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1巻
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しおりを挟むプロローグ
セラは、暗い穴の中をカンテラを片手に歩いていた。新しく発見された遺跡に足を踏み入れるのはわくわくする――今回のように先陣を切ることが許された時はなおさら。事前に入手した情報によれば、この先に開けた空間があるはずだ。
天然の洞窟を利用して作られた通路に、セラの足音だけが反響している。転ばないように慎重に進んでいくと、すぐに開けた空間にたどりついた。
一度足を止めて、セラは頭に載せたつばの広い帽子を手で押さえる。その下から覗く金の髪は、首の後ろで無造作に束ねてあるだけ。女性にしては長身である彼女の身体を包むのは、男物のシャツにズボン。そして足元は頑丈なブーツ。
カンテラの明かりでは、奥まで光が届かないから行く手は真っ暗だ。何が待ち受けているのだろう――明るい緑色の瞳が、期待に煌めいた。
セラは用心深く一歩踏み出して、開けた空間――広場に出ても問題ないかを確認する。カンテラを高く掲げて周囲を見回すと、壁一面に彫刻が施されていた。
海を行く船、その船を守るように両手を広げている美しい女神の姿。彼女のまとう衣は風になびいているように見える。同じく風に舞う彼女の髪は精緻に彫り込まれていて、まるで本物のよう――セラの目は忙しく壁の彫刻を追っている。
「……八百年くらい、前……かな?」
そう見当をつけるけれど、これは専門外だ。正確な年代は上で待っている考古学者が導き出すだろう。
セラの興味は壁を離れて、広間に向けられた。広間の中央には三つの棺が並べられている。うち一つは小さいから、きっと子どものものなのだろう。昔の墓場には盗掘者を追い払うための罠が仕掛けられていることが多いので、念のため周囲を確認する。
棺は開けられた様子がなく、封印の証もそのままだ。今回の調査は実りが多そうだとセラは期待に胸を膨らませた。棺そのものをもう少し調べたい気はするが、上にいる調査団の人たちに大人数で入っても大丈夫だと連絡をする方が先だ。
通路を戻り、セラは頭上にある入口を見上げる。そこには丈夫な縄が一本ぶら下がっていた。
「セラ! 中はどうなっている?」
戻ってくる足音に気づいたのだろう。上からセラを呼ぶ声がした。
「予想通りです。詳しくは上に戻ってから」
「わかった」
セラは腰にカンテラをぶら下げ、縄を掴んだ。そして普通の人なら苦労するであろう縄をすいすい登ると、あっという間に皆が待っている場所へとたどりつく。
「下の様子は?」
セラの雇い主――著名な考古学者――がたずねた。
「問題ありません。罠が仕掛けられている気配もありませんし、盗掘の形跡もありません……空気も綺麗でした。あ、通路の天井は低めなのでわたしより背が高い人は注意した方がいいですよ」
「棺は?」
「三つありました。一つは小さいので子どものものかと。わたしの専門ではないので確証はありませんが、様式からするとおそらくケーディア王朝時代のもの。副葬品も無事だと思います――多分」
「よかった」
考古学者は喜びの声を上げると、セラに右手を差し出した。
「君がいてくれてよかった。ありがとう」
「いえ、仕事ですから。では、副葬品の回収作業のお手伝いを」
「頼むよ、報酬はいつも通りだ」
セラはかぶっていた帽子を脱いで、差し出された雇い主の手を取る。
セラの報酬はその時々によって違うが、彼とは前払い金の他、副葬品の中から好きな品を二つ持ち帰ることができると決めている。これは王国で定められた規定の範囲内だから問題ない。
調査が終われば、あの美しい彫刻を見る機会はなくなるだろう。後でもう一度眺めに行こうとセラは決めた。
† † †
エレミオは目を開けた。自室ではない場所で目覚めるのは珍しいことではない――というより、週のうち五回はそうだと言った方が正解だ。
「あら、お目覚め?」
昨日の相手の顔を見て、エレミオはひそかにため息をついた――好みじゃない。何でこんなのと寝ることになったんだろう。二日酔いの頭が、酔っていたせいだとわかり切った答えを返してくる。
「――水」
「冷たいのね。昨日はあんなに情熱的だったのに」
そう言いながらも女は部屋を出ていく。
「珍しい飾りね。それは宝石なの?」
戻ってきた女が、水を差し出すついでにエレミオの胸に視線をやる。そこには銀色に輝く涙型の宝飾品がぶら下がっていた。
「いや、安物。単なるお守りさ」
彼女の目が物欲しげな光を発するのに気づいて、エレミオは先手を打った。一晩相手をしたからといって、何でも持っていけると思われたらたまったものではない。
いくら酔っていたとはいえ、もう少し相手は選べと自分に毒づく。いつも後腐れのない相手を選ぶことにしているのだが、今回は見誤った。この先しばらくまとわりつかれることになるだろう。彼の、いや彼の父の持つ財を目当てに。こういった商売をしている娘たちにとって、エレミオは上客だ。当分この店には近づかないことにしよう。
「髪、編みましょうか?」
「――いい。自分でやる。もうあっちに行ってくれ」
無意味に部屋の中を行ったり来たりしている女に舌打ちしたエレミオは、彼女の手に金貨を一枚、滑り込ませる。嬉しそうに彼女が退室して、ようやく彼は一人の静かな時間を手に入れることができた。
グラスに入った水を一気に飲み干し、のろのろと衣類を身につける。
「最近、変な夢ばかり見るよなぁ……」
シャツに袖を通しながら彼は考え込んだ。夢の中で彼に〝来い〟と告げる声は、毎回同じ地名を届けてくる。彼はそれが実在する場所であることを知っていた。
「ねぇ、セラが帰ってきたんですってよ!」
「ケーディア王朝時代の遺跡の探索に行ってたんでしょ?」
廊下から女たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
「そうみたい。お墓に埋められてた指輪を二つ、持って帰ってきたんだって」
「じゃあ早めに行かないと! 予約しないと誰かに売られちゃうでしょ」
エレミオはその声に耳をかたむけた。彼女たちの口にしていたセラという名前には聞き覚えがある。確か遺跡探索人で多額の報酬を要求するが、依頼人の期待は決して裏切らないと有名だ。しかも彼が気になっている地名に大いに関係がある。彼女こそ、自分が必要としている人材なのかもしれない。
「焦らなくても大丈夫よ。今回はうーんと大きな宝石がついてるんですって。わたしたちじゃ手が出ないわ」
「そうなの? でもそれならそれで見るだけでもいいじゃない。目の保養よ」
彼女たちの声が遠ざかっていく。
とりあえず、とエレミオは時間を確認した。もう昼になろうとしている。そろそろ店の方に顔を出さないと父がうるさいだろう。ただでさえ、自分の外泊にはいい顔をしていないのだから。
エレミオは昨夜の勘定をすませると、「また来てね!」という女の声に愛想笑いを返して店を後にした。
第一章
扉が叩かれたのは、蒸し暑い夏の夜のことだった。遅くなってしまった夕食の食器を台所へ運んで、セラは大急ぎで玄関の扉を開ける。細くしか開けなかったのは用心のため。一人で暮らし始めて五年。そのくらいの知恵はとうに身につけた。
「……どちら様?」
「仕事を頼みたい」
扉の前で待っていた人物は、こんなに暑いというのにマントのフードを深くかぶっている。声から推測するに若い男性のようだ。
「人に物を頼む時は、顔を隠すのがあなたの流儀なの?」
「……悪いね。あまり人目につきたくないんだ。俺、目立つしさ」
しゃあしゃあと言った男が少しフードをずらし、部屋から漏れる明かりの方へ顔を向ける。そうすると、フードの隙間から端整な顔立ちと輝く髪がわずかに見えた。
「……コルテス商会のバカ息子じゃない。帰って」
顔が見えたのはごく一瞬だったけれど、誰なのかはすぐにわかった。セラは勢いよく扉を引いて閉めようとするが、相手の動きの方が早く、わずかな隙間に足をつっこまれる。顔をしかめたセラは、扉を引く手に力を込めた。扉越しに二人の攻防が続く。
「痛ぇ! 人の足挟んで何やってんだよ!」
「コルテス商会なら、遺跡探索人くらいいくらでも見つけられるでしょ。わざわざ、犯罪者の娘に頼みにくることないじゃない!」
犯罪者の娘、という言葉に相手が一瞬ひるむ。それを悟ったセラは引いていた手の力をゆるめ、扉を再度開けた――思いきり、勢いよく。
「わっ!」
と大声を上げて招かれざる客は尻餅をつく。その隙にセラは扉を閉めて、かんぬきをかけた。
「仕事の依頼だって言ってるだろ? まっとうな仕事だっての! 遺跡の探索ならお手の物だろ!」
ばんばんと扉を叩きながら、彼は未練がましい台詞を吐いている。
「ご冗談を。コルテス商会のお坊ちゃんともあろう方が、わざわざわたしのところに依頼に来るなんて、裏があるとしか思えないでしょ? おとといおいで!」
扉の向こうにいる相手――エレミオ・コルテス――に関する噂にろくなものはなかった。
コルテス商会は、このアグレダ王国一の貿易商だ。今でこそ平民に落ち着いているが、家系図をたどれば二代前で貴族に行き着く。おまけに彼らはその代で王家に娘を嫁がせており、薄いつながりながら、今の女王の縁戚でもあった。
一方のセラはと言えば、一応遺跡探索人としてそれなりに評価はされている。諸国の遺跡を巡り歩くことから「ウォーカー」と呼ばれる遺跡探索人は、経験がものを言うため若いと駆け出し扱いされることが多いが、セラは早くからこの道に入ったから、年齢の割には経験も豊富だ。
父親が犯罪者でなければ、もっと評価されるはず――共に仕事をした人は、たいていそう言ってくれた。
セラの腕を求めて仕事の依頼にくる者は多いが、その中には山師も多数含まれている。彼女の周囲をとりまくのは犯罪者と一般人の境目を綱渡りしているような者が大半だ。だから、遺跡探索人としての評価はともかく、セラ本人の評判は決して良いものとはいえなかった。
けれど一つだけ良かったこともある。騙されないように、人を見る目が養われたことだ。
その目を信じるならば、コルテス家の次男坊には関わらない方がいい。商売熱心な父親、実直な長男。だがその後に続く次男は二人とはまるで違う。
十五の頃から酒場の並ぶ通りだけでなくその奥に位置する花街にも出入りをし、流した浮き名の数は十や二十ではきかない。依頼なんて言っていたけれど――その背後に何があるのかわからないほどセラは世間知らずじゃない。
「……女だからって馬鹿にして」
遺跡探索人は体力が必要な職業ではあるが、〝そういう意味〟で身体を張ったことは一度もない。犯罪者の娘という偏見の目で見られる分、身持ちは堅くしてきたつもりだ。扉の外にいる青年のことは完全に無視して、セラは放置していた夕食の皿を洗い始めた。
セラの仕事場には、さまざまな客人が訪れる。
「残念。これは偽物ですよ。本物なら、底がこんな色をしているはずないんです。モルディア王国の品なら、もう少し茶色がかっているでしょうね」
仕事場の机に置かれた壷を、セラは白い手袋をはめた手でひっくり返した。
「ではがらくたということか」
「本物としての価値はありませんけれど……」
セラの手元を眺めていた客――中年男の目が、今までとは違った輝きを放った。
「……本物だ。そうだろう?」
「いえ、偽物です」
「いや――君が本物だと言ってくれればいいんだ」
「偽物を本物だなんて言えません。それに、この後考古学者に鑑定を依頼するのが決まりですよね?」
「決まりなんてどうにでもなる。君が本物だって言えば考古学者だって信じるさ。君の父親だってそうやってきたんだろ?」
父のことを言われて、セラの目が吊り上がった。
「帰って! 帰らないなら、この壷を! その頭に! 叩きつけるわよ!」
セラは外へと通じる扉に指をぴしりと向ける。往生際悪くもう一度説得しようとする男に向かって、彼女は一歩踏み出した。長身のセラがそうすると迫力がある。
「お高くとまりやがって! いかさま師の娘のくせに!」
怖気づいたのか、男は捨て台詞を吐きながら逃げ出す。
「忘れ物!」
セラは男の背中に向かって叫んだ。
「偽物なんかいるものか!」
悔し紛れの声がして、扉が勢いよくばたんと閉じられる。
「偽物だけど、作られたの五百年前なんだけどな……」
セラは壷を持ち上げてつぶやいた。
「これはこれで収集家がいるから、売れないわけじゃないのに。わたしは専門家じゃないから、金額まではつけられないけど」
誰も一文にもならないとは言ってないんだから、人の話は最後まで聞けばいいのに。
「いらないというのなら、とりあえず預かっておきましょうかね」
セラはその壷を、さまざまな品が並んだ棚の端に置いた。男の身元は知っているから、頭の冷えた頃合いを見計らって、それなりの価値のある品だと手紙付きで送り返してやろう。確実に鑑定できる専門家の名前と、買い取ってくれるであろう収集家の名前も一緒に。
父のことをいかさま師とののしった男にまで、こんなに〝親切〟にしてやるのだから、感謝して欲しいくらいだ。実のところ、下手に持っていて後でそれなりの価値があると知られた時が面倒だというのもあるのだが。
いかさま師。その言葉を繰り返して、セラは嘆息した。
遺跡探索人、とはその名のとおり遺跡を探索して回る者のことだ。考古学者に雇われて遺跡に入ることもあるが、多くの探索人は商売として国の許可をとって自己判断で遺跡に入る。昔の遺跡には価値のある財宝が眠っていることが多く、発見した場合には半分を国に納めれば残りは発見者が自由にしてよいことになっている。
遺跡は罠がしかけられていたり、野生動物の巣になっていたりと危険が多い。また、長い年月の間に風化してしまって、探索中に遺跡そのものが崩壊してしまうこともある。そのうえせっかく入った遺跡の中はすでに盗掘されていて、空振りに終わることすらあるのだ。
命をかけなければならない割には半分博打のような商売だが、一攫千金の夢にかける志願者は後を絶たない。
セラの父も、そんな一攫千金を夢見る若者の一人だった、という。若かりし頃、父はまずさまざまな遺跡に片っ端から入って行って、名を上げ始めた。そのうち彼の名は国中――いや、海の向こうまで知られるようになった。
そして国内外の著名な考古学者が遺跡の調査に赴く際、父の同行を求めるようになった。
知識はともかく、遺跡の探索という重労働には不向きな考古学者が多いから、初めて入る遺跡には探索人の同行が必須だ。父は彼らの期待に十分応えていた。
けれど、母を若くして亡くした後、仕方なくセラを連れて遺跡探索に赴いていた父の心の中にはいつしか不満が芽生え始めていた――
遺跡探索人としてどれだけ名を上げようと、考古学者からは格下に見られてしまう。昔の財宝に関する知識なら、学者にだってひけをとらないのに。
それでも、考古学者たちにとって探索人は単なる道案内人に過ぎない。危険回避の道具であって、評価すべき相手ではない。彼の不満はだんだん大きくなっていき、ついに一番やってはいけないことに手を出した。
昔の財宝には美しい物が多い。たとえば、金の首飾りや耳飾り。宝石をはめ込んだ銀の杯。繊細な模様が描かれた美しい壷。柄に細かな細工を施した短剣。そんな品々を家に飾ったり実際に使用したりするのは、財産のある者の特権だ。
それをよく知っていたセラの父は、精巧に作った贋作を本物だと言って、何も知らない金持ちに売りつけた。父によって贋作を売りつけられた客には、当時の国王もいたという。父の手には大金が入ったが、数年もしないうちに彼のしでかしたことは露呈した。どれほど精巧に作った物であっても、全ての専門家の目を欺くことなんてできるはずがない。贋作製造の罪で父は牢に入り――そしてそこで死んだ。
残されたセラは一人で生きていく術を見つけるしかなかった。父に連れられてあちこちの遺跡を回っていた彼女は最低限の読み書きしかできなかった。だから、まともな仕事には就けなかったし、養ってくれる相手を見つけて結婚することもできなかった。
結局、父に仕込まれた遺跡探索の技でその日の糧を稼いでいる。犯罪者の娘であり、悪い評判がついて回るセラのところには怪しい依頼も多いのだが。
今帰ったばかりの客のように、犯罪まがいのことをしろと命じる相手だっていないわけではなかった。けれども何とか一人でやってきた。これからもきっとそうしていくのだろう。
夜になると、昼間に比べて風が少しだけ冷たくなる。昨夜の今頃は思いがけない訪問者に驚いたが、朝にはいなくなっていたからたいした用事ではなかったのだろうと結論づける。
先日入った遺跡から引き揚げてきた財宝を、セラは床下にしまい込んだ。全ての品の鑑定を終えたら、適切な店に運んで買い取ってもらうつもりだ。
結局、父と同じことをして生きている。どれほど嫌だと思っても、これしかできないから。
夜は床下の入口の上にベッドを置いてそこで寝る。寝ている間はこうやって財宝を守るのだ。壁に立てかけておいたベッドを床に置いて寝支度を整えようとすると、昨夜と同じように扉を叩く音がした。
「どちら様?」
「つれないね。昨日も来たってのにさ」
「帰ってくれる?」
「真面目な依頼だって言ってるだろ!」
真剣な声音で昨夜の招かれざる客――エレミオ・コルテスは言った。
「だから、他の探索人をあたれって――」
「君じゃなきゃ意味がない。……マルゲリア島って言えば納得するか?」
彼が口にしたのは、ここから東に二週間ほど航海した先にある大陸の北東に浮かぶ島の名だった。その名に、セラの心がわずかに動く。
「……入って」
セラは扉を開き、エレミオを招き入れた。暑かった、とこぼしながら入ってきた彼は、かぶっていたマントを脱いで勝手に椅子の背にひっかける。
セラは、エレミオの動きをじっと見つめていた。今年二十になったセラより数歳下。先日成人の儀を終えたという話だから、十八になったところだろう。
身長は男性の平均だが、その身体は華奢に見えかねないほど細い。父親と一緒によく航海に出ているはずだが、肌の色は白かった。珍しい銀色をした髪を首の後ろで一本に編んでいる。胸元に刺繍の入ったシャツは、一目で高価な品と知れた。
女性たちが騒ぐのもわかるような気がする。若く、綺麗な顔立ち、裕福な家庭。そのうえ銀色の髪が神秘的な雰囲気をかもしだしている。
そんな風に観察する一方で彼女は、エレミオもまた自分を観察していることもわかっていた。
背が高く、力仕事をしているから女性としては筋肉質だ。気の強そうな緑色の瞳に、肩のあたりで好き勝手な方向に撥ねている金髪。胸は男物のシャツがきつく感じられるほどに豊かで、腰は細い。
自分が男の目を引きつける容姿をしていることは知っている。だから、エレミオが今寄越しているような不躾な視線にも慣れている。
セラは、彼の視線を気にしていないと見せつけるために、胸に挟んでいたハンカチを引っ張り出して、テーブルに放り投げた。見事な曲線に、エレミオの視線が吸い寄せられる。
「イヤラシイ目で見ないでちょうだい! 今度そんな目で見たら、依頼は引き受けないわよ」
「引き受ける気になった?」
「それをこれから決めるんでしょう! まずは話をしないとね――お茶とお酒どっちがいい? ああ、出さないという選択肢もあるわね」
腕組みして、エレミオを見つめる。そうすると大きな胸がいっそう強調されてしまうのだが、気にしても仕方ない。彼の前では毅然とした態度をとっていたかった。
「……薬草茶があれば」
「効能は?」
薬草を並べてある棚に向かいながらセラはたずねた。すぐに医者にかかることができるとは限らないから、家に薬草を常備しておくのはこのあたりの家では当然のことだ。
「よく眠れるようなものを」
セラは数種類の薬草を鍋に放り込むと、水がめから水を汲んで、鍋を竈の火にかけた。
蜂蜜入れをテーブルの上に置き、エレミオには背を向けたまま薬草茶がぐつぐつと煮立っているのを見つめる。こんな遅くに二人きりでいたなんて知られたら、周囲から何と思われるだろう。話が終わったら、さっさと彼には帰ってもらわなければ。
「……本当に仕事の依頼なの? 言っておくけど、わたしを雇うのは高くつくんだから」
「そのくらい知ってるさ」
振り返ると、エレミオはまっすぐにセラを見つめていた。だらしなく椅子に斜めに座り、片足を椅子の上に持ち上げて抱え込んでいる。
少しばかり目の下の肌の色が濃くなっていることにセラは気がついた。よく眠れる効能のある薬草茶を求めるのは、本当に眠れないからなのかもしれない。
「さあ、これを飲み終わるまでに話を終えてちょうだい。それから、話が終わったらとっとと帰ってさっさと寝ること。いいわね?」
頑丈なカップに薬草茶を注ぎ入れて、彼の前に置いた。自分の分にはたっぷりと蜂蜜を追加する。エレミオはそのままカップを口に運んだ。かなり渋いはずなのに、顔色一つ変えずにそれを飲み込む。
「ラクイア王国の近くに浮かぶ島――マルゲリア島までの往復につき合ってほしいと言ったら、君はいくら要求する?」
てっきり回りくどく話をすると思ったのに、彼はあっさりと言った。真剣な眼差しの青い瞳がランプの光を受けて輝く。
「そうね……全部海路で行くか、陸路を併用するかで変わってくるんだけど」
セラは考え込んだ。彼が行きたがっている場所に船で行くとしたら、風の具合やどの航路を選ぶのかにもよるが、ひと月からひと月半はかかるだろう。
「余裕を見て往復で三ヶ月? となると、ざっと見積もって五千カディール。ついでに言うなら、必要経費は別。半額は前金。もし三ヶ月より短い期間で戻ってくることができたら残りの金額は改めて計算するから、その分を払ってもらうってことで。前金は全額現金以外認めない」
「高いな」
五千カディールといえば、一家四人が楽々一年暮らすことのできる金額だ。予想より高額だったらしく、エレミオは渋い表情になった。
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