5 / 21
一章 子どもは親を選べない
4 親を呼ばなきゃ駄目ですか
しおりを挟む
日曜日。その日の晩はいつもどおり、冬馬が作った鰤の照り焼きを、夏樹とふたりで黙々と食した。
それから夏樹が風呂を済ませて、いつもどおりリビングで目的もなくテレビをつける。缶ビールをプシュッと開けて、彼が眠たくなってきた頃を見計らい――。
よし今だ、と席を立つ。
「あー、そういえばさ。学校でこんなのが配られて……」
さりげないチラシか何かのように夏樹に見せたのは、クラス担任から保護者に渡すよう課されていた、進路面談の日程希望調査用紙だ。配布されたのは先週にも関わらず、提出期限のギリギリ前日まで、たっぷり寝かせていた。
『※必ず、親御さんに来ていただくようにしてください』
プリントにはそんな注意書きがご丁寧に太字で書かれていたが、そう上から目線で言われてもな。
聞くのが突然であれば、都合がつかなくて来れないのではないか?
……なぁんて、そんな浅知恵を浮かべていたのに――。
「進路面談? 行く行く」
期待したものとは正反対の夏樹の答えを聞いて、軽く絶望感を覚えながら、冬馬はいまいちど聞き返した。
「えっ!? 来るのかよ。平日だぞ。仕事あるだろ」
「有給休暇くらいあるさ。ひとり息子の進路面談なんて、それ以上に大事なことないだろ」
言葉にならない苦悶の表情を浮かべる冬馬に対し、夏樹のノリは軽い。
わかってた。逃げられないのは、わかっていたけれど。
親の義務感という建前に、淡い理想をあっさりと打ち砕かれた――そんな休日も終わりかけの、夜十一時過ぎ。
「は? 明日提出? 妙に急だなぁ。ええと、スケジュールどうなってたかな……」
夏樹はソファから腰を上げ、仕事用の鞄を持って戻ってくると、手帳を取り出して予定を確認しはじめた。「この日は会議で休めないから」などと低い声で呟きながら、長い節ばった指でページをめくっている。
こういうとき、冬馬は悔しく思う。普段はチャラチャラした浮気男としか思えないのに、手帳を持つと大人の男に見えるのは小物マジックか。
夏樹が半乾きの前髪をかき上げた。彼が考え事をするときの癖。
所作だけはかっこつけてるんだよな、この男は。
「進路って、そういえばそんな話、今までしてこなかったけど、おまえ普通に大学行くんだよな?」
「行くよ。適当なとこに。まぁ、できれば、だけど……学費とか、何か問題があるなら」
「あぁ、そこは心配ない。で、目標とかあるのか? サプライズ的な夢とか」
「ない。大学行ってから考える」
「まぁそんなタイプだよな」
大それた夢はない。なるべく目立たないで生きたい。小者でいい。
「宇宙飛行士になりたいとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「この環境で、あるかそんなもん」
夏樹はすこぶる上機嫌に笑って、さらりとボールペンで記入したプリントを人差し指と中指で挟み、ぴっと冬馬に差し戻した。
「おまえの高校行くの、初めてだな。入学式のときは仕事でどうしても行けなかったし……。楽しみだなぁ」
「やめてくれ……いいか、どうしても来るっていうなら、普通に来いよ、普通に」
「いつも普通じゃん」
「やらかしただろ! 小学校のとき! ただの授業参観に派手な白スーツ着てきやがって」
「あれはオシャレだって。若かりし頃のさぁ。いつまで根に持ってるんだよ」
「一生忘れるか!」
あれから、冬馬についたあだ名は「ホスト」。義務教育の間、冬馬は授業参観が近づく度に、無数の目に苛まれる悪夢にうなされ、トラウマを抱えることになったのだ。
中学高校とステージを移してから、親が出入りできる文化祭の存在などもひた隠しにし、夏樹には極力関わらせないようにしてきた。ここで高校生活を壊されてなるものか。
「これだけは言っておく。面談の際にオシャレは必要ない。関係ないやつに話しかけるな。女に微笑みかけるな。それから……」
「えー、それ何度も聞いたやつ」
冬馬による『面談時の心得』は小一時間、夏樹に浴びせられた。当の夏樹はというと耳半分の様子ではあったが。
翌日、調査用紙は担任に受理され、第一希望として記入した日程で、進路面談がとり行われることとなった。
それから夏樹が風呂を済ませて、いつもどおりリビングで目的もなくテレビをつける。缶ビールをプシュッと開けて、彼が眠たくなってきた頃を見計らい――。
よし今だ、と席を立つ。
「あー、そういえばさ。学校でこんなのが配られて……」
さりげないチラシか何かのように夏樹に見せたのは、クラス担任から保護者に渡すよう課されていた、進路面談の日程希望調査用紙だ。配布されたのは先週にも関わらず、提出期限のギリギリ前日まで、たっぷり寝かせていた。
『※必ず、親御さんに来ていただくようにしてください』
プリントにはそんな注意書きがご丁寧に太字で書かれていたが、そう上から目線で言われてもな。
聞くのが突然であれば、都合がつかなくて来れないのではないか?
……なぁんて、そんな浅知恵を浮かべていたのに――。
「進路面談? 行く行く」
期待したものとは正反対の夏樹の答えを聞いて、軽く絶望感を覚えながら、冬馬はいまいちど聞き返した。
「えっ!? 来るのかよ。平日だぞ。仕事あるだろ」
「有給休暇くらいあるさ。ひとり息子の進路面談なんて、それ以上に大事なことないだろ」
言葉にならない苦悶の表情を浮かべる冬馬に対し、夏樹のノリは軽い。
わかってた。逃げられないのは、わかっていたけれど。
親の義務感という建前に、淡い理想をあっさりと打ち砕かれた――そんな休日も終わりかけの、夜十一時過ぎ。
「は? 明日提出? 妙に急だなぁ。ええと、スケジュールどうなってたかな……」
夏樹はソファから腰を上げ、仕事用の鞄を持って戻ってくると、手帳を取り出して予定を確認しはじめた。「この日は会議で休めないから」などと低い声で呟きながら、長い節ばった指でページをめくっている。
こういうとき、冬馬は悔しく思う。普段はチャラチャラした浮気男としか思えないのに、手帳を持つと大人の男に見えるのは小物マジックか。
夏樹が半乾きの前髪をかき上げた。彼が考え事をするときの癖。
所作だけはかっこつけてるんだよな、この男は。
「進路って、そういえばそんな話、今までしてこなかったけど、おまえ普通に大学行くんだよな?」
「行くよ。適当なとこに。まぁ、できれば、だけど……学費とか、何か問題があるなら」
「あぁ、そこは心配ない。で、目標とかあるのか? サプライズ的な夢とか」
「ない。大学行ってから考える」
「まぁそんなタイプだよな」
大それた夢はない。なるべく目立たないで生きたい。小者でいい。
「宇宙飛行士になりたいとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「この環境で、あるかそんなもん」
夏樹はすこぶる上機嫌に笑って、さらりとボールペンで記入したプリントを人差し指と中指で挟み、ぴっと冬馬に差し戻した。
「おまえの高校行くの、初めてだな。入学式のときは仕事でどうしても行けなかったし……。楽しみだなぁ」
「やめてくれ……いいか、どうしても来るっていうなら、普通に来いよ、普通に」
「いつも普通じゃん」
「やらかしただろ! 小学校のとき! ただの授業参観に派手な白スーツ着てきやがって」
「あれはオシャレだって。若かりし頃のさぁ。いつまで根に持ってるんだよ」
「一生忘れるか!」
あれから、冬馬についたあだ名は「ホスト」。義務教育の間、冬馬は授業参観が近づく度に、無数の目に苛まれる悪夢にうなされ、トラウマを抱えることになったのだ。
中学高校とステージを移してから、親が出入りできる文化祭の存在などもひた隠しにし、夏樹には極力関わらせないようにしてきた。ここで高校生活を壊されてなるものか。
「これだけは言っておく。面談の際にオシャレは必要ない。関係ないやつに話しかけるな。女に微笑みかけるな。それから……」
「えー、それ何度も聞いたやつ」
冬馬による『面談時の心得』は小一時間、夏樹に浴びせられた。当の夏樹はというと耳半分の様子ではあったが。
翌日、調査用紙は担任に受理され、第一希望として記入した日程で、進路面談がとり行われることとなった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
パンドラベッド
今野綾
ライト文芸
「始まったものは終わるのよ」呪縛のようについてまわる、母の言葉。盲目的に母の言葉を信じ生きてきたヒメノ。そんな母の元から離れ大学に行くようになる。そこでリクに出会い……
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
今日はパンティー日和♡
ピュア
ライト文芸
いろんなシュチュエーションのパンチラやパンモロが楽しめる短編集✨
おまけではパンティー評論家となった世界線の崇道鳴志(*聖女戦士ピュアレディーに登場するキャラ)による、今日のパンティーのコーナーもあるよ💕
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる