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第3章 戦争編

そんな33話 「迷惑邪推」

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 三人とも実子だった場合…。
 この実子とは、母の主観で見た場合だ。

 それは、子に対する裏切りではなく、父に対する裏切り。
 不貞行為があったという可能性だ。

 あり得るのか?
 あれほど大恋愛で結婚したと公言して、はばからない両親が。

 いや、あくまで可能性、可能性の話だ。
 先生もそう言っていた。

「あまり深く考え込まないでください。
 失礼な提示をしてしまいましたが、あくまで可能性の話です。
 あの方に限って、それはないでしょう」
「そうですね、母に限って、それはないと思います」

 …本当に?
 万が一の可能性は。

 やけに出来の違うボク達という兄弟。
 特異性を基準にするならば、ボクと姉さまは実の姉弟で、兄は違うと考えられる。

 母の不貞行為があると仮定して、兄の父が、実の父ではなかった場合。
 ……少し考えようとしてみたが、普段の親子仲を考えるに、あり得ない。
 戦や狩りを共にするようになってから仲良くなった…というわけでもない。

 あの二人の仲は、昔からだ。
 昔から、友人のように仲の良い親子だと評判だった。
 そう"友人"のように、だ。

 …では、逆にボクと姉さまの父が、父ではないとしたら。

 これは大変な事になる。
 なぜなら、ボクと姉さまは3歳分、年が離れているのだ。
 3年間も不貞行為が続いていたという事になってしまう。

 あれほどの大恋愛をしたというのに?
 むしろ公言している話自体がカムフラージュ…。
 あるいは、でっち上げた話の可能性も…?

 ダメだ、この考察は絶対姉さまには話せないな。

「大変失礼致しました。
 ただ、子供の成長を喜ばない親はいませんから、両親共がエグザス様の成長を喜んでくれているのであれば、ご両親の裏切りの線はないでしょう」

 先生はそう言うが、これは先生の使う常套手段じょうとうしゅだんだ。

 まず可能性を提示し、散々悩ませた上で、自ら線を消す。
 実のところ、真実はそこに隠れている事が多い。

 そうして深読みをさせる事自体が、先生の思惑通りなのかもしれない。
 くっ、こういう時、生徒の立場では不利だ。
 先生の影響をもろに受けてしまい、先生の思惑通りに事を進められてしまう。

 もしかすると、ボクが引き出した情報すら、先生に"つかまされた"情報である疑いまで出てきてしまう。

 …今は、情報の真偽は置いておこう。
 混乱すれば相手の思うつぼだ。

「いえ、可能性の提示はありがたいと思っています。
 仮に先生のおっしゃった可能性の通り、母が裏切っているとしたら、大まかにふたつの可能性が浮かび上がります」
「ほほう、伺ってもよろしいですか?」
「…申し訳ありませんが、姉には刺激の強い話ですので」

 ボクがそう断ると、先生はまたにっこりと笑った。

「そうですか。
 それにしても、ほんの少しの可能性を提示しただけで、深く読み解かれるようになりましたね。
 エグザス様の成長をとても嬉しく思います」
「とんでもないことです」

 どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか。
 仕掛けたのはボクのはずなのだが、先生の一言で急にわからなくなってしまった。

 先生の思惑はどこにあるのか、どこにヒントが散りばめられているのか、わからない…。

「そろそろ、しゃべってもいいかしら?」

 ボクが思考におちいっていると、姉さまが声を上げた。
 何でもいい、今は話を変えてくれるとありがたい。

「つい、エグザス様とばかり話が弾んでしまいました。
 魔王様、申し訳ございません。
 どうぞお話しくださいませ」
「ありがとう。
 私の話は、そこのローウェルについてだけよ」
「アエェ?」

 急に視線が集まった事でうろたえるアイエアイ。

「彼と話をしても?」
「もちろん。彼が回復する可能性も、なきにしもあらずですから」

 立ち上がり、アイエアイの元へと近づく姉さま。
 そして一言。

「クランキー」
「?
 …アァ!?」

 一瞬遅れて、明らかに反応を見せるアイエアイ。

「ローウェルにまた会いたいって言ってたわ」
「アェェェ……」

 首をぶんぶんと振り、イヤイヤと両手を振るアイエアイ。
 なんだ、意思疎通できるじゃないか。

「ねえ、何があったの?」
「オ…ウェェェ…」

 一瞬真面目な顔になったが、やはりだらしない顔になり、何を言っているのか聞き取れなくなる。

 やはり、普通では考えにくい症状だ。
 改めて考察してみるが、この症状は医学書にない。

 まず間違いなく、魔力が原因だろう。

 自然的なものか、人為的なものかはわからない。
 だが、情報をもらさないようにカギをかけられているようにも見受けられる。
 となれば、人為的な魔力枷まりょくかせである可能性が考えられる。

 こういう魔法もありそうだと考えてはいたが、実際に見た事はない。
 だが、この世には、解明されていない魔力による現象は掃いて捨てるほどある。
 要するに原理不明、何でもアリという、研究しても研究にならなさそうな物質が魔力なのだ。

 さて、この考察結果を姉さまに伝えるべきか…。

 アイエアイが元に戻るのも、ボクにとっては善し悪しよしあしなのだ。
 味方になれば心強いが、その分…。

 ともかく、話の途中までは黒認定していた先生が、段々と白く見えてきているのも事実。
 同じように黒く見えていたこのアイエアイという男も、ふざけているわけではなさそうだ。

 魔力による害が原因なら、むしろ白い。
 アイエアイは潔白であり、ただの被害者と言える。

 だが、アイエアイが味方かと言われれば、疑問が残る。
 仮に先生が黒だった場合、アイエアイがどうであれ、先生に利が残るのだ。

 ここまで考えて、この人選だとしたら、先生は相当手ごわい。

 ………待てよ。

 本当に、先生だけだろうか。

 対象をボクと姉さまの二人で見ているなら、より情報に詳しい者が、先生とアイエアイを送ってきた、と考える事はできないか。

 先生を呼んだのはボクだ。
 だから、この可能性は極めて低い。

 低いはずなのだが…。

「だめね…。まるで、考えようとすると何かに止められてるみたい」

 妙に鋭い事を言っている。
 ボクもそう思っているので、その線は濃厚だ。

 だが、この事象を誰が解決できるというのか。
 人為的な枷と仮定するならば、解除方法は術者が知っているはずだ。
 普通は…、普通なら、解除方法も用意するはず…。

「残念です。アイエアイについて、私も何かわかるかと思ったのですが…」

 先生が帰り支度を始めた。
 そうか、もう帰ってしまうのか。

 どうする、イレギュラーを起こすか?
 一口にイレギュラーと言っても、何が先生の裏をかける?
 何をすれば有効打を与えられる?

 アイエアイについては、しゃべる事ができるようになろうと、そうでなかろうとイレギュラーにはなりえないはずだ。
 多分、何らかのきっかけで回復する可能性も見越されている。
 それはボクや姉さまが出来る事かもしれないし、偶然の回復かもしれない。

 アイエアイ以外のイレギュラー。

 それは…。

 先生だ。

 先生を襲ってしまうのだ。
 不意をつけば何とかなるかもしれない。

 そうなると動きが読めないのは、アイエアイだ。
 彼の動きからは、確固たる意志が感じられない。
 いつ動き出すのか、全くわからないのだ。

「彼は…ローウェルは治りますか?」
「手は尽くしていますが、今のところ成果はあがっていません」

 ダメだ、この策は無茶がすぎる。
 先生の戦闘能力が低いと仮定しての策であり、アイエアイが動かない、または静観してくれるという希望的観測が前提になっている。
 こんな策を実行するわけにはいかない。

「イエェ…」
「ローウェル、きっと治るわ。心を強く持って」
「ウ…オォォィェ…」

 そもそも先生は隣国への折衝役として必要だ。
 隣国が即座にリングリンランドに攻め込むような事があれば、いくら姉さまの作った巨大な長城があったとしても、もって数日。
 隣国へは、絶対に何らかの行動を起こす必要がある。

「さて、ではそろそろ私は帰ります。
 驚きはしましたが、エグザス様の成長をの当たりにして、大変嬉しくなりました」
「リー司祭、これからも私達に力をお貸しください」
「お約束はできかねますが、私個人としては出来る限り、お力になりたいと思っています」

 最悪のパターンを考えろ。
 ここで最悪のパターンは、姉さま以外の世界がすべて敵だと仮定した場合だ。

 当然、先生は隣国への行動を起こしてくれない。
 アイエアイはボクらを襲う。

 よしんば無事に済んだとしても、敵方に情報を与えただけの結果に終わる。
 この最悪のパターンを回避するには、何か状況に変化を与えなければならない。

「先生」

 ならば、気は進まないがこれしかないだろう。

「アイエアイをボク達に預けてください」
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