太陽王と灰色の王妃

雨宮れん

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番外編SS

暑い夏の日には2

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 リティシアは窓を大きく開け放った。レーナルトが夏の間使えばいいと言ってくれた部屋はとても涼しい。
 ローザニア王宮の庭園は、リティシアの育ったファルティナの王宮よりずっと立派なものだった。
 今リティシアがいる部屋の目の前は池になっているのだが、その池の水は常に新鮮なものだ。王宮のすぐ側を流れている川から水を引き込む作りになっていて、池の端に作られた水路から出て、庭園内を小川となって流れた後、元の川へと戻される作りになっている。
「……あら、鴨」
 庭園内で猟をする者などいない。そのためか、池にはたくさんの鴨が住み着いていた。昼食に食べたパンの残りを投げてやると、先を争って食べにくる。それを眺めていると後ろからリーザに声をかけられた。
「ベッドはこちらでよろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
 今、この部屋には城内の家具の中からリティシアの選んだものが運び込まれている。 新しい家具一式をそろえるのもできるのだが、それでは部屋が使えるようになるまで数ヶ月かかってしまう。それに城内には使われていない部屋もたくさんある。二人が使う家具を集めるのは難しいことではなかった。
 カーテンは新しく作ってかけ直すことにした。それは「大急ぎで」と念を押した上で城下の町に注文してある。明日には届く予定だ。

「寝具は今の寝室から運んでちょうだい――お願いね」
「かしこまりました」
 リティシアの命令に、リーザは頭を下げた。
「それから、ベッドの側に小さなテーブルを置きたいの。どこかにないかしら?」
「そうですね――二階の使っていない部屋にあるかもしれません」
「探してみましょう」
「いえ、いけません」
 リーザはリティシアをとめた。
「もうすぐお茶の時間です。今日は若い女性たちとの歓談の日にあてられていますから――」
「……残念だわ。では、あなたが代わりに探してきてくれる?」
「ゲルダの方がよろしいかと。彼女の方が王妃様のお好みをわかっているでしょうから」
「……そう?」
 リティシアはふわりと笑った。
 リーザだって、リティシアの好みをよくわかってくれているはずだ。国元からリティシアについてきてくれた侍女を優先してくれているのだろう。
 こんな風にして、数日後には新しい部屋がきちんと整えられたのだった。

 リティシアが新しく整えた寝室に入った時、寝室は完璧に整えられていた。間に合わせの部屋だから、いろいろと不便なこともある。
 例えば、いつも使っている寝室ならば二人で使う寝室の両側にリティシア個人の寝室、レーナルト個人の寝室がある。さらにそれぞれの寝室の先には居間や客間やら、たくさんの部屋がつながっているのだ。
 けれど、ここはもともと子どもたちのための区間に作られた部屋だからそんなわけにはいかない。
 寝室の箪笥にはきちんと選択した夜着が畳まれている。換えのシーツやベッドカバーはベッドのクローゼットに。
 ここまではいいのだが、問題は二人の着替えだ。リティシアの方は、新しい寝室につながる子ども部屋に着替えを持ってきてもらうことにして、レーナルトは寝室に残ってそこで身支度を調えることで解決した。
 ――どうせ、面会の前には着替え、茶会の前にも着替え、と一日に何度も着替えなければならないのだ。朝の身支度以外は元の部屋で行えば問題ない。
 それにこの部屋を使うのは夏の間だけ。このくらいの不便はたいしたことはないだろうとリティシアは思う。

「思っていたより、この部屋は遠かったね」
 侍従に着替えを手伝わせながら、レーナルトは笑った。
「……不便だろうか」
「……いえ」
 侍従はレーナルトに夜着を着せかけ、浴室から羽織って出てきたローブを持って下がっていく。
「この部屋はとても過ごしやすいです、レーナルト様」
「涼しいのは、涼しいだろうけれど」
 レーナルトはリティシアを腕の中に招き入れた。くすくすと笑いながら、リティシアはレーナルトの腕の中にするりと入り込んだ。彼の胸に額を押しつける。
 それからリティシアは彼の方へと顔を向けた。
「……キスしても?」
 問いかけられて、返事のかわりにリティシアは瞼を落とした。軽くレーナルトはリティシアの唇に口づける。
 軽く触れ合わせただけの口づけが深いものへと変わるのに、それほど時間はかからなかった。レーナルトの手が動いて、リティシアの夜着にかかる。するりと紐が抜かれて、夜着が肩から落ちた。
 リティシアを抱きしめたまま、レーナルトの唇が頬から喉へと移動して、鎖骨に沿って軽く触れては離すのを続ける。
「レーナルト様……あの……」
 立っていられないとリティシアは言外に訴えた。
「……立っていられない?」
「レーナルト様は……意地悪です」
 リティシアは顔をそらせて、レーナルトの腕から逃れようとする。身を翻しかけたリティシアを軽々と抱き止めると、レーナルトはベッドの方へと移動した。
 改めて口づけると、リティシアは小さく喘ぐ。もう夜着は床に落とされていたから、彼女の身体を覆うのは下着だけだ。
「――愛しているよ」
 レーナルトのささやきに、リティシアの睫が震える。お慕いしています、と返す声は本当に小さくて、彼の耳に届いているのかもわからなかった。
 
 ゆっくりと時間をかけて愛をかわした後は、身体が水分を欲している。レーナルトが手渡したグラスの水を、リティシアは一息に飲み干した。
「……この部屋は涼しいけれど、こうするとさすがに汗をかいてしまうね。浴室を用意させよう。あなたが先に入るといい」
「いえ、レーナルト様がお先にどうぞ」
 しばらく押し問答を繰り返す。本来の寝室ならば、夫婦の部屋それぞれに浴室があるのだけれど、ここには一つしかない。
「いっそのこと、一緒に入ろうか?」
 レーナルトがそう言うと、リティシアは目を丸くしたまま硬直した。それから真っ赤になって、無言のまま首を横に振る。
「わかった。では、わたしが先に行こう」
 浴室で汗を流したレーナルトが戻ってきた時、リティシアはベッドに座ったままうとうととしていた。
「リティシア――起きて。リュシカを呼んであるから、汗を流してくるといい」
「……はい、レーナルト様」
 眠い目をこすりながらリティシアは浴室へと消えていく。リュシカに手伝ってもらって入浴を終え、それからベッドに戻ると、レーナルトの腕の中に潜り込んだ。

 リティシアが目を覚ました時、身近に人の体温を感じた。身体に巻き付けられた腕の重み。脚に絡められているもう一人の脚。密着できるのは嬉しいけれど――暑い。
「おはよう、リティシア」
「ん……おはようございます……」
 もう室温はかなり高くなっている。身体がべたべたして、リティシアはレーナルトから離れようとした。
「浴室が側にないのは不便だね」
「……夏の間だけですもの……いけません、離してください」
 顔中にキスを落とすレーナルトから身を捩ってリティシアは離れようとした。こんな状況で夫と密着するのは耐えられない。
「もう、いけません、いけませんったら!」
 リティシアは全力でレーナルトを押し戻す。
「……わかった」
 レーナルトは言った。

「この際だから、この区画を大々的に改築しよう。多少奥まることになるが、その方が落ち着いていいだろう。冬は多少冷えるだろうが、あなたは寒さには強いのだろう?」
「いえ、そこまでしなくても……」
 レーナルトはリティシアの話を聞いていなかった。
「寝室をこちらに移動しよう。浴室も作ればいい」
「……それでは、大工事になってしまいます」
 リティシアは小声で言った。自分のためにそんな工事をしてもらうのは心苦しい。けれど、レーナルトは笑った。
「いずれにしろ、子どもができたら工事はしなければならないんだ。今のうちに改築したってかまわないさ」
 無駄遣いだ――とリティシアは思ったのだけれど、レーナルトの手配は素早かった。建物の修繕にかこつけて、寝室の場所を移動し庭園の方も大がかりな工事を行った。
 さすがにその年は間に合わなかったものの、翌年からはリティシアにとっても、いくらか過ごしやすくなり、夏ばてすることもなくなったのだから、レーナルトの判断は正しかったのかもしれない。
 
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