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第4章

カミダチ

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~ 駐留所 ~

米崎さんを隣に乗せ、無人の国道を帰っていく。こんな車を運転できるのか不安だったが、意外とすんなり慣れることができた。車がまったく走っておらず、信号も全部消えている。

反対車線では救急車と消防車、軍用車両にパトカーがサイレンをかき鳴らし、まるで公用車のパレードのような有様だ。

米崎さんは肩を脱臼していた。
無理な体制で大型ライフルを何発も撃っていたようだ。

仇討ち、って考えると、つい熱くなってしまってな
イツツ…まあ、大丈夫だ、外れるのはクセみたいになっちまってるんだ

あのライフルが戦闘機に当たった衝撃で、俺は後ろに吹き飛ばされましたよ
そう、だろうな! アレを整備して使えるようにしておいてよかった! あとちょっとで破棄されるところだったんだ
そうだったんですね
中々訓練では使わないからな

そんなことを言いながら駐留所にたどり着くと、主任が中から走ってくるのが見えた。

あ、主任、こんなとこでなにし
なにしてるじゃないわよ!! あんた… あんた…
いきなりヘリに飛び乗って、一体どこに行ってきたのよっ!! わたし、わたしは…

主任泣いてる?

また、主任が泣いている。今日しゅっちゅう泣くな、などと一瞬考えたが、口に出す勇気は無かった。
このあとすごく怒られそうな気がする。

まひるさん、これから医務室に行くんで、よかったら後ろに乗ってください。

…米崎さん
米崎さんと主任は知り合いのようだ。泣いている主任に乗るよう促してくれた。
主任はうなずき涙を拭うと後ろに乗りこんだ。

周りではさまざまな人達が走り回り、自分の作業に没頭している。
ヘリコプターが飛び立つ音。トラックが基地に入る音。
無線で連絡を取り合う声。
色んな音が目まぐるしく変化し、状況に応じてしっかりと対応していく。
そういったときに出る音が、いまは、とても心地良く感じられた。


~ 医務室・手当て ~

基地に残っていた医師の先生や看護師さんは少なく、今は
米崎さんの怪我の手当てに付きっきりになってしまったため、待合室で主任が手当てをしてくれている。

主任は不器用な手付きで切り傷だらけの俺の顔を消毒し、テープやガーゼを貼り付けていってくれた。

あの、い、痛いんですけど…
つ、つべこべ言わないで! こんな傷だらけになって…。痛いのは傷だらけになるほうが悪い!!
そんな、バカな

…いきなり、あなたはヘリコプターに飛び乗るし、父さんは電話に出てくれないし、やっとここに着いたと思ったら、今度は2人して作戦の準備で出ていったって言われるし!
…ブラッドイーグルは飛んでくるし、すごい爆発で高層ビルが次々に倒れていくし…
どれだけ、どれだけ心配したと思ってるの…

…すみません

…なにが、あったの
主任が恐る恐る尋ねてくる。

…その、俺、気付いてしまったんです
俺、たぶんあの子に殺されない、って

…役割、の話ね
主任も聞こえてたんですね
ちょっとは、ね

そう、なんとなくあの戦闘機に会いにいけば、いろんなことが、なんとなく、なんだかなんとかなるように思えたんです

でも今は、まだその時じゃない、そう言われました

なんなんでしょう…。まるで、
世界にも、あの少女たちにも仲間外れにされてるような…そんな気分です

わたしは、…てっきり、あの時、言い過ぎちゃったから、それで、あなたが自暴自棄になっちゃったのかと思って…

…あぁ、そんなことは…、
いえ…ちょっとはあったかも、しれません

主任がバツの悪そうな顔をして包帯を巻き始めた。

でもあの後、陸佐が話を聞いてくれて、
止めても勝手に少女に会いに行くと言ったら、それなら
俺が連れていくって、言ってくれて、

今日一日で、主任や霧島陸佐、米崎さんや他の隊員の方達にいっぱい、大事なことを教わって。
そしたらやっぱりいろいろ、なんとかなったりなんかして、

きっと、これで良かったんだと思います

…ぜんぜん
良くないわ

絶対に許さない
なん…

あの、ボケオヤジぃぃー!! 司令官の仕事ほっぽり出して、なに素人を戦場につれていってくれとんじゃー!!
どひー!?

絶対許さない…!! こんど会ったらギタギタのギタギタにしてギタギタにィィィ…!!

ガチャ
扉を開け、米崎さんが処置室から戻ってきた。

お、はっはっは。元気になったね、まひるさん
…くぅ…!!

主任の耳が真っ赤になっていく。

米崎さんは腕を固定し吊っていた。でもさっきよりは元気そうになった。

そういえば、腹が空かないか?
あ、たしかに、今日もまたなにも食べてないですね
わたしも、ずっとそんなひまはなかった
そうだろうとも。とりあえず、食堂に行ってなにか食べよう

俺たち三人は食堂へ向かった。


~ 連絡 ~

時刻は夜になっていた。
食事を済ませ、現在の戦況の発表を待っている。
あの戦闘機、少女はどうなったんだろう。

ニュースによると、銀座は壊滅し、死傷者と重軽傷者がたくさん出てしまったようだ。政治家達を狙って来たはずだが、
そういった報道はない。疑問に思っていると主任が、
こう言うことは報道管制が敷かれて発表まで時間が空くものなのよ、と教えてくれた。
株価とかいろいろ、資本家が資産を逃がすための時間稼ぎ中なのよ
ということらしい。

都心の至るところで火事が発生していて、鎮火はできていない。
…こういう二次災害で亡くなってしまった場合、少女の言うエミュレート、の働きは効くんだろうか。
それとも、あの少女に直接殺されないと効果はないんだろうか。

直接殺さなくても、地球上にいればエミュレート・エリミネーター・システムは作用する…
主任いま、なんて?
え?
なんで、そんなこと知ってるんですか…?
…あなた、あの動画チャンネルの説明読んでないの?
え? なんの話ですか!?
動画の説明よ! あなたはそう言うところがダメなのよねー。…これよ!

主任が動画画面のページの下の矢印を押し、画面を見せた。

「エミュレート・エリミネーター・システム…

エミュレート(仮)★の説明だょ☆
ゆぃが殺した人達はー、◉魂◉をぃったん●地球●に取り込まれてー、悪い魂さん▼は地球さんが浄化してエネルギー▼にー、
良い魂さん△はー、もう一回●地球さん●が人間として再生してくれまーす☆
だからーこれをきにー、ガンガンゆぃに殺されちゃってくださーぃ( ´▱` )!!!
PS...自殺はダメー⤵︎⤵︎⤵︎

なんだこりゃ。 説明がアレすぎて良くわからないぞ。

ガイヤ論、ってものに近い気がするわ
ガイヤ論?
惑星全体を一つの生命体って考える説のことよ。地球の活動が生物の生体反応に近いって考える人達がいるの
なるほど…

ゆぃは選ばれた…か。 地球に…?

あの子の、家族はいまどこにいるんでしょう…
父親と妹ね…。あの空っぽになった家にはもういないでしょうね

突然テレビのニュース番組が慌ただしくなっていく。
「え、あ、いま、入ってきたニュースです。
速報です! オーストラリアがテロリストに襲撃を受けています! 現地の支局から中継が繋がっています!」

っ!
撃墜できなかったのか。それとも、また別の機体なのか

黒い大きな人型の影が建物を攻撃している。
コックピットは見えないが、左手首は無いようだ。
ゆいちゃん…!!
そして戦闘機がアップになる。

戦闘機はボロボロだった。陸地から飛び立ち、攻撃の制約の無くなった自衛隊機と米軍に総攻撃を受けたのだろう。
外殻はひび割れ、翼も折れ曲がっている。
断末魔のような悲鳴を上げ、ただひたすら熱心にミサイルや銃撃を繰り広げていた。

現地のオーストラリア軍の戦車が、カメラに映る画面端から砲撃をしているのが分かる。
近くの建物や空へ向けて光の筋が飛んでいく。
直撃していないようだがそれに気づいた黒い戦闘機はすかさずそちらを向き、一気に銃撃で粉砕し始めた。
だが、バランスが悪くふらついて中々当たらない。
ダメージを受けている…!
逃げ惑う人や警察が、カメラを回している人にすぐに避難するように手を伸ばし、
そこで映像が途切れてしまった。スタジオにいた軍事に詳しいコメンテーターが急遽、解説を求められたが、最後は言葉に詰まって喋るのをやめてしまう。

…陸佐は、無事だろうか。
でも、あの機体にあれだけの損傷を与えることができた。

場所や市街地のことを考慮しなければ、辛うじて対処することができることを示したのだ。
あの人こそ本物の英雄だ。希望を作るために行動している。

テレビに釘付けになっていると米崎さんがやってきた。

まひるさん、園山くん!霧島陸佐が戻られたぞ!
っ!!
すぐに司令所へ来てくれ!

俺たちは急いで食堂を後にした。


~ 司令所 ~

昼間の件があったので司令所に入ってもいいか迷ったが、怒られたら出ていけばいい、とのことで、シレっと入ってみることにした。
部屋に入るといきなり、戻ってきたばかりの埃だらけの霧島陸佐と目が合ったが、べつに何も言われなかった。
これはここに居ても良いということだろう。
情報士官の方達がwebミーティングの準備を整え、他の司令部の方につないでいった。

そして霧島陸佐による説明が始まる。
陸佐によれば、銀座から飛び立ったブラッドイーグルは、その後、東京湾を抜け、房総半島沖で展開していた海上自衛隊、米海軍の混合部隊と交戦し、猛攻撃を受けた後、三宅島沖に墜落。
哨戒に向かった潜水艦隊の追撃を逃れ、小笠原諸島の北で再び浮上し、そのまま南方面へ飛び去った、とのことだった。
どうやらその後も飛行を続け、シドニー、キャンベラ、メルボルンを次々に強襲、メルボルンでオーストラリア軍の迎撃を受け、再び姿を消し、———

…現在、各国が偵察衛星を総動員して行方を追っている状況となる。以上だ

説明を聞き、その場にいたみんなが静まり返る。
いくらなんでもタフすぎる…。
銃弾、燃料、補給… まさか底無しなのか…?
ニュースで映った戦闘機はボロボロで満身創痍のように見えた。
最後の抵抗をし、倒されるのは時間の問題だと…。

オーストラリア軍が不甲斐ないわけではない
あの化け物は未知数過ぎる
さすがに、オーストラリアに到達したときは、回避の姿勢を見せたようだが…
よく、日本はこの被害で済んだものだ
ロシアを襲った別の機体もいます。明日、また襲撃に来ないとも限らない。まだまだ予断を許せない状況ということです

その後は各地域よ部隊の被害状況や補給の優先順など、事務的なやり取りが続き、解散となった。

部屋を出る時、霧島陸佐に呼び止められた。
園山、後で俺の部屋に来てくれ。伝えておくことがある…

うなずき、棟から出る。

まひるさん、園山くん

米崎さんに呼び止められる。
2人とも今日はもう家には帰れないだろう
隊に臨時の宿舎を用意してもらった
風呂もあるから入っておくといい。水は節約してくれ

ゆっくり休んで
そう言って米崎さんは自分の宿舎に帰って行った。

すごく、すごく疲れたわ
はい…
一刻も早く布団に入りましょう
そう、ですね

今日は本当に長い1日だった。


~ 非公開・捜査 ~

手早くシャワーを浴び、服を着る。
服は事務官用の予備の服が置かれていた。
昼間、装備を借りる時にサイズを伝えていたので、そのままぴったりのものをあつらえてくれたのだろうか。
何から何まで、あざーす!
と思いながら宿舎を出る。陸佐に呼ばれていたため
夜風に当たりながら臨時の司令所があるさっきの棟へ入った。
陸佐の部屋の前に立ち、ノックをする。

そ、園山です! 中から声が返ってくる。
…入れ
はい

霧島陸佐は窓を開け外を見ていた。
司令官の部屋、と言ってもまた相変わらず簡素でせまい。
俺の家のワンルームマンションと同じくらいしかないのではないだろうか

そこに座ってくれ
はい
今日は大変な1日だったな? 食事は取ったか? フロは入ったようだな
など、そんな会話をしたあと、陸佐が神妙な顔つきになるのを感じる。

あの、なにか問題でもありましたか…?
…あぁ。…問題、かなりの問題だ…
実は、かなり残念な知らせが

君に、公安から逮捕令状が出される
え!?
まだ、正式に通達は受けていない。が、明日おそらく通達が出るだろう…
なんで…
そして、さらに厄介なことに

どうして園くんが逮捕されるの!!
バーン!! おもいきり扉が開き、主任が飛び込んできた!

なんで!? どうして!? なにも悪いことしてないっ!!
な!? まひる!? 聞いてたのか!!
しゅ、主任!
理由は!? わけもなく逮捕なんて!ありえないわ!!
落ち着け!!大声を出すな!!他のものに聞こえるぞ!!扉を閉めろ!
主任が扉を閉めにいく。

理由を、聞かせてください
あぁ、もちろん、正当な理由ではない。逮捕理由はテロ等準備罪…、君はテロリストの仲間として日本だけでなく国際的な犯罪に関与したテロリスト集団の構成員として、即時拘束命令が出される
この令状はかなりまずい
君はあの少女の関係者、および今回の襲撃事件の容疑者の1人にされるだろう

そんなばかな話ないわ…
わかっている、ありえない。だが、彼らは本気だ。
今日の銀座の戦闘で政治家と経済界の大物が何人も死んだ。明日発表されることになっているが、それはもう国を挙げての追悼になるだろう。
世界各国の指導的立場にいるものも殺されテロリスト非難の声は史上最大の規模になる
そしてそのあとで、何故こんなことになったのか、だれがやったのか、国を挙げて非難の応酬が始まるだろう
テロリストは、どこの国の人間なのか

犯行声明は、日本人の少女から発信されている…
そうだ。そして銀座の戦闘の動画がすでにネット上に投稿されているその中に
彼女のセリフのなかに、俺へのメッセージがあった…

まだでてきちゃだめなところだからー!!


君は、彼女の仲間ではない、がなにかしらの繋がりがある
拘束と尋問は絶対、下手をすれば連邦捜査の対象になる、いや、間違いなくそうなる
そうなる前に身柄を押さえようとするだろう…
世界中からの非難を抑えるため、
どんなシナリオを用意されるかわからん…

彼らの正義とはそういうことなのだ

俺が、俺が国際テロリスト…?
そんなバカな…
ただ夢を見て、それを止めようとしただけなのに…


出来る限り、時間は稼ごう…。捕まれば、全てを失ってしまう
なんとか、助かる道はないの…?

ねぇ、なんとか言ってよ…

身を隠すくらいしか私には思いつかん…

北方師団の三郷一等空佐は、
私の知り合いで、信頼できるものだ。
北海道へ行き、身を隠せ
なんとか無事にたどり着くしか今は

ただのサラリーマンの俺が、テロリストに…

明日、早朝裏門に車を止めておく。私の車だ。キーは付けておくから、それに乗って出発するんだ

園山…!
…っ

また、また主任が泣いている



~ 部屋 ~

いったん、部屋に戻ってきた。

不思議と心は落ち着いている。
現実感が無さ過ぎるせいか

また、主任を泣かせてしまった
今日だけで三回くらい泣いてたな
あの人あんなに泣く人だったんだ

眠い
とりあえず眠ろう
明日、朝早くに出発しないと…


~ 黒羅の夢 ~

夢。夢を見た。
ボロボロの、機械の夢。
夢の中で俺は巨大だった。

どこもかしこも壊れはて、墜落寸前で氷の大地にたどり着いた。
辛うじて動く箇所を使い歩いて行く機械の身体。
這うように猛烈な吹雪の中を進んでいく。

やがて巨大な、真っ白な大地の穴にたどり着いた。
その中に倒れ込むように身を投じる。

氷で覆われた穴の中を落下していく。
寒い。

かなりの深さを落ちていったころ、背中に背負っていたバーナーが火を放ち、速度が弱まる。
そして大穴の底に着地する。
しかし勢いがありすぎて倒れ込んでしまった。
コックピットをかばい、
衝撃で顔と左肩がペシャンコになる。

目の前がむちゃくちゃ広い。大穴の底は地平線が見えるほど広大な空間だった。
地熱のせいか気温が少し上がる。

先ほどの衝撃に気付き駆けつけてきま3名の少女が見える。
1人は銀髪のロングヘアー、もう1人は赤髪で髪はそこそに、最後の1人は金髪のショートカットだ。
銀髪の子には見覚えがある。
黒羅は自分の胸から、乗っていた少女を大事そうにそっと取り出す。
息はしているようだが意識は無さそうだった。それを少女達が優しく受け取り、抱えて奥に連れて行ってしまった。

自分は役目を終え、静かに目を閉じる。
周りには自分と同じような機体が十数体。
静かにその光景を見つめている。


~ 早朝 ~

日の出より先に目が覚めた。
昨日は深夜まで眠れなかったはずだが、とても熟睡できたように深く眠れている。かなり疲れていたのに短時間で回復している。不思議な感覚だった。

神経が緊張しているせいだろうか。

上着に袖を通し、部屋を出る。
余計な荷物は置いていくことにした。
これから行くところには必要が無いように感じられたから。
これから向かう先、北海道。
逃げるために向かう。

…なにから逃げる? 責任? ストレス?
いや、世界から逃げるんだ。

自分を容疑者にする世界。
自分をテロリストにしようとする世界。
でっち上げの罪で裁判にかけられ、悪意を向けられる世界

昨日教えられた場所に向かうと、車の前で主任が待っていた。


俯き、黙っている。

もしかして、寝てないんですか…?
コクリとうなづく。
どうして…そんな

…もう、あなたを助けてあげられない
もう充分、助けられましたよ


俺は車の扉に手をかけた。鍵は開いていたがキーは見当たらない。
主任、鍵もってますか?

また、コクリとうなづく。
鍵、もらってもいいですか?
今度は首を横に振る

わたし、…わたしも、一緒に、
一緒にいきたい…!

それだけは、ダメですよ

これからは、犯罪の、テロの容疑者として行くんです
主任を、あなたを絶対に連れては行けません

どうして…、…初めに、相談してくれたじゃない…
一緒にあの子の家に行って、
眠らされて
部長と専務を説得して、
自衛隊を呼んで、説得…して
そのあと基地にいって
怒って
置いていかれて
やっと合流できたのに
傷だらけで

わたし役に立たなかった?
怒ってばかりだから嫌だった?

そんなことありません
主任がいなければ、ここには来れなかった
あなたが、連れてきてくれたんだ
俺は感謝、しています

あなたのこと、好きだわ
…俺も主任のこと、尊敬してます
そうじゃない! 好きなの!


すみません…

っ!

キーを、渡してください


主任はキーを渡してくれた。
そしてうずくまって泣いている。

幸せにできないのに
連れてはいけない

さようなら、主任。霧島さん。
本当にありがとう、ございました。


俺はそのまま車を発進させた。
主任はいつまでも、そこでうずくまって泣いているようだった。


~ 東北、そして北海道へ ~

霧島陸佐が貸してくれた車は普通のファミリータイプのバンだった。
後部シートを倒せば床がフラットになって足を伸ばして眠ることができる。
寝袋やテント、火を起こす道具など、隊の装備が積まれていた。
夜のうちに陸佐が積んでくれていたんだろう。それと手紙。

逃がすことしかできず申し訳ないこと。
北海道にいってから向かうべき場所と地図。少しだが旅費の足しに、といいつつ結構な額の現金。
また、息子の翔吾にあったら伝えてほしいこと。
米崎さんからの伝言。など、簡潔だがまとまった内容でとても良い手紙だった。
三郷空佐当ての手紙もある。

最後までちゃんとしている人だった。

検問が始まる前にできるだけ関東から離れておけ、とのことだったので、高速に乗り、

1人。1人だ。完全に1人になった。
この事件のせいで、完全に1人で行動する。
味方が誰一人としていなくなった。

途方もない孤独感。
だれも、自分の名前を呼んでくれなくなってしまった。

一生、これが一生続くのか…?
ありえないだろ、こんなの
なんで
予知の夢を見たから?
力が無いのに、
だれかを救うことを、夢見たから?
英雄を、…夢見たから…?

涙があふれてしまって、
たまらず路肩の停車エリアに車を止めた。

ハンドルに手を置き少し気持ちを落ち着ける。

陸佐の言葉が蘇ってきた。
こんなときこそ、ガッツだ!


~ 支離滅裂 ~

無理ですよ、陸佐…
ガッツじゃもうどうにもならない。どうしようも

…、気持ちを切り替えよう。音楽!テレビ!
そうだニュース! ニュースを見ないと!
今日から超有名人だ。なんせ国際指名手配なんだから。
駅にポスターとか貼られるかもしれない。
変装か、整形するとか、
でも手配されてるのに手術とかしてもらえるのか? 捕まったら終わりじゃないのか? 
など、次から次にやはり考えがまとまらない。

YouTuve、そうだYouTuveの確認をしよう。
ゆいちゃんが動画をUPしているかもしれない。

スマートフォンの画面を立ち上げロックを解除する。
ブックマークしていた動画ページにアクセスしながら、
そういえばGPSとかで追跡されるかもしれないからこれもプリペイド式の電話に変えないと———

動画にNew!の文字が輝いている
あ、新しい動画…


~ ビデオレター ~

ブツーン…

銀髪の子が一人で立っている。

ゆいちゃんの姿はない。
まさか、死んだのか…?

この子は、たしかアリーネちゃん…?新しい少女。
ぺこり、とアリーネちゃんが頭をさげる。
アリーネちゃんが口を開こうとした瞬間、

ジャーン!!★  ゆいちゃんが飛び出してきた!
ぶー!! 俺は思わず飲んでいたお茶を吹き出す。

びっくりした?? 死んだと思った??
(思ったよ!)
アリーネちゃんが呆れ顔で横にずれる。

昨日はゆい、カミカツの動画UP出来なくてーごめんねー★
ちょっといろいろ予想外でー、大変でー、帰ってきてすぐバタンキュー★⤴︎⤴︎⤴︎ しちゃったんだー!

でももう大丈夫!☆ 元気いっぱい!ばっく発だよー!⤴︎

でもね、ゆいちゃんぷりぷりー!! ぷりぷりーだよアリーネちゃん!! ぷりぷりーの、うがうがーの、ぷんぷんーの、
激おこぷんぷんーなんだよー!!!怒怒怒!!

…アリーネちゃんの表情が死んでいく!
ゆいちゃんは相変わらずのテンションだったが、左目に眼帯をつけていた。
昨日のダメージ…。それでも1日でこんなに回復を、したのか…。良かったような良くないような、かなり複雑な…気分だ

お兄ちゃん!!★
?! 画面に視線を戻す。

動画見てるんでしょ?! だめだよー!!マジで!!
あれ反則だから!!ゆい超びっくりしたよー!
ゆい神様アイドルだけど次は怒るよ!ゆい怒ると恐いから! 
ほんとまじ恐いから! ありえないぐらい怒るから!!
プンプンだったから!! きぃぃぃってかんじだったからぁぁー!!! バタバタバター!!!
アリーネちゃんがため息をついて呆れ顔で前に出てくる。
話が進まないと思ったんだろう。

…園山さん。見てますか?
突然名前を呼ばれてビクっとする。な、なに?なんだこれ

昨日のは反則です。次は許しません。いいですか?
次、やったらこの人を優先でエミュレートします。
これは脅しじゃないですよ?

アリーネちゃんは持っていた写真を画面いっぱいに写して見せた。
主任、主任の写真だ…眠らされた時の寝顔の写真…よだれが垂れている。

この人、園山さんの大事な人ですよね?
この人をエミュレートされたくなかったら、昨日みたいなことはやめてください。これは絶対です。約束ですよ。

えー? お兄ちゃんに大事な人ー??
ありえなーい! お兄ちゃんはゆいの大事な人なのにー!!!⤵︎⤵︎⤵︎

なんてことだ…
主任が、狙われる…、俺のせいで

もーゆぃゆぃは黙ってて!
えー??

そんな二人に、画面外から声をかける人物がいる。

なー まだか? 早くしてくれ
この後、予定がつまっています。お早く

! ぉあ! ごめーん☆
うんっ! 気を取り直してー!!
今日も★! お知らせがありまーす!!!♪

わたしたち、神様アイドルはー!
ペアーから、ユニットにー!!

…また、増える?のか?

新メンバーのお二人でーす!!★ どうぞー!

画面の両脇から二人の少女が現れる
1人は、気の強そうな目つきに、髪質の強そうな赤い髪のミドルヘアー
もう1人は金髪でショートカットのやや背の高い軍人のような硬い表情の少女達
2人ともゆいちゃんと同じ年か少し年上のように見えた。

アメリカから来てもらったローズ・バトラーちゃんとー!
ドイツ出身、バチルダ・シュミットちゃんでーす!

うーす!
…よろしく

2人はー、今日からカミカツに参加してくれるんだよねー??
おおー! ガン、ガン!前に出るんで!! よろしくな!
わたしはバックアップのほうが得意なのだけど、しばらく現場を見ることにするわ

わたしは今日はゆぃゆぃと一緒に行く…
また、無茶しないように見てる
もー⤵︎⤵︎リーネちゃん昨日のは反省してるってー!
…じぃ…
うっ…

じゃー、今日からこの4人で! 頑張りまーす!!☆

ジ・アポカリプス~!★ (決め台詞)

あ、あぽか?


ぶつーん…

動画が終わった。
動画の評価は悪い評価だらけだ。
また人数が増えてしまった…。

コメント欄を見てみると、英語や違う言語の中に日本語が結構あって、また増えるのー?や園山ってだれだー?とか、身内ネタ寒いだの、写真の人ウケるなど、多種多様なコメントが書き連なっている。
…呑気だな。世界中を襲撃するテロリストの投稿動画へのコメントとは思えない。
ただ再生数が信じられない数になっているから、大きく注目されているのがわかる。
その中で一つ気になったのは、写真を消せ!今すぐ消さないとおまえら絶対許さない!!!!というコメントだった。
これ主任…か? あの人は…

新しい2人は昨日、夢に出てきた少女達だ。
俺の夢は、ゆいちゃんが黒羅ちゃんと呼んだ黒い戦闘機、ブラッドイーグルの夢だったんだろうか。
だとすると、少女達のアジトは南方の猛吹雪の中にある。
その大穴の中。

南極、大陸…
行かなければ。
その中心。その底に。

どうやって行けばいいのかまるで検討もつかない。
でも、悩んでる場合じゃない!
できることはまだある。
南極に、少女達に会いに行こう。
どんな手を使ってでも。
そこに行くために、前に進む。

———————
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校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

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