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5.4 消息
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私たちはしばらく無言で、悠馬の友人、山本拓也のカルテ記載を追っていた。
病状そのものに言及する記載は、膨大な検査データや処方歴や事務記録の中に埋もれており、見つけるのには随分骨が折れた。
外来での受付時間は21:15になっているが、22時を回ってもなお、書き散らしたメモのような短い記載が乱立しているだけで核心に迫れない。
当時のERは相当な混乱状態にあったのだろうーーーリアルタイムでカルテを書く余裕もないほどの。
「あった・・・確かにバイク外傷だね。交差点での衝突だって。
バイク大破って書いてある。結構スピード出てたんだろうな・・・」
動悸が止まらない心臓と、妙に冴えた思考が解離している。
ER当直医による一行だけのカルテには、焦ったように誤字が混ざっていた。
『22:34 来院背景 ハマまち中央病院で対応困難としt、転院搬送。』
真子が眉を潜める。
「転院搬送か・・・」
足先がすっと冷えた気がした。
救急患者が、直接運び込まれた病院では手に負えないほどの重症であった場合に、検査と初期対応だけ行ったのちに、近隣地区のハイボリュームセンターに送らざるを得ないことがある。
それが転院搬送である。
隣の市にある浜町中央病院に、たまたま整形外科専門医がいなかったとか、他の症例でマンパワーが足りなかったとか、背景事情は決して一枚岩ではないだろう。
だとしても、御崎十字にわざわざ送られてくる外傷患者が、単一プロブレムの軽症患者であるはずはない。ここは、そういう病院だ。
百戦錬磨のERと集中治療室、盤石の専門医オンコール体制をもつ、救命困難な患者の最後の砦。
言い換えれば、重症例が集まってくる病院だから、その分助からない命も多いということにもなる。
『21:56 来院時出血多量でショック、20G両側で大量輸液開始。輸血準備』
『22:12 造影dynamic CTを撮影、肝動脈からのextraあり』
『22:23 右下肢は来院後速やかにターニケットで阻血開始したが、外傷の状態より修復は困難か。整形外科オンコール』
『22:26 頭部外傷は・・・』
遡るほどに、不穏な細切れの記述が続く。
出血、骨折、肝臓、足、頭、
彼に何が起こったのか、ぼんやりとつぎはぎの全体像が浮かび上がってくる。
「多発外傷の大量出血でしょ?これだけ大ごとになってたら、
普通ICUに送って動脈lineと中心静脈カテーテル入れての厳重管理だろうけど・・・」
「10月中旬のICUに、こんな若いひといなかったよ」
真子が断言した。突然。
彼女はいつもゆるやかに弧を描いている薄い唇をきっと閉じ、鼻に皺を寄せてじっとモニターを睨んでいた。
「20代でしょ?どんなに老け顔でも区別つく。
私この期間、麻酔科でよく出入りしてたから知ってる。若い人は誰もいなかった」
こういうきっぱりとした言い方をするときは、例の特技だ。
私は絶望的な気持ちになった。
真子は、一度見た人の顔は忘れない。真子は20代の人の顔は見ていない。
つまり、山本拓也はICUには入らなかった。
「じゃあ、何処に・・・」
電子カルテを前にして、私は途方に暮れた。
カルテ記載は10月14日までは残っている。
事故の2日後、10月15日以降に記事の更新はなく、山本拓也の痕跡はぷつりと途絶えていた。
病状そのものに言及する記載は、膨大な検査データや処方歴や事務記録の中に埋もれており、見つけるのには随分骨が折れた。
外来での受付時間は21:15になっているが、22時を回ってもなお、書き散らしたメモのような短い記載が乱立しているだけで核心に迫れない。
当時のERは相当な混乱状態にあったのだろうーーーリアルタイムでカルテを書く余裕もないほどの。
「あった・・・確かにバイク外傷だね。交差点での衝突だって。
バイク大破って書いてある。結構スピード出てたんだろうな・・・」
動悸が止まらない心臓と、妙に冴えた思考が解離している。
ER当直医による一行だけのカルテには、焦ったように誤字が混ざっていた。
『22:34 来院背景 ハマまち中央病院で対応困難としt、転院搬送。』
真子が眉を潜める。
「転院搬送か・・・」
足先がすっと冷えた気がした。
救急患者が、直接運び込まれた病院では手に負えないほどの重症であった場合に、検査と初期対応だけ行ったのちに、近隣地区のハイボリュームセンターに送らざるを得ないことがある。
それが転院搬送である。
隣の市にある浜町中央病院に、たまたま整形外科専門医がいなかったとか、他の症例でマンパワーが足りなかったとか、背景事情は決して一枚岩ではないだろう。
だとしても、御崎十字にわざわざ送られてくる外傷患者が、単一プロブレムの軽症患者であるはずはない。ここは、そういう病院だ。
百戦錬磨のERと集中治療室、盤石の専門医オンコール体制をもつ、救命困難な患者の最後の砦。
言い換えれば、重症例が集まってくる病院だから、その分助からない命も多いということにもなる。
『21:56 来院時出血多量でショック、20G両側で大量輸液開始。輸血準備』
『22:12 造影dynamic CTを撮影、肝動脈からのextraあり』
『22:23 右下肢は来院後速やかにターニケットで阻血開始したが、外傷の状態より修復は困難か。整形外科オンコール』
『22:26 頭部外傷は・・・』
遡るほどに、不穏な細切れの記述が続く。
出血、骨折、肝臓、足、頭、
彼に何が起こったのか、ぼんやりとつぎはぎの全体像が浮かび上がってくる。
「多発外傷の大量出血でしょ?これだけ大ごとになってたら、
普通ICUに送って動脈lineと中心静脈カテーテル入れての厳重管理だろうけど・・・」
「10月中旬のICUに、こんな若いひといなかったよ」
真子が断言した。突然。
彼女はいつもゆるやかに弧を描いている薄い唇をきっと閉じ、鼻に皺を寄せてじっとモニターを睨んでいた。
「20代でしょ?どんなに老け顔でも区別つく。
私この期間、麻酔科でよく出入りしてたから知ってる。若い人は誰もいなかった」
こういうきっぱりとした言い方をするときは、例の特技だ。
私は絶望的な気持ちになった。
真子は、一度見た人の顔は忘れない。真子は20代の人の顔は見ていない。
つまり、山本拓也はICUには入らなかった。
「じゃあ、何処に・・・」
電子カルテを前にして、私は途方に暮れた。
カルテ記載は10月14日までは残っている。
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