上 下
37 / 56
第4章 後来編

そんな37話 「愛するが故に悩む者」

しおりを挟む
 王命が下された。

 それは、魔王を討伐せよ、というものだ。

 魔王を名乗った者が、僕の想い人であるリプリシスである事は、想像に難くない。
 それどころか、数々の目撃情報が流れてきている程だ。

 これ以上、彼女をかばう事はできない。

 僕は彼女を捕縛しなければならない。

「レオニード…」
「おう」

 僕はうつむいたまま、隣を歩く巨漢の男の名前を呼んだ。
 彼の返答はいつもの調子だ。
 今は少し、うらやましい。

「僕は…どうすればいいんだ」

 答えなど出ない問い。
 片方を取れば、片方を失い、もう片方を取れば、さらに多くを失う。

「坊ちゃんが、やれというなら俺はやる」

 昨日の友が今日の敵、彼はそういう状況も数多く経験してきたのであろう。
 だが、僕はそこまで割り切れない。

 ずっと彼女を愛してきた。
 今でもそれは変わらないのだ。

「魔王討伐じゃなくて、捕縛命令なんだろ?」

 僕は頷く。

「捕まえるだけなら、任せろや」
「…違うんだ、レオニード。
 捕縛命令というのは、王の温情なんだ」

 僕が魔王リプリシスを愛し、追い続けている事を知るからこそ。
 遠戚でありながら、それなりの仲を築き続けてきた王と僕の仲だからこそ…。
 彼は表向き、僕の為に捕縛命令に留めてくれたに過ぎない。

「…そうか。実質的には討伐と変わらねぇのか」

 また僕は頷く。

 そう、実質的には討伐と同じだ。
 僕は捕まえてくるだけ。
 命を奪うのは、処刑人が行うのだろう。

 王はこの事で僕に恨まれる事も覚悟しているのかもしれない。
 一人の友人より、国の益を取った。
 為政者として、苦渋の決断であったろうその行動は称賛されてしかるべきだ。

 どんな結果になろうと、僕は王を憎んではならない。
 彼と国への忠誠は決して捨ててはならない。

「僕は…」

 王は、決して世に云われているような暗愚あんぐな王ではない。
 僕と共に研鑽けんさんを積み、友情を育んだ。
 彼は常に民のためを考え、自らが先頭に立って政治を進めていた。

 結果としてクーデターの種をまいてしまっていたが、改革にリスクが伴うのは当然の事だと思っている。

 そんな彼が、国の害となる魔王という存在に対して下したのは…。

 魔王の捕縛。

 本来、先陣を切って魔王討伐軍を組織しなければならないところを、僕のために緩めてくれたのだろう。
 もちろん、緩い命令を下す事で、魔王を脅威に思っていないという対外アピールなどもあると思うが、それらはむしろ表向きの理由だと言える。

 だから。

「魔王を討伐する。
 そうするしかないんだ。レオニード」
「……坊ちゃんがそれでいいんなら」

 レオニードは背中に担いだ大剣の位置を整えて覚悟を見せてくれた。
 僕も覚悟を決めなければならない。

 出来れば彼女に改心して欲しい。
 しかし、改心したとしても、王命は既に下された。

 王命は絶対命令である。
 彼女は投獄後、よくて国外追放。
 通常ならそのまま命を奪われるだろう。

 そんな事態になるぐらいなら、せめて僕が。
 僕のこの手で…。

「坊ちゃん…無理しねぇ方がいいぞ」

 ふとレオニードを見やると、目から大粒の涙が滝のようにこぼれた。
 いつの間に泣いていたのか。
 ハルシオンの男子たるものが、なんと情けない。

 自分に活を入れ、改めてレオニードに向き合う。

「大丈夫だ。僕は決めた事はやり通す」
「…坊ちゃん、そらぁよ……。いや、何でもねぇ」

 何かを言いたそうにしていたレオニードだったが、僕の覚悟を読み取ってくれたのか、それ以上何かを言う事はなかった。

 * * *

 数日後、私兵の中から精鋭のみを集めた5人で湖畔の邸宅へと向かった。

 ケイン、シレス、ベルド、ウリル、ヒーロック。
 彼らは四天陣よんてんじんという4種の陣形を究めた、陣形戦の達人だ。
 彼らに守られるようにして、僕とレオニードが立つ。

 精鋭兵のみにした理由は、彼女の魔法だ。
 大人数でいけば、彼女は激しく抵抗し、広範囲魔法を使用してくるだろう。

 そうなれば被害は甚大じんだい
 やられた味方が多ければ、士気もそれだけ下がる。

 士気。
 士気か…。

 彼女を相手に、士気を気にする戦いを挑む事になるとは。
 いや、迷っているわけではない。
 だが、後悔はある。

 どうしてこうなるまでに、彼女を止められなかったのか、と…。

 レオニードの話では、彼女は戦争をひどく嫌っているらしい。
 それ故に、子供のかんしゃくのような方法で、魔王を名乗り、リングリンランドを支配下に置こうとしている。

 というのがレオニードの話だが、これは恐らく正しくない。

 確かに魔王を名乗るのは策とも呼べない子供のような方法だが、彼女はそうする事で実際に第三勢力となった。

 リングリンランドを支配しようというのは建前で、実際は戦争にフタをしようとしているだけだろう。

 彼女がそこまで考えていない可能性もあったが、どんなに考えても可能性はゼロではなかった。

 さらに、神算鬼謀の鬼才と呼ばれるエグザスがついているのだ。
 彼の思いも寄らぬ策謀で、この作戦を勝利へ導ける方策が定まっているのかもしれない。

「坊ちゃん、わかってんだろうが…」
「ああ、油断はしていない」
「……ああ」

 レオニードが僕の気を引き締めてくれている。
 無論、やるからには全力で当たるつもりだ。

 * * *

 何度か訪れた事のある湖畔の邸宅。
 少し離れたところに陣取り、レオニードを向かわせる。

 本当は僕が行きたかったが、万が一に備え、陣中で待機となった。

「………」

 鳥の鳴き声が聞こえる。
 この草原はいつ来ても平和だ。
 僕の心も、この草原のように、静かに凪いでいなければならない。

 そう思った時、なまぬるい風が吹き抜け、草の海を揺らした…。

 邸宅の扉から現れる二人の男女。

 レオニードは首を振り、こちらに歩いてくる。
 交渉は決裂したようだ…。

「リプリシス…!
 どうしても戦わなければならないのか!」

 心にわだかまっていた想いを全て吐き出す。

「クライヴ! 戦争はいけない事よ!
 戦ってはならないの!」

 綺麗事だ。
 理由もなく戦争なんてしない。

「この戦争は国を守るためのものだぞ!」
「悪いのは国をのっとろうとしてる人たちでしょ!?
 隣国じゃないの!」

 言い分はわかる。

「だが、証拠がないっ!
 クーデターを起こさせ、一網打尽にするしかないんだ!」
「証拠ならいっぱいあるじゃない!
 エグザスが調べてたじゃないの!」

「エグザスが調べてくれたのは、あくまで疑義だ!」
「ぎ、ぎぎ…!?」
「疑えるだけの要素だよ! それは証拠にはならないんだ!」

 確固たる証拠を入手しなければならない。
 だが、彼らはふみですら知らぬ存ぜぬを突き通すだろう。
 人の敵意を測る魔法すらあるというのに、魔法は裁判で証拠として扱われないのだ。

「クライヴは、私をどうしようっていうの!?」

 答えたくない質問が来た。
 僕は…。僕は。

「リプリシス…! キミが魔王として立ちふさがるなら。
 僕は、キミを、斬るっ!!」

 腰の剣を抜き、天を突く。
 そしてゆっくりと彼女に切っ先を向ける。

 この所作は決闘で使われるものだ。
 所作の意味するところは…。

 "我、天に誓う。正々堂々と戦い、敵を打ち破る事を"

 今度こそ、本当に。
 覚悟は決まった。

「いくぞ…"魔王"っ!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

処理中です...