日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十八話『自信』 序

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 とおどうあやが用意した自動車で、さきもりわたる達はたつかみていへ向かう。
 万全の状態ならば歩いて辿たどける距離だが、六摂家当主との戦いで皆疲弊しきっていたためとおどうのこの申し出は有難かった。
 今回、わたる達は男女で別れて二台の車に乗った。

 その道中で、わたる達はきゆうからそうせんたいおおかみきばの首領補佐・おとせいとその隠されたつながり、それを探っていて殺されたれんの話を聞かされた。
 うることを始めとした女性陣はびやくだんあげから聞かされていることだろう。

「そういえばよ、さきもり

 あぶしんが話題を切り替える。

おれ達、とうきように入る為に色々と苦労したんだが、お前らはどうやってまで来たんだ?」
「ああ、別に大した事じゃ無いよ」

 わたるはそう答えたが、少し考えて思い直した。

「いや、やっぱり大した事はあるかな……。ことやつちやちやしたからなあ……」

 たつかみ邸までは目と鼻の先、しかしそのわずかな時間で、わたるは語り出した。



    ⦿⦿⦿



 しばし時をさかのぼる。
 わたることは大きな橋の上で川を眺めていた。
 両岸には田園が広がるのどな光景にもう一つ、高架となっている橋が少し離れたところに見える。

 二人は身を寄せ合い、恋人同士を装っている。
 わたるは肩に寄り掛かることの細やかな長い髪とたおやかな体の感触に心が落ち着かなかった。

「そ、そういえばさ……」

 わたるは乱れる心を紛らわすために取留めの無い話を始める。

「川を見ていて思い出したんだけど、脱出した一日目と二日目はさ、川で魚を釣ってみんなに振る舞ったんだよね」
「あら、そうなの? 貴方あなた、そんなに釣りかったっけ?」

 わたることは昔海釣りへ行ったことがある。
 拉致被害者達が脱出の道中で食事にありつけたのは、そんなわたるの経験が生きたのだ。
 調理もことの家事手伝いで鍛えられたものだし、ことは知らぬ間にわたると仲間達を大いに助けていたのだ。

「今回で結構コツをつかんじゃったからな。帰国したら久し振りにやらないか? あの時のリベンジをしてやるよ」
「ふーん……」

 ことは半目になって、少し意地悪くほほんだ。

「昨日っていた『づらかせる』もくがそれなら、見込み違いとしか言い様が無いわね」
「そうかな?」
「ええ。あの時わたし、この分野でもわたるには一生負けないって確信しちゃったもの」
「この分野でも、ってところも気になるけど、勘違いかもよ?」
「だと良いわね」

 ことの手がわたるの背中を回り、肩に触れた。
 わたるは驚いて一瞬体をビク付かせてしまった。

「何? 恋人同士の振りをするって言ったでしょう?」
「いや、そうなんだけどさ……」

 本来はわたるの方がことの肩を抱くのが自然なのだろうが、わたるにそんな度胸は無かった。

「それにしても、釣り道具なんかよく用意出来たわね」
「ああ、ぼくの能力なんだよ」

 ことはこの時、わたるの能力をほんの一部しか見ていない。
 どうしんたいの光線砲ユニットと、日本刀を形成することが出来る、ということしか分からないのだ。

「どうやら自分が扱ったことのある『武器』を形成することが出来るらしくってね」
「武器? 釣り道具が?」
「そうそう。どうやら、武器として使える、というのが定義らしい。その基準の線引きはわからないけどね。他にも、こうてんかんっていう宿に置いてあった吸引式のモップなんかも形成出来るよ」
「ふーん……。能く解らない、ねえ……。自分の能力が……」

 ことは溜息を吐いた。

貴方あなたしんを身に付けて何日目だっけ?」
「ん? 多分一箇月ちょいだと思うけど」
「そう……。じゆつしきしんが使えるようになったのは?」
「確か、五日前だね」
「そ。で、いまだに自分の能力の全貌を把握していない、という訳なのね」

 ことわたるにする様に小さく笑った。

貴方あなた吃驚びつくりするくらいしんの才能無いのね」
「ええ?」

 久々の酷評だった。
 はたに散々言われたことをことにまで言われてしまった。

しんとは、己の中にある神を探求し、その力を引き出すこと。じゆつしきしんに完全覚醒すれば自分の能力は全貌を余すことなく把握出来るはず。それが、貴方あなたは未だに不明な領域を残している。つまり、貴方あなたは未だにじゆつしきしんに完全覚醒していない。才能が無いと言わざるを得ないわ」

 ことは再び溜息を吐いた。

「ここ数日は感心しちゃっていたけれど、少し落胆したわ。でも、逆に安心もした。貴方あなたって、とことん戦いに向いていない人なのね」

 そう言うと、ことはまた微笑んだ。
 彼女がわたるに向ける微笑みは、小さいながらも様々な色と感情を移ろう。
 意地の悪さを見せられるのも、小莫迦にされるのも、わたるにとって居心地の悪いものではない。
 今の微笑みはそのどちらでもなく、悪意は一切感じられない。

 ことは美しかった。
 誰よりも何処どこまでも、高く遠く美しい存在。
 嫉妬すら覚える程に、まぶしい存在として恋い焦がれ続けた十数年。

 わたるきつこれからも、いつまでもいつまでもことに対する劣等感と憧憬を抱き諦め続け、その感情を墓まで持って行って永久の眠りに就くのだろう。
 奇妙なことだが、わたるはそれをたまらなく幸せに思えた。

 風に吹かれなびことの黒髪が、太陽の光を浴びて輝いている。
 そのあでやかささえも、生まれ付き髪色の明るい自分との差異となって突き刺さる様に思えた。

れいだ……。ずっとこうして、そばに居たい……)

 わたることの微笑み、その横顔を見詰め、心の底からそう思った。
 しかし、彼女の微笑みは他意の無い純粋な笑顔という訳でも無さそうだ。
 何処となくかなしげで、はかなげで、うれいを含んだ黄昏たそがれの感情がかいえる。

て、そろそろ時間だわ」
「え?」

 ことは唐突に電話端末の画面を見てつぶやいた。
 そして突然、肩に回していた手に力を込め、更に腰を持ってわたるの体を抱え上げる。

「え? え?」
「歯を食い縛って。舌をまないように」

 少し経つと、先程まで眺めていたもう一つの橋を向こう岸から電車が走ってきた。
 それは我が国の新幹線と似ていたが、車体は赤い色をしていた。

 ことは跳んだ。
 赤いしやりようが通り過ぎるタイミングを見計らって、車体の上に跳び乗った。

「えええええええ!?」

 突然の行動、奇行にわたるきようがくを禁じ得なかった。
 彼女は走る電車、それも新幹線に匹敵する速さの車体上に跳び乗って、特に衝撃も無く着地したのだ。
 つまりこれは、ことの跳躍速度が新幹線の走行速度を上回っていたことを意味する。

「貨物高速鉄道列車よ。こうこくいて貨物の運送にのみ使われる、新幹線の貨物列車版の様なもの。昨日、運行時刻を一通り調べたの。少しトラブルがあって遅れたみたいだけれど、上手く便乗出来たわ。これで一気にとうきよう入りするわよ!」

 ことびやくだんに伝えていた、とうきよう入りの見込みとはこれのことだ。
 こうこくにも独自のネット環境があり、電話端末で情報検索出来たのが幸いした。

 貨物列車を選んだので、万が一襲撃に遭った場合も人的被害を最小限に抑えられる。
 また、赤い車体という目立つ色使いは車体上に乗るわたることの姿を目立たなくさせる。
 更に運送業なので、とうきよう入りの手続も免除されている。
 もう一つ加えると、人の乗降が無い分、通常の高速列車よりも所要時間は短くて済む。

 わたることは、こうしてとち州からとうきよう煙管きせる乗車で一気に移動したのだった。



    ⦿⦿⦿



 わたる達はたつかみ邸へと辿り着いた。
 此処まで来てしまえば、流石さすがの公爵・きのえくろも容易に手出しは出来ない。
 後はたつかみが約束通りにわたる達の帰国のはずを整えてくれれば全ては解決する。

 たつかみ邸は区にあるこうじまちようと呼ばれる皇族私有地の一角にあり、同じ区画には弟の住まうみずちかみ邸が併設されている。
 その外観は洋風の豪邸といったところで、男装の麗人たるたつかみの容姿とあいって一つの華麗な世界観を醸し出す。

 屋内の待合室へ通されたわたる達を、会食服タキシードを身にまとった一人の美青年が待ち受けていた。
 背が高く、長い金髪を波打たせたその風貌は、さながら中世欧州に於ける白馬の王子様といった様相だった。

「初めまして、皆様方。わたくしたつかみ殿下の侍従を務めさせていただいております、かいいんありきよと申します。この度は我がうるわしの姫君プリンセスより、皆様を丁重にお持て成しし、身の回りのお世話をするようにと仰せつかっております。御要望の際は何なりとお申し付けを」

 かいいんありきよを名乗る男はおおな程深々と頭を下げた。
 そのこわいろ・仕草からは一々気取ったうぬれを感じさせる。
 そんな彼に、ずみふたが恐る恐る申し出た。

「あの、ひとずお風呂をもらえませんか? 昨日は入れなかったし、一昨日もシャワーだけだったんです」
「承知いたしました、御婦人マドモアゼル。既に御用意は出来ております。御案内いたしましょう」

 かいいんはまたしても一々気取ったをしてふたに大仰な敬意を示した。
 そんな彼に、わたるもまたかいいんに男性陣の風呂を要求する。

「あ、お風呂ならぼく達も貰いたいです」
「あ、そうですか」

 打って変わって、かいいんの態度は露骨にいものになった。
 どうやら誰にでも懇切丁寧に、王子様然として対応する訳ではないらしい。

「男性方には使用人の浴室をお貸ししましょう。後で案内させますので暫しこのままお待ちください。では御婦人方メドモアゼルちらへどうぞ」

 かいいんに案内され、女性陣は待合室から邸宅の中へと連れて行かれた。

「なんだあいつ?」
かいいんありきよ、どうやら侯爵令息の様だ」

 わたるかいいんのことをいけ好かないと思った。
 男女で露骨に態度を変えられては無理も無いだろう。
 しかしそれはそれとして、かいいんたつかみに接しているところを想像すると、完全に何処ぞの歌劇団の世界になって少し面白いとも思った。

「ま、えず風呂には入れるんだから別に良いだろ。このまま待たせてもらうとしようぜ」

 しんの態度は楽天的だった。
 わたるはそんな彼の、精神的なタフさに感心していた。
 つい数日前、辛過ぎる現実に直面したにもかかわらず、すっかりと立ち直っている様に見える。
 直接別れの言葉を交わせたのが大きいのだろうか。

 しかしそれにしても、しんはこれからどうするつもりなのだろうか。
 帰国後の生活について、何か考えているのだろうか。
 何も考えていないのだろうか。

 ふとわたるは、しんに一つの提案を持ち掛けたくなった。
 それは一箇月の同居生活で聞いた、しんの趣味に由来している。
 わたるしんの胸中を確かめたかったのだ。

「なあ、あぶ。帰国したら一度、ぼくとツーリングに行かないか?」
「ん? ああ、そういえばさきもりもバイク持ってるんだっけ? 良いな、それ。ちょっくら走りに行くか。予定は帰りの飛行機の中ででも決めようぜ」

 しんの答えにわたるは胸をろした。
 未来の話、帰国後の話をしても、即座に前向きな答えと段取りの見込みを返してくる。
 つまり、しんは既に前を見て日本国で生きていく決心、気持ちの整理が付いている。

 わたるは考える。
 自分もまた、帰国したら前へと進まなければならない。
 橋の上で感じた様に、ずっとことの傍に居る為には、げんに二人の関係を前へと進めなければならない。

 そんなことを思っていると、わたる達の前に使用人が歩み寄ってきた。
 どうやら、入浴の先に寝泊まりする部屋へと案内されるらしい。
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