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第1章

第九話

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「つい持ってきたけど……どうするかな」
 このファイルを兄のところに置いておくのは癪であったが、かといって自分のところに置き場があるわけでもなく、必要としているわけでもない。こっそりどこかで捨てるのも、その後が気になって精神上よろしくない。わざわざシュレッダーを入手するのも手間だし、このご時世、燃やすこともままならない……

「いっそ、そっと姉さんに返せばなんとか……」
 扉の方を背に、ぼんやりファイルの中を眺める。
「ならないよなぁ、やっぱり」
「なにが?」
「ん?」と振り返れば、不思議そうな冬窓床の顔が――
 唖然としたものになった。
 どうやら、跡永賀の手のものを読んでしまったらしい。

「っ」
「ちょ、まっ」
 走り去ろうとする姉の腕を引く。体が弱いとはいえ、さすがに男と女、どうにか引き止めることはできた。
 できたが、そこまでだった。
 踏ん張りがたらず、そのままベッドに身を弾ませる。遅れて、ファイルがフローリングを転がる音。

「……姉さん、無事?」
 下になった形の跡永賀が腕の中をのぞくが、表情は伺えず返事は聞こえない。
「姉さん?」
「どうして……」

 やっと届いた声は、いつも以上に細く弱い。
「データに残らないように手書きでこっそり……なのにどうして……」
「ええと……兄さんが教えてくれた」
「あの畜生が」

 怨嗟にまみれた呟きに、跡永賀は嫌な汗を流した。
「あのね、姉さん」
 とりあえず何か話そうとすると「ごめんなさい」姉が口を開いた。
「別に……そういうこといつも考えていたわけじゃないの……あれはその……思いつき……冗談とか、そういうものであって、だから……あ、でも、跡永賀のこと嫌いってわけじゃなくて」

 何を言いたいのか、よくわからなかった。わかったことは、姉は自分のご機嫌を気にして必死になっているということくらい。
「…………姉さんはさ――いや、おねえちゃんは、あの時の約束を覚えてるの? 俺とは違って、守る気があったの?」
「!」

 ばっと冬窓床が顔を上げる。ようやくわかった表情には、驚愕や羞恥、そして絶望があった。
「あっ、ああっ……」
 ぱくぱくと酸素を求めるように唇を開閉させる姉に、跡永賀は「そっか」
「もう時効というか、自然消滅したと思ってたよ」
「そんな、こと……」

 跡永賀の手が冬窓床の頬を撫でる。
「姉さんは昔のままだったんだね。昔の……俺の初恋の人のまま……」
「! わ、私だって」
「……そっか」

 だいたい、わかった。
「ちょっと、外に出てくる」
 姉の体を横に寝かせ、跡永賀は立ち上がる。ここに――冬窓床と二人でいたくはなかった。一人になりたかった。
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