5%の冷やした砂糖水

煙 うみ

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5.2 消息

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逃げるようにその場を後にした私は、居酒屋の入っている雑居ビルのすぐ外の道路で、肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出した。

さっきの自分に向けられた視線を思い出すと居ても立ってもいられなくなって、震える唇で何度も何度もカートリッジを咥える。

まるで戒めのように煙を呼吸する。

私が悪いんだ。迎合しない私が悪いんだ。

過去に執着するからこうなるんだ・・・


「ねえ、星羅ちゃんだっけ?」


はっと顔を上げる。

切れ長の目をした背の高い女の子が、私の前に立っていた。


白坂真子だった。



「私吸ったことないんだけど、気になって来ちゃった」


春の研修が被っていなかったから、それが初めての会話だったと思う。

おどけたように肩をすくめて親しげに笑いかけてくる彼女のことを、ずっと前から知っているような気がしてしまった。

近距離にいる真子は院内で遠目に捕捉したときの印象よりずっと可愛くて、照れ隠しに早口で答える。


「あ、ほんと空気読めてなくて申し訳ない・・・

地元の友達がみんな吸ってて、つい癖で。育ちの悪さがばれちゃったな恥ずかしー」


「えーー!そういうのいいと思う。だってすごくかっこよくて、様になってるよ!ねね、ちょっと見せて!」


真子は私の隣に駆け寄ると、身をかがめて私の手元を興味深そうに眺め始めた。


「これ、ここから煙出てくるの?」

「そう。フレーバーリキッドを中で水蒸気にして、その蒸気を吸って味わう感じ。厳密に言うとタバコとはちょっと違って、吸い心地は水タバコシーシャ に似てる」

「へぇー!いつから始めたの?」

「うーん、4年くらい前かなー?居酒屋とかクラブで友達に吸わせてもらって、気に入ったやつを自分でも買うようになり・・・って感じ」

「なるほどなるほど!えー、私の大学吸ってる人あんまいなかったから、てか医学部って少ないよね!今すごい学んでいる!」


彼女は総じてかなり無遠慮だったが、全く嫌な感じはしなかった。

心の弱っている私は、こういうひとに自分の脆い部分を触れてほしくて、ついうっかり全部話してしまいそうになる。



喫煙なんて流行はやりじゃないのはわかってる。

でも死んだ地元の友達がよく吸ってたんだ。

クラスで一番賢くて茶目っ気があって、八重歯を見せて笑うひとだった。

1年前に自殺したって風の便りで知らされて、でも彼は死にたいなんて私たちに一言も言ってくれなかった。

とっくに火葬も一周忌も終わってるらしいけど直接お別れはしていないから、実は全部壮大な悪戯で、まだどこかで生きているんじゃないかと心の奥では信じてる。


だから私も吸うの辞めずに待ってるの。



いつか戻ってきてくれた時に、彼が寂しくないようにーーーー




「・・・ねえ、一口吸わせてもらってもいーい?」


真子の暖かい掌が、私の手を包み込むように重なった。

キスを待つように軽く開けられた彼女の唇に、私は自分のVAPEを戸惑いながら寄せていった。
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