5%の冷やした砂糖水

煙 うみ

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7.7 吐露

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悠馬のパーカーのポケットで、iPhoneが着信を知らせて震えた。

取り出し、画面を見てから、私たちに柔らかく微笑む。


「星羅さん、真子さん。本当にありがとうございました。もう大丈夫です」


ちらりとエントランスの方を仰ぎ見ると、山本拓也が診察を終えて外に出てきたのが見えた。

私たちの姿を確認し、耳に当てていたiPhoneを外す。


「・・・あとは、僕たちで話し合います。」


私と真子も、それぞれのPHSを確認する。

病棟からも指導医からも呼び出しはないが、そろそろ朝に出した検査の結果が揃う時間だった。


「そういえば、これ」


繰り返し礼を述べ頭を下げ続ける悠馬を制して、彼の掌にネックレスを握らせる。

綺麗な白い指が、銀色の鎖を大事そうに包み、悠馬は幸せそうににっこりと笑った。


「本当に、ありがとうございました。拓也に会えて、・・・よかったです」

「頑張ってくださいね。じゃあ、ここで・・・失礼します」

「じゃあ、またいつか。」

「また」


その挨拶は、物語の終わりの合図に思えた。


私たちの役目は、通りすがりのお節介な医者の出番は、もう、おしまい。



車椅子に乗った山本拓也とすれ違うとき、ぐいっと会釈された。


戸惑いながらも、会釈を返す。


彼は仏頂面を崩さないまま、車椅子を漕いで、中庭へと出て行った。




病院を出て行った患者たちが、どんな道を選ぼうとも、私たち医者には関係ない。

毎日に忙殺されて、ひとりひとりの物語の記憶は薄れてゆき、

私たちにとってのはやがて、水族館の大水槽を行き交う魚の群れになるのかもしれない。



エゴかもしれないけれどひっそりと祈ろう、

必死に生きるあなた方の未来に、幸あらんことを。





私と真子は後ろを振り返らずに、病院のエントランスへと、元の日常へと早足で歩いて行った。
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