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第1章 出会編

そんな4話 「救いと希望」

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 暖炉の火が暖かい…。

 暗闇に囚われていたオレは気が付くと、どこかの屋敷の中に居た。
 少しずつ蘇る記憶。

 ──オレは、負けたのか。

 ここはどこだ…?

 暖炉の熱が身体に浸透した頃、意識がはっきりしてきたオレは、身体の無事を確認する。

 よく鍛えられた腕、胸元にある古傷、割れた腹筋、厚いタオル。
 太ももの筋肉はしっかり締まっており、ふくらはぎにかけても見慣れた古傷しかない。
 動作も問題ない。腕を使って上体を起こし、そこで初めて自分の姿に気付く。

「なぁっ!?」

 裸だった。
 大きめのタオルが一枚だけの、あられもない姿だった。

「ふ、服は、オレの服はどこだ!?」

 慌てて服を探すオレ。

「キャーーーーッ!」

 はらりとタオルがはだけ、部屋中に黄色い声が響く。

「んなぁっ!」

 声のした方を振り向いてみれば、顔を両手で覆いながらも、指の隙間からばっちりとこちらを伺う双眸そうぼう
 まるで餓狼に狙いを定められたような視線を感じ、オレは縮みあがった。

 ──ああ、オレに相対した奴らもこんな気分だったのかな。

 彼の冷静な部分が、のんきな感想を述べる。

「んもォ! 大胆なんだからッ!」

 大男が腰をくねらせ、頬を赤く染める。

「み、見せたわけじゃねえッ! オレの、オレの服はどこだ!?」
「そ・れ・はぁ~…。ココっ!」

 暖炉の火で赤く照らされた大男の胸元から、取り出されたのは…オレの、服。

「うおおおああああああああっ!!」

 オレの声は家中に轟いた…。

 * * *

 屋敷を駆ける音が聞こえる。
 その足音の主は二人。

「どうしたの!?」

 勢いよく開けられた扉。
 心配そうな顔をした男装の令嬢の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
 魔王と呼ばれた彼女も、男の"魔王"を見るのは初めてであった。

「いやあああああああっ!!」

「うおおおあああああッ!!」

「キャーーーーッ!(チラッ、チラッ)」

 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこの事だろうか。
 家中に広がった叫び声を抑える為に、素早く動いたのは執事服の男。
 バートフであった。

 バートフは素早く落ちていたタオルでローウェルの股間を隠し、流れるような動きでクランキーから服を奪い取り、リプリシスに優しく声をかけた。

「坊ちゃま、もう大丈夫です」

「はっ、はっ……はぁ…」

 落ち着いた魔王リプリシスは、出来るだけローウェルを視界から外すようにして口を開く。

「あの、大丈夫? よね?」

 それが体調の心配から来る言葉だと気付いたローウェルは、ばつが悪そうに頭をかいた。

「あ、ああ…。その、悪かったな」

 その言葉には、彼の精一杯の気持ちがこもっていた。
 討伐しようとした事、執事を傷つけた事、命を救ってもらった事、己の愚息を見せた事…。
 残念ながら、そこまでの気持ちは魔王リプリシスには届かない。

「いやぁ…無事ならいいんだ、うん。
 元気になったなら、ご飯食べてから帰りなよ。
 バートフ、ご飯できてる?」
「はい、ただいま準備致します。
 剣士殿の服は後ほど洗濯しておきます」

 洗濯はいい、と断ろうとしたローウェルだったが…。
 クランキーが胸元から漂っている男の匂いに恍惚とした表情をしていた。
 それを見てしまったローウェルは、その端正な顔をゆがめ、言葉を飲み込んだ。

 その様子を見たバートフは、すぐさま炊事の準備に取り掛かる。

 * * *

「ヘッ、魔王を倒しにきたら、命を救われて、飯まで馳走になっちまったぜ」

 自嘲するように吐き捨てる襲撃者。
 タオル一枚の姿で何を言われてもどうにも締まらないのだが。
 う~ん、まだ怒ってるんだろうか。

「ごめんね、あんな目に遭わせるつもりじゃなかったんだけど」

 ぼくがそう言うと、彼は一瞬驚いた目をしたが、すぐにいつもの鋭い眼に戻った。

 切れ長の目、よく見るとパーツの揃った端正な顔立ちをしている。
 ちょっと顎が尖っている気がするけど、十分にモテそうな顔だった。
 傷だらけの身体も、ワイルドな感じで悪くない。

「いや、もう気にしてねえよ。ところで魔王、お前の名前は何ていうんだ?」
「ぼく? ぼくはリプリシス。
 …っていうか、知らないで来たの?」

「知らねぇ。
 オレは魔王と呼ばれる奴が世界征服を企んでいるという話を聞いてきたんだ。
 魔王が女だなんて知らなかったぜ」

 意外だった。
 今までの討伐隊は、だいたい貴族の息がかかっていた。

 彼らは「魔王は悪」という認識を利用し、正義の討伐隊を用意し、ぼくの討伐に向かわせる。
 しかし裏では「討伐隊を使ってリプリシスを倒せば婚姻が結べる」という噂が、まことしやかにささやかれているらしい。

 誰だよ、そんな面倒な噂を流したのは…。
 どうぜ結婚するなら、ぼくはワガママを突き通して、恋愛結婚をするんだ。

 それに、本当に討伐されちゃったら、どうする気なんだろ。
 婚姻どころじゃないと思うんだけど。

 まあ、噂の出どころは多分バートフが調べてくれているはずだ。
 見つけたら、ちょっとオシオキしちゃうぞ。
 うん、加減はする、もちろん…。

「ふーん。えっと、あなたの名前は?」
「オレか?
 ヘッ、オレはローウェル。
 ちまたじゃ剣の達人で通ってる」

「そうなんだ。ローウェルは何で討伐隊なんて結成したの?」
「反応薄いな、おい。
 討伐隊結成の理由か? 世界征服なんて馬鹿な真似をやめさせる為に決まってるだろ」

 え、そんな噂を信じちゃう男の人って…。
 思わず失笑しそうになるところを、すんでのところで我慢する。

「僕が世界征服するなんて、本当にそう思ってる?」
「……そうは思えねぇな。
 懐柔するにしても半端だし、そもそもそんな悪い奴には見えねぇ。
 つうか、お前さ、なんで男の格好してんだ?」

 あっ、しまった。
 魔王として人前に出る時は、男装してちゃいけないんだった。
 今日はちょっとタイミングが悪くて、男装のまま暴れちゃったし、あわわ。

「い、いや、普段は女の子の格好してるよ?
 魔王は女の子ですしおすし。えへへ。あー、いやぁ、これには深いわけがイッパイアッテネー。
 内緒にしておいてくれると助かるなぁ、なんて」
「んもォ、いいじゃない! 女の子には人に言えない秘密があるのよ!」

 しどろもどろになっているぼくに対して、クランキーのナイスフォロー。
 そのままローウェルにしなだれかかるクランキー。

「やめろてめぇ! 気持ち悪いんだよ!」
「あぁん、そのSっぽさも、たまらないわァ!」
「な、なんなんだよコイツは!」

 二人共、仲が良いなあ…。

 生暖かい目で彼らを見守っていると、半端に得た知識が怪しげな世界を作り出す。
 ローウェルがSって事は、攻め、かぁ。

『やめろてめぇ、そんなに攻められたいのか』
『あぁん、そのSっぽさも、たまらないわァ』
『なんだなんだァ? こうして欲しいのか?』
『ああッ、アナタの魔王でアタシを征服してっ!』
「坊ちゃま、お顔がだらしのうございます」

 妄想に割り込んできたバートフの声が、ぼくを現実に引き戻す。

 ああ、いけない。ぼくはノーマルのはずなのに、男同士のロマンスだなんて…。
 でも…相手はオネエだし、ギリギリでアリ…なのかな? うん、きっとアリだ。アリにしよう。
 ふへへ。

 * * *

「世話になったな」

 邸宅の入口でローウェルを見送る。
 どうもぼくが二人を見つめる目線が危ないとバートフに判断されたのか、あっさりとした出立だった。

「じゃあ、この事は内緒でね」
「わーってるよ」
「言いふらしたらクランキーが追いかけるからね?」
「げっ、や、やめろよな!」
「いやぁん、いけずゥ!」

 最後に注意がてらローウェルをからかうと、穏やかな空気が流れた。

「へッ、じゃーな。
 また来るぜッ」

 そう言うとローウェルは立ち去って行った。

 ──へ? また来るの…?

 * * *

 ふぅ。

 身体の空気が抜けるように、ため息が出た。

 あれ、ぼく緊張してたのか。
 そっか、男性に囲まれてたんだもんね。

 でも、クランキーはオネエだし、ローウェルも求婚してこなかった。
 二人は普通の男性とは違う。
 きっと、友達になれる男性はいるって思えた。

 このままいけば、もっと信頼できる男性と巡り会えるかもしれない。
 そしたら恋をして、この邸宅から連れ出されて、二人は幸せなキスをして物語は終わりを告げるに違いない。

 前向きになったぼくは、幸せな気持ちになった。

「どうやら、坊ちゃまはローウェル様に気に入られたようですね」
「えっ」

 バートフがニコニコしながら恐ろしい事を口走る。
 せっかく幸せな気持ちになったんですけど?

「うー、まあ友達が増えるのは悪くないよね」

 別に嫌いではないが、そう何度も顔を合わせたいというわけでもなかった。
 バートフとクランキーが肩をすくめて苦笑したのが、なんだか仲間外れにされているみたいで少し居心地が悪い。

「ところでさ、クランキーはいつまでウチに居る気?」

 いたたまれなくなったぼくは、無理やり話題を変えた。

「あら、いつまででも居る気よ。アナタのそばは面白そうだから♪」

 …冗談でしょう?

「いいのよ、オネエさんに甘えても♪
 経験豊富だから色々教えてあげられるわン」
「それは坊ちゃまにとっても良い経験になるでしょう」

 ちょっとちょっと、何言ってるの、この二人は。

「さあ、帰りましょう。アタシたちの、わ・が・や・へ♪」
「いや、あなたの家じゃないから!」

 モデルのような歩き方をして、我が物顔で家に入っていくクランキー。
 ぼくが否定すると、バートフが口元に手をあてて、フフフと笑っていた。
 あれー? ぼくの味方、少なすぎ…?
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