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6.4 吐息
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「あ、ね、星羅!」
真子が私の肩をもう一度つついた。
はっと今度こそ本当に目が覚める。座ったままうたた寝をしていたようだ。
「わ、ごめん意識なかったわいま・・・」
「私もぼおっとしてた!お互い様!ね、あの車椅子のひと」
真子が小声で、いつのまにか私たちの前を通り過ぎた車椅子の男性を背後から指し示す。
冷水をかけられたかのように、頭にぼんやりとかかっていた霧が消し飛んだ。
専門外来の狭い通路に消えてしまう前にと、立ち上がって早足で追いかけて、
できるだけ気配を消して彼の右斜め後ろに歩み寄った。
車椅子のホイールを回す腕の間から、履いているグレーのスウェットパンツが見えた。
本来右足が通っているはずの空間は、使い終わった風船のようにしぼんで車椅子の座面に垂れている。
「たぶん、合ってる・・・」
私が小さく呟いた声は、ざわめく外来で耳に届かなかったのだろうか。
真子は私の横をすり抜けるようにすっと前に出て、
わざわざ正面に回り込んで顔を確認し、間髪入れずに話しかけた。
「山本拓也さん、でよろしいですか?」
そのスピード感に、私も一緒に面食らいながら、急いで真子の横に駆け寄って、彼を足止めするように前に並ぶ。
車椅子に乗った青年が、面食らったように顔を上げた。
悠馬とは系統が違うな、とまず思った。
顔が整っているのは同じだけれど、骨格がしっかりして眉が濃く、
中性的な雰囲気の悠馬とは対照的に、大型肉食獣のような野生的な印象が漂っている。
茶色に焼けた髪をよく渋谷とかで見るスタイルの短髪にしていて、
トップはワックスで軽く立たせ、短く刈り上げていたはずの襟足が少し伸びていた。
オフホワイトのローゲージニットの上に羽織った、
ハリがある素材の黒のダウンジャケットは、モンクレールあたりのものだろうか。
肩幅は広く、季節相応に着込んでいても胸板の厚さが伝わった。
そして、右足。
はやる心を抑えながら、ネックレスをポケットから取り出し、目の前に掲げた。
鈍く光る銀色の鎖が、私たちの間に滑って揺れる。
「突然失礼します、今日の診察とは関係ないことなんです。
このネックレスに、見覚えはありますか…??」
青年は目を細め、精悍な眉を潜めて押し黙っていた。
次の言葉を続けるかどうか逡巡しているようだった。
私は半信半疑だった。
ネックレスを持つ手が震えて、引っ込めてその場から立ち去ろうとする衝動を懸命に堪える。
私たちが話しているのは本当に、バイク事故に遭った悠馬の友人なのだろうか?
「・・・悠馬に、」
青年の第一声は、声の出し方を忘れたかのように掠れていた。
本人も気づいたのか、咳払いをしてから、息を吸い直して、もう一度声を出す。
「悠馬に、何かあったんですか」
質問と質問が、水中でぶつかって、泡となって消えてゆく。
大きな水槽の中で、私と真子と山本拓也は、ゆらゆらと浮かびながら対峙していた。
息を吐くことも、しばらく忘れたままだった。
真子が私の肩をもう一度つついた。
はっと今度こそ本当に目が覚める。座ったままうたた寝をしていたようだ。
「わ、ごめん意識なかったわいま・・・」
「私もぼおっとしてた!お互い様!ね、あの車椅子のひと」
真子が小声で、いつのまにか私たちの前を通り過ぎた車椅子の男性を背後から指し示す。
冷水をかけられたかのように、頭にぼんやりとかかっていた霧が消し飛んだ。
専門外来の狭い通路に消えてしまう前にと、立ち上がって早足で追いかけて、
できるだけ気配を消して彼の右斜め後ろに歩み寄った。
車椅子のホイールを回す腕の間から、履いているグレーのスウェットパンツが見えた。
本来右足が通っているはずの空間は、使い終わった風船のようにしぼんで車椅子の座面に垂れている。
「たぶん、合ってる・・・」
私が小さく呟いた声は、ざわめく外来で耳に届かなかったのだろうか。
真子は私の横をすり抜けるようにすっと前に出て、
わざわざ正面に回り込んで顔を確認し、間髪入れずに話しかけた。
「山本拓也さん、でよろしいですか?」
そのスピード感に、私も一緒に面食らいながら、急いで真子の横に駆け寄って、彼を足止めするように前に並ぶ。
車椅子に乗った青年が、面食らったように顔を上げた。
悠馬とは系統が違うな、とまず思った。
顔が整っているのは同じだけれど、骨格がしっかりして眉が濃く、
中性的な雰囲気の悠馬とは対照的に、大型肉食獣のような野生的な印象が漂っている。
茶色に焼けた髪をよく渋谷とかで見るスタイルの短髪にしていて、
トップはワックスで軽く立たせ、短く刈り上げていたはずの襟足が少し伸びていた。
オフホワイトのローゲージニットの上に羽織った、
ハリがある素材の黒のダウンジャケットは、モンクレールあたりのものだろうか。
肩幅は広く、季節相応に着込んでいても胸板の厚さが伝わった。
そして、右足。
はやる心を抑えながら、ネックレスをポケットから取り出し、目の前に掲げた。
鈍く光る銀色の鎖が、私たちの間に滑って揺れる。
「突然失礼します、今日の診察とは関係ないことなんです。
このネックレスに、見覚えはありますか…??」
青年は目を細め、精悍な眉を潜めて押し黙っていた。
次の言葉を続けるかどうか逡巡しているようだった。
私は半信半疑だった。
ネックレスを持つ手が震えて、引っ込めてその場から立ち去ろうとする衝動を懸命に堪える。
私たちが話しているのは本当に、バイク事故に遭った悠馬の友人なのだろうか?
「・・・悠馬に、」
青年の第一声は、声の出し方を忘れたかのように掠れていた。
本人も気づいたのか、咳払いをしてから、息を吸い直して、もう一度声を出す。
「悠馬に、何かあったんですか」
質問と質問が、水中でぶつかって、泡となって消えてゆく。
大きな水槽の中で、私と真子と山本拓也は、ゆらゆらと浮かびながら対峙していた。
息を吐くことも、しばらく忘れたままだった。
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