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1巻
1-2
しおりを挟む「レーナルト様が三曲も続けて踊ってくださったの。あなたは?」
「会場の警備ですよ。あいにくとそちらにうかがうことのできる身分ではないですしね」
コンラートは、宮廷に仕える騎士だ。年はリティシアより二つ上。なかなか整った顔立ちで、貴族の令嬢の中には彼に声をかける者も少なくないらしい。対する彼は、それに応じたという噂が一切聞こえてこない堅物だ。
宮廷に仕える騎士の息子である彼は、騎士見習いとして出仕し始めた頃からリティシアたちの側にいた。王女たちの警護担当という名目の遊び相手として。今は宮中の警護にあたっているが、いずれはリティシアの兄であるアルベルトの親衛隊に入るだろう。
「今日もリティシア様はお綺麗ですね」
心からそう思っているという口調で、コンラートはリティシアを誉めた。彼の目には、月光に照らされたリティシアは妖精のように可憐に映っているのだが、彼女の方はそれに気づいていない。
「そういうことは、お姉様に言ってちょうだい。わたしに言っても点数稼ぎにはならなくてよ?」
リティシアはきゃっきゃと笑った。なぜかコンラートの前では、リティシアの人前では見せない陽気な一面が引き出されてしまう。
「リティシア様」
ふと真面目な声音でコンラートはたずねた。
「嫁がれるというのは本当ですか?」
「……そうね、そんな話もないわけではないわ……でも……わからないわ」
リティシアは言葉を濁す。まだ決まったわけではない。レーナルトがリティシアを選んでくれなければ、消えてしまう話だ。
心なしかコンラートの肩が落ちたように見えた。
「あなたも話には聞いているでしょう? お姉様を選ぶのか、わたしを選ぶのか。それは、レーナルト様がお決めになることよ」
姉が選ばれる可能性がはるかに高いのだと半ば自分に言い聞かせる口調だった。
「リティシア様、俺――いや、自分は……」
次に出そうとした言葉をコンラートは呑み込んだ。
「どうしたの?」
ふいに様子の変わった彼にリティシアは声をかける。
「いえ、何でもないですよ。舞踏会、楽しんでください」
「ありがとう」
仕事へ戻っていくコンラートをテラスから見送っていると、「姫」と背後から声をかけられた。
ふり返ればレーナルトが片手に二脚のグラスをまとめて持って立っている。リティシアは瞬時に穏やかな笑みを作り、グラスを受け取った。
「おいしい」
水で割ったりんご酒を口にして、ほっとしたようにリティシアの口元がゆるむ。
「今、誰と話していたのですか?」
「――え?」
リティシアの眉があがった。それから、ほんの少しだけ目元が柔らかくなる。
「……宮廷の騎士です」
「騎士……ですか」
「ええ、今は王宮騎士団の所属なのですが、幼い頃は姉やわたくしの相手をしてくれました」
灰色の瞳が、懐かしそうな色を浮かべている。レーナルトがその色に魅せられているのを、リティシアは気づいていなかった。
* * *
宣言どおりレーナルトは最後までリティシアを手元から離すことはなかった。導かれるままに、リティシアはレーナルトについて回る。
「あら、リティシア様だわ」
「ヘルミーナ様ではないのかしら」
抑えるつもりなどまったくないひそひそ声がリティシアの耳につく。身の置き場がなくなったような気がして身体を小さくしているリティシアの耳元で、
「気にすることはない」
とレーナルトはささやいた。
「あなたは周囲の声に惑わされすぎていますね」
「……そうでしょうか」
困ったようにリティシアはレーナルトを見上げた。彼の腕に包まれて、フロアをくるくると回るのは悪い気分ではないが、こんなふうに注目されるのには慣れていない。
今までの舞踏会の主役はヘルミーナだった。
リティシアも王族なのだから縁を結びたいと思っている者もいないわけではなく、こうした場でダンスに誘ってくる貴族の子息もいるにはいる。けれど彼らはさほどたたないうちにリティシアに飽きてしまうようで、彼女はすぐに壁の花になるのが常だった。
それに父である国王の溺愛ぶりを考えれば、姉の方と親しくしたがるのも当然だ。姉と姉を取り巻く貴族の子息たちを、「花に群がる蜜蜂のようだ」と、遠巻きに眺めているのが今までのリティシアだった。
姉を国外に嫁がせたいという父の思惑は皆知っているところではあるのだけれど、彼女もそろそろ結婚適齢期を過ぎようとしている。ヘルミーナの心をとらえることができれば国内の貴族でも彼女を手に入れることができるかもしれない。
彼女を得ることができたなら、宮廷での出世は思いのままだろう。むろんリティシアを娶ったとしても、王の娘婿である以上それなりに出世は見込めるのだろうけれど、姉を狙う方が明らかに得策だ。
今まではそんなことを考えながら、フロアを行き交う人々を見つめていたというのに、今日の主役は姉ではなくリティシアだ。
今日の主賓に手を取られている。慣れないことにリティシアの頭はくらくらしていた。
朝になれば、全てなかったことになるのではないかという気がしてならない。
たった一晩の美しい夢。
リティシアはそっと右手中指の真珠の指輪に触れてみる。ひんやりとした感触が、これは夢ではないと教えてくれた。
「どうかしましたか?」
「いえ……なんでもありませんわ」
彼がリティシアを選んでくれるなどとは思えない。けれど、この夜のことは一生忘れないだろうとリティシアは思った。
舞踏会は盛況だった。夜明け近くになって、ようやくレーナルトは引き上げると宣言した。
主役の退場とともに、リティシアも自室に戻ることを許される。普段なら最後まで残っているヘルミーナは、とっくに会場を後にしたようだった。レーナルトがリティシアを手放さなかったのがよほど気に入らなかったのかもしれない。
ひんやりとした廊下に出て、リティシアは小さくあくびをした。こんなに遅くまで舞踏会に残っていたことはない。礼を失しない最低限の時間を過ごしたら、隙をうかがって会場から脱出するのが常で、最後まで出席者をもてなす役目は姉にまかせていたから。
もう一つあくびをして、リティシアは廊下を歩き始める。
「疲れさせてしまいましたか」
後ろからかけられた声にぎょっとしてリティシアは飛び上がりかけた。
「とてもお疲れに見える」
レーナルトが供の者を連れて立っている。
「こんなに遅くまで夜会に残っていることはないものですから」
一晩中リティシアを離そうとしなかったレーナルトを責めるような言い回しになってしまったことに気づき、慌てて「とても楽しかったです」と、直前の自分の言葉を打ち消す。
「お部屋までお送りしましょう」
レーナルトの言葉に、リティシアは首をふった。
「いえ……けっこうです。一人で戻れますから」
「しかし、女性を一人で歩かせるわけには」
救いの手を求めて、リティシアはあたりを見回す。彼に送らせるわけにはいかない。これ以上一緒にいたら、ひと時の美しい夢以上のものを期待してしまいそうだった。
ちょうど巡回の途中なのか、銀の鎧を身につけた騎士がこちらに向かって歩いてきたため、リティシアは彼を呼びつける。
「コンラート! お部屋まで送ってほしいの。大丈夫かしら?」
「かしこまりました」
膝をついて礼をとったコンラートが立ち上がるのを待って、リティシアは優美な礼になっていることを願いながらレーナルトに頭を下げた。
「それでは……失礼いたします……レーナルト様」
コンラートに手を差し出して、リティシアはその場を離れる。
「珍しいですね、こんな時間まで舞踏会にいらっしゃるなんて」
リティシアを見下ろすコンラートの目は優しい。この目に憧れたこともあったと、リティシアは懐かしく思い出した。身分の差など気にせず、一緒に遊び回っていた頃の話だ。
「――本当はもっと早く戻るつもりだったのだけれど」
賓客に望まれているのだから、それを蹴って戻るわけにはいかない。いつもの時間に退席できていたら、廊下を人が行き来しているから、わざわざ部屋まで送ってもらう必要もなかったのに。
遅くまでいるのが常のヘルミーナなどは、一人で戻るのは不用心だからと侍女を待機させているらしいが、リティシアはその必要性を感じたことはなかった。
「花嫁はリティシア様で決まりですか」
コンラートの問いにどう返したものかとリティシアは迷う。
「わからないわ」
長い間迷って、結局リティシアはそう返した。その時には、二人はリティシアの部屋の前までたどり着いていた。
「おやすみなさいませ、リティシア様」
コンラートはリティシアの手を取り、膝をついて甲に唇を押し当てる。彼が今までこんなことをしたことはなかった。
「……お、送ってくれてありがとう。……おやすみなさい」
そっと手を引いてリティシアは部屋へと入る。閉じられた扉の向こう側で、彼が深いため息をついたことには気づかないまま。
* * *
翌朝。レーナルトは年代物のテーブルを挟んでマーリオと向かい合っていた。
「どちらの娘にするか決められましたか?」
昨晩の様子を見ていれば、どちらを気に入ったのかは明らかであろうに、あえてマーリオは問う。二人が今いるのは、昨日の条約締結や舞踏会が行われた広間ではなく、王の私室である小さな部屋だった。
「リティシア姫を――」
側にあったワゴンから茶器を取り、カップに茶を注いでいた侍女の手がとまる。その瞳が好奇心に光るのを二人の王は見逃さなかった。
「茶をお出ししたら出ていきなさい」
マーリオの声に、再び彼女の手は動き始める。滑らかな手つきでそれぞれのカップに茶を注ぎ、小さな菓子の皿とともに二人の前に出すと、一礼して彼女は隣室へと下がっていった。
「リティシア、ですか」
時間稼ぎのようにゆっくりとカップを口に運びながらマーリオは確認する。
「妹姫の方です」
念を押すように言い直すと、ほう、とマーリオはため息をついた。
「あの娘は……大国の王妃となれるような器ではありません」
「わかっていますよ、そのようなことくらい」
レーナルトの言葉を聞いたマーリオの眉がはね上がる。
「あなたは、姉姫の方をどこか外国に嫁がせ、妹姫は国内の有力貴族に嫁がせるおつもりだったのでしょう? それはそれで正解でしょう。確かにヘルミーナ姫は才気煥発な女性だ。しかし、わたしは妃にそのような女性を求めていない」
マーリオが神妙に聞いている様子であるのを確認し、レーナルトは続けた。
「実はわたしは、国内の娘を娶るつもりでいたのですよ。あまり表に出るのには向いていない娘で――だから、妃に付けるべき人材には有能な者を揃えた」
「なるほど」
マーリオはただ相槌をうつ。隣国の王とその異母弟の、一人の女性をめぐる醜聞は、彼の耳にも届いていた。その女性は神殿育ちと聞いているから、確かに王妃として表に出るとしたら慣れるまで時間がかかったことだろう。
「揃えた人材は手放すには惜しい。ヘルミーナならば、その人材とぶつかり合うであろうとお考えですか」
「そのようなところです」
マーリオは、ヘルミーナには政治向きのことも叩き込んできた。彼女ならば嫁いだ後にじわじわと権力を握り、最終的にはローザニアを乗っ取ることもできたであろうに。
いや――、とマーリオは目の前の若き王を見つめ直す。レーナルトは有能な君主だ。そんなことくらいお見通しなのだろう、きっと。
「そのような事情でしたら、リティシアをお選びになるのも当然ですな」
ほっと息をついて、マーリオは続けた。
「親のわたしが言うのもなんですが、あれはあまり出来がよくありません。しかしもし……万が一、娘が粗略に扱われるようなことがあれば――」
レーナルトは、マーリオが切った後の言葉を察した。リティシアの扱いによっては、ただでは済まないと通告している。敗戦の王が。
「もちろん――大切にしますよ」
昨夜腕におさめた華奢な身体の持ち主を思い出しながら、レーナルトは続けた。
「あなたがわが国の北方に気を配ってくださる限りは、ね」
この結婚によって、ローザニアとファルティナは同盟関係を結ぶことになる。これから先、ローザニアの北方にある他の国々の動きを警戒するのもファルティナ国王の重要な役割となるのだ。
「もちろん。それがわが国の利益につながりますからな」
マーリオが手を差し出す。二人の王は、かたい握手をかわした。
そしてその日の夕刻。レーナルトとリティシアの婚約が発表されたのだった。
* * *
レーナルトがリティシアを選んだことに、周囲は驚いたようだった。それでも堂々と不満の声をもらしたのはただ一人だけ。
「わたしを選べばよかったのに」
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「だめよ」
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姉の本音がわからなくて、リティシアは黙って姉を見つめる。その視線に気がついたヘルミーナはしかたないと言わんばかりに肩をすくめた。
「本音を言えば、選ばれなかったことを地団太踏んで悔しがりたいわ。わたしはローザニアのような大国に嫁ぐために教育を受けてきたのですもの。でも、それはわたしの誇りが許さないの。お父様には選択権はなかったのもわかっているし」
ヘルミーナはあてがった一枚を、今度は別の方向へと投げ捨てた。
「気をつけなさい、リティシア。ダメだったら逃げて帰っていらっしゃいとは言ってあげられないけれど。あなたがファルティナの王女であること。そのことだけは忘れないで」
「お姉様……どうして……」
「あなたがあまりにも、おバカさんだからよ。物覚えは悪いし、人付き合いは嫌いだし。ローザニアに行ったらバカにされるわ、きっと」
鼻を鳴らして、ヘルミーナはまた新しいドレスを取り上げる。
「足をすくわれないように気をつけなさい。……本当、わたしを選んでおけば余計な苦労をしないで済んだのに、ローザニア国王も使えない男ね!」
こうして何枚かのドレスをリティシアのために選び出すと、ヘルミーナは採寸をするために侍女を呼びつけた。
* * *
毎日がばたばたと過ぎていく。
レーナルトも出立の時まで城に滞在していたが、マーリオとのこまごまとした打ち合わせに追われていて、リティシアと顔を合わせることはなかった。
準備する期間が与えられないのは事前に予想がついたから、さし当たって必要と思われるものは全てこのアウスレーン城に持ち込んであった。足りない品は後から送るか、ローザニアに入ってからそちらで用意することになる。
ヘルミーナもティーリスも忙しかった。姉は選び出したドレスをリティシアの身体に合わせて直しているし、王妃であるティーリスもリティシアに持たせる宝石やら何やらの選別にかかっている。だからベッドに縛りつけられている兄のアルベルト以外、リティシアの相手をしてくれる者はいない。
「嫁ぐ本人が一番暇そうだな」
ベッドに横になりながらアルベルトは笑った。髪の色や顔立ちはヘルミーナではなくリティシアとよく似ている。リティシアからは見えないが、彼の肩とわき腹は包帯に覆われていた。
「しかたないでしょう? どこに行っても邪魔者扱いされるんですもの」
そう言ってため息をつく妹をアルベルトはしみじみと見つめた。
「苦労……するだろうな」
「……わたしも、そう思うの。お姉様みたいにはできないもの。今からでもレーナルト様に考え直していただくわけにはいかないかしら……」
アルベルトは、ベッドから手を伸ばしてリティシアの腕を叩く。
「やる前から逃げ出してどうする?」
頬の傷に布をあてた顔で彼はにやりと笑った。
「大丈夫。なんとかなるさ。おまえならできる」
「……できるだけのことはするつもり」
「そうこなくちゃな」
けが人のところに何時間も居座るわけにもいかない。
早々に辞去して、リティシアは庭へと出た。田舎の城だ。庭といってもたいそうな庭園があるわけでもないが、それでもうろうろしていれば時間つぶしにはなった。
「リティシア様」
声をかけてきたのはコンラートだった。
「ご婚約、おめでとうございます」
「……ありがとう。実感はないのだけれど」
困惑した表情を浮かべて、リティシアは微笑む。
「マイスナート城に、転属することになりました」
コンラートは突然そう言って、リティシアの前に膝をついた。
彼が口にしたのは、リティシアの持参金として用意された国境付近の領地の城だ。領主はリティシアだが、実質的には夫であるレーナルトの管理下に置かれることになる。
「もし……何か困ったことがあったら言ってください。マイスナートからであれば、すぐに駆けつけられます。俺はあなたの忠実な騎士です」
他国の支配下にある城に行くということは、出世の道を諦めるということだ。
リティシアは言葉を失う。まさか、コンラートがそこまでするとは思っていなかった。そしてそこまでしてくれる理由もわからなかった。
「なぜ……?」
「俺……自分があなたの忠実な騎士だから、です」
コンラートは繰り返す。他の理由など必要ない、と言わんばかりに。
* * *
婚約発表から一週間ほどたった出立の朝、レーナルトの見守る前でリティシアは家族との別れを惜しんでいた。城にいる時よりも身軽な茶色の外出用ドレスを身につけて、母である王妃、次いで姉と抱き合っている。
妹に何事か話しかけているヘルミーナを見つめながら、レーナルトは婚約が発表された日の出来事を思い返していた。
「レーナルト様」
その夜、部屋に戻ろうとする彼を呼びとめたのはヘルミーナだった。華やかに装っていた舞踏会の時とは違って、髪型もドレスも控えめなものだが、それでも彼女の美貌は目立つ。
「少し……よろしいでしょうか?」
リティシアと彼の婚約が発表されてそれほど時間はたっていない。それでも城内には婚約を祝うような明るい空気が流れ始めていた。
レーナルトの供を廊下に残し、ヘルミーナは中庭へと彼を連れ出した。夜の空気が中庭を支配している。あたりに人の気配はなかった。
ヘルミーナは、単刀直入に話を切り出した。
「なぜ、リティシアを選ばれたのです? あの娘は国外に嫁いで王妃となるのにふさわしい教育を受けておりません。気が弱く、人前に立つのも好みません。ローザニアの王妃としては不適格ですわ」
「……今からあなたと婚約し直せと?」
レーナルトの言葉に、ヘルミーナはうなずく。
彼は不快の念を覚えずにはいられなかった。大国の王妃の座というのはそれほど魅力的なのだろうか。
「わたしが妻に迎えたいのは、あなたのような野心家ではない」
感情を隠さずにレーナルトは言い放った。すると意外なことに、ヘルミーナは肩を揺らして笑い始めた。
「ローザニアの王妃というのは、それほど魅力的な地位なのですか? 形ばかり頭を下げている貴族たちに小国の王女と蔑まれ、足元をすくわれぬよう常に気を張りつめ――誰が敵で誰が味方かもわからない宮中で、後ろ盾もないまま国内最高クラスの地位に立つ。わたくしなら、そんな地位などいりませんわ。少しも魅力を感じられませんもの」
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「ではなぜ、身代わりを申し出られるのか? ローザニアの王妃という地位に魅力を感じないのだろう、あなたは」
ヘルミーナは真顔になって、彼の問いに答える。
「リティシアはそれに耐えられないでしょう。わたくしなら耐えることができます。そのように教育されていますから――妹に余計な苦労をさせたくないというのは姉として当然ではありませんの?」
「わたしが守る」
レーナルトの言葉にも、ヘルミーナは疑いの色を瞳から消そうとはしない。手にした扇をもてあそんでいる。彼女が大きく息を吐いた。
「約束してくださいます? 泣かせるようなことはしないと」
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