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第3章 戦争編

そんな31話 「恩師邂逅」

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「もちろん、本気です」

 出来る限り強い目線で言い放つリプリシス。
 レオニードは小さく「付き合いきれん」と吐き捨てた。

「…一応聞いておきたいんだが」
「どうぞ」
「戦争が終わっても、魔王を続けるつもりか?」
「それは…」

 黙り込むリプリシス。
 永遠とも思える長い沈黙。
 実際には数分もないのだが。

 しびれを切らしたのか、レオニードが納得したような表情をした。

「…なるほどな。
 さて、帰るとするかぁ」

 そして大きく伸びをすると、おもむろに立ち上がった。

「お茶も出せず、申し訳ありませんわ」
「魔王の城で出された茶なんか飲めるかよ」
「さすがドラゴンキラー殿、毒程度では倒せそうにありませんね」

 なごやかな雰囲気でありながら、飛び交う皮肉。
 三人とも笑顔だが、目は笑っていない。
 妙な緊張感が漂っていた。

「じゃあな、嬢ちゃん。
 この事はしっかりクライヴ坊ちゃんに伝えておくぜ」
「…よろしくお願いします」

 レオニードを見送るリプリシスとエグザス。
 レオニードは決して、彼らの方を振り向く事はなかった。

 * * *

 姉さまがソファにへたりこみ、大きなため息をつく。
 これで本当に良かったのかしら…と小さくこぼす。

 戦争を止める為の苦肉の策。
 それを子供のかんしゃくと言われ、気分を害さなかったわけではないだろう。
 姉さまの事だから、すぐ意地になったと思う。

 だけど、それすらボクの策通りだ。

 ハルシオン家は事実確認に、姉さまと強力なパイプを持つ人物を連れてくる。
 姉さまの交友関係は広くない。まず確実に、最近ハルシオン家に出入りしていて、顔見知りである可能性の高いドラゴンキラーが来ると想定していた。
 予想外だったのは、顔見知りというレベルを超えた友人のような間柄だった事だ。

 まあ、ドラゴンキラーでもクライヴでも、どちらも姉さまの神経を逆なでしたはずだ。
 特にクライヴは、姉さまとの相性がすこぶる良くない。

 クライヴは正直で真っすぐな人間だが、それゆえに姉さまと無駄なあつれきを生んでいる。

 そもそも上流貴族ごときが、侯爵家であるハルシオンとお近づきになることすら奇跡だというのに、姉さまはその事を何とも思っていない。

 本当にもったいない話だ。

 そして、ボクにとっては僥倖ぎょうこうだ。

 クライヴとのあつれきがあるからこそ、この考えるまでも下策を実行に移せた。
 ボクの人生を変えた姉が、自分の人生を犠牲にしてでも戦争を止めたいというので、それに協力するという大義名分も得た。

 本来ならボクは止める立場にあるのかもしれない。
 この策の問題点は、数瞬考察しただけで三つと言わず、ぼろぼろと出てくる。

 それほど無茶な策ではあるが、ボクの主体性という観点から考えると、やはり姉さまに協力する事が正しい。

 ボクがそうしたいから、そうする。
 動機なんて、主体性という小さな価値観を動かせれば何でもいいのだ。
 大衆を扇動する必要はない。

 今、この館には、姉さまとボクの二人きり。
 他には誰もいない。

 これが、ボクの考えた──"魔王軍"だ。

 姉さまはボクが守る。
 ボクが姉さまを得るのだ。

 姉さまの理想、恋愛結婚など望むべくもないのなら、姉さまの一番近くにいる男である、ボクが…。
 ボクをリプリシスを娶れば良いのだ。

「エグザス」
「…何でしょう、姉さま」
「私、レオニードさんとクライヴだけじゃなく、守りたい国まで敵に回したのかな」
「先ほど言われた事を気にしているのですか」

 姉さまは答えない。
 大体の場合、沈黙は肯定だ。

「気にする事はありません。
 戦争を止めれば、とりあえずの目的は達成できるでしょう」
「…じゃあ、戦争を止めたら魔王はやめてもいい…?」
「第三勢力がいなければ、必ず戦争は起こりますよ。
 それとも、クーデターに参加しているであろう貴族を全員処分しますか?」

 出来るはずがない。

 姉さまはこう見えて優しい。
 いや、厳密には臆病なのだ。
 傷つける事が怖く、傷つけられる事を恐れる。

 ボクは姉さまの事なら、何でもわかっている。
 この三年間、それほど深く研究したのだ。

「そんなこと…できないよ…」
「そうでしょう。
 放っておけば吹きこぼれてしまう鍋ならば、誰かがフタにならなければなりません。
 それが出来るのは、この頭脳を持つボクと、最高の魔力を持つ姉さま。
 二人で力を合わせれば、フタになれるのです」
「そっか…」

 反応が薄い。
 口調も以前の男っぽい口調に戻りつつある。
 これは良くない傾向だ。

「ところで姉さま、先ほどのドラゴンキラー殿の話によると、隣国は士気が高まってしまっているようですね」
「言ってたわね…」

「ここは隣国の士気を削ぐために、一芝居うつ必要があるかと思います」
「一芝居…?」
「はい。戦争を回避する事が、我々の第一目的ですからね」

「うん、任せたわ。エグザス」
「はい、お任せを…って、姉さまも手伝うんですよ」
「えぇー」

「そうと決まれば、早速行動しましょう。
 姉さまはこの館で待ち、やってくる冒険者を倒してくれるだけでいいです。
 隣国への策はボクがやっておきましょう」

 …と言ってはみたものの、やはり人手は必要だ。
 ボクの人脈もそう多くはない。

 ならば、人脈の多い人物の力を借りれば良いのだ。

 * * *

 翌日。

 コンコンと、やや控えめなノックが扉を震わせる。
 目的の人物が到着したのだろうか。
 あらかじめ手紙は出しておいたが、思ったより早い。

 窓から人物を確認した上で、扉を開く。
 念のため、姉さまにも控えてもらう。

「…リー先生、よくお越しくださいました」

 2年間ボクの教師を務めてくれた、懐かしき先生の顔がそこにあった。
 当時と変わらず、穏やかな表情のまま。

「エグザス様、お久しぶりです。
 …後ろにいらっしゃるのが、噂の魔王様ですか?」
「はい。ボクの姉であり、魔王であるリプリシスです」
「は、はじめまして…。あ、いや、よくぞきた。苦しゅうないぞ」

 姉さまの頑張りは評価する。

「初めまして。私はプラムの司祭、リーと申します」

 会釈したリー先生は、続いて先生の隣に立つ、やけに顎のとがった男を紹介する。
 …さっき窓から見た時は先生しかいないと思ったのに。

「こちらはアイエアイ。縁あって護衛を務めてもらっています」

 アイエアイという男は、わずかに頭を下げるとまた気配を消した。

 姿は見えるのに、まるで人ではないかのような気配の薄さ。
 相当な手練れだ。
 まさか先生が魔王討伐の敵とは思いたくないが、可能性だけは考えておくべきだろう。

「さあ、先生。奥へどうぞ」
「では、失礼致します」

 先生を客間へと招くため、後ろを振り返ってみれば姉さまの顔が驚きに染まっていた。
 口がだらしなく半開きになっている。
 威厳がないな。

 姉さまには万が一の際、敵の背後を襲ってもらわねばならないというのに、大丈夫だろうか。
 アイエアイを見た姉さまは何か確信を得たように声をあげた。

「ローウェル…!? あなた、ローウェルでしょう!」
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