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第四章 魔王の子と魔女の子

44話 ふたりはママ友

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「いやぁあああ!!」

 耳をつんざくような悲鳴を上げ、足下にへたりこんでいたドラゴン娘が飛び上がりました。
 彼女はそのまま、他にも同行していたらしい従卒のドラゴンとともに、同胞の遺骸を抱えて魔王城から逃げ出します。
 まさしく這う這うの体といった姿に、魔女を含めた会議室にいた面々は苦笑いを浮かべました。
 その他の観衆はドン引きです。
 ズサササッ、と音を立てて一気に後退りました。
 なにしろ、魔女の呪いがはったりではないことを、魔界の頂点が証明してしまったのですから。
 クリスに触れたギュスターヴの右手が弾け飛ぶ瞬間を、この場に居合わせた全ての者が目撃したのです。
 取り分け間近で目の当たりにした私は、とっさに彼の首筋にしがみつきました。
 シャッ、と近くで鞘走る音が聞こえます。
 ヒヨコが剣を抜いたと私が悟るのと、しがみついた首筋の奥で声帯が震えるのは同時でした。

「──やめろ。貴様が木っ端微塵になれば、アヴィスが悲しむ」
「……」

 ヒヨコはしばし逡巡する気配がありましたが、ほどなくチンと剣を鞘に戻す音が響きます。
 ギュスターヴの喉が、吐息のような笑いで震えました。

「安心しろ。私の目の黒いうちは、アヴィスを嫁になど出さん」

 何やら勝手なことを言っています。
 ますますしがみつく私の頭を、ギュスターヴがのんきに撫でてきました。
 今しがた弾け飛んだはずの、右手で。

「よしよし、アヴィス。大丈夫だぞ。見てみろ」

 私は恐る恐る顔を上げます。

「どうだ、なにも問題はないだろう? しかし、驚かせたのなら謝る。すまなかった」

 確かに、魔王の右手は爪の先まで元通りになっており、傷一つないようです。
 私が矯めつ眇めつそれを検分する間、ギュスターヴは大人しくしておりましたが、そのうちまたろくでもないことを言い出しました。

「あれくらいの再生なら、私にとっては訳がないぞ。よって、お前に触れる者全てを木っ端微塵にする呪いをかけようとも差し障りない。木っ端微塵になったくらいで、私は死なんからな」

 木っ端微塵になっても死なないなんて……魔王というのはどれほどしぶといのでしょうか。
 とはいえ、よくよく思い返してみますと、吸血鬼ジゼルだって細切れにされて焼き尽くされても復活してきたのです。
 格下の彼女に可能なことが、魔界の頂点たるギュスターヴに不可能なはずがありません。
 魔王を破滅させられるものなど、はたして存在するのでしょうか。
 ともあれ……

「ギュスターヴは死ななくても、私の心が死んでしまいます」
「それはいかんな。やめておこう。まったく……お前がお父さんの言いつけを守っていい子にしていてくれれば、私も気を揉まずに済むんだがな?」
「お言葉ですが、ギュスターヴ。私はいつだっていい子ですよ。そもそも、あなたは私のお父さんではありません」
「私の血肉から生まれたのだから、誰がなんと言おうがお前は私の子……いや、このやりとりも何回目だ?」

 私とギュスターヴの会話に、幹部以外の観衆は戸惑いをあらわにしました。
 そんな場の空気を一切気にせず、再びクリスが口を開きます。

「あ、あゔぃす! おれと、けっ……」
「おやめ、ぼうや」

 彼の言葉を遮ったのは、今度はギュスターヴではなく魔女でした。
 目を丸くする幼子に、その母はにっこりとして続けます。

「魔王は同じ轍を踏まないよ。次は、お前さんの頭が弾け飛ぶことになる」

 笑顔で我が子に言うことではないと思いますが、そう突っ込む者は誰一人おりません。
 ノエルや他の幹部達も、平然としております。
 まったく、どいつもこいつもどうかしています。
 当のクリスさえ衝撃を受けた様子もなく、それどころか懲りずに片手を差し出してきました。

「じゃあ、おともだちから……」
「から、とはなんだ。から、とは。最終目標はなんだ。やはり、今のうちに潰しておこうか」

 ギュスターヴが物騒なことを言うのに、魔女はまたあっはっはっと笑います。
 いったいどこに笑うポイントがあったのでしょう。まったくもって理解に苦しみます。
 魔界人の常識や良識は、人間のそれとはかけ離れているのでしょう。
 人間としての生を終え、魔界で人ならぬ身体を与えられた私も、きっと。
 ギュスターヴの腕の中から片手を伸ばし、魔女に抱かれたクリスの小さな手を握りました。

「今日からお友達ですね、クリス。よろしくお願いします」
「う、うんっ、おともだち! よろしく、あゔぃす!」

 幼子相手に害意など抱くはずがありませんので、呪いなど恐るるに足りません。
 平然とクリスに触れた私を見て、魔女が笑みを深めました。
 ノエルやジゼルやオランジュの胡散臭いそれとは違う、母性が滲んだ優しい──ギュスターヴが私に向けるのとよく似た笑みです。
 ギュスターヴを父と、ましてや母と認識することは、未来永劫ありえませんが。

「おともだち! おれの、おともだち!」

 クリスがはしゃいだ声を上げ、私の手を握り返してブンブンと縦に振り始めました。
 幼い見た目にそぐわぬ強い力に振り回されてガクガクしていると、ギュスターヴがクリスの手を引き剥がしてくれます。
 今度は、魔女の呪いは発動しませんでした。
 
「ふふ……それじゃあ、私達も今日から友達だね? 魔王」
「貴様の世迷言は相変わらず突拍子もないな、魔女」
「だってね、子供同士が友達になったんだよ? 私達も〝ママ友〟だろう?」
「ママ友……? いや、私はどちらかというとパパだが」

 魔王と魔女──魔界の頂点と次点がまたおかしなこと言い交わしております。
 そして、やはりそれに突っ込む者は誰もおりませんでした。

 どいつもこいつも、どうかしています。

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