キャッチ・ボール ~子どもは親を選べませんが~

冴季栄瑠

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二章 モテる男は楽じゃない

3 団らんの中で

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 冬馬は先日の件で、蓮田に会ったら一言謝ってもいいと思っていた。
 だが、あれから会う機会はぱったり途絶えている。もしかしたら、向こうがこちらを避けているのかもしれない。

 説教された翌日などは冬馬も学校に行くのが気まずかったが、朝のホームルームで顔を合わせた担任の洋子は、いつも通りだった。
 むしろ廊下で会ったときに「おはよう」と声をかけてくれたりして、気を遣われているような雰囲気。いや相手はあの鉄ジョだぞ。そんな柔らかい人間じゃあなかったはずだ。

「なんか最近、鉄ジョのやつ機嫌よくねぇ? 怖ぇんだけど」

 岡崎に言われて、冬馬もやはりと頷いた。たしかに機嫌がいい。何かプライベートでいいことでも、あったのかもしれない。

 
 十一月も下旬に差し掛かり、晴れている日でも肌寒さを感じるようになった。
 あと二週間もすれば期末テストが始まる。悠長に構えてはいられないはずなのだが、試験の後には冬休みや年越しなどの楽しみが控えているし、何より十二月にはクリスマスというイベントもある。

 どこか浮足立っている生徒たち。冬馬も例にもれず、冬休みを心待ちにしていた。休みに入ったら、もうすぐ発売する新作ゲームソフトを買って夜通し遊ぶのだ。

 夏樹はというと、稼ぎ時のクリスマス・年末商戦を前に多忙を極めているようで、毎日終電帰りが続いていた。
 冬馬は夕飯を作り置きして、夏樹を待たずに寝てしまうのが常だったが、夜中に夏樹が鍵を開けて帰宅する音で目が覚めることもある。

 へとへとになって帰ってきているようだが、朝、顔を合わせても文句ひとつ言わないあたり、仕事が好きなのだろう。土曜日は死んだように寝ているときもあるが、日曜は散歩や、情報収集といって銀座などの繁華街を歩いたりしている。元気だなぁ、と冬馬は思う。

 夏樹はアウトドア派だが、冬馬はインドア派だ。本当に誰に似たのやら。
 冬馬を生んだ実母の顔は記憶にもなく、写真ですら残っていない。時折自分の足元がおぼつかないように感じてしまうのは、そのせいかもしれない。
 夏樹には、意地でも言わないけれど。

     *

「俺だって悩みの十や二十、あるさ。管理職ともなると、人も切ったりすることもあるし」
「一つ、二つの間違いだろ」
「違う違う。先週だって、取締役が思いつきで無理な企画通そうとしてきて、収めるのに大変だったんだ。そんなときにお客様からはクレーム入るし、部下は発注ミスするし、外から責められ中から突き上げられ……」

 ふぅん、珍しく問題を抱えてるんだな。

 日曜の夜八時。今日のおかずは鳥の唐揚げとキャベツ大盛り。それから厚揚げのお味噌汁。
 つけっぱなしのテレビから、いつもの漫才番組のオープニングが流れだす。
 昨日は夏樹が「仕事関係で用がある」といって外出し、夕飯も別で済ませた。だからこうして夕食で同じ食卓につくのは、かれこれ一週間ぶりになる。
 久しぶりにまともに顔を合わせたこともあり、いつになく父子の会話も弾んでいた。

 冬馬には、思うところがある。
 クリスマスプレゼントなんて請う年齢じゃないけれど――もっと記念すべき日が間近にあって。実はもうすぐ冬馬の誕生日なのだ。
 十二月九日。夏樹のボーナスもその頃に出るはずだから、そうしたら誕生日プレゼントにゲームソフトを買ってくれないかな、なんて期待している。

 男家族だから、冬馬の方に特に欲しいものがなかったり、喧嘩の最中だったりすると、誕生日プレゼントがない年もあったりする。
 そういうときは自分の小遣いで買えばいいだけの話だが、最近のソフトは高くて、ひとつ一万円近くしてしまうから、親の金で買ってもらえるならば、なお良い。
 どうやって切り出そうか考えていると、夏樹が味噌汁を啜りながら言った。

「うん、厚揚げの味噌汁、うまい」
「だしも濃い目にしたからな」
「おまえは家事だけは上達していくなぁ。ひとりで何でもできるからって、将来結婚しなさそうで心配だな」
「奥さんに二回も逃げられてるやつに言われたくない」
「ははは。俺はモテるから。しようと思えば三回でも四回でもできるよ」

 誇ることか。冬馬は目の前の男を小突いてやりたいと思った。

「マジうっざ……」
「負け惜しみ~。お前のことだから、学校ですかした態度とってるんだろう。女の子には優しくしなきゃダメだぞ」
「うるせーな、急に何言ってんだよ……」

 面倒くさい流れになったなと冬馬が思っていると、

 プルルルル、プルルル……。

 唐突な着信音が、会話を切った。
 リビングの入口横に設置してある電話機が鳴っている。

「こんな時間に……」

 冬馬は眉を寄せた。甲高い呼び出し音には緊張を覚えるし、多かれ少なかれ身構えてしまう。

「放っとけば。用事があれば留守電に入れるだろ」

 ちょうどご飯を頬張って、口をもごもごさせながら夏樹は言った。

 藤川家では、家の固定電話にかかってきたものには、基本的には出ない。
 それでも冬馬は席をたち、電話のそばへ歩いていった。先日の無言電話の件もよぎったが、それよりも、かけてきたのが「福島のおばあちゃん」だったらすぐに受話器を上げて出なければならないからだ。

 福島県に住んでいる冬馬の祖母には、世話になっているし、こちらも気にかけている。何か緊急の用事があったら、留守電に「おばあちゃんだよ」と吹き込んでもらうよう申し伝えてあった。
 そういえば年末年始が近いから、「まーくんひとりで、遊びに来んしゃい」と声がかかる時期だ。祖母は、実の息子である夏樹のことは「あんな阿呆は勘当じゃ」と言ってゴミクズ扱いしているが、冬馬のことは孫可愛がりしてくれている。

 冬馬が電話機の前で待っていると、呼び出し音が途切れ、留守番電話の案内に切り替わった。
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