日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十二話『動如雷霆』 序

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 ワゴン車は一旦、さいたま州方面へ来た道を戻っていく。
 けんしんの能力で空に道を作り、上空からという不正な手段でとうきようへ入る――そのためにはまず姿をくらます必要がある。
 もちろん、十人乗りのワゴン車がいきなり消えてしまっては騒ぎになるので、人通りの無い場所で事を起こさなければならない。

「この辺りで良いですねー」

 びやくだんあげは運転席から周囲の様子をうかがう。
 また、後部座席の者達も協力し合い、姿を消しても良いかどうか注意深く観察する。

「良さそうだな。ではたか君に君、頼む」
「ふにゅ!」
「任せてくださいです!」

 きゆうの合図で、くもたかがその体を光らせる。
 の鏡で空に道を作るのも、びやくだんの幻惑でワゴン車を隠すのも、本来は二人の力量を超えた大掛かりな能力行使だ。
 そこで、くも兄妹が二人にしんを貸すことに依ってこの作戦を実現させる。

「こりゃすごいですねー。気分がすこぶる良い」
「今なら何だって出来そうな気がするのだよ!」

 びやくだんは、自分達が身に着けたしんの強大さにきようがくと興奮を覚えているらしかった。
 ずみふたのときもそうだったが、どうやら双子からしんを借りると気分が高揚するらしい。

「では、まずわたしから、行きますよーっ!」

 びやくだんが両手を合わせると、合わされたてのひらからあおいもんが飛び出し、ワゴン車を包み込んでは虹色の光の粒となって消えた。
 どうやらこれで、ワゴン車は周囲から見えなくなったらしい。

「では、次はおれが……」

 はワゴン車の前方車窓へ向けて手を伸ばした。
 すると彼の掌からはなびし紋があらわれ、斜め上へと弧を描くように飛んで行った。
 花菱紋が通り過ぎた経路には、銀白色の金属光沢をまとった道が出来上がっている。
 板材は金剛石ダイヤモンド、そしてその表面を覆う金属はくには、摩擦係数の比較的高いバリウムを採用したようだ。

ちらもカモフラージュしなければいけませんね」
びやくだんさん、お願いします」

 びやくだんの手から再び葵紋が飛び出し、が作り出した空の道の裏側を走っていく。
 ワゴン車からのみ道が見えるように幻惑効果を掛けただろう。

「では、空のドライブへと参りましょうか」

 びやくだんはワゴン車を前進させ、の作り出した鏡の道へと乗り出した。

「おお! く行ったみたいだぜ。普通の道を走ってるのと変わらねえ乗り心地だ」
「後はこのまま道をとうきようへ向けてつないでいくだけなのだよ」
「一層、このまま直接たつかみ邸まで行っちゃいましょうかー」
「さ、すがにそれは失礼では?」

 難色を示したのはまゆづきだが、一方では少し考え込んでいる。

「いや、駄目元で連絡してみる価値はあるかも知れない。ちらとしては緊急事態なんだ。姿を隠したままいちはや辿たどけるならそれに越したことは無い」

 は電話端末を取り出し、たつかみへ連絡を取る。
 そんな中、早くもワゴン車はとうきようの上空へと入った。
 たつかみ邸のある区まで多少距離は遠いが、そう時間は掛からないだろう。
 彼らが走っているのは彼らだけの快適な空の道であり、渋滞も信号も無いのだ。

「本当ですか! 有難い! では、到着時にまた連絡します」

 の語調が車内に朗報を告げた。
 電話を切ると、彼はびやくだんに結果連絡と指示を出す。

びやくだんたつかみ殿下からお許しが出た。このままたつかみ邸へ向かってくれ。場所は分かっているな?」
「アイアイ、大丈夫ですよー。さん、道を少し左に曲げてもらえますか?」
「わかりました」

 全ては順調、かに思えた。
 残す懸念は、さきもりわたるうることをどうやって辿り着かせるか、それだけだと思われた。
 しかし直後、彼らは事がそう甘くはないと思い知る。

「おい! 何か居るぞ!!」

 最初に気が付いたのはあぶしんだった。
 彼の動体視力を以てしてやっと捉える程、それはものすごい速度で飛び回っていた。
 飛翔体は二機、その内の一機が動きを止めたところで、車内の全員が息をんだ。

いつきゆうどうしんたい……!」

 ワゴン車の前に現れたのは、こうこくの巨大ロボット兵器・どうしんたいであった。
 サイズ感はちようきゆうよりも小さい。
 しかし、きゆうよりは明らかに大きく、人間が乗り込んで操縦するたぐいのものだと想像出来る。
 このサイズはの言うとおり、いつきゆうに分類される。

 そして、もう一体のいつきゆうどうしんたいがワゴン車の後方で動きを止めた。
 ワゴン車が挟み撃ちにされたところで、前方の一機が右腕をちらへ向ける。
 案の定、その腕には光線砲ユニットが備え付けられている。

「くっ!」

 は即座に右手を振り上げ、ワゴン車に鏡の障壁を纏わせた。
 運転に支障が無いように、金属箔は通常よりも薄くコーティングし、ちらからは外が見えるようにしてある。
 暗い側からは明るい側が透けて見えるが、逆は通常の鏡として作用する――すなわち、マジックミラーの原理だ。
 とつの判断でここまで応用の利いた対策を打てるは、拉致被害者の中で最もじゆつしきしんを使いこなしているといえるだろう。

 が、いつきゆうどうしんたいの光線砲は、一発で鏡の障壁を破壊してしまった。
 くもたかからしんを借りていなければ、間違い無くワゴン車ごと吹き飛ばされていた。

「うわぁっ!!」

 鏡が破壊された衝撃で、ワゴン車は空の道から転げ落ちた。

「うおおおっっ!!」

 間一髪のところでが足場を生成し、なんとか体勢を立て直す。
 更に、破壊された障壁も生成して再び車体の防御を固める。
 しかし危機は全く去っていない。
 今度は、吹き飛ばされたワゴン車を回避していたもう一機のいつきゆうちらに砲口を向ける。

びやくだんさん! アクセルベタ踏みでお願いします!」
「はいよォッ!!」

 ワゴン車は急加速し、どうにか光線砲を回避した。
 通常は使われないが、この車は最大で時速百五十キロまで出る。

「ハンドルは切らなくて良いです! 道を傾けて軌道で曲がらせますから! かく全速力で走ってください!」

 八人乗せている状態では加速性能を出し切るのは難しいが、それでもどうにか最高速度で逃げるしかない。
 しかし、いつきゆうどうしんたいに比べれば牛歩に等しい速度である。

「駄目だ……! 米軍の記録では、いつきゆうどうしんたいの速度もちようきゆうと同じく超音速……! 到底逃げられん……!」
「だったら、戦ってとすしかねえな!」

 しんが応戦しようと窓を開ける。
 しかし、しん引き戻して窓を閉めてしまった。

「何すんだよ!」
いつきゆうどうしんたいちようきゆうと同じくしんを受け付けん! びやくだんの幻惑が通用していないだろう! 鏡の障壁に穴を開けて隙を作ってしまうだけだ!」

 が閉めた窓に光線が直撃し、鏡の障壁が割れてしまった。
 衝撃で車体が大きく揺れる。
 しんみした。
 不用意な彼の行動で、は障壁の再生に余計なリソースを割かねばならなかった。

 同時に、の言葉はちらから打つ手が無いと言っているも同然である。
 その痛恨に、は強く歯噛みしていた。

「こんなことになるなら、正規の手続でとうきように入るべきだった……」

 この状況、さながら二匹の猫に追い詰められた、歯の折れたねずみといったところか。
 は後悔を禁じ得なかった。
 だが、そんなびやくだんしつする。

「あーさん、ネガティブなことしか言えないなら黙っててもらえます?」

 確かに、の言う様に彼らは絶体絶命のピンチにある。
 しかしそれでも、びやくだんあめあられの様に降り注ぐ敵の砲撃をどうにかしのぎ続けていた。
 ただ嘆くだけでは、状況は何一つ改善しない、むしろ邪魔なだけだ――もつともな言い分だった。

「……すまん、そうだな。どうにかする方法を考えよう」
「それでこそわたしの上司ですよぉっ! それにわたし、こんなシチュエーションって燃えてくるんですよねェッ! わたしが生まれ付きのスピード狂でミサイルの雨が目の前を飛び交う状況には不思議な程ハイになるって知ってますよねええッッ!!」

 あおめた。
 バックミラーには、らんらんを輝かせたびゃくだんの、狂気に満ちた形相が映されている。

 かつびやくだんは、雇い主であるすめらぎかなに自家用車を買ってもらったことがある。
 その自動車で、彼女は夜な夜な峠に繰り出しては危険なレースに興じていた。
 それが発覚し、すめらぎは珍しくびやくだんに激怒した。
 極めて高い技術に免じてどうにか運転禁止を免れた彼女は、それ以来走り屋の顔を封印した。

 しかし、今の様にスピードが乗ってくると走り屋の本能が顔を出す。
 おまけに、今のびやくだんくもしんを借りて気分が高揚している。

さん! 道幅を確保してくれれば、普通にカーブ作ってくれて結構ですよ! 乗りこなしてみせるんで!」
「ま、待てびやくだん!!」
「黙れっつってんでしょうが! 怖けりゃどっかその辺にしがみ付いてろや!」

 びやくだんはや自分でも制御出来ない様子だった。
 しかし、この危機的状況下では彼女の度胸と運転技術が有難くもある。

 そして、そんなびやくだん以上に状況を打開しようといているのがである。
 彼はびやくだんに言われたとおり、広い道に複雑なカーブを作って敵の光線をかわす手助けをしながら、なんとか方策を練ろうとしていた。

 とその時、いつきゆうどうしんたいのうち一機が前方から突撃してきた。
 光線砲が当たらず、ごうやしたのだろうか。
 日本刀型の切断ユニットが下から上へ振るわれ、ワゴン車の脇をかすめる。
 その衝撃で車体は横転して一回転、偶然にも体勢が立て直され、どうにか事無きを得た。

「ヤバい! もう一機来るのだよ!」

 後ろから迫る機体は切断ユニットを横にはらおうとしている。
 これでは左右ハンドル・アクセル・ブレーキと、どう車体を動かしても攻撃を躱せない。
 は咄嗟にワゴン車の走っている道を消滅させ、車体を落下させることで辛うじて攻撃を回避した。
 ワゴン車は車体一つ分の落差を下がり、新たに生成された低い足場に着地した。

びやくだんさん、足場を道ではなく広場にしました! 自由に走り回ってください!」
「了解ィィ!」

 びやくだんは華麗かつ危険なハンドルさばきでどうにかいつきゆう二体の突撃を躱し続ける。
 とはいえ、相変わらず敵の速度と比較すると極めて遅い。
 彼女の運転技術だけではなく、の鏡の障壁や、車体の落下を利用した回避方法なども駆使して、どうにか攻撃を凌ぎ続けている状態である。

「なあ、思ったんだけどよ」

 と、その時しんが何かに気が付いた。
 それは、考えてみれば当然の疑問であった。

「これだけおれ達のことを仕留めきれねえって、あいつら操縦くそ過ぎじゃね?」

 は目をみはって笑みを浮かべた。

「行けるかも知れないのだよ!」

 どうやら彼は打開策を思い付いたらしい。
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