日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十八話『自信』 破

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 わたる達は広々とした部屋へと通された。
 どうやら側仕えする使用人のために用意した使っていない部屋をいくつか割り当ててくれたらしい。

「御要望のお風呂につきましては、準備が整い次第お呼びいたします。今しばらくお待ちください」

 先程とは対照的に、再びわたる達の前に現れたかいいんの態度は丁寧になっていた。
 深々と一礼し、下がっていった。

「なんか一寸ちよつと感じ良くなってねえか?」
様に叱られたんじゃないかな」

 好き勝手に憶測を並べるわたるしん、そのそばで静かに寝息を立てているたか、そして縁側の小卓を挟んで向かい合う椅子にはきゅうけんしんが腰掛けている。
 は窓から外の景色を眺めていた。
 高層建築物の波がそびつ光景は、おそらく世界でも類を見ない程に発展した都市風景だろう。

さん、こうこくは日本を吸収しようとしているのですか?」
「ん? ああ……」

 が公爵・いちどうすえ麿まろに聞かされた話を、は特に否定しなかった。
 公表されている話ではないが、今更隠し通せはしないという判断だろう。
 は外を見詰めながら続ける。

「もし戦争になったりしたら、日本はひとまりも無いですよね……」
「そうだな。これは以前にもうる君と話したことだが、こうこくは世界中どの国と比較しても国力が、文明力が、軍事力が、それ以前にもっと純粋な『力』が違い過ぎる。更に、こうこくしんって全ての面で自給自足が出来る。だからこそ、たった一箇国で世界線を越えても平気なんだ。つまり完全に孤立しようが戦い抜ける。これは非常に大きい」

 は溜息を吐いた。

「同じ日本なのに、どうしてここまで違うのでしょうね……」

 言葉に不穏な影を読み取ったは眉をひそめた。

君、おれは日本がこうこくと比べて劣っているとは断じて思わない」
何故なぜですか?」

 の言葉にかぶせる様に疑問を重ねてきた。

「少なくともこうこくは未来の希望にあふれていますよ。注意深く探さなくとも一目瞭然に」

 二人の間に短い沈黙が嫌な空気と共に流れる。
 の言葉の裏に、かすかな毒味を感じた。

きみは嫌なのか。今の日本が……」

 は、別にを責めたかった訳ではない。
 むしろ、責められるとすればそれは政治を担う自分達の方だろう。
 確かに、そもそも国に対して「まだまだ捨てたもんじゃない」などとわざわざ言わせてしまうような、国を好きになれるところをえて考えなくてはならない状況は、行政の担い手にとってない話でもあるだろう。
 認めたくはないが、の言葉にも一理あるかも知れない。

 若者達に国家への失望感を与えてしまっているとしたら、それを絶望感に変えてしまわないように、自分達は何をすべきなのだろうか。
 に尋ねたのは、そんな思いからだった。
 しかし、は冷めたに向けていた。

「日本は良い国ですよ。四季もあるので」

 対する、の言葉はそれだった。
 は少し不快感を覚えた。

きみがそんなことを言うなんてな……」

 一昔前であれば、それは確かに日本の国土の美しさを純粋にたたえる言葉だっただろう。
 だがそれは、今や「何処どこにでもあるものを殊更に称揚する、空虚な無条件愛国者」をする意味合いを持ってしまった。
 事もあろうにそれを、愛国者を自認するが言ってしまった。

 は仏頂面で踏ん反り返った。
 も黙って窓の外を見詰めている。
 二人の間に、それ以上の言葉は紡がれなかった。

御士人方メッシュー、お風呂の準備が整いました」

 再び部屋へやって来たかいいんの言葉を、男達は皆びていた。
 の会話は、所詮夏日と疲労による不快感がまとわりいた体を持て余していた者達の、ほんの一時しのぎに過ぎなかった。



    ⦿⦿⦿



 たつかみていには浴室が三つある。
 二つが邸宅の主であるたつかみの為のもので、いつでも入浴できるように時間をずらして清掃を行っている。
 もう一つが、わたる達男性陣の借りる使用人用のものだ。
 女性陣は、たつかみの為の広々とした浴室を一つ借り受けている状況だ。

「良ーい湯ですねー……」
「ふみゅう……」

 昼間珍しくおとせいと張り合ったびやくだんは、すっかり普段ののんな雰囲気を取り戻し、大きな体を伸ばしている。
 くもも小さな体をびやくだんの方に預け、二人してみを満喫している。
 まゆづきはさっさと入浴を済ませ、浴室から上がっていた。

 一方、少し離れた別の一角では、うることずみふたが浴槽にかっている。

うるさん、相変わらずスタイルが良くて、れいな体してるよね」
「そう?」

 ふたことに話し掛けた。
 高校時代、仲の良い友人同士だった二人だが、卒業後は疎遠になっていた。
 事件をきっかけに再会したのだが、何気にそれ以来初めての会話だ。

 高校時代、ことの美しさは同性の間でも評判だった。
 特に水泳の授業にあっては、せんぼうと憧憬のまなしを一身に集めていた。

「それに引き換えわたしなんて体も小さいし、色々貧相だし、昔から『うらやましいな』って……」
「別にそんな卑下するようなものでもないと思うけれど……」

 ことは湯船の縁に腰を上げた。
 抜群の肉体美が湯のヴェールを脱ぐ。

「それに、体のラインって姿勢でも結構見え方が変わるのよ。ずみさんの場合、もっと自信を持って、背筋を伸ばして胸を張った方が良いと思うわ」

 ことは例を示す様に体を反った。

「そうやって、見せ付ける感じで?」
「ええ。まあ、そうね」
「それは……嫌だな……」

 ふたはそれを横目に、体を方まで湯船に沈めてしまう。
 うつむく彼女の、浮かない表情が水面に映っていた。
 あらわに波立ってかげりが揺れる。
 そんなふたの様子に、ことはつい尋ねてしまう。

ずみさん貴女あなた、高校出てから何かあったの?」

 ふたは高校を出てから、自分の夢をかなえると言ってこととは別々の道を歩み始めた。
 その後この機会に再会するまで、ことふたの環境についてほとんしらされていない。
 そんなことに、ふたはぎこちなく笑って答える。

「別に、うるさんが気にするようなことは無いよ。きつ全然大した事じゃ無いんだと思うし、もう終わったことだから……」

 そう言われてしまうと、ことはそれ以上追求出来ない。
 したところで、今のことには何も出来ないし、無責任なだけだ。
 ことはただ黙って湯船に浸かり直すしかなかった。

 ことにはことのすべきことがある。
 その為の準備を着々と進め、様々なことを整理しなくてはならない。
 それがことにとって、どれだけ不本意で辛い選択であろうとも……。



    ⦿⦿⦿



 何処とも知れぬ闇の中で、四人の男女が卓上のろうそくを囲っている。

「結局、彼らはたつかみ邸へ辿たどいてしまったのね。大の男が二人そろってこの為体ていたらくとは、情けないったらありゃしない……」

 女は両脇の男に失望の溜息を吐いた。
 叱責を受けた長髪をまげ状に結ったかみしも姿の大男――つきしろさくと、古代の朝服に似た格好をしたあげまきがみの少年――おとせいは互いににらう。
 おとはつい先程自爆したはずだが、平然とこの集まりに顔を出している。

 つきしろは手に持っていたながやりいしづきで床を鳴らした。
 どうやら相当いらっているらしい。

「まさか、こうこく最高の戦力などと大層なうたもんを掲げる六摂家当主があれほど役に立たぬとは……! やはり、などを当てにしたのが間違いだったか……!」
「そこまで言うなら、自分が出れば良かったんじゃないか? あの化物女をきみが抑えてくれていたら、今頃ぼくが標的を殺せていただろうに」

 おとつきしろに不平を垂れる。
 彼にしてみれば、つきしろの要請を受けて自らの始末に出向いたが故に、手痛い歓迎を受けたのだ。
 一言二言、つきしろに物申したくても当然だろう。

わたしには表社会での立場があるのだ。それは我々の計画の為、失う訳にはいかん類のものだ。わたしとて、貴様にそう言われずとも出られれば出ていた」
「どうだかね……」

 二人の間に険悪な空気が流れる。
 しかしそんな間に、もう一人の男――軍服姿の老翁が割って入った。

ふたかた、今はそれよりも今後の方針を決めるべきでは? すがに、今やあの男を始末するよりも別の方向で計画を進めた方が良いと存じますがのう……」

 老翁は不敵な笑みを浮かべている。
 そんな彼に、向かい側にすわる女が尋ねる。

「何か腹案がある、とでも言いたげな顔ねえ……」
「ええ。元々、策謀を最も得意とするのはこのわしで御座いますよ」
「では、聴かせてもらいましょうか」

 女に促され、老翁は自身の考えを述べた。
 話を聞いた女はさも愉快といった様子で口角を上げる。
 また、おとつきしろからもけんな表情が消えている。
 どうやら三人は老翁の話に納得したようだ。

「良い考えだね。ちらの手駒を余すところなく使わなくてはならないけど」
「よくぞそのようなことを提案出来るものだ。恐るべき冷血漢よ」
わしおもんぱかるのはさんかたのみで御座いますから喃」
「素晴らしいわ」

 女が手をたたいた。

「おあつらきに、明日は七夕。男女の巡り合わせに悲劇が踊る策を動かすのに、これ程皮肉の効いた日程はないでしょう。実に面白い趣向よ」
めにあずかり光栄に御座います。ひめさま浪漫趣味者ロマンチストで御座います喃」

 話はまとまり、蝋燭の火は吹き消され、四人の姿が消えた。
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