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第二章『神皇篇』
第四十七話『世紀の申子』 序
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辺り一面を白い光が包み込んでいる。
どこか心地良い、柔らかで優しい光だ。
岬守航はそう遠くない過去にこの光を見た気がしていた。
その中で航は、一人の友と再会した。
「虎駕!」
戦闘中にも関わらず、航は虎駕憲進の元へと駆け寄った。
虎駕はつい先程、東瀛丸の過剰摂取で死んだ筈だ。
しかし、現に航の前に立っている。
但し、その姿は半透明に光り輝いている。
「虎駕、生きていたんだな? お前が助けてくれたんだな?」
航は内心「そんな筈は無い」と解っていながら、そう問い掛けずにはいられなかった。
まだ虎駕の死について整理が出来ていなかった。
そんな、縋り付く様な航の言葉に対し、虎駕は悲しげな微笑みを浮かべて首を振った。
『いや、悪い。俺の命は確かにあそこで終わったのだよ。本来ならこうしてまた話すことも無かった』
「じゃあどうして……」
『兎黄泉ちゃんだよ』
虎駕は飛行機の上、雲野兄妹の方へと顔を向けた。
兄・雲野幽鷹と妹・雲野兎黄泉のうち、兎黄泉の方がいつかの様に光っていた。
それを見て、航は事態を理解した。
「そうか。これはあの時と、雲野研究所の時と同じなんだな。あの時、虻球磨が死んだ家族と会話した様に……」
『ああ、そうだ。兎黄泉ちゃんがお前に神為を貸したのだよ。それでお前の感覚が極限まで高められ、死者である俺の霊魂を認識できるようになった、そんなところなのだよ』
「信じたくないな……」
岬守航は諦めの悪い男である。
「さっき僕達を、鏡の壁が狛乃神の攻撃から守ってくれた。あれはお前の能力だろ? お前が守ってくれたんじゃないのか?」
ここまで現実を突き付けられて尚、それでも一縷の希望に縋らずにはいられなかった。
否、そうではないかも知れない。
何故なら、こう言えば虎駕はまた航の縋った可能性を否定するしか無い。
それは一つ一つの可能性を徹底的に潰す行為に等しい。
虎駕は再び申し訳無さそうに首を振る。
航は何処かでそれを待っていた。
『それも違うのだよ。俺ではあんな攻撃は防げない。薄い硝子板の上に鉄球を載せて、重量に耐えろと言っている様なものなのだよ。俺の神為では到底無理だ』
航は小さく溜息を吐いた。
また一つ、虎駕が死んだという裏付けが本人から語られた。
今、航はこうして自分の気持ちに整理を付けようとしているのかも知れない。
『それにな、岬守。今の俺には抑も神為で現実に干渉することは出来ないのだよ』
「そうなのか?」
『解るのだよ。神為に覚醒した時にその使い方が解る様に』
「そうか……。でもだったら……」
これは純粋な疑問だった。
虎駕の言うとおりなのだとしたら、先程の鏡はいったい誰が形成したのだろうか。
それについて、虎駕は意外なことを言い出した。
『あの鏡を作り出したのはお前だよ、岬守。兎黄泉ちゃんに神為を借りたお前だったから、さっきの攻撃を防ぐことが出来たのだよ』
「え……?」
航には虎駕の言っていることが解らなかった。
何故ならば航の術識神為は虎駕のものとは違う。
今まで使用した何かの鏡を武器と解釈したのかも知れないが、航には全く心当たりが無かった。
「でも僕の術識神為は……」
『それは多分、お前にも解っていない本当の能力がまだ眠っているのだよ』
曖昧な言い方だが、虎駕は確信があるかの様に航に強い視線を向けている。
『否定出来ないのだろう? つまり、お前にはまだ自分の能力について理解していない部分があるのだよ。お前はまだ術識神為に完全覚醒していない』
「そう……なのか……。確かに、そんなことを言われた気がするが……」
虎駕が看破した様に、航がまだ術識神為に完全覚醒しておらず、未解明の部分が残されていることは事実である。
虎駕は少しだけ嬉しそうに、切なげな微笑みを浮かべた。
『一つ言えるのは、お前には俺の能力と似たことを出来たってことなのだよ。それは喜ばしいことなのだよ。俺がまだお前達の事を守れる様な、そんな気がするから……』
虎駕の言葉・表情は、航にとうとうどうしようもない現実を受け容れさせた。
嗚呼、もう本当に虎駕とはお別れなのだ。
受け容れたくはないが、受け容れざるを得ない、友の死。
それが航の中にすっと入ってきて、体中に染み渡っていく。
「虎駕、友達なのにお前を救えなかった……」
航は後悔を吐露した。
しかし虎駕はあくまで穏やかに微笑んでいる。
『救われたさ。寧ろ俺の方が、お前に恩返し出来なかったのだよ』
「何を言っているんだ。何度も守ってくれたじゃないか」
『守ったまま終わっていれば良かったのだがな。最後の最後でやらかしてしまった』
虎駕は初めて、微笑みを消して沈痛の表情を浮かべた。
両の拳を握り締め、小刻みに震えている。
航とは比較にならない、計り知れない後悔が見て取れた。
『本当にどうかしていたよ。愛国者気取りが聞いて呆れる。俺は国を売り渡してしまった。俺のせいで戦争になるかも知れない。日本が滅びてしまうかも知れない』
「お前のせいじゃない!」
航は虎駕の悔恨を強く否定した。
「誰かがお前を陥れたんだ! 根尾さんだって、お前が皇國を選んだこと自体は罪じゃないって言ってた! お前は悪くないんだよ!」
『誰かが俺を陥れたとして、その誰かは日本と皇國に戦争を起こす為に仕組んだのだろう。つまり、そんな企みに利用されたっていう罪がある。俺の愚かな企みのせいで取り返しの付かないことになるかも知れないのだよ』
「誰にだって間違いはある! 迷うことだって! 第一お前は、最後には引き返そうとしていたじゃないか……!」
『一時の気の迷いで済む様な話じゃないのだよ』
虎駕は頑なだった。
航が何を言おうが、決して自分を許そうとはしない。
航の言葉通りに誤魔化したりはしない。
虎駕憲進は真面目な男だった。
『岬守、お前にそう言ってもらえるだけでも俺には充分過ぎる。勿体無いくらいだ』
「虎駕……」
虎駕の姿が薄くなっていく。
どうやらお別れの時が近付いているらしい。
『岬守、どうやらそろそろ行かなきゃいけないみたいだ。最後に一つ、頼みがある』
「頼み?」
『ああ。麗真のことだ』
航は驚きと同時に、一つの納得を得た。
思えば一度、彼が麗真魅琴に色目を使ったように見えた時があった。
あれは屹度、虎駕の中にそういう感情が確かにあったのだ。
普段なら許せないところだが、今の航が感じていたのは強い哀しみだった。
『岬守、麗真は間違い無くお前のことが好きだ。お前達は両片想いなんだよ。だから、あいつのことを、お前にとって世界一愛おしい麗真魅琴のことを、必ず幸せにしてやってくれ……』
そう言い残し、虎駕の姿が消えていく。
航は呼び戻す様に叫ぶ。
「虎駕!!」
別れの時だ、定められた避けられない時だ。
航は最後に、どうしても伝えたいことがあった。
どうしても誓いたいことが芽生えた。
「約束する! 必ずお前を日本で眠らせる!! 皇國じゃない! 日本の土の中に!! お前の眠りを守り続けるから! いつかお前が自分を責めるのをやめられるその日まで!!」
虎駕の返事は無い。
ただ、その表情は消えるその瞬間までずっと微笑みを湛えていた。
確かに感謝を伝えようとしていた――航にはそう思えてならなかった。
⦿
光が収った。
景色が元の滑走路に戻った。
航は自分の中に信じられない力が宿ったのだと確信していた。
これが神為を借りるということなのか――航は全身の血肉が入れ替わった様な感覚に浸り込む。
撃ち尽くした光線砲も、前以上に強力に、何発も撃てる様になっている。
おそらく、今なら……――航は上方を見上げ、宙に浮く狛乃神嵐花と相対した。
「御涙頂戴のお別れは済んだ?」
狛乃神は手を頭の後ろで組み、退屈そうに佇んでいた。
口振りから、どうやら彼女も航と虎駕の対話を見ていたらしい。
航が死者の霊魂との邂逅・対話を実現させたのは、強大な神為を貸し与えられた為だ。
つまり、元々強大な神為を備える狛乃神は独力で姿と声を認識出来るのだろう。
「狛乃神殿下……」
そんな狛乃神に、航は静かに語り掛けた。
狛乃神は腕を降ろし、飄々とした態度から一転して真剣に向き合う。
「お解りかと思いますが、僕は今先程までとは比べものにならない神為を身に付けています。貴女が止めに放った攻撃を防ぎ切り、死者と対話する程の神為です。今僕は、貴女と真面に戦い得るのです」
狛乃神は眉を顰めたが、航は構わず続ける。
「それでも、地力では貴女が遙かに上でしょう。しかし僕はずっと、自分よりもずっと格上の相手と戦ってきた。丁度、今の僕と貴女の力関係に相当する差を覆して生き延びてきたのです。つまり、戦えば貴女が勝つばかりとは限らない」
「へぇえ、私様に勝てるつもりなんだ……」
引き攣った笑みを浮かべる狛乃神。
目が笑っていないその表情は、差し詰め「下郎に侮られた」という怒りに満ちていた。
だが航は尚も諭す様に語る。
「いいえ、残念ながら望み薄だと思います。だからこそ、こうしてお願いしているんですよ」
「お願い?」
「ええ……」
航は頭を下げた。
「僕達はただ、生まれ育った祖国に帰りたいだけなんです。最初からそれ以上のことなんて望んでいない。破壊工作なんてする訳が無い。だからどうか、黙ってお帰しいただけないでしょうか。でなければ……」
「でなければ?」
狛乃神の顔に表われた感情の色が変わっていた。
激しい憤りから、静かなる怒りになっていた。
その理由は航の態度である。
ゆっくりと頭を上げ、狛乃神を睨む航の眼には脅迫と覚悟が籠っていた。
「でなければ僕はこれから、貴女を殺すつもりで戦わなければならない。圧倒的に強い貴女に対し、殺さない様に遠慮することなんて出来る訳がありませんからね……」
狛乃神はゆっくりと降下し、地に足を着けた。
同じ地上に立つと、彼女は本当に単なるギャルに見える。
だがその眼には悪く言えば我が儘な傲慢さが、よく言えば気位の高さが秘められている。
そんな彼女が静かに答えを突き付ける。
「駄目。他の奴らは最悪帰してあげても良いけれど、貴方だけは此処で死んで貰わないといけない」
「どうしてですか?」
「予感がある。私様の神為で見えた、確実な予感だ。この後、皇國と明治日本は戦争になる。そうなった時、為動機神体の操縦技術を持った貴方は無視出来ない脅威になる」
航はすぐにこれ以上話が通じないと悟った。
狛乃神は確かな意思を秘めている。
皇族の一人として国を守るのだという自負心である。
一見派手なギャルは、その実高校生とは思えない程立派な精神を持っていた。
「そうですか……」
航は覚悟を決めざるを得なかった。
ゆっくりと片足を引き、光線砲を狛乃神に向けて構える。
「では狛乃神殿下、命の遣り取りの御覚悟を」
「貴方が死の覚悟を決めなよ。でもま、今の貴方の雰囲気は嫌いじゃないけれどね」
狛乃神も両腕を拡げ、航の前に立ち塞がる様に仁王立ちする。
二人の戦いは新たなる局面を迎え、そして決着へと突き進もうとしていた。
どこか心地良い、柔らかで優しい光だ。
岬守航はそう遠くない過去にこの光を見た気がしていた。
その中で航は、一人の友と再会した。
「虎駕!」
戦闘中にも関わらず、航は虎駕憲進の元へと駆け寄った。
虎駕はつい先程、東瀛丸の過剰摂取で死んだ筈だ。
しかし、現に航の前に立っている。
但し、その姿は半透明に光り輝いている。
「虎駕、生きていたんだな? お前が助けてくれたんだな?」
航は内心「そんな筈は無い」と解っていながら、そう問い掛けずにはいられなかった。
まだ虎駕の死について整理が出来ていなかった。
そんな、縋り付く様な航の言葉に対し、虎駕は悲しげな微笑みを浮かべて首を振った。
『いや、悪い。俺の命は確かにあそこで終わったのだよ。本来ならこうしてまた話すことも無かった』
「じゃあどうして……」
『兎黄泉ちゃんだよ』
虎駕は飛行機の上、雲野兄妹の方へと顔を向けた。
兄・雲野幽鷹と妹・雲野兎黄泉のうち、兎黄泉の方がいつかの様に光っていた。
それを見て、航は事態を理解した。
「そうか。これはあの時と、雲野研究所の時と同じなんだな。あの時、虻球磨が死んだ家族と会話した様に……」
『ああ、そうだ。兎黄泉ちゃんがお前に神為を貸したのだよ。それでお前の感覚が極限まで高められ、死者である俺の霊魂を認識できるようになった、そんなところなのだよ』
「信じたくないな……」
岬守航は諦めの悪い男である。
「さっき僕達を、鏡の壁が狛乃神の攻撃から守ってくれた。あれはお前の能力だろ? お前が守ってくれたんじゃないのか?」
ここまで現実を突き付けられて尚、それでも一縷の希望に縋らずにはいられなかった。
否、そうではないかも知れない。
何故なら、こう言えば虎駕はまた航の縋った可能性を否定するしか無い。
それは一つ一つの可能性を徹底的に潰す行為に等しい。
虎駕は再び申し訳無さそうに首を振る。
航は何処かでそれを待っていた。
『それも違うのだよ。俺ではあんな攻撃は防げない。薄い硝子板の上に鉄球を載せて、重量に耐えろと言っている様なものなのだよ。俺の神為では到底無理だ』
航は小さく溜息を吐いた。
また一つ、虎駕が死んだという裏付けが本人から語られた。
今、航はこうして自分の気持ちに整理を付けようとしているのかも知れない。
『それにな、岬守。今の俺には抑も神為で現実に干渉することは出来ないのだよ』
「そうなのか?」
『解るのだよ。神為に覚醒した時にその使い方が解る様に』
「そうか……。でもだったら……」
これは純粋な疑問だった。
虎駕の言うとおりなのだとしたら、先程の鏡はいったい誰が形成したのだろうか。
それについて、虎駕は意外なことを言い出した。
『あの鏡を作り出したのはお前だよ、岬守。兎黄泉ちゃんに神為を借りたお前だったから、さっきの攻撃を防ぐことが出来たのだよ』
「え……?」
航には虎駕の言っていることが解らなかった。
何故ならば航の術識神為は虎駕のものとは違う。
今まで使用した何かの鏡を武器と解釈したのかも知れないが、航には全く心当たりが無かった。
「でも僕の術識神為は……」
『それは多分、お前にも解っていない本当の能力がまだ眠っているのだよ』
曖昧な言い方だが、虎駕は確信があるかの様に航に強い視線を向けている。
『否定出来ないのだろう? つまり、お前にはまだ自分の能力について理解していない部分があるのだよ。お前はまだ術識神為に完全覚醒していない』
「そう……なのか……。確かに、そんなことを言われた気がするが……」
虎駕が看破した様に、航がまだ術識神為に完全覚醒しておらず、未解明の部分が残されていることは事実である。
虎駕は少しだけ嬉しそうに、切なげな微笑みを浮かべた。
『一つ言えるのは、お前には俺の能力と似たことを出来たってことなのだよ。それは喜ばしいことなのだよ。俺がまだお前達の事を守れる様な、そんな気がするから……』
虎駕の言葉・表情は、航にとうとうどうしようもない現実を受け容れさせた。
嗚呼、もう本当に虎駕とはお別れなのだ。
受け容れたくはないが、受け容れざるを得ない、友の死。
それが航の中にすっと入ってきて、体中に染み渡っていく。
「虎駕、友達なのにお前を救えなかった……」
航は後悔を吐露した。
しかし虎駕はあくまで穏やかに微笑んでいる。
『救われたさ。寧ろ俺の方が、お前に恩返し出来なかったのだよ』
「何を言っているんだ。何度も守ってくれたじゃないか」
『守ったまま終わっていれば良かったのだがな。最後の最後でやらかしてしまった』
虎駕は初めて、微笑みを消して沈痛の表情を浮かべた。
両の拳を握り締め、小刻みに震えている。
航とは比較にならない、計り知れない後悔が見て取れた。
『本当にどうかしていたよ。愛国者気取りが聞いて呆れる。俺は国を売り渡してしまった。俺のせいで戦争になるかも知れない。日本が滅びてしまうかも知れない』
「お前のせいじゃない!」
航は虎駕の悔恨を強く否定した。
「誰かがお前を陥れたんだ! 根尾さんだって、お前が皇國を選んだこと自体は罪じゃないって言ってた! お前は悪くないんだよ!」
『誰かが俺を陥れたとして、その誰かは日本と皇國に戦争を起こす為に仕組んだのだろう。つまり、そんな企みに利用されたっていう罪がある。俺の愚かな企みのせいで取り返しの付かないことになるかも知れないのだよ』
「誰にだって間違いはある! 迷うことだって! 第一お前は、最後には引き返そうとしていたじゃないか……!」
『一時の気の迷いで済む様な話じゃないのだよ』
虎駕は頑なだった。
航が何を言おうが、決して自分を許そうとはしない。
航の言葉通りに誤魔化したりはしない。
虎駕憲進は真面目な男だった。
『岬守、お前にそう言ってもらえるだけでも俺には充分過ぎる。勿体無いくらいだ』
「虎駕……」
虎駕の姿が薄くなっていく。
どうやらお別れの時が近付いているらしい。
『岬守、どうやらそろそろ行かなきゃいけないみたいだ。最後に一つ、頼みがある』
「頼み?」
『ああ。麗真のことだ』
航は驚きと同時に、一つの納得を得た。
思えば一度、彼が麗真魅琴に色目を使ったように見えた時があった。
あれは屹度、虎駕の中にそういう感情が確かにあったのだ。
普段なら許せないところだが、今の航が感じていたのは強い哀しみだった。
『岬守、麗真は間違い無くお前のことが好きだ。お前達は両片想いなんだよ。だから、あいつのことを、お前にとって世界一愛おしい麗真魅琴のことを、必ず幸せにしてやってくれ……』
そう言い残し、虎駕の姿が消えていく。
航は呼び戻す様に叫ぶ。
「虎駕!!」
別れの時だ、定められた避けられない時だ。
航は最後に、どうしても伝えたいことがあった。
どうしても誓いたいことが芽生えた。
「約束する! 必ずお前を日本で眠らせる!! 皇國じゃない! 日本の土の中に!! お前の眠りを守り続けるから! いつかお前が自分を責めるのをやめられるその日まで!!」
虎駕の返事は無い。
ただ、その表情は消えるその瞬間までずっと微笑みを湛えていた。
確かに感謝を伝えようとしていた――航にはそう思えてならなかった。
⦿
光が収った。
景色が元の滑走路に戻った。
航は自分の中に信じられない力が宿ったのだと確信していた。
これが神為を借りるということなのか――航は全身の血肉が入れ替わった様な感覚に浸り込む。
撃ち尽くした光線砲も、前以上に強力に、何発も撃てる様になっている。
おそらく、今なら……――航は上方を見上げ、宙に浮く狛乃神嵐花と相対した。
「御涙頂戴のお別れは済んだ?」
狛乃神は手を頭の後ろで組み、退屈そうに佇んでいた。
口振りから、どうやら彼女も航と虎駕の対話を見ていたらしい。
航が死者の霊魂との邂逅・対話を実現させたのは、強大な神為を貸し与えられた為だ。
つまり、元々強大な神為を備える狛乃神は独力で姿と声を認識出来るのだろう。
「狛乃神殿下……」
そんな狛乃神に、航は静かに語り掛けた。
狛乃神は腕を降ろし、飄々とした態度から一転して真剣に向き合う。
「お解りかと思いますが、僕は今先程までとは比べものにならない神為を身に付けています。貴女が止めに放った攻撃を防ぎ切り、死者と対話する程の神為です。今僕は、貴女と真面に戦い得るのです」
狛乃神は眉を顰めたが、航は構わず続ける。
「それでも、地力では貴女が遙かに上でしょう。しかし僕はずっと、自分よりもずっと格上の相手と戦ってきた。丁度、今の僕と貴女の力関係に相当する差を覆して生き延びてきたのです。つまり、戦えば貴女が勝つばかりとは限らない」
「へぇえ、私様に勝てるつもりなんだ……」
引き攣った笑みを浮かべる狛乃神。
目が笑っていないその表情は、差し詰め「下郎に侮られた」という怒りに満ちていた。
だが航は尚も諭す様に語る。
「いいえ、残念ながら望み薄だと思います。だからこそ、こうしてお願いしているんですよ」
「お願い?」
「ええ……」
航は頭を下げた。
「僕達はただ、生まれ育った祖国に帰りたいだけなんです。最初からそれ以上のことなんて望んでいない。破壊工作なんてする訳が無い。だからどうか、黙ってお帰しいただけないでしょうか。でなければ……」
「でなければ?」
狛乃神の顔に表われた感情の色が変わっていた。
激しい憤りから、静かなる怒りになっていた。
その理由は航の態度である。
ゆっくりと頭を上げ、狛乃神を睨む航の眼には脅迫と覚悟が籠っていた。
「でなければ僕はこれから、貴女を殺すつもりで戦わなければならない。圧倒的に強い貴女に対し、殺さない様に遠慮することなんて出来る訳がありませんからね……」
狛乃神はゆっくりと降下し、地に足を着けた。
同じ地上に立つと、彼女は本当に単なるギャルに見える。
だがその眼には悪く言えば我が儘な傲慢さが、よく言えば気位の高さが秘められている。
そんな彼女が静かに答えを突き付ける。
「駄目。他の奴らは最悪帰してあげても良いけれど、貴方だけは此処で死んで貰わないといけない」
「どうしてですか?」
「予感がある。私様の神為で見えた、確実な予感だ。この後、皇國と明治日本は戦争になる。そうなった時、為動機神体の操縦技術を持った貴方は無視出来ない脅威になる」
航はすぐにこれ以上話が通じないと悟った。
狛乃神は確かな意思を秘めている。
皇族の一人として国を守るのだという自負心である。
一見派手なギャルは、その実高校生とは思えない程立派な精神を持っていた。
「そうですか……」
航は覚悟を決めざるを得なかった。
ゆっくりと片足を引き、光線砲を狛乃神に向けて構える。
「では狛乃神殿下、命の遣り取りの御覚悟を」
「貴方が死の覚悟を決めなよ。でもま、今の貴方の雰囲気は嫌いじゃないけれどね」
狛乃神も両腕を拡げ、航の前に立ち塞がる様に仁王立ちする。
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