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5.3 消息

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「・・・真子、悠馬さんのこと、実は結構タイプでしょ。」


土曜11時。

他の同僚たちがせっせと休日出勤やら勉学やらに勤しむ間、私たちはこそこそと電子カルテに向かって例の『調べ物』に取り掛かっていた。

人もまばらなカルテ閲覧室の中、背後からの覗き見すらはばかって、一つだけ孤立した後ろ端の席を選んだ。

大したこそこそっぷりである。


小声で会話していてもわかるくらい、真子の声が俄かに弾む。


「え?!わかる?そうー!ああいうタイプ好きよ、ちょっと韓国俳優っぽい感じ!!

身長もそこそこあったしね!ちょっと中性的すぎるかなとは思うけど~」

「まじか。私はあのアンニュイな雰囲気が結構ツボだった。分け合わない?」

「いいねぇ、右と左とで半分こしよう」


けらけら笑ったかと思うと、急に真面目な顔をして私をじっと見つめてくる。


「星羅、めっちゃ私のこと分かっててたまに驚く。出会って1年経ってないとは思えないわ。

いろいろ共有度が高いよね」


そう言いながら、左側に座った真子が手を伸ばしてマウスを掴むから、私は彼女に後ろから抱き抱えられる体勢になった。

ふたりで1つのモニターを覗いている女子同士とはいえ、距離を詰めてくるときの巧みさに、不覚にもどきっとさせられてしまう。


見境なく手の早い真子のことだから、まさか悠馬としきりに連絡をとって、既に仲を深めていたりしたら何となく凹むかなとは思う。

無力な研修医とはいえ、ファーストタッチで担当した患者にはいっぱしの思い入れがあるし、私は平常、自分のテリトリーを荒らされることを極端に嫌う性分だ。


一方で、真子にだけはどんな仕打ちを受けても怒れないとも思う。

いかにもいい加減でマイペースに生きている真子だが、説明できない信頼感と共犯意識とを、私は彼女に対して抱いている。

彼女にとって私もなのだろうと、端端に感じることはある。



「・・・あら、ヤマモトタクヤって患者さん、4人もいるよ。星羅、どうする?」


真子がカナ検索結果を眺めて首を傾げた。


「最終受診日と、生年月日で、ある程度絞り込めるんじゃない?」


マウスを受け取って、並んだ名前を上からクリックしていく。


働き始めて8ヶ月、電子カルテの操作には随分慣れた。

思い描いていた医療の世界と、殺伐とした現場とのギャップにはまだ慣れないけれど。


「このひとだいぶお年寄りだし違うかもね。この人どうだろう、住んでるところが隣の市だし流石に遠そう。最終受診歴、アレルギー科とかだし。残りは・・・」


『山本卓哉』
『山本拓也』


読みが同じ患者名が2つ、検索欄に残った。

LINEを開いたiPhoneを横に並べ、悠馬が送ってきた友人の名前を確認する。


「こっちの人かな・・・」


最終受診日、2020年10月13日。

1ヶ月と少し前に、山本拓也は確かに私たちの病院を訪れていた。


「生きてるといいね・・・」


真子が耳元で囁くように言った。


私はうなずくと、背中にもたれる真子の柔らかい体温を感じながら、カーソルを名前に合わせて2回左クリックし、カルテを開いた。




マウスを握る掌が、うっすらと汗ばんでいた。
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