キャッチ・ボール ~子どもは親を選べませんが~

冴季栄瑠

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一章 子どもは親を選べない

4 親を呼ばなきゃ駄目ですか

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 日曜日。その日の晩はいつもどおり、冬馬が作った鰤の照り焼きを、夏樹とふたりで黙々と食した。

 それから夏樹が風呂を済ませて、いつもどおりリビングで目的もなくテレビをつける。缶ビールをプシュッと開けて、彼が眠たくなってきた頃を見計らい――。
 よし今だ、と席を立つ。

「あー、そういえばさ。学校でこんなのが配られて……」

 さりげないチラシか何かのように夏樹に見せたのは、クラス担任から保護者に渡すよう課されていた、進路面談の日程希望調査用紙だ。配布されたのは先週にも関わらず、提出期限のギリギリ前日まで、たっぷり寝かせていた。

『※必ず、親御さんに来ていただくようにしてください』

 プリントにはそんな注意書きがご丁寧に太字で書かれていたが、そう上から目線で言われてもな。
 聞くのが突然であれば、都合がつかなくて来れないのではないか?
 ……なぁんて、そんな浅知恵を浮かべていたのに――。

「進路面談? 行く行く」

 期待したものとは正反対の夏樹の答えを聞いて、軽く絶望感を覚えながら、冬馬はいまいちど聞き返した。

「えっ!? 来るのかよ。平日だぞ。仕事あるだろ」
「有給休暇くらいあるさ。ひとり息子の進路面談なんて、それ以上に大事なことないだろ」

 言葉にならない苦悶の表情を浮かべる冬馬に対し、夏樹のノリは軽い。

 わかってた。逃げられないのは、わかっていたけれど。
 親の義務感という建前に、淡い理想をあっさりと打ち砕かれた――そんな休日も終わりかけの、夜十一時過ぎ。

「は? 明日提出? 妙に急だなぁ。ええと、スケジュールどうなってたかな……」

 夏樹はソファから腰を上げ、仕事用の鞄を持って戻ってくると、手帳を取り出して予定を確認しはじめた。「この日は会議で休めないから」などと低い声で呟きながら、長い節ばった指でページをめくっている。

 こういうとき、冬馬は悔しく思う。普段はチャラチャラした浮気男としか思えないのに、手帳を持つと大人の男に見えるのは小物マジックか。

 夏樹が半乾きの前髪をかき上げた。彼が考え事をするときの癖。
 所作だけはかっこつけてるんだよな、この男は。

「進路って、そういえばそんな話、今までしてこなかったけど、おまえ普通に大学行くんだよな?」
「行くよ。適当なとこに。まぁ、できれば、だけど……学費とか、何か問題があるなら」
「あぁ、そこは心配ない。で、目標とかあるのか? サプライズ的な夢とか」
「ない。大学行ってから考える」
「まぁそんなタイプだよな」

 大それた夢はない。なるべく目立たないで生きたい。小者でいい。

「宇宙飛行士になりたいとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「この環境で、あるかそんなもん」

 夏樹はすこぶる上機嫌に笑って、さらりとボールペンで記入したプリントを人差し指と中指で挟み、ぴっと冬馬に差し戻した。

「おまえの高校行くの、初めてだな。入学式のときは仕事でどうしても行けなかったし……。楽しみだなぁ」
「やめてくれ……いいか、どうしても来るっていうなら、普通に来いよ、普通に」
「いつも普通じゃん」
「やらかしただろ! 小学校のとき! ただの授業参観に派手な白スーツ着てきやがって」
「あれはオシャレだって。若かりし頃のさぁ。いつまで根に持ってるんだよ」
「一生忘れるか!」

 あれから、冬馬についたあだ名は「ホスト」。義務教育の間、冬馬は授業参観が近づく度に、無数の目に苛まれる悪夢にうなされ、トラウマを抱えることになったのだ。

 中学高校とステージを移してから、親が出入りできる文化祭の存在などもひた隠しにし、夏樹には極力関わらせないようにしてきた。ここで高校生活を壊されてなるものか。

「これだけは言っておく。面談の際にオシャレは必要ない。関係ないやつに話しかけるな。女に微笑みかけるな。それから……」
「えー、それ何度も聞いたやつ」

 冬馬による『面談時の心得』は小一時間、夏樹に浴びせられた。当の夏樹はというと耳半分の様子ではあったが。

 翌日、調査用紙は担任に受理され、第一希望として記入した日程で、進路面談がとり行われることとなった。
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