5%の冷やした砂糖水

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5.5 消息

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ICUには入っていない。一般病棟に入院した形跡もない。

こんな重症で家に帰れたはずはない。


悠馬の友人は何処に行ってしまったのか。


頭がくらくらしてきた。

生きたか死んだかわからない重症患者のカルテを見るのは辛い。

過多で雑多な情報の波に翻弄されているうちに、感情の方も否応無しに押し寄せてくる。


真子と私は交互にマウスを操作しながら、手がかりを探す。

スクロールして同じ部分をいったりきたりしていた真子の指が、不意に止まった。


「待って。これ見て、処置レポートあった。血管内治療アンギオやってる。

その後に死亡確認はしてないから大丈夫かも、ほら、此処見て・・・」


「・・・え??嘘でしょ。なんで?」


『10/14  03:51 外傷による肝破裂に対してER透視室で血管塞栓術を施行。

出血点を塞栓、ER重症初療室に帰室。

下肢はターニケットで阻血していたが、動脈損傷あったためこちらは出血コントロールに難渋。

ICUが感染症対応強化のため新入室を一時的に断っていた経緯もあり、当院での手術と入院管理は不可能と判断した。

循環動態落ち着いた時点で転院打診、下肢切断術は転院先で行うこととする』



「なるほどね、えっと、整理すると・・・」


・山本拓也は、バイク事故で負傷し、浜町中央病院に一旦運ばれたが、体中の外傷があまりに重症だったために御崎赤十字に転院搬送となった。

・御崎十字では一番致死的な病態となりうる肝臓からの出血に対して緊急治療を行ったが、山本拓也の右足からは応急処置後も出血が続いており、全身状態が落ち着いてから入院可能な施設で手術し直す必要があった。

・ICUがウイルス流行の影響で対応できなかったため、出血死を一旦回避できたことを確認したのちに、次の日の朝、他の病院に改めて手術目的の転院をすることになった。

・その後の経過は不明。



「やばいやつだけうちで済ませたから、あとはお願いしますってことか。」

「そうそう。休日だし、向こうの病院で血管塞栓はできなかったんだろうね、多分。

まあ悠馬さんにとっての問題は、最終的な安否なんだと思うけど・・・」


霞む思考に鞭打ってカルテのスクロールを続ける。

カルテメイン画面の更新履歴には現れない、毛色の違うオーダーが1つだけ最後に見つかった。


《2020年11月25日(水)
消化器内科再審外来:転院先退院後、肝破裂に対する血管塞栓術施行後初回フォロー。血液検査、造影CTオーダーあり》



私たちは、顔を見合わせた。

「・・・生きてたら、来ると思わない?」


週明けの水曜日。

鈍く光るネックレスの持ち主に、予想していたよりもずっと早く、私たちは相まみえようとしている。

らしかった。
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