5%の冷やした砂糖水

煙 うみ

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3.1 艶然

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「ねえ、あの人前に見たことあるかも」



仕事終わりの金曜日。

『せいら暇?飲みいかん?笑笑』

真子から18時に簡潔なLINEが来た。

19時の今、私たちは小さなバーのカウンターで並んで座っている。

つくづく、感染対策自粛どうこうの渦中にある医療従事者の模範ではないが、お互いそういうことには触れたりしない。

このフットワークの軽さと倫理観の希薄さ、もとい反社会性が、私たちふたりを繋ぎとめているとも言える。


お目当ての夜遊びにありつけた彼女は、お通しのナッツをご機嫌で摘みながら目下『いい感じ』になっている薬剤師のことをあれこれ楽しそうに話していた。

バーテンダーの男性が作り終えた飲み物を運んでくる。

礼を言ってダイキリのグラスを口元に運ぶ。

真子はにこやかにジントニックを受け取り、彼が離れた瞬間のこの一言だった。


「あの人・・・って、バーテンダーさんのことだよね。え、どこで?」

真子がこっちに体を寄せる。

私の二の腕に形の良い彼女の胸が押しつけられ、花とジンが香る息を近くに感じる。


「星羅がERで診てた人じゃない?ほら、ODで運ばれてきてなんもなくて帰されてた」

ああ、と私の記憶も遅れて蘇る。

にっこりと笑う、いつもより低い位置にある彼女の顔。

エクステをつけた睫毛と、眉を描いただけの飾り気のない平日メイク。

それだけで均衡の取れた彼女の顔はどこか色っぽい。


真子はただ明るくてモテてビッチで美人なだけではない。

彼女はいくつか天性の才を持っていた。


例えば彼女は、一度見た人の顔を忘れない。


「確かにそうかもしれない・・・髪あげてるけど、眼鏡似てるし・・・背格好も同じ・・・」

「でしょー?!うーーん、なんだろうあとは」

勿体ぶったように声を潜めて、情報量はないくせに確信に満ちたことを言う。

「よくわからないけど、見たことある。絶対」

「・・・まあ真子が言うなら信じるよ?」

「でしょー!!!隅っこでずっと精神科待ちしてたよね。星羅が心配してたひとだ~」


真子は満足したように目を輝かせ、ジントニックをあおった。


彼女は人の顔を覚えている。それはもう直感的に、精密に。


一方で名前の方はあまり覚えていない。

この前ふたりでナンパ街に行って戯れに引っ掛けた二人組のサラリーマンの、

真子本人が路地裏で熱いディープキスをしていた方の名前も、賭けていいけれど忘れている。

その冷酷なまでのアンバランスさが、いつか自分にも向くのではと内心恐れながらも、

彼女から供給される新鮮で刺激的な空気を吸うために、私は彼女と遊び続けている。


カウンターの向こうのバーテンダーをもう一度見る。

彼がこっちを振り返った。視線が繋がって、躊躇って、どちらともなく口が開いた。



「あの・・・」

28歳、だっただろうか。静かで年齢以上に大人びた声。

ERで泣いていた眼鏡の彼が、私と真子の目の前に立っていた。
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