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第1章 異世界の姫を救出せよ

7.勇者は大量の液体を吹き出す

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「わらわはあそこには戻らんぞ」

 マルメズ砦の食堂は朝から不穏な空気が漂っていた。朝食を食べ終わり、リンザ姫も昨日の不機嫌さは無く、そのまま今後の話し合いに入ったのまではよかった。が、レニーナがまずはエルフの隠れ里へ戻る事を提案した途端、リンザ姫が有無を言わさず拒絶し空気は一転してしまった。

「ですがリンザ様、あの地以上に安全な場所は今はありませんぞ」

「勇者が魔王を倒しさえすればどこだろうと安全になる。リュートはそのつもりではないのか?」

 ファイの話もスルーし、僕に話が振られる。

「魔王を倒すつもりはありますが、それがいつになるかは分かりません。それに今後の話し合いをするなら隠れ里でおこなった方がいいと思いますが」

「勇者の力で皆が強化され、魔王軍を撃退出来たのであろう?なぜこそこそと逃げ隠れする必要がある」

「姫の言いたい事も分かるが、今の戦力では魔王軍が本気で攻めてきたら勝ち目はないぞ」

 三博士でも戦略に理解があるミスナが助け舟を出してくれた。

「それを何とかするのが勇者の仕事ではないのか?それとも隠れ里に行けば一気に戦力が増えるとでもいうのか?」

 リンザ姫の言う事も分からないわけではない。隠れ里へ戻ってアリバの話を聞いても、それが即解決策にはならないだろう。戦力を増やすには戦える兵士をどうにかして集める必要があるが、隠れ里に居るわけでは無い。

「隠れ里に戻ればアリバ様の予言の力で道が開ける可能性があります。ここのようにまだ魔王軍に落とされていない遠方の国や獣人の里、ドワーフの工房などに勇者様のお力になる者が残っていると思われます。闇雲に動くよりはアリバ様の予言で次の行動を決めた方が確実ではないでしょうか?」

 アリナが説得力のある理由を述べてくれた。まだ魔王軍に落とされていない場所を予言で導いてもらえれば確かに効率良く戦力が集められる筈だ。

「そのような予言が出来るのなら、なぜアリバはそれをもっと早く使わないのだ?そもそも王都陥落や反撃作戦の失敗すら予言出来なかったのではないか」

「マリナ神の予言は人間に都合よく降りてくるものではありません。それにアリバ様は何度も王家に危機を忠告しておりました。それを聞き入れなかったのは王家の方ではないでしょうか?」

 リンザ姫とアリナの間に険悪な空気が増していく。2人とも言っている事は正しいのかもしれない。でもこのままじゃさすがにマズいと感じる。

「すみません、ちょっと落ち着きましょう。
僕の力不足でこのままでは魔王と戦うのが難しいのは事実です。それを補う為に戦力を増強したいと思います。その為に残った人々の中から戦える者を集めたいです。
ただ、姫様が救出された今、魔王軍もそれを気長に待ってくれるとは思えません。だから、なるべく効率よく戦力になりそうな人がいる場所へ向かいたいです。
リンザ姫はその心当たりがありますでしょうか?」

「わらわは今まで閉じ込められておったのだ。知るわけが無かろう」

「でしたらやっぱり情報が集まっているエルフの隠れ里に戻るのが効率的ではないでしょうか?」

「ぐぬぬ……」

 リンザ姫はやっぱり納得いかないようだ。もう一押しだけど、僕以外に姫を説得しようとする人は流石に今はいないようだ。

「リンザ様、ここはリュート様の顔を立て、一度エルフの隠れ里に戻りましょう。その後はリンザ様にも情報が入りますし、皆もリンザ様の意見に従うようになります」

「――そうだな、ここはリュートの案を呑んでおこう。わらわも周囲の情報を集める時間が欲しいと思っておった」

 エリの計らいで何とかリンザ姫も折れてくれた。後でお礼を言わないといけない。

「ありがとうございます。
あと、もう一つだけ今後移動する際の提案があります。リンザ姫も僕がみんなに強力な装備を創った事は知っていると思います。そこで姫様の安全を考え、リンザ姫とエリさんにも特別な装備を創って、着て貰いたいのですが」

「何だと?わらわに戦えと言うのか?それにエリにもか!」

「違います、戦わず逃げてもらう為です。魔王軍の奇襲があった際に装備があった方が安全度が増すのでその備えと考えて下さい」

 本当は戦ってもらいたい気持ちもあるけど、今のリンザ姫にそれは難しい。エリは忍術が使えるようになれば魔王軍との戦いにかなり幅が広がるので、出来れば参加して貰いたいけど、それもリンザ姫の身の安全を考えると難しいだろう。

「リンザ様、道中危険なのは砦に戻るまでも感じました。戦わずともある程度攻撃に耐えられるならわたしは着た方がいいと考えます」

「確かにそうだな、今までも戦場に行く時は鎧を着ておったしな。だが、他の者のように卑猥な服装だったら許さんからな!」

「そこは考慮します……」

 ガルブレのリーズ姫の衣装でかなり際どいものもあったけど、それは絶対に着せられないなと僕は思った。

「では、エルフの隠れ里に戻る準備を致しましょう。三博士はこのまま砦に残るのですか?」

「いや、ついて行こう。勇者クンの今後の動向が気になるしね」

 レニーナの確認にミスナはあっさりと答えた。正直研究が生きがいみたいなので、ここで別れるかとも思っていた。

「ここも安全じゃ無くなりそうだしねー。勇者に色々作ってもらいたい物もあるし」

「……みんなカワイイ。援護したい……」

「ありがとうございます。3人が付いて来てくれるなら心強いです」

 リンザ姫はあまり三博士を信用してないようで機嫌が悪くなったように見えたが、流石に口出しはしなかった。
 馬車や食料などの準備が必要なようで僕とリンザ姫とエリ以外は食堂から出て準備に向かった。リンザ姫とエリに残って貰ったのは装備の確認をする為だ。

「それじゃあ二人に装備を創ります。2人とも防御や回避に特化した物を選びました」

 僕は食堂の空いたスペースに立つ2人に衣装を想像して創造する。
 リンザ姫はリーズ姫の恒常SSR衣装で、銀色を基調とした、装甲が多めの鎧の衣装だ。露出度は低いが、タイツを履いた脚が短いスカートアーマーからかなり見えはする。衣装はリンザ姫の銀髪によく合っていて、戦う姫騎士という印象だ。盾は無く、防御にも対応出来る両手持ちの大剣が武器で、必殺技は周囲の敵を吹き飛ばすと共に味方の能力を上げる支援メインの技だ。まあ、リンザ姫が戦いで使う事は無いと思うけど。
 エリの方はメイド服型の限定SSR衣装だ。性能的にはもっと回避に特化したものもあるけれど、姫の言う露出度が低いのがこれしかなかった。まあそれでも回避や攪乱能力はかなり高い衣装だ。見た目はメイド服なのだけど、タイツや帯に忍者の意匠が入っており、薄紫色のメイド服が忍者度を増している。武器はスカートの中や帯の中など各所に仕込まれた隠し苦無で、投げる事も手に持って接近戦も可能だ。必殺技はメイド服をキャストオフして軽装の忍び衣装に変わり、敵の攻撃を回避してトドメを刺す技だけど、これをリンザ姫の前で使われたら怒られそうではある。

「ほう、まあ他の者より露出は抑えられてはおるかな。鎧も剣も大して重さを感じず不思議な感覚だ」

「凄いです、リュートさん。羽根のように体が軽くなり、かなり速く動けます!」

「リンザ姫は防御力は高いけど、エリさんは他の人に比べて防御力は低めなのでそこは気を付けて下さい」

「大丈夫です、これならどんな攻撃も避けられそうです。それに、衣装がどちらもとても可愛いです!」

 エリはかなり気に入ってくれたようだ。その後、僕は使えるようになる特殊技や必殺技の説明をする。前線で戦わなくても、覚えておけば何かの役に立つ筈だ。

「こんな感じか?」

「危ない!」

 姫が僕の方に特殊技の回転斬りをしてきたのをエリが飛んで助けてくれた。

「エリさん、ありがとうございます。
リンザ姫、やめて下さい、まともに当たると死んじゃいます」

「いや、加減はしたつもりだったが。
と、いつまで抱き付いておる!」

「あ、ごめんなさい」

 僕は助けられた際にエリに抱き付いていて、その柔らかい胸が僕に押し付けられたままだった。

「いえ、構いませんよ。リュート様が無事で何よりでした。
リンザ様、強力な装備ですので、扱いには気を付けましょう」

「分かった。
まあ、安全が増したのは確かだな。これについては感謝するぞ」

「いえ、僕に出来る事はこれぐらいしかないので」

 リンザ姫はエリの言う事ならある程度聞いてくれるようで助かった。くっついていたエリと離れると、その体温が少しだけ恋しく感じてしまうのだった。

 食堂を出て僕は修理が完了したブレイブウォールを見ておこうと砦の倉庫に向かっていた。

「勇者様、少しお話宜しいでしょうか?」

 歩いている僕に声をかけて来たのはアリナだった。坊や呼びでは無く、どこか真面目な雰囲気だ。

「別に大丈夫ですけど」

「では、こちらへ」

 僕はアリナに連れられて砦の中で行った事の無い場所へと案内される。

「ここは?」

「マリナ神の祈祷所です。この国にはマリナ神に信仰の厚い者が多く、こうした建物には必ず祈りを捧げる為の部屋が作られるんです。ここなら今の時間は誰も参りません」

 砦の一角にあった小部屋にアリナに案内されて入る。テーブルと長椅子があるだけの部屋で、特に神を司る像とかは置いてなかった。隠れ里の教会にもそういったモチーフみたいな物は無かったし、信仰対象を象る物を創らない宗教なのだろう。
 アリナは僕が入ると扉に鍵をかけた。僕はその理由をとりあえず聞かないでおく。置いてあるのが長椅子が一つだけなので僕とアリナは横に並んで座る形になった。

「それで話って?」

「率直に聞きます。勇者様はリンザ姫の素行をどう思いましたか?」

 何となくそんな気はしてたけど、やはりリンザ姫関連の話だった。アリナがリンザ姫をアリバと同じく良く思ってないのは確かだ。僕は言葉を慎重に選んで回答する。

「見た目は可愛いお姫様だと思いました。性格は王族らしい方だとも。暴力に訴えたりとかはまあ、やめて欲しいですが、国や民の事を考えているのは分かります」

「そうですか。勇者様はお優しいのですね。
はっきり言いましょう。リンザ姫は悪女です。勇者様が付き合う事になれば、足を引っ張られる事にしかならず、やがて破滅へ向かう事になるでしょう」

「流石に一国の姫に対してそれは無いんじゃないですか?」

 僕はアリナの言葉に私怨が含まれているのではと思ってしまう。

「姫という立場だからこそ誰も口に出来なかっただけです。世の男性がほぼ失われた反撃作戦も、姫自身が囚われた魔王討伐も指揮をしていたのはリンザ姫です。あの時もっと別の対策をとっていれば救われた民も多かった筈です」

「僕が口出し出来る話じゃないけど、それは結果論だと思う。姫以外が指導者だったとしても同じか、もっと酷い結果になってた可能性もあるんじゃないかな」

「わたくしは純粋に勇者様が心配なのです」

 アリナは真剣な表情で僕にもたれ掛かってきた。いつものふざけた感じじゃないので、僕は戸惑ってしまう。

「わたくしは勇者様が生き延びる為なら何でもする覚悟です。この世界を救うのに勇者様が必要なのです。
最初は勇者様の創造する力が重要だと思っておりました。ですが、共に旅をし、勇者様の真の勇者としての資質はその心だと感じたのです。他人を想い、見守り、己を投げ出す姿を見てわたくしは感動したのです」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは別に僕に限った事じゃ無くて、みんなもそうなんじゃないかな……」

 僕はアリナの気迫のようなものに少し狼狽えながら答える。これは演技では無く、本当のアリナの言葉なのだろうか。

「わたくしはそうは思いません。世の男性は非常時こそ己の身を大事に思い、いつ死ぬか分からぬ事を恐れ、女性に刹那の欲望を抱くものです。ですが、勇者様は色んな方の誘いを断り、誘惑に打ち勝っているように思えます。そのような男性をわたくしは今まで見た事がありません」

「別にそんな立派な物じゃないよ。それに僕はリンザ姫に求婚したじゃないか」

「それこそ他の女性の誘いを断る為の口実なのではありませんか?」

 正直そこまで見抜かれているとは思いもしなかった。高位の僧侶はそうした人を見る目もあるのかもしれない。ただ、僕の場合は歪んだ欲望の果ての結果で、性欲だって変な形で解消している。とても言えないけれど。

「と、とにかく離れて下さい。僕はそんな立派な人間じゃないし、性欲だって普通にあります。アリナは僕を買い被り過ぎです」

「では、リンザ姫ではなく、わたくしを恋人にしていただけないでしょうか?普段はあのような事を口走っておりますが、これでもわたくしは処女なのです。まだ男性の経験はございません」

「何を言い出すんですか……」

 アリナは離れるどころか、僕に手を回し抱き付いてきた。

「わたくしの事がお嫌いですか?わたくしよりもリンザ姫の方が好みなのですか?」

 そしていつも糸目のような細いアリナの瞳が大きく開く。そこには銀色の美しい、吸い込まれるような瞳があった。水色の長髪が僕の首筋に絡まりこそばゆい。アリナからはハーブのようなとてもいい香りがする。僕は身動きが出来なくなる。

「べ、別に嫌いなんて事は無いです。アリナさんは綺麗だと思いますよ。でも僕は……」

 僕の口にアリナの指が触れ、喋るのを止められる。アリナはゆっくりと自分の服の上半身をはだけていく。そしてとても大きな美しい胸が露わになった。大きいと思っていたネルマよりずっと巨乳だった。乳輪も大きめで、濃いピンク色の乳首から目が離せない。

「勇者様、共に参りましょう。マリナ神の導く先へと……」

 僕の手はアリナの大きな乳房へと伸びていく。掌に柔らかい感触が伝わってくる。僕はこのままアリナと結ばれてもいいんじゃないかとぼんやり思っていた。

『カランッ』

 何かが地面に落ちる音がした。見るとそれはエリの為に創った装備の苦無だった。エリに助けられた時に僕のポケットに1本だけ入っていたらしい。そして僕の頭ははっきりしてくる。

(駄目だ、こんな事をしたら。アリナだってファイへの想いがあったじゃないか!)

「アリナ、ごめん!」

 僕は自分の部屋の壁をイメージし、祈祷所から自分の部屋へと逃げ出したのだった。

(あれ?誰かいる?)

 物置部屋の壁になった僕は箱の上に少女が座っているのに気付き、そこで人の姿に戻るのを止めた。

(ネルルが何で僕の部屋に?)

 部屋にいたのはエルフ姉妹の妹であるネルルだった。ネルルは何か用事があって僕が戻るのを待ってたのかもしれない。いきなり現れたらびっくりするかもしれないと、廊下の壁になってそこから現れようかと思ったら、僕の部屋をノックする音が聞こえた。

『コンコンッ』

「勇者さん、戻っていますか?」

「お姉ちゃん!?」

 ネルルは声を聞いて反射的に部屋の扉を開けた。

「あら、ネルル、お邪魔だったかしら?」

「そんな訳ないじゃない。それにあいつはまだ戻って来てないし。
それよりお姉ちゃんこそ何で?」

「勇者さんも色々大変かと思って、お姉ちゃんに出来る事はないかなって。
ネルルは何で来たの?」

「ネルルは、その……。
あいつは本気であんな姫がいいのかって聞いてみたくて」

 話しながらネルマは部屋に入って僕が使っているベッドの上に座り、その横にネルルも座ってしまう。僕は自分の部屋の筈なのに戻るに戻れなくなった。

(まあ、2人が出てくまで壁になってればいいか)

「やっぱり気になるんでしょ、勇者さんの事が」

「そうじゃないわよ。
でも、この間の作戦で迷惑かけたところもあるし、お姉ちゃんを助けてもらったお礼もちゃんと言えて無かったから。もし人間関係で悩んでるなら少しぐらいは話を聞いてあげてもいいと思ったのよ」

 ネルルは見た目の幼さや言葉遣いの悪さから子供っぽく感じるが、意外と気遣いが出来る子だと最近気付いた。そこは姉のネルマに似たのだろう。

「勇者さんが居なくて残念だったわね。それに姫様と付き合いたいって言ったのもね」

「別にあいつが誰と付き合いたい思ってようがネルルには関係ないわよ。
お姉ちゃんこそ最近調子がいいし、あいつの事が気になってるんじゃないの?」

「そうよ。でもお姉ちゃんの場合は動けるうちに出来る事をしたいって思ってるだけ。私が尽くした事はいずれネルルに返ってくると思うから」

 まだネルマは自分を捨て、妹の為に生きようとしているようだ。それは周りの者が何を言っても変わらないのかもしれない。

「ネルルの事はどうでもいい。
お姉ちゃんは貰った装備と薬があれば、休んでれば病気も悪化しないんじゃないの?あとはネルルがやるから、隠れ里に残っててもいいんだよ?」

「それだけは嫌なの。前回の作戦で私にも出来る事があるって確信した。私の命は他の人の命より軽いでしょ。だからこそ活躍出来る場面があるって分かったの」

「そんな訳無いでしょ!お姉ちゃんの命も他の人の命も同じだよ!ネルルにとってはお姉ちゃんの命が何より大事なんだから!!」

 ネルルがネルマに抱き付く。ネルマもネルルを優しく抱き返す。

「ごめんなさい。
でもね、嬉しかったのは本当なの。前の戦争の時も足手まといで、ギリギリで生きていた私が、今は戦闘の中心で活躍出来た。
ネルルの為に全部あげようと思ってたけど、それ以上の事が出来るかもしれないって」

「――うん、お姉ちゃんがやりたいようにやればいいと思う。でも、自分から危ない目にあいに行くのだけは駄目。そんな事したらネルルは一生恨むからね」

「分かったわ。
大丈夫、勇者さんは今までも私達を守ってくれてた。だから魔王を倒した後も2人とも生きてる気がしてるの」

 僕は2人が優しく抱き合うのをずっと見ていた。何としてでもこの姉妹を守らなければいけないと思った。


「それでは行きましょう」

 午後になり移動の準備が出来たので僕達はエルフの隠れ里へ向けて出発した。マルメズ砦には一応雑用の為の人が残っている。三博士の罠で砦を守りはしているが、もし敵が本腰で襲ってきたら逃げるようにと三博士が指示していた。と言っても残っているのはほぼ高齢の女性だけなので、他の村などへの逃亡は厳しいかもしれない。砦が拠点として意味を成していたらリンザ姫がそれを許さなかっただろうけど、今は重要性が無いので姫も口出しをしなかった。
 馬車には食料や三博士の研究道具などを積めるだけ積んだ為、僕は治ったブレイブウォールになって移動をする事になった。まあ姫と一緒の馬車は以前にも増して厳しいのでこっちの方が気が楽だ。馬車とは別の馬にはネルルと自ら希望したファイが乗っている。リンザ姫とエリとナーリとレニーナが1台目の馬車に、三博士とネルマとアリナが2台目の馬車に分かれて乗っていた。

 移動は順調でここ数時間は捕獲モンスターにも出会わず、戦闘は一瞬で終わるものばかりだった。僕は会話相手がネルルとファイだったので気を使わずに移動出来て快適だと感じていた。

「この調子なら野宿せずに隠れ里まで行けそうですね」

「まあ迷いの森まで入れば、ネルル達の領分だし、このまま行けそうよね」

「油断は禁物ですぞ」

 そう3人で話していても少し気が抜けている感じはした。そんな会話をしてから少し経った時だった。

『ヒヒーンッ!』

 最初に聞こえたのは馬の鳴き声だ。

『ガタンッ!!』

 そして何かが倒れる音が続く。振り返ると1台の馬車が横転している。馬車を引いていた馬の一頭は何か攻撃を受けたのか、地面に倒れていた。

「敵襲だ!馬を止めて、馬車を守って!
あと、倒れた方の馬車の確認を!!」

 僕はブレイブウォールのままで叫び、馬車の方へ向かう。見ると倒れたのは三博士達が乗っていた馬車だった。急な停止で馬車から振り落とされたミスナが地面にうずくまっている。

「ミスナ、大丈夫?」

「ああ、装備のおかげで怪我は大した事無いぞ。それより馬車の中の方が心配だ」

「こっちもアリナが即座に魔法をかけてくれて怪我は無いわ」

 倒れた馬車からマレーヤ達が出てくる。

「馬が!」

 誰かが叫び、声の方を見ると、もう一台の馬車も馬の一頭が何かの攻撃を受けて倒れていた。

「馬鹿者!馬を守るのだ!!相手はこちらの脚を奪おうとしておる!」

 リンザ姫の叫びが響く。僕は残った馬の前に壁の側面を前にして移動する。他のみんなも残った馬と馬車を守るような形になった。

「敵は?どこから攻撃してる?」

「ごめん、見えなかった。遠くから攻撃してるのかもしれない」

「偵察を出します!」

 僕の質問にネルルとネルマが対応する。空を見る限り敵の姿は無いし、遠距離から狙撃でもしてきているのだろうか。

「全員に物理と魔法の防御を張ります」

 アリナが装備の力で強化された魔法をみんなにかけてくれる。これである程度攻撃は防げる筈だ。防御力の高いファイとナーリと僕とで馬を囲うようにして、その間に他の仲間が敵を探す形に自然となる。

『ダンッ!』

 壁になった僕の身体に何かの攻撃が当たった。勿論ダメージは無いが、どこから攻撃して来たかは見えず、当たった跡に何かの液体みたいなものがへばりついていた。

「ウソ!?」

「これは不味いですな」

 ナーリとファイも同時に攻撃を受けていたようで、見てみるとナーリの鎧の一部とファイの盾の一部が溶けていた。

「スライムと同じ装備を溶かす液体みたいだ。避けてと言いたいけど、そうすると馬がやられる。敵の姿は見えた?」

「すみません、シルフに偵察させたのですが、敵の姿は見えず、弾道も分かりませんでした」

「ごめん、ネルルの眼でも当たる瞬間まで分からなかった」

「えっ!」

「……困った……」

 後方で守りを固めていた魔法使いのレニーナとランが攻撃を受けたようでその衣装が溶け胸が露わになっていた。

(見えざる敵、どうしたら……)

「これは恐らく隠れ身のようなものです。わたしがやります」

「エリ、よせ。お前はわらわの護衛が仕事だぞ」

 馬車の近くにいたエリが珍しく自分から出てきて、それをリンザ姫が止める。

「いや、エリさんなら分かるかもしれない。リンザ姫、護衛はファイが替わりますのでエリさんの力を貸して下さい」

「駄目だ!エリを危険な目に合わせるわけにはいかぬ!」

「リンザ様、わたし達だけ安全というわけにはいきません。それにこのままでは全滅する恐れもあります。お願いですから」

「分かった。リュート、エリを絶対に守れよ!」

「勿論です」

 姫の許可が出てエリが僕の横まで出てくる。

「分かるんですか?」

「いえ、わたしが使うニンジュツの隠れ身は物や景色を使って姿を隠すもので、それとはかなり異なります。足音も足跡も見えません。ですが、微かに気配は感じられます」

 エリは集中して周りを見回している。

「そこっ!」

 エリは横に飛び、懐から苦無を投げる。するとエリが今までいた場所に攻撃が来て、苦無が飛んだ場所に何かヌメヌメした皮膚のようなものが現れた。が、苦無は地面に落ち、しばらくするとそれは消えてしまう。

(SFの光学迷彩みたいなものか!だったらあの装備が使えるかもしれない!)

 傷を負った場所だけ一瞬ステルス機能が消え、傷の再生と共にそれが治ったのだと考えれば納得がいく。こういう敵にはお約束の対応がある。

「マレちゃん、何でもいいからぶつけると着色出来る薬品をすぐに作れる?」

「そう、マレちゃんよ。それ位なら簡単。集中したいから誰か守って!」

「……守る!……」

 はだけた胸も気にせずランがマレーヤの前に立ち、その横にミスナも入る。

「エリはしばらく攻撃はしなくていいから相手の攻撃を誘ってくれる?」

「任せて下さい!」

 エリが動き回って敵の攻撃を誘ってくれる。それでも敵は複数いるようで、周りのみんなの衣装が少しずつ溶けていく。

「出来たわよ。どうすればいいの?」

「僕の新機能に入れるから貸して」

 マレーヤが作った薬品を僕は脚の一本で器用に受け取り、それを脚部の中に新たに追加して貰った機能に組み込む。

「よし。エリ、僕が合図したらさっきみたいに敵に苦無を撃ち込んでくれる?」

「分かりました」

 僕は前に出て接地し、脚を四方八方にタコのように伸ばして構える。

「エリ、お願い!」

「はい!!」

 エリが苦無を投げ、それは1体の敵に当たる。敵の姿の一部が一瞬だけ見えた。

「これがブレイブウォール初号機改の新機能だ!」

 僕は脚部の先端から銃口のようなものを開き、そこから先ほど受け取った液体を発射する。それは苦無が当たった敵に命中し、派手なピンク色がその敵の姿を描き出した。

「カメレオン型の敵だ。攻撃出来る人は見えた敵に攻撃を!
エリ、他の敵もお願い!」

「任せて下さい!」

 エリが敵を探し出し、僕が色を付け、他のみんながそれを叩く。カメレオン型の捕獲モンスターは次々とそれで倒れていった。

「最後の1体は、わたしがやります!
忍び守るのがメイドの務め。ですが、殺る時はやります!忍法、影身殺華!!」

 エリが最後の1体に対して必殺技のセリフを叫ぶ。まだ姿の見えない敵がエリに対して攻撃を繰り出した。が、攻撃された場所にはメイド服を着た木のデコイが。そして上空にほぼ下着のような忍び衣装を着たエリが現れ、数十個の苦無を下に向かって投げる。苦無が見えなかった敵に刺さり、トゲの山のような形になり倒したのだった。

「エリさん、ありがとうございます。うまく行きました!」

「リュート様の機転のおかげです。
ですが、先ほどはエリと呼び捨てで呼んでくれましたよね?これからは皆さまみたいに呼び捨てでお願い出来ないでしょうか?」

「それは、その……。分かりました。
これからもよろしく、エリ」

「このバカものがーーー!!エリになんて恰好をさせておる!!!」

『ガンッ!!』

 巨大な剣が壁になった僕にぶち当たる。怒り心頭のリンザ姫だ。

「リンザ様、この格好は自分の意志でなったもので、リュート様は何も悪くありません」

「それを作ったのがリュートだろうに。そもそも守るどころか守られていたではないか!!」

 僕は姫の怒りが収まるまで壁の姿でとりあえず攻撃を耐えるのだった。でも、確かにエリの恰好は目のやり場に困る肌色面積だ。そして、その胸はアリナに次ぐ巨乳である事が改めて分かった。

 馬を2体も失い、馬車を維持する為には予備の馬を馬車に回すしかなくなった。予備の馬に乗っていた2人を馬車に乗せるには荷物を減らす必要があり、今日は戦った近くの比較的安全な場所で野宿をする事になった。結構な部分のみんなの装備が溶けていたので、それを創るのに僕も魔力を使い、回復の為休みたいという理由もあった。

『ピピッ!ピピッ!』

 小さな一人用簡易テントで寝ていた僕はライトの目覚ましの音で目を覚ます。見張りは交代制という話になり、僕は深夜の担当になったので早めに寝ていたのだ。流石に野宿でみんなが見ている中で誰かが誘惑に来るという事も無く、ぐっすり眠れた。

「お疲れ様、交代の時間です」

「勇者殿、お疲れ様です。
勇者殿の身体は大事ですから、見張りなどしてもらわなくていいと思いますが」

「いいって。疲れてるのはみんな同じだし」

 ファイは僕を大事に思ってくれている。見張りの順番を決める際にそういう声も出たけど、僕は無理を言ってやらせてもらった。リンザ姫に女性ばかり大変な目に合わせてると思われたくないのもある。

「お茶がありますので、少々お待ちを」

「ありがとう」

 ファイは無骨なイメージがあるけど、紅茶を優雅に注ぐのを見て、生まれが貴族だった事を思い出す。

「やっぱり騎士になる前の貴族の生活の方がよかった?」

「そんな事はありません。生まれの違いだけで身分が異なるのはやはりおかしいです。特に自分のように堕落した両親を見て育っていると、それを強く感じます。
本当は自分は家を捨てて、旅芸人のような事をしたいと思っていた事もありました。勿論そんな技術がある訳では無いですが、色んな国を回り、人々を笑顔にする、そういった仕事をしたかったのです」

「そうなんだ」

 旅芸人は多分サーカスや劇団みたいな人達の事だろう。現実だとサーカスとかはまだいるけど、ネットが通じる時代だから世界を飛び回って芸を披露するような人達はあまりいなくなった気がする。僕は人前に出るような仕事は無理だと思ってたけど、ファイは見た目は活発な美少女だし、現実の世界だったらネットで人気になったかもしれない。

「ただ、エンジェルナイツになった事は後悔しておりません。姫の為、国の為、民の為に戦う騎士は誇りでしたし、騎士団長のカイラさんは立派な人でした」

 ファイはカイラに普通の先輩以上の想いを持っていそうだ。出来れば早く洗脳を解いてあげたい。

「カイラさんってどんな人だったの?」

「カイラ団長は貴族では無く庶民の生まれながら、剣に通じ、礼儀作法も学んでおられました。一介の兵士だったところをリンザ様に認められ、エンジェルナイツ立ち上げの最初の一人になった方です。
潔癖であり、不正を嫌い、酒や性欲に溺れる事も無い方です。自分も見習おうとしましたが、人間性も剣の腕も到底及びませんでした。
ですが、カイラ団長は優しく、自分には自分の良さがあると褒めてくれたのです」

「立派な人だったんだね」

 僕個人としてはちょっとファイの想いが強すぎて盛り過ぎな気もしなくも無かった。僕個人の生きて来た中では何の欠点も無い人間なんていなかったからだ。酒を飲まない人はどこかでストレス発散をしないと生きていけないと思っている。

「交代の時間が来たんだし、ファイもそろそろ休んで。あとは僕が見張るから」

「もう少しお話していたいと思いましたが、そうですね。明日の事を考えたらきちんと休まねば。それでは勇者殿、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 ファイがテントに入っていき、夜の闇の中僕一人になる。焚火の灯りが温かい。見張り自体はネルマの精霊とミスナの仕掛けが周囲を見回っていて、何かあればその通知が入る仕組みだ。だから誰か起きている必要はあるけど、周りを見回る必要は無い。

(たまには一人で考えるのもいいかな)

 僕は何となくガルブレの画集を開いて流し読みをする。夢に見たゲームのようなファンタジー世界。でも、そこは希望に溢れた世界じゃなくて、魔王が支配し、残った僅かな人間が必死にもがいているような世界だった。今のところ知り合った人に死者は出ていないけど、これまでの戦いでは多くの死者が出て、多くの人が囚われている。僕の使命は魔王を倒し、世界の平和を取り戻し、人々を解放する事だ。

(本当にそんな事が出来るのかなあ)

 捕獲モンスターを倒し、ドラゴンも倒せた。姫も取り戻せた。でも、全てが順調というわけじゃない。僕としては危ない場面も沢山あった。新たな敵は常に出てくるし、判断を誤ったら誰かが死ぬだろう。その時の責任は僕に来る。でも僕が逃げ出す事は出来ない。現実世界みたいに会社を辞めるような事は出来ないのだ。

「リュート様、何か深刻な悩みでもあるのでしょうか?」

「え?」

 突然話しかけられて僕は大声を出しそうになるのを必死に抑えた。声がした方を見ると横にはエリが立っていた。

「エリさん、いつの間に」

「呼び捨てでいいって言いましたよね」

「じゃあ、エリ、こんな時間にどうしたんですか?姫の護衛なので見張りは除外されてましたよね」

 エリは自然と僕が座っている丸太の横に腰掛ける。

「目が覚めてしまって、空気を吸いに外に出たら、リュート様がいらしたので」

「そうなんですか。でも、リンザ姫の事は大丈夫なんですか?」

「リンザ様はぐっすり寝ておられますし、周りに他の者もおりますので大丈夫です」

 エリはにっこりと微笑む。見ると服装がいつものメイド衣装でも、僕が創ったメイド装備でも無く、ゆったりとした布の服だった。そして、その生地は薄く、胸元も開いていて、ブラジャーを付けて無い事がはっきりと分かる。それを見て僕の心臓が少し早くなってしまう。

「今日はその、ありがとうございました。エリがいなかったら相手が透明化してる事にも気付けませんでした」

「いえ、当然の事をしたまでです。それにきちんと戦えたのはリュート様が敵に色を付ける事を思い付いたからです。わたしだけでしたら必死に敵の気配を追うだけで倒せませんでした」

 褒められるのは悪くないけど、僕の場合は現実の漫画やアニメで似たような敵を見た事があったから出来た話だ。純粋に僕の知恵ではない。

「でも戦ったのはみんなだし、結局僕一人ではどうにも出来なかったよ」

「リュート様は特別です。皆が慕い、付いて来ているのはリンザ様にも伝わっている筈です。このまま頑張っていればリンザ様も心を開くでしょう」

「ありがとう、エリは優しいよね」

「そんな事はございません。わたしに出来るのは人の為に働く事ぐらいですから」

「でも、エリのフォローが無ければリンザ姫が納得しなかった場面が沢山あったし助かってるよ」

「わたしがしているのはリンザ様が本心を言えない時のフォローです。リンザ様はわたしがいなければそれもご自分で言っていたと思います」

 例えそうだとしても、リンザ姫をその方向に導けるエリは凄いと思っていた。リンザ姫のメイドをし、その信頼を勝ち取る事は誰にでも出来る事ではない。

「エリはリンザ姫と付き合いは長いの?」

「リンザ様と出会って8年ですが、これは長いと言っていいのでしょうか。
両親を失い、飢えて死にかけていたわたしを拾ってくれたのがリンザ様でした。本当は王家に仕えるような身分でないわたしを城に招き入れる為に必死に説得し、以後友人のように接してくれました。わたしにとってリンザ姫は全てなんです」

 リンザ姫がエリに心を許すように、エリもリンザ姫に全てを捧げているのだろう。その気持ちは僕にはとても分からない。

「ファイも言ってたけど、やっぱりリンザ姫は優しい人なんだね」

「そうなんです。ですが、リンザ様は自らの優しさが万人に与えられない事を理解しておられるんです。ですから自然と周りに厳しい態度をとるようになり、嫌われる事もしょうがないと諦めるようになりました」

「王族も大変なんだね」

 誰にでも好かれる人はいないと思っているし、そんな事は不可能だと思う。僕の場合は好かれないけど、嫌われないように振る舞うのが社会での生き方だった。でもそれは結局自分の身を守っているだけだったんだろう。

「まだ夜は長いし、エリも戦闘やリンザ姫のお世話で疲れてるだろうから、もうそろそろ休んだらどうかな」

「わたしはリュート様の方が心配です。これからはリンザ様とアリバ様の間に立つ事になるでしょうし、気苦労も増えるのではないでしょうか。それに女性ばかりの中に男性一人というのも大変ですよね?」

 それはその通りだった。そもそもエリが来る前もこれからの事を考え、暗い気持ちになっていた所だ。

「でも、勇者としてこの世界に来て、今までの僕が出来なかった事が出来てるんだから、大変なのはその代償なんだと思う。それに可愛い子達が仲良くしていて、その様子を眺められるだけで幸せな気持ちになれるし」

「リュート様自身は女性と仲良くならなくていいのですか?」

 エリが僕の手をそっと握る。優しく、冷たく、柔らかい感触に包まれる。長い薄紫色の前髪から大きな茶色の瞳がこちらを覗いている。そしてゆっくり動く薄紅色の唇がとても艶めかしい。

「わたしならなんでもして差し上げますよ……」

 手が指を絡めてくる。僕の鼓動は早鐘を打つ。とてもいい果物のような香りがする。やはりエリは他の子とは何かが違うと感じてしまう。いつの間にか腕に胸が押し当てられ、とても温かく柔らかな感触に包まれる。耳元で微かな吐息が聞こえる。

「リュート様、わたしに何でも命じて下さいな」

 耳元で囁かれ、僕の理性は既に限界に到達していた。重なりたい、一つになりたいと。

『ピーーーーッ!』

 そこで笛のような音が鳴り響く。ミスナの仕掛けた装置の警報音だ。

「リュート様、敵襲です!」

「そ、そうか。僕はブレイブウォールで確認するから、エリはみんなを起こして」

「分かりました」

 エリは今までの事が無かったように切り替わっていた。僕も頬を叩いて気合を入れ、ブレイブウォールの壁になった。
 結局、接近した敵はオークの集団で、僕と起きて来たナーリですぐに片が付いた。その後は警戒を強め、複数人で見張りをする事になった。

(でも、敵襲が無かったら本気で危なかった……)

 僕がガルブレで忍者メイドのエミのキャラストーリーを読まなかったのは、彼女にハマるのは危険だと思ったからだった。自分に都合よく尽くしてくれる可愛い女の子キャラは危険だ。百合目当てに始めたガルブレで推しの子が生まれる事を僕は恐れていた。そしてこの世界でそれを凄い実感している。僕はエリにはもっと警戒しなくてはと誓うのだった。


「別に乗らなくてもいいんじゃないかな?」

「あんたは別に眼がいいわけじゃ無いでしょ。敵の発見が遅れたらどうするのよ」

 馬が2頭やられたので予備の馬を馬車に回し、先導する馬が無くなったのだけれど、その役目は僕がブレイブウォール初号機改で引き継いだ。引き継いだのはよかったけど、なぜか今僕(ブレイブウォール)の上にはネルルが乗っていた。

「揺れると危ないですし、わざわざネルルが乗る事も無かったんじゃない?」

「鞍も取り付けたし、ネルルの運動神経なら大丈夫よ。それに重さ的にネルル以外適任がいないでしょ。マレーヤやお姫様を見張りにする訳にもいかないし」

 ネルルの言う通りブレイブウォールに追加で載せられる重量は限られていて、体重的にはリンザ姫、ネルル、マレーヤ辺りが限度だろうという感じだった。エリは身長的にはリンザ姫と大して変わらないけど胸の分重いらしい。運動能力が低いマレーヤはまず除外され、リンザ姫は立場的にも装備の重量的にも難しく、結局僕に乗って問題無さそうなのはネルルだけなのだ。

「まあ、ネルルがそれでいいならいいけど」

「馬車よりは解放感がある方がいいし、問題ないわよ」

 ネルルにはとても言えないけど、実は鞍を置いていても、ネルルのお尻の感触は壁になった僕に伝わっていたりする。そしてネルルと会話する為に上を見ると、衣装の短いスカートからパンツが丸見えなのだ。だからなるべく上を見ずに会話するけど、それでも僕に跨っている感覚はずっと付きまとっていた。

「ねえ、昨日の夜、敵が出る前にエリとなんか会話してたでしょ」

「え?」

 しばらく進んでいたら、唐突にネルルに言われ僕は驚く。あの時は誰も見ていないと思っていたが、そうでは無かったようだ。

「大丈夫よ、直接見ては無いし、会話の内容も聞こえなかったから。
ただ、エルフの耳は人間よりいいから、人の話し声は夜だと気になったりするのよ」

「ごめん、うるさかった?」

「そ、そうじゃないわ。見張りの時に会話するぐらい全然問題無いから気にしなくていいわよ。
ただ、最近急にエリと仲良くなってない?」

「それは、僕がリンザ姫に告白したから、その事で気を使ってもらってて、色々姫の事を聞いたりしてるんだよ」

 正直それ以外の事の方が自分でも問題だと思っている。一人の女性として見た時、エリは魅力的過ぎるのだ。その子が積極的に誘って来るのだからそろそろ耐える自信が無くなって来ている。

「余計なお世話かもしれないけど、エリには気を付けなさい。あの子はリンザ姫の為なら何でもするって噂だし、ネルルから見ても只者じゃない雰囲気があるから」

「心配してくれてありがとう。でも、悪い子じゃないし大丈夫だよ」

「心配なんてしてないわよ!ただ、あんたがいなくなったらみんなが困るってだけ!」

 ネルルが顔を真っ赤にして否定する。本当にネルルは可愛いし、いい子だと思った。

(でも、エリの行動がリンザ姫の為なのは確かだな。僕も誘われて浮かれないで、もっと気をしっかり持たないと)

 そして僕は自分の行動が他人に見られる可能性をもっと考慮しないととも思うのだった。


「もうすぐ迷いの森よ。大した敵が出なくて良かったわね」

「そうだね、魔王軍もこちらの行動の早さについてこれて無いのかもしれない」

 ネルルも迷いの森に帰って来れて少し嬉しそうだ。

「ごめん、撤回する。敵が待ち構えてるわ。みんなに連絡して」

「分かりました」

『敵の待ち伏せです、馬車を止めて下さい』

 魔法の連絡装置で馬車の中に素早く伝える。移動を止め、ネルマに精霊で偵察に出てもらう。

「ダークナイツです。迷いの森の入り口付近に陣取っていて、こちらにもう気付いているようです。ダークナイツ以外にもアンデッド兵も多数居ますし、迂回は難しいでしょう」

「戦いましょう。今度こそみんなの洗脳を解くのです」

 ネルマの報告にファイが即座に反応する。

「三博士が作った新兵器が使えます。僕が洗脳を解くので、みんなは敵の動きをなるべく止めて下さい」

「今回のはマレちゃんの自信作だからきっとうまく行くわよ」

「馬車は隠しておいて三博士とリンザ姫達で守っていて下さい」

「いや、わらわも行く」

 リンザ姫が珍しく自ら戦う発言した。それに対してレニーナが止めに入った。

「ですが姫様、ダークナイツは強力で危険です」

「彼女らがああなった責任はわらわにある。戦えずともその姿をきちんと確認しておく必要がある。それにリュートの装備があるのだ、そう簡単には負けぬのだろう?」

「ダークナイツと1対1ならリンザ姫の方が強いのは確かだと思います。ですが、数が多いですし、危険ではあります」

「リンザ様はわたしが守ります。他の方々は気にせず戦闘に集中して下さい」

 エリが前に出てくれた。正直戦力が増えるに越した事は無い。特に今回の策を実行するのには。

「分かりました。魔法を使う部隊とリンザ姫は後方支援という形で、お願いします。
では、行きましょう」

 僕(ブレイブウォール)とファイとナーリが先頭に立ち、他のみんながそれに続く。騎士団相手となると正直接近戦が出来る人がもう少し欲しいと思ってしまう。

(けど、今回はリンザ姫とエリに戦ってもらうわけにもいかなそうだし、3人で何とかしよう)

 進むとそこにはダークナイツと追加戦力と思われるスケルトン型のモンスターが複数並んでいた。

「待っていたぞ、勇者よ。今度こそ決着を付けようじゃないか」

「僕達は絶対にあなた達を助けてみせます」

「助けるだと?相変わらず何を言っているんだ」

「その声、やはりカイラなのだな」

 僕の横にはいつの間にかリンザ姫が出て来ていた。エリもすぐそばに寄り添っている。

「貴様は、リンザ姫か。塔を抜け出したと聞いたが、本当だったようだな。
勘違いしているようだが、私はダークナイツ団長のイラだ。魔王様に忠誠を誓う騎士だ。貴様の部下などでは無い!」

「そうか、分かった。謝るのは後にしておこう。まずはお主らを倒し、洗脳を解く!」

「リンザ姫、ありがとうございます。あとは僕達がやるので、見守っていて下さい」

「うむ、任せたぞ」

 リンザ姫もここに自分がいては返って邪魔だと理解してか、素直に後ろに下がってくれた。

「勝手に洗脳などと思っていればいい。どちらにしろ貴様らの命はここで終わるのだからな」

「そんな事はさせません!」

 ファイが一歩前に出る。イラの相手はファイに任せればいいだろう。

「行くぞ!」

「「はい!!」」

 僕の合図で戦闘が開始される。僕は前に立つアンデッド兵達をブレイブウォールで砕いていく。強さ自体は他のモンスターと大して変わないが、その数と復活する能力が邪魔な存在だ。一度倒せば後はアリナが順に浄化してくれる筈。
 ナーリとファイは前に出て来たダークナイツと組み合い、攻撃を当てていく。手加減せずとも死んでしまう相手で無いのが分かったので、ファイもナーリも今回は伸び伸びと戦えているように見える。後方からの魔法と弓の支援もあり、戦況はこちらが優勢に見えた。
 僕は作戦を実行しようと前に出ていく。

「リュート様、そこで止まって下さい!」

 と、背後からエリの叫びが聞こえ、僕は急ブレーキをかける。が、急には止まれず、僕はそこから数歩前に進んでいた。

『ボンッ!!!!』

 爆発音が鳴り、僕の視界は90度回転した。ブレイブウォールが倒れたのだ。地面に地雷のような罠があり、それで脚部が何本か壊れ、倒れたようだ。爆発は連動するようにナーリやファイの近くでも炸裂し、近くにいたアンデッド兵もろともダメージを負っていた。

「騎士同士の戦いに罠を張るなど卑怯ですぞ!」

「私達を罠に嵌めたのはそっちが先だろうに。それに勇者の力を使っている以上、何も対策しないわけが無かろう」

 確かにイラの言う通りだ。相手が陣取っている以上もっと罠に警戒すべきだった。エリが居たから被害はそこまで広がらなかったが、ミスナを連れて来ていれば罠にもっと早く気付けたかもしれない。

(しかし、どうしよう。このままじゃ作戦が失敗する)

 本来の作戦はみんながダークナイツを引き付けてる間にブレイブウォールの脚部の液体を放つ機能で、仮面を溶かす予定だった。溶かす薬品はマレーヤがスライムやこの間のカメレオンの体液から人体に影響が少ない装備だけを溶かす物を完成させていたのだ。物を創る力で脚部を直す事は出来るけど、今は横転していて、直してもすぐに攻撃されてしまうだろう。

(何か策を考えないと)

 爆発の影響でナーリとファイの勢いも衰え、ダークナイツは一転して優勢になっていた。後方援護側にも敵がかなり近付いていて、完全な接近戦になれば不利になる。

(試作だけど、一か八かあれを使うしかない!)

 僕はこの状況を一転させる為にミスナとランが試しに作った新機能を使ってみる事にした。

「みんな、援護をお願い!」

 僕は叫び、残った脚で、何とか壁を垂直に立て直す。

「ブレイブウォール初号機改、フライトユニット起動!!」

 僕の叫びと共に、脚部の隙間からジェット噴射口のようなものが付いた4本のアームが前後左右に飛び出した。そして、そこから飛行の魔法の能力を強化した魔力が噴き出す。

(問題は魔力の消費が激しくて、稼働時間が短い事。あと、1個でも壊されるとバランスを崩して落ちる事だ)

 ブレイブウォールは徐々に空中に浮き上がっていく。勿論それをただ見守るほど敵は優しくない。アンデッド兵やダークナイツで弓を持ったものは僕の方にその狙いを定める。

「させないよ!」

「やらせません!」

 ネルルとレニーナがこちらを撃とうとする敵を攻撃して手元を狂わせてくれる。それでもいくつか攻撃はこちらに飛んで来て、それを僕は残った脚で何とか弾き返す。他のみんなも敵を引き付け、僕を守ってくれようとしていた。

(後は脚を直す時間まで何とかもってくれれば……)

 魔力残量と創る時間を考えると、本当にギリギリのところだ。もし複数攻撃が飛んで来たらマズイ。

「奴らの狙いは飛んでいるあれを守る事だ。狙いをあれに絞れ!!」

 流石にそれに気付いてイラも狙いを僕に絞ってくる。ダークナイツには魔法を使える者もおり、その魔法が飛んでくるのをネルマの精霊やアリナの魔法が防いでくれている。が、それもだんだん間に合わなくなる。

「とりゃーーーー」

 ナーリが斧を振り回し、何とか敵を撹乱してくれた。が、敵の数が多く、ナーリもダークナイツに抑え込まれていく。早くしないと味方の命も危ない。

(あと少しなのに……)

 アリナの作った魔法のシールドが消え、脚が作り終わりそうだけど、もうダメだと僕は思った。

「リュート、これは貸しだからな。
聖なる剣よ、邪悪を吹き飛ばし我らに加護を与え給え。ホーリーウェーブ!!」

 エリに守られたリンザ姫が前に出て、必殺技のセリフを叫んだ。大剣が横に薙ぎ払われて、こちらを攻撃しようとした敵が吹き飛び、味方みんなに能力向上の力が与えられる。

「ありがとうございます。
行きます、洗脳よ溶けろ!!」

 リンザ姫の攻撃で敵が怯んだタイミングに合わせ、僕は直った脚を展開し、上空からダークナイツ目掛けて液体を発射した。液体はダークナイツの頭から降り注ぎ、その仮面を溶かしていく。まあ量の加減は出来ないから、一緒に上半身のビキニアーマーも溶けて胸が露わになるダークナイツもいたけど。

「これは、まさか……」

 ダークナイツは狼狽え、一部の者はしゃがみ込み、イラもその仮面が溶けかけていた。

「エンジェルナイツのみんな、正気に戻って!!」

 ファイが叫ぶ。僕は何とかダークナイツ全員に液体をかけ終え、ゆっくり地上に着地した。僕自身もブレイブウォールも魔力残量は結構ギリギリだった。

「正気、だと?
私はずっと正気だぞ、ファイ。よくも魔王様にいただいた仮面を壊してくれたな。しかも一部の者には辱めまでするとは……」

「どういう事だ?リュートよ、仮面を壊せば洗脳が解けるんじゃなかったのか?」

 リンザ姫が僕を問い詰める。しかし、僕もその認識で、そうじゃないとは思わなかった。

「リンザ姫よ、貴様は勘違いをしている。私達はそもそも洗脳などされてはいない。
貴様が悪いのだ。私達をこき使い、無理難題を押し付け、結果として無駄死にを増やした。もう貴様の我儘に付き合うのに飽き飽きしていたのだ。そして、騎士団は清く正しくあれと、男女間の交際まで禁じた。私が男共に処女とバカにされていた事など知るまい。
魔王様はそんな私を愛してくれた。優しく、時には激しく。そしてその素晴らしい理想を語って下さった。私は気付いたのだ。貴様に仕えていた己が愚かだったとな!!」

「何を言っておる……」

「カイラ団長、貴方は騙されている。貴方はそんな人では無かった筈だ!」

 ショックを受けたリンザ姫に代わり、ファイが叫んだ。

「ファイ、お前は優秀だったが、私を慕うお前が私は大嫌いだった。お前が私に理想を求めるから私はそれを演じ続ける必要があった。お前の模範であり続けるのは苦痛だったんだよ。お前の好意も羨望の眼差しも全て私にとっては枷でしかなかった。
だから私は名前を捨てた。私はカイラでは無い。今はダークナイツのイラなのだ!!」

 イラは剣を掲げ、ファイに迫る。ファイはそれを何とか受け止める。

「そんな、貴方はあれだけ理想を自分に語ってくれたではないですか」

「騎士としての名誉など所詮は一時の幻だ。女性は女として見られ、初めてその価値を認めらるんだよ。
ファイ、お前もこっちへ来い。魔王様ならお前を導いてくれるぞ」

「そんな話に乗るわけが無いじゃないですか!それに自分には勇者殿という導いてくれる人が現れました!」

「本当にあの男にそんな価値があると思うのか?勇者はお前に女としての喜びを与えてくれるのか?」

 ファイとイラは会話をしながら剣を交える。他のダークナイツも動ける者から再び戦闘が始まっていた。みんな混乱していてまともに戦えていない。作戦はどう考えても失敗だった。

「ファイちゃん、そんな女の言う事など聞く必要無いです。
相手がただの寝返った敵なら遠慮する必要などありません。みんな本気で戦いましょう!!」

「ですが……」

 アリナの言葉にレニーナが戸惑う。僕も同じ人間同士の戦いは見たくない。

(そうだ!)

 僕はもう一つマレーヤに貰っていた薬品を思い出し、それを周囲に向けて噴射する。

「みんな、薬を撒きます。気をしっかり持って!」

「こ、これは毒か……。仮面が無い今、マズイな」

 イラは周囲に毒の霧が発生したのに気付いて一歩下がる。僕の装備を付けたみんなには大して効果は無いが、鎧が一部溶けてるダークナイツには睡眠と脱力の効果が出ている筈だ。

「またしても失敗か……。これだけは使いたくなかったが、魔王様の命だ、しょうがない。勇者よ、今度こそさらばだ」

 イラはダークナイツを集めると、再び転移魔法で消えてしまった。と同時に何かがイラがいた場所から現れる。

「風船?」

 風船のような5メートル位の青色の球体が浮いていて、僕の方にふわふわと近付いて来る。目や顔のようなものは見えない。所々に黒い斑点があって不気味だ。

「みんな、多分危険な物だけど、僕なら大丈夫だから見てくる」

 僕はブレイブウォールを球体に近付けた。そして、球体は僕にぶつかった瞬間に弾ける。すると、周囲に大きな漆黒の闇が現れた。僕はそれに引きずられていく。

「勇者チャン!!」

 その様子を見たナーリが走ってきて僕を掴んで引き離そうとした。けれど、勢いは止まらない。他のみんなもこちらに来ようとする。

「駄目だ、みんな離れて!!」

「でも!!」

 ナーリは意地で僕を引っ張ろうとする。その瞬間、僕と僕に掴まったナーリは凄い勢いで闇に吸い込まれたのだった。


「ここは……?」

 気が付くと僕は人間の姿で地面に横たわっていた。すぐ近くにブレイブウォールと倒れているナーリが確認出来る。死んだわけでは無さそうだ。
 僕は立ち上がり、周囲を見回す。それはどこか懐かしい風景だった。

「え?もしかして、ここは日本?」

 地面には雑草が生えているものの、見慣れたアスファルトの道路だ。錆びたガードレールもある。近くには折れ曲がった街灯もあり、鉄筋で作られた廃屋もあった。遠くには見慣れた高層ビルやマンションらしき建物があるのだが、どれも一部が欠けたり崩れたりしている。

「もしかして、未来の日本なのか……」

 僕は廃墟の町の真ん中に立っていたのだった。
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