日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十一話『皇族』 破

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 れきの山と化したきのえ邸本館を背に、わたるついでにきのえひざまずいて頭を垂れている。
 その前に居並ぶ六人の男女をまとめる背の高い女――第一皇女・かみせいわたるに告げる。

さきもり、面を上げなさい」

 どういうことかとげんに思いながらも、わたるは顔を上げて居並ぶ六人の姿を瞳に映した。
 この中の誰かがことを誘った男だ――その相手はすぐにわかった。

(こいつか! こいつがこうこく皇太子! 尋常じゃないたくましさと美しさ! 圧倒的な特別感! こんな相手と張り合える訳が無いじゃないか!)

 わたるは皇太子とおぼしき偉丈夫を見ただけでかんともしがたい敗北感に襲われた。
 この男と同じ空間に居るだけで、自分のわいしようさを嫌という程思い知ってしまう。
 絹糸の様な白金色の長髪、天を突く様な長身、茶金色のきようじんな肉体、深紅とりゅうりょく、薄青い唇、身震いする程に絶世の美貌――その全てがこの世の者とは思えぬ別次元の格を見せ付けている。

 そんなわたるの思いをに、かみわたるに語り掛ける。

て、めいひのもとの民であるさきもりわたくしたちのことを知らぬはずでしょうね。一つ自己紹介といきましょうか。わたくしは第一皇女・かみせい

 かみ聖花はわくてきほほみをたたえ、わたるを見下ろしている。

「余は第一皇子・かみえい

 かみえいは簡潔にったが、それだけで充分にわたるはその名を胸に刻み付けた。

「第二皇子・しやちかみ

 しやちかみきのえを引っ立ててわたる達の隣に並ばせた男だ。
 格好からして軍人だろうか。

わらわのことはもう知っているね。ひとずこの場は任せてくれ。悪いようにはしない」

 たつかみわたるを特段責める様子も無く、真面目な話をする時の顔でわたるを見ていた。

「第三皇子・みずちかみけん。こんなことになるとは思わなかったね」

 みずちかみけん――やはりこの青年も皇族のようだ。
 ということは、もう一人もそうだろう。

「第三皇女・こまかみらん。ねー、わたしさまは明日も学校なんですけど。とっとと終わらせちゃおうよ」

 こまかみらんは不機嫌さを隠そうともせず不平をこぼした。

 今、わたる達の前に皇子皇女六名がそろみである。
 この光景は、こうこく貴族といえども日常でなかなかお目に掛かれるものではない。

て、さきもり

 第一皇女・かみせいが口を開いた。

まえはたがそこのきのえから虐待を受けていると聞き、義憤に駆られてこの場へ押し入り、きのえを成敗した。するときのえは、あろうことかちようきゆうどうしんたいに乗り込み発進させ、その暴を振るわんとした。そこでまえは、こうこく臣民に被害が及ばぬよう、残されたちょうきゅうに乗り込み、早急に撃墜してこれを鎮めた。とおどうつきしろしらせを総合すると、そのような流れとなりますが、相違ありませんか?」
「なっ!? 何をおつしやいますか殿下! つきしろ? 何をあの男はたらを!」
「お黙りなさいきのえわたくしは今、さきもりに問うているのです」

 わたるに語り掛けるかみの声は澄み渡っており、安らかで心地良い気分にさせる。
 おそらく彼女はその美貌・所作・そして語り口で、こうこくでは広く忠誠を集めているのだろう。

「はい。おおむね仰るとおりです」

 特に間違いは無いと思ったので、わたるは素直にそう答えた。
 すると、かみは手をたたいて喜んだ。

「素晴らしい、誠に素晴らしい! まさに日本男児にさわしき英雄の器!」

 かみに続き、他の皇族達も拍手でわたるに喝采を送った。
 その様子に、きのえろうばいして顔を上げ、かみに抗議する。

「お待ちください殿下! この者は……このせんの者はただろうぜきもので御座います! このきのえの館へ押し入り、乱暴ろうぜきを働いた暴漢! ちゆうされてしかるべき者を湛えるなど、信賞必罰にもとるあってはならぬことですぞ!」
きのえまえに面を上げる許可を出した覚えはありませんよ」

 拍手をやめた皇族達ににらまれ、すくめられた様にきのえは再び顔を伏せた。
 かみは扇で口元を覆い、そんなきのえただす。

「下賤の者、ですか……。そういえばまえは隣に控えるはたのこともそう呼んでさげすんでいたそうですね……。はた、事実ですか?」

 皇族達の視線が、今度はに集まった。
 は緊張からかたみ、小さな声を絞り出す様に答える。

「はい……ようで御座います」
「で、殿下? 何故なぜ今そのようなことを?」
ものめ!」

 かみかんだかい声を張り上げ、夜の空気を震わせた。
 きのえは迫力にされ、震えて縮こまった。

はた家を新華族として遇するは陛下のしんるものです。政権奪還に際し、功ありとお認めになりたもうたが故に、新華族として授爵される運びとなったのです。爵位の違いこそあれど、そこに込められたまいしは陛下の大いなる感謝と敬意です。これを蔑むは、陛下のこころにじるも同然! 何のはかりがあって新旧の華族を差別するのですかまえは! 身の程をわきまえなさい!」

 第一皇女の言葉である、きのえも何一つとして言い返せない。
 下賤と見下す二人の前で叱責される屈辱が越しにわたるまで伝わってくる様だった。

「ああ、はたも面を上げて構いませんよ」

 重ねて、きのえは唯一人頭を下げさせられるという待遇に置かれた。
 そんな中、屈辱をめながらも彼は言葉を絞り出す。

「このきのえ、申し開く言葉も御座いません。誠の不徳と、お叱りを甘んじて受ける他無く、以後のかいしゆんもつて御容赦頂けるよう願うばかりで御座います。しかし畏れながら殿下、それでも尚このさきもりという男が狼藉者であるという事実は何ら覆りませぬ。なる理由があろうとこの男のしでかしたことは不法侵入及び暴行。到底、看過される訳には……」

 きのえなおも未練がましく訴える。
 もつともこの論理自体は、もちろんのことわたる自身すら覆せると思えなかった。
 しかしかみきのえに向けた蔑みの眼を絶やさぬまま、尚も言葉を続ける。

「そういえば、とおどうはこの様なことも申していましたね。『きのえきように唆された』と。そして、同様にまえの言葉に従った六摂家当主はそろって命を落とすか、それに近い状態となっている。これは随分と、妙ですね」
「な、何を!? かみ殿下、一体何を仰いますか!?」

 きのえは再び顔を上げてどうもくした。
 何か恐ろしい運命を予感している様に、顔面そうはくとなっている。

こうこく秩序の番人たる六摂家当主は粗方排除されたこの状況、はんぎやく者にとってはさぞぎようこうでしょう。尤も、それだけで打ち崩せるこうこくではありませんが、もしその盟にこうこく最大の貴族であるきのえ公爵家が加わったとなると、非常に面倒なことになりますね。そして摂関家がみかどに弓を引く事態ならば、先の革命の折に殿でん家が前例を作っています」
「ま、まさか殿下! このきのえほんくわだてていると!? 違う! それは断じて違います! こればかりは天地神明に誓い、断固として否定させていただく!」

 ことに至り、皇族がこの場に揃って現れた理由が判明した。
 それを知ったきのえは半ば悲鳴の様な声で容疑を否認し、みずぶきく獣が如く必死に首を振っていた。

「登録された私軍とは別に、最新鋭のちようきゆうどうしんたいを複数保持していたこと。自身も操縦士として訓練を受け、更には同様の能力を持つはたを、彼女の知りたがっている不都合な情報を伏せて従わせていたこと。それらは近日中に事を起こす準備であったと、のうじようの密偵であったつきしろより報告が上がっているのです」
つきしろが!? な、何かの間違いだ! 決してその様なことは御座いません! このきのえを陥れようとするわなだ!」

 きのえは半狂乱となってかみすがこうとする。
 そのきのえを、かみは「汚らわしい」とばかりに冷たく蹴飛ばした。
 そして打って変わった甘い声で、再びわたるに語り掛ける。

「その企てを未然に防ぎ、大逆に巻き込まれるところだったはたを救った。更に、追い詰められた不忠者の乱心から臣民を完璧に守り抜いた。これは当に大手柄です。よくやりましたよ、さきもり
「いや、えっと……」

 わたるは困惑していた。
 何やら訳の分からぬうちに事態が丸く収まろうとしている。
 もまた、急展開に付いていけないと行った様子でわたると顔を見合わせた。
 しかし、彼女の表情にはどこかあんの色が見て取れた。

「扨て、後はこの者の処分ですね」

 かみごみを見る眼できのえを見下ろしている。
 その有様、既にきのえを臣下と思っていないのだろう。

「で、殿下……。きのえは、きのえはこれまでこうこくために尽くしてきました。確かに、至らぬ点が多々あったのは事実、それは認めざるを得ませぬ。しかし、これはあんまりだ。このきのえとて、じんのう陛下の臣としての誇りがある。そのきのえに対し、この仕打ちはあんまりで御座います!」

 今、わたるは不思議ときのえあわれに思えた。
 そう感じているのはわたるだけだろう。
 きのえの哀願は真に迫っており、本当にえんざいだと思えるが、叛逆者の汚名を着せられるというのは、当にきのえわたる達にした仕打ちそのものでもある。
 そういう意味では、この結果はきのえの因果応報といえるのかも知れない。

 かみの言うとおりにきのえを逆賊として処し、わたるはそれを誅したのだという形にすれば、一連の行いも不問になるかも知れない。
 きのえを陥れようと、自らの利を取るのがこの場は正解なのかも知れない。

「あの、かみ殿下」

 だがわたるは動かずにはいられなかった。
 きつこれは、愚にも付かぬ行いである。
 わたるには時折この様なところがあり、よくトラブルを招いてしまう。
 だがここで流されてしまえば、きのえが叛逆者になった方が都合が良いからと口をつぐんでしまえば、何か自分の中から大事な「資格」がせてしまう様な、そんな気がした。

「殿下、それはやっぱり駄目じゃないですかね?」

 わたるの言葉に、かみは心底から驚いた様に目を丸くしていた。
 彼女だけでなく、この場の誰もがわたるの発言にきようがくを隠せない様子だった。

さきもり様!? 貴方あなた、本っ当に何を仰るのですか!?」

 などは若干怒りを交えてすらいた。
 皇族に意見すること、自分が助かる有難い話を無下にしようとしていること、その全てが信じにくく、容認し難いのだろう。

「狂人……」

 たつかみは自分の見立てを確かめて納得した様につぶやいた。
 そんな、様々な驚愕に包まれる場にあって、わたるは一人意を決して立ち上がった。
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