日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
上 下
113 / 178
第二章『神皇篇』

幕間六『知られざる前日譚』

しおりを挟む
 時を、彼女達がまだとらわれていた頃までさかのぼる。
 六月三十日夜、しんせいだいにっぽんこうこくあおもり州、こうてんかんずみふた椿つばきようの相部屋。
 この日は一日中雨が降り続いており、部屋の中の空気まで湿ってくる様な気さえする、そんな沈んだ日だった。

 翌日には一つ、拉致被害者達にとってはどうでも良いが、拉致したそうせんたいおおかみきばにとっては重要な予定が入っている。
 最高指導者であるしゆりようДデーこと道成寺太が、他数名の最高幹部「はっしゅう」を引き連れて視察訪問にやって来るのだ。

 自分のベッドに腰掛けるようは、雨降りまぬ窓の外を忌々し気に見詰めつつ溜息を吐いた。

「いつまで降り続けるんだ、この雨は……」
「そうだね。こうこくも今の時期は梅雨なのかな?」

 風呂から上がったふたは体を拭きながら答えた。
 ドライヤーの類は用意されていないため、タオルでしつかりと水滴を取らなければならない。
 彼女達が囚われている環境は決して良いとは言えなかった。

「明日の天気を知る手段も無いんだ、あたしらには……」
「不便だよね。外部の情報を知られたくないってことかな?」

 言葉を返しながら、ふとふたは考える。
 こうして、ようが自分達の置かれた境遇に愚痴を言うのは珍しい。
 一箇月近くち、すがに参ってきたのだろうか。

 だがどうも、それだけではなさそうだ。
 ようは普段と比べてそわそわしていて落ち着きが無い。
 しきりに外の様子を見渡しては、溜息ばかり吐いている。

「どうかしたの、ようさん?」
「ん……いや、ね……」

 見たところ、ようふたに何かを言いたそうにしているが、同時にためっている。
 再び、ようの大きな溜息が響いた。
 落ち着きを取り戻さないあたり、躊躇ってはいるが同時に伝えたいという思いもありそうだ。
 ふたようの隣に腰掛けた。

「相談があるなら遠慮無く言って。今までようさんには色々助けてもらったし、もう他人じゃ無いと思ってるから」
「そうか……ありがとう……」

 ようは申し訳無さそうに小さくほほんだ。
 そして一つ深呼吸すると、意を決した様に話し始めた。

ふた、大事な話だから落ち着いて聴いてほしいんだ」
「何、ようさん?」
「以前、あたしに弟が居ると話したことがあったよね?」

 ようふたぐ見詰めていた。
 そのはいつになく真剣だった。
 何かわからないが、気を張っているのならばなるべくリラックスさせてあげなければ――ふたはそう考え、努めて自然に微笑んで見せた。

「うん。大事な弟さんなんだよね?」
「ああ。世界で一番、誰よりも大切な弟だ」

 ようの視線がふたかられる。
 その眼は何かを恐れているようにも、後ろめたさに苦しんでいるようにも見える。

「明日、へ来ることになっている。おやと、しゆりようДデーと一緒に……」
「え?」

 その時、窓の外で雷が鳴った。
 ふたようの言葉に理解が追い付かない。

「どういうこと? 何を言っているの?」
「ごめん、ふたあたし、本当はあっち側なんだ。おおかみきばとはずっと通じていた。貴女アンタ達を監視する為に送り込まれた間諜スパイなんだよ……」

 はっきりと、理解したくなかった真意を告げられたふたは衝撃に言葉を失った。
 突然の、衝撃的な告白に、どうすれば良いか全く分からない。

「親父にはずっと言ってあったんだ。げんに弟と会わせろって。その為の条件として、今回の役割を引き受けた。つまりあたしは、弟に会いたくて貴女アンタ達をだましていたんだよ。けど、明日を前にして騙し続けるのが辛くなった。特に貴女アンタには、もう無理かなって……」
「そんな……」

 ふたは考える。
 ようはこういう冗談を言うタイプではなく、裏切っていたいう言葉に嘘は無いだろう。

 だが、それだけではなさそうだ。
 なら、ようは罪悪感にさいなまれており、今その事実をふたに告白した。
 その行動には間諜スパイとして何のメリットも無く、ただ自分の立場を危うくするだけだ。
 ふたの情を当てにしたのかもしれないが、それにしてもわざわざ言う必要は無い。

ようさん、つまり弟さんは人質にされているの?」

 ふたはそう結論した。
 そう考えるのが一番自然だった。

「まあ、そんなようなもんだ。ありがとう、察してくれて……」

 ふたは考える。
 先程、ようへ「もう他人では無い」と言った言葉にはいまなおうそ偽りは無い。
 ならば、ようを助けてあげたい。
 ようが何を求めているか、一緒に考えてかなえてあげたい。

「じゃあ、明日みんなで弟さんを取り戻す?」
「やめて。全員で束になっても親父にはまず勝てない。それで誰かに死なれたら寝覚めが悪いよ。あたしはただ、見逃してほしい。弟に会った時、感情がたかぶって不自然な行動を取ってしまうかも知れない。どうかその時、ふたにはあたしがみんなに疑われないようにフォローしてほしい。願わくはただ、無事に弟との再会を果たし、人知れず無事を喜びたい」

 ふたは悩んでいた。
 助けたいというのが本音ではあるが、本来ならば見逃すべきではないだろう。
 このことを誰かに、例えばさきもりわたるに告げるのが仲間に通す筋だろう。

 だが、ふたにはようが切れなかった。
 この一箇月でようと結んだきずなを、何かと助けてくれた行動を、打ち明けてくれた勇気を信じていたかった。
 その為に、ふたように確認しなければならない。

ようさんはわたし達の敵なの? それとも、味方なの?」

 ようは首を横に振った。

「味方とまで断言は出来ない。でも、敵対してまでおおかみきばに尽くしたくもない。娘に言うことを聞かせる為に、息子を人質に取るような親だ。こんなことでも無けりゃ、縁なんか持つことも無かった……!」

 怒りのにじんだ様この言葉を聞き、ふたは確信した。
 二人の絆は切れていない。
 あとは、自分の気持ちに整理を付けるだけだ。

わたし達のことはこれからどうするの?」
もちろん、このままにしておくつもりはないさ。遠くない未来、機を見て必ず自由にして見せる。弟と一緒にね。それまでみんなが無事乗り切れるように手も尽くす」

 ようの言葉に、ふたは胸をろした。
 今、ようの告白に納得した。
 ふたは再び、ように努めて優しく微笑みかけた。

「じゃあ、やっぱり味方だってことじゃない」
「そうかな?」
「そうだよ。わかった、みんなには内緒にしておくから、どうか安心して」
「ありがとう。お礼はみんなに、必ず返すから……」

 窓の外では雨の音が小さくなっていた。
 この分だと、翌朝には晴れるかも知れない。

 二人は少しくなったが、ひとずは明日に備えて眠りに就くことにした。

 二人は知らない。
 明日はさきもりわたるの脱出計画の決行日である。
 運命が二人を引き裂いてしまうことを、この時二人は知る由も無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...