日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十六話『子少女』 破

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 一方、はね空港の第六滑走路では、第三皇女・こまかみらんがその恐るべき力の一端を見せていた。
 こまかみは一見すると、装いが派手なだけで極普通の少女、所謂いわゆるギャルに過ぎない。
 だが彼女のたたずまいはその場でたいする者達にかつてない困難を予感させた。

 少女一人に対してさきもりわたるあぶしんまゆづききゆうびやくだんあげの五人掛かりであるにもかかわらず、彼らは若干されている。
 それ程までに、こまかみらんが放つ威圧感は群を抜いていた。

 この人数で掛かっても、まとにやり合っては勝てない――この場に居る全員がそう直感していた。

 晴れていた、否「晴らされていた」夜空に暗雲が引き寄せられる。
 月を中心に渦を巻き、星々を覆い隠していく。
 それはまるで、日の本とは対極にわたる達の行く道を限定しようとしているかの様だった。

 潮の匂いが漂っている。
 それは死の芳香を思わせた。
 さながら、海神わたつみが永遠の抱擁へといざなっているかの様だった。

 風が逆巻く。
 根拠の無い展望の悪さを全員が感じていた。
 但し一つ言えるのは、しんを身に付けたわたる達の第六感は人並み外れてえており、気のせいでは決して済ませられないということだ。

「みんな、聴け」

 そのような状況下で、戦い方の方針を示して指示を出すのはである。

おれがメインで戦う。まゆづきさんとびやくだんは援護をねがいする。さきもり君とあぶ君はずみ君とびやくだんを守ってくれ。相手の戦力が気の遠くなる程に絶大なのはきみ達も感じているとおりだろうが、この中でおれにだけは希望がある」

 は右手を開閉した。
 全ては彼が持つ、その手の能力に懸かっている。

「どうにか隙を見て一瞬でも彼女に触れ、一気に石化させる!」

 全員が無言でうなずいた。
 対する少女、第三皇女・こまかみらんはケラケラとあざわらう。

「ウケる。出来る訳無いじゃんそんなこと。ま、精々楽しませろ。明日も学校だし夜更かしは出来ないけれど、瞬殺じゃつまんないし」

 こまかみの圧が更に急上昇した。
 それだけで、わたる達はつぶされそうになる。
 少女のそうぼうがまるで獲物を物色するもうきんるいの様にかがよい、今にも襲い掛からんと全員をすくめる。
 嵐の前の静けさか、逆巻いていた風がいだ。

 次の瞬間、こまかみは刹那のうちにわたるの目前に移動した。
 まさに目にもとどまらぬ速さ、誰一人として彼女の動きを認識出来ないまま、その拳がわたるの顔面にたたまれたという結果だけを見せられた。
 わたるの後頭部は大きく嫌な音を立てて滑走路の混凝土コンクリートたたけられた。

「はーいず一人」

 起き上がる様子の無いわたるの有様に、残る四人に激しい動揺がはしる。
 そんな彼らにこまかみの無慈悲な戯れは続く。

「ぐはっ!!」

 今度はの腹部をぬきが貫いていた。
 またしても気が付いた時にはこまかみの攻撃が終わっていた。

「はーい、早くも作戦たんっと」
「そんな! こんなにあっさり!?」

 何も出来ないままかなめつぶされ、援護を任されたまゆづききようがくの声を上げた。
 こまかみはというと、背中から突き出たまみれの右腕を不快そうに振っている。

「あーあ、制服に汚い血が付いちゃった」

 今度はそんな彼女にこまかみの視線が向いた。
 左拳が振り上げられ、その猛威が次なる犠牲者を生み出そうとしていた。
 しかし、そんな彼女の右腕をの両手がつかみ、まゆづきの元へと行かせない。

「は?」
「はぁ……はぁ……。させるか……! 命に代えてもここで終わらせる……!」

 は鬼気迫る表情で両腕に力を込める。
 全霊を尽くし、こまかみを石化させようとしているのだと一目でわかる姿だった。
 しかし、こまかみの体に変化は見られない。

「な……何……?」

 は記録の限界に挑む重量挙げ選手の様に顔をしかめ、継続して力を込めるが、こまかみは一向に石化しない。

な!? 何故なぜ石にならない!?」

 あおめた顔に困惑の表情を浮かべていた。
 そんな彼を横目に見るこまかみの表情は対照的に冷め切っている。

「あのさ、なんで皇族たるわたしさま貴方あなたの如き雑魚ざこの思い通りにならなきゃいけないの? なんで勝手な決め事に従わせられると思うかな? 逆だろ。そっちがわたしさまに従えよ」

 こまかみは右腕をの腹部からぞうに引き抜き、掴んでいた両手をがした。
 そしてその勢いで体を回し、振り上げていた左肘で蟀谷こめかみを打ち据えた。

「ガッ……!!」

 たまらずうつぶせに倒れ伏した。
 解き放たれたこまかみは今度こそまゆづきに狙いを定める。

「危ねえ!」

 しんまゆづきの前に躍り出て、こまかみの次なる攻撃から守ろうとする。
 だがそれはこまかみの手間を省いただけだった。
 こまかみしんまゆづきとの擦れ違い様に顎へ両拳を突き上げ、二人の体を宙へ舞い上げた。
 あっという間に、残るはびやくだんただ一人である。

「はひっ!」

 戦闘能力の乏しいびやくだんは腰が退けてしまっていた。
 それでもどうにかこまかみと向き合い、右手を突き出して音波攻撃を放とうとする。
 しかし、彼女が攻撃した方向にこまかみは居なかった。
 びやくだんはその長い腕の間合いの内側に、こまかみを簡単に接近させてしまっていた。

「んー、貴女あなたはなんだか弱そうじゃん。じゃ、これかな」

 こまかみは右手の中指と親指を曲げる。
 そして中指の爪を親指の関節に押し付け、所謂「デコピン」の形を作ってびやくだんの眼前に差し出した。

 びやくだんとつに幻惑能力を発動し、周囲をごくさいしきで包み込む。
 だが、こまかみまつびやくだんから目をらさない。

「だから無理だって言ってんじゃん。貴女あなたじゃわたしさまを従わせらんないの。身の程をわきまえろよ、

 こまかみの中指が親指から弾かれ、指先がびやくだんけんに叩き付けられた。
 見た目は何のこともない戯れの様な攻撃だが、実態としてその威力は極めて強烈だった。
 一九三センチびやくだんの体がこんとうし、後頭部が混凝土コンクリートに打ち付けられる。
 びやくだんもまた動かなくなった。

 以上五人、既に倒されたずみふたを含めると六人ものしん使いがあっさりと倒れ伏した。
 彼らはいともやすく、すべも無くこまかみらんというたった一人の少女を前に全滅の途を辿たどったのだ。

「えーもう終わり? めっちゃ手加減してあげたのに、貴方あなた達いくらなんでも雑魚ざこ過ぎっしょ! もう一寸ちよつとくらい粘ってくれなきゃわたしさまつまんないし!」

 こまかみは唯一人、気を失った日本国民六人の中心で腕を組んで不満を叫んだ。
 彼女いわく、これ程までに圧倒的な力でわたる達をじゆうりんしておいてなお、かなり手加減していたらしい。
 それはあまりにも理不尽なほど絶大な暴力だった。
 こまかみはわざとらしい程に大きな溜息を吐いた。

「ま、良いや。終わりならとっととちゅうさつしちゃおっと」

 こまかみねた子供がおもちゃに対して急速に興味を失った様に冷めた表情で周囲を見渡すと、宙に浮かんでゆっくりと上昇していく。
 光を放つその姿は夜に輝く太陽の様に力強く、こうごうしい。
 それは宛ら「」と呼ぶに何らためいを要しない威容だった。

 しかしその時、地上から一筋の白色光がこまかみの肩に照射され、激しい爆発を起こした。
 虹色の爆煙が立ち込め、こまかみの体を包み込む。

「はぁ……はぁ……冗談じゃない……! そう簡単に終わって堪るかよ……!」

 わたるがふらつきながらも辛うじて起き上がり、右腕に形成した光線砲でこまかみを撃った。
 彼は顔面だけ異様に打たれ強い。
 その特性が彼に立ち上がる余力を残したのだ。
 もうろうとした意識で放った射撃故にく狙いは定まらなかったが、どうにかわたるこまかみに光線砲の一撃を入れることに成功した。

 しかしわたるは嫌な予感を覚えた。
 これまでの戦いで、光線砲で撃った相手が爆発したことなど記憶に無かったからだ。
 そんなわたるが見詰める中で、虹色の煙が薄くなり、中の人影が濃くなっていく。
 やがて、わたるには絶望的な答えが突き付けられた。

「あー吃驚びつくりしたな、もう……」

 煙が晴れ、姿を見せたこまかみは、輝きこそ失われていたが無傷で平然としていた。
 光線砲の照射を受けたのに全くダメージが無い――それはわたるにとって初めてのことで、そしてショックであった。
 これはちようきゆうどうしんたいの兵装であり、通常は決まりさえすれば勝負が決する一撃必殺の破壊兵器なのだ。
 それが全く通じていない事実に、わたるがくぜんとしていた。

「そんな……。こんなことって……」

 衝撃を隠し切れないわたる
 しかしいつまでもショックを受けていては立ち上がった甲斐かいも無い。
 わたるはすぐに、光線砲を再度こまかみに向けた。

「懲りないやつ……」

 こまかみの全身が薄らと光を帯びる。
 わたるの射撃で中断された攻撃を再開するつもりらしい。

 しかしその時、今度は燃え盛る結晶がこまかみの背後から数発撃ち込まれた。
 まゆづきほのおの翼を生やし、こまかみと同じ位置高さに浮かび上がっていた。
 彼女もまた再び起き上がり、戦線に復帰したのだ。

 更に地上では、しんもまた起き上がろうとしている。
 まゆづきしんこまかみから二人まとめて攻撃を食らった。
 そのせいで、他の者達を気絶させた攻撃よりも注意が分散され、若干威力が低かったのだろう。

「あーウザ……」

 こまかみは悪態を吐いた。
 まゆづきの結晶弾でも、その体にはやはり傷一つ付いていない。

さきもり、大丈夫かよ?」
あぶこそ。それにまゆづきさんもよく起きてくれました」
「何とかね。でも、相当まずい状況ね」

 わたるまゆづきの表情は渋かった。
 その理由は、単にこまかみの力が圧倒的だからでは無い。
 というより、その力の程度が単に「圧倒的」という次元では言い表せない。

「それにしても、解らねえよ」

 唯一、しんだけはそこに思い至っていなかった。

「なんであいつにはさんの石化能力が効かなかったんだ?」

 説明が遅れたが、の能力はわたる達全員が知っている。
 直接行使するところを知っているのはびやくだんだけだが、他の者も又聞きしている。
 わたるを第一皇女・かみせいの邸宅から救出する過程で、どうあきつらの石化を解くという過程を挟んだからだ。
 つまり彼らは皆、が触れて能力を行使すれば、こまかみは当然に石化すると思っていた。

「どういう能力なんだ?」
「いや、多分能力とかそういうのじゃない」

 わたるももまた、こまかみに能力が通じないところを目撃していた。
 の石化が不発だった時は意識を失っていたが、彼はびやくだんの幻惑がこまかみに通じなかった現場を目撃したのだ。
 更に、光線砲を射撃で爆発を起こしたという奇妙な現象が、わたるに一つの仮説を与えた。

「彼女は……こまかみらんは単純に強過ぎるんだ。能力というのは、わば自分のルールを相手に押し付けるということ。触れたに相手を石化させる、つまり触れられた相手は石化するというルール。相手を幻惑するというルール、つまり相手は幻惑されるというルール。それは言い換えれば、自分のルールという鎖で相手をがんがらめに縛ることに等しい……」

 わたるはシャツを破って脱ぎ捨てた。
 それは細かく編まれた繊維を引き千切ったということだ。

「けれども、鎖そのものを引き千切るくらいに力が強い相手は、そもそも鎖で束縛出来ない。銃で撃っても傷一つ付かない相手を、銃で脅して従わせることは出来ない。同じように、強過ぎる彼女をぼく達の能力というルールに従わせることは出来ない。従わせたければ、同じくらい強くなければならない」

 わたるの引き締まった上半身には、彼がこの一月余りで経験してきたすさまじい体験が練り上げられている。
 しかしその経験の中でも、こまかみらんという相手は群を抜いて高い山である。

「これが皇族……。こうこくの最高権威に連なる、あらひとがみの血統……」

 しんとはその人物の内なる神性である。
 高貴な背景の持ち主はそれだけ有利な立ち位置に在る。
 つまり、元々現人神として崇敬を集める、最も高貴な血統「日本人にとっての皇族」は別格であると言える。

 渋い表情が彼の苦境を雄弁に物語る。
 だがそれでも、わたるは折れない。

「なんとか……戦い方を見付けないと……!」

 そんなわたるの諦めない姿勢がしんまゆづきにも伝搬する。
 三人の表情に力が戻った。
 対して、こまかみは不服な様子を見せている。

「そこまで解ってまだやる気なんだ。ま、楽しませてくれるんなら別に良いけど」

 わたるしんまゆづきこまかみを取り囲み、おのおの構えを取る。
 こまかみは宙に浮かび、ただただ泰然自若といった様相で佇んでいる。
 そんな中、しんが不敵な笑みを浮かべた。

「策ならありそうだぜ、さきもりまゆづきさん」

 ありの一穴程だが、突破口が開けられようとしていた。
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