を細切りにして、肉野菜炒めにでもするかとビニール袋を開けて中身を取り出していき、最後に冬馬は天を仰いだ。
その日たまたま気まぐれに手にとったアイスが、液体と化していた。
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