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第4章

第二四話

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 タロー・ファクトリーを後にした跡永賀は、家へ戻ろうとする。それにルーチェとトウカはついてきた。お互い、目を離せないのだろう。昨晩のこともある。
 それはわかるのだが……

「歩きにくいんだけど」
 両の腕をそれぞれに抱えられた跡永賀はそういった。嬉しいとかより先に、嫌な汗と圧迫感を覚えた。自分を挟んで行き交う牽制と敵意の視線のせいだ。

「跡永賀が歩きにくいから離れて。そして消えて」
「は? あんたが失せなさいよ」
 万事この調子である。ハンナの戦闘禁止令のおかげで表立ってどうこうすることはないが、それでも舌戦があるのだからタチが悪い。
 道中の店のいくつかが荒らされており、その場にいた者から、†聖十字騎士団†の仕業であると跡永賀は耳に挟んだ。だんだん、活動が表面に、過激に現れている。ソフィアが言うように、そろそろ支配を目論むかもしれない。

 家の前につくと、倒れているアーサーキングの前に三つの人の姿があった。助ける義理もないのでそのままにしておいたが、何かあったのだろうか。
「おっと、聞いてみるか」
 跡永賀達に向こうも気づいたようで、三人のうちの一人がこちらを見る。
「こいつが何でこうなったか知らないか」
「あー、それは」
 どうやら仲間のようだ。どう答えれば無難に収まるか、跡永賀は胸中で答えを探す。
「あたしが倒した。邪魔だったから」
 さっくり、トウカが答えた。

「そうか」
「何かまずかった?」
 むしろまずくない理由が知りたい。跡永賀は答えの見つからなかった胸中でつぶやく。
「いや、ちょうどいい」
 その男は残り二人に目配せし、アーサーキングの身ぐるみを剥ぎ始めた。

「仲間じゃ……?」
「一応そうではあったんだが、正直同じ四天王であることに嫌気が差していた」 
 ああ、三人というのは、そういう三人か。跡永賀は納得する。

「口だけの雑魚で、余計なことしかしない。これで切り捨てる大義名分も立つ。おい、聞こえてるよな、もうお前、騎士団じゃねーから。こっち構ってくんなよ」
 踏みつけて、男は言った。他の二人は話すのも嫌だといわんばかりに、もくもくとアイテムを奪う。

「じゃあ、あんたが新しい四天王にならないか?」
「嫌よ、そんなの」
「そうか。もったいないな、その方があんたのためだぞ」
「どういうこと?」
「近々、騎士団は大規模な粛清を行う。騎士団の統治を拒むやつを裁くんだ」
 粛清、ねぇ。跡永賀は鼻で笑うのをこらえた。

「その時に騎士団にいればいい思いができるのさ」
「でも返り討ちにあったら、逆に肩身が狭いんじゃないの?」
「それはない。俺達は最強だからな」

 最強……。跡永賀は笑いをこらえて変な顔になった。慌てて、視線を落として顔を伏せる。アーサーキングを見て、ルーチェやトウカ、母を見て、騎士団の程度を察すれば当然の反応である。
「そういうわけだから。それじゃあな」

 去っていた三人。残されたアーサーキングは無様に磨きがかかっている。今は死んでいるが、リスポーンした時にこのやりとりを追体験する。その時、この男はどうするのだろうか。跡永賀はわずかに同情したが、手助けをする気にはならなかった。因果応報というやつだ。

「ぷるる~」
「おお、起きたか」
 扉を開けると、勢いよくモモが飛び込んできた。
「それにしても、これどうするの? 誰かさんのせいで窓に大穴が開いてるけど」
「あ? 元はといえばお前のせいだろ」
「兄さんに話したら、修理するまで空き部屋使ってくれってさ。費用は気にしなくていいって」
 本当なら大家がそこまでする理由はない。兄の厚意には感謝するばかりだ。もっとも、跡永賀がそれを面と向かって口に出すことはないだろうが。

 その日の夜――――
 跡永賀は、ソフィアの部屋で寝ていた。
「空き部屋使っていいって言ったよね」
「あの二人と一緒だと寝られないんだよ。胃に穴が開きそうだ」
 結局、抜け駆けなしの約束をして、二人を別々の部屋に置いておくしか術がなかった。隣で布団をかぶるソフィアは笑う。「贅沢病だね」
「間が悪いんだよ、色々と」
 跡永賀はそばで眠るモモにタオルケットを掛け直す。

「そういえばあの中二病君だけどさ」
「ん?」
「とりあえず契約期間中はそのまま住ませることにするよ。家賃ももらってるしね」
「そうか」
 さっき外を見たら、アーサーキングはよろよろと二階に上がっていた。それから音沙汰なしであるから、もうこちらを襲うことはないだろう。武器はもちろん、アイテムもない。おそらくは金もない。ステータスもそれほど高くはない……そんな体たらくでも自分よりましなのだから、我ながら情けない。跡永賀は何度目かわからぬ憂鬱を味わった。

「あと一ヶ月ちょいだね」
「〈テスタメント〉か?」
「うん。どうする? 戻ってきたらリアルも半年――いや、それならまだいいね。五年、十年経った浦島状態だったら」

 ソフィアはぼんやり天井を見上げていた。
「別にそれでもいいさ」
 跡永賀も同様に天井を見上げている。
「あら意外。怒るもんだとばかり」
「あのままずっと、塞ぎこんでふてくされていたら、何も変わらなかった。自分や環境を変えようと思う気さえ浮かばなかったと思う。ここでの半年は、あのまま過ごすはずだった五年、十年より価値がある」

 独りになって、痛いほどわかった。自分と世界のこと、人と人とのつながり――絆のこと。ただ流され、〝もしも〟を期待しているだけでは、何もわからなかっただろう。
「なら勧めて正解だったかな」
「ああ」

 失うものもなく、取り戻し、新しく得たものを持ってリアルに帰ることができる。
 リアルに戻ることで失うものは何もない。
 その時は疑いなくそう思っていた。
 夢の世界に旅立つ跡永賀のそばで、モモが小さな寝息を立てていた。
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