日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第二十九話『色魔』 破

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 奇妙な静寂しじまに包まれた街角の大通りは、さなが幽霊街ゴーストタウンである。
 突然襲ってきて、いつの間にか周囲の情景を戦いのために切り取ってしまったのは、ひとえたかつがいじゆつしきしんるものだ。

「まだやる気のようだな」

 たかつがいは刀を構えるわたるを冷笑する。

「その判断は間違いではない。先刻、女が他の連中を先行させたが、わたしが持つ無数の能力にはやつらを逃がさぬ性質のものも当然含まれている。どれだけ離れていようが、狙いを定めた相手の元へ一瞬で移動出来るという能力がな。元の能力者のことは覚えていないが、どうせわたしの情婦にちた下らん肉便器か雑魚ざこおすのどちらかだ。わたしの様に高貴な人間が使って初めて能力も輝くというもの……」

 わたるたかつがいしやべり終わるのを待たず、光線砲で狙い撃った。
 しかし、たかつがいはこれをあっさりとかわした。

「不意打ちで撃てばてられると思ったか? わたしは貴様の思考を読んでいるのだ。そんな小細工は意味を成さんよ」
「くっ……!」
「では、今度はちらから行くぞ!」

 たかつがいが飛び掛かってきた。
 わたりすらも上回るであろう圧倒的速度で距離を詰められる。
 わたるたかつがいの手を躱そうとするも、指が蟀谷こめかみかすめてしまった。

「ぐぅっ!?」

 一瞬触れただけにもかかわらず、わたるは自分の体から力が抜ける感覚に襲われた。
 たかつがいの使うじゆつしきしんの一つ、相手の筋力を低下させる能力は、一ミリ秒につき一%の効果を持つ。
 一方、衝突で力が作用する時間は五ミリ秒から二十ミリ秒程度とされている。
 つまり、場合によってはたった一回一瞬触れただけで、筋力の二十%程も失ってしまうのだ。

(接近戦は分が悪すぎる! 距離を取って戦わないと!)

 わたる彼方かなたを振るい、どうにか間合いを離そうとする。
 しかし、そんな思考を読んでいるたかつがいは攻撃を躱しつつもわたるを逃がそうとしない。

「いつまで立っていられるか見物だな!」

 たかつがいの動きは速い。
 わたるは何とか攻撃を躱し続けているが、先程の筋力低下によって動きが鈍っている。
 このままではジリ貧は必死だった。

くそ! むをない!)

 わたるは左腕の光線砲ユニットをたかつがいに向けた。
 たかつがいどうもくし、放たれた光線を躱す為に大きく避ける。
 この隙に、わたるは大きく逃げて距離を取った。

(三発目を使わざるを得なかった……。残り二発、もうこれ以上は無駄撃ち出来ない……!)

 たかつがいに思考を読まれる以上、本当に撃たなければ距離を取ることは出来なかっただろう。
 そのたかつがいは、余裕のたたずまいでわたるの様子をうかがっている。

(やり合ってみてわかったのは、明らかにわたりよりも何段も格上だということだ。今のところ一発掠めただけだが、無数のやりを駆使して全力で襲ってきたわたりに対して、あいつは両腕両脚の体術だけでまだ全然余力を残している。しかも、やり合えば合うほどこっちは弱体化するんだ。接近戦だけじゃなく、長期戦もまずい……)

 悩むわたるを見て、たかつがいは口角をゆがみ上げた。

「それで、どうするつもりだ? 当初の予定通り、今手に持っている刀に光線を反射させてみるか?」
「ぐ……!」

 そう、たかつがいにはわたるの手の内が筒抜けなのだ。
 弱者が単独で強者に勝つには、創意工夫で力量差を埋めるしか無い。
 だが、思考が読まれてはそれすらも封じられてしまう。

わたしはな……というより、こうこくの上流階級は全員がそうだろう、弱者がそくな手段で強者を出し抜こうとする身の程知らずな行いが何より、むしが走る程に嫌いなのだ。万に一つ、そんな連中の思い通りになってしまった結果がどうだ? 国は滅び、治める資格の無い愚物共の下で、民は苦しみあえぐことになる。我々はヤシマの賊共でそれを嫌という程味わい、辛酸をめ尽くした上で今日のこうこくを作り上げたのだ」

 その歴史には、わたるも断片的に触れている。
 そうせんたいおおかみきばの冊子集「へらぶないくほう」にヤシマ人民民主主義共和国のことは記されていた。
 その実態が地獄だったことも、はたに聞かされている。
 たかつがいの言葉は一理あるように思える。

 だが、たかつがいの表情は薄笑いを浮かべていた。
 ヤシマ人民民主主義共和国の時代は八十年前に終わっており、たかつがいはその口振りから四十八歳である。
 そう、たかつがい自身にはその時代の直接的経験など無いのだ。
 にも歴史に学んだかの様な言葉は、貴族としての自分の地位を堅持する為の方便に過ぎない。

「そうか……」

 わたるは不意にたかつがいという男を理解して、思わず声に出た。

(強者のおごりに過ぎないものを修飾する空虚な言葉……。つまりこいつには「本気」が無いんだ。戦う上で、薄っぺらい動機しか無い)

 そんなわたるの思考を読んだであろう、たかつがいの目付きが変わった。
 その反応はおそらく図星だと推測出来る。

 今までの態度から、たかつがいが戦いを仕掛けてきたのはことへのえん、そして弱者たるわたる達をいたるという愉悦の為だろう。
 そんな不純な動機だから、本気で真剣勝負を挑んでいるつもりなど無い。
 隙あらば自分の力を誇示し、優越感に浸ろうとする。
 自分の能力をペラペラと喋るのも、そんな戦いを舐めた姿勢から来る態度なのだ。

(思い出してみたら、こいつは戦士としての心構えが全然出来ていないぞ。舐めプの塊って感じだ。さっき、ぼくの刀であっさり手首を斬り落とせた。でも、一万も能力があるなら体を硬化させることくらい出来るはずだ。でも、刃は通った。これが意味することは……)

 わたるは一つの光明をみいした。

(あいつ、一つ一つの能力は意識しなければ使えないんだ)

 たかつがいけんしわを寄せた。
 わたるの推察は的中しているのだろう。

(意識しなければ使えない能力を、意識せず使い忘れていた。だから手首が斬れた。同時に使える能力が限られている可能性もある。しかしそれが希望的観測だとしても、能力を使わないことがあるのは確かだろう。その裏付けとして、あいつはさっきぼくの思考を読まなかった)

 先程、たかつがいわたるに自分のじゆつしきしん、その威力を告げた。
 その中で、自分が幾つの能力を持っているかをわたるに計算させたのだが、その回答をたかつがいは「確認するまでも無い」と言った。
 これはつまり、たかつがいわたるの思考を読もうとしなければ読めないことを意味している。
 思考が自動的に流れ込んでくるならば、そのような発言にはならないからだ。

(考えれば、色々分かってくる。それだけのヒントをぼくに与えてしまっている。強者という立場から来る慢心、戦士としての心構えの甘さの証拠だ)

 段々と、わたるは心に自信が芽生えてきていた。
 自然と口角が上がる。

「何だか敗ける気がしなくなってきたぞ」

 そんなわたるの様子を、ことは腕を組んで見守っている。
 不敵な笑みを浮かべる様は、どこかうれしそうだ。
 手を出さずに見守っているのは、わたるの戦いを見届けようとしているのだろうか。

 一方、たかつがいは不快感に顔をしかめている。
 散々自分に駄目出しをしたわたるの思考を読んだのだろう。

「随分とくびられたものだ。だが、御丁寧に忠告ありがとう。貴様もわたしが思考を読めると判っていながら、手の内をさらす愚か者に変わりは無いではないか」

 たかつがいが言うことももつともだ。
 わたるに内心で散々指摘された以上、もう思考を読む能力を絶やすことはないだろう。
 もちろんわたるもそれは承知の上だ。
 だから、わたるあらかじめ作戦を立てるのをやめた。

(出たとこ勝負だ! 戦いの中で活路を見出す! 一万個も能力があるといっても、破るべきは使ってくる能力だけだ。こいつは戦い慣れていない。戦況がまぐるしく変われば、対応し切れず能力を使う余裕も無い筈だ)

 今度はわたるの方から仕掛けた。
 間合いを詰め、忌避すべき筈の接近戦を挑み掛かる。
 武器は勿論、手に持った日本刀だ。
 斜め上から振りかぶり、たかつがいに斬り掛かる。

め!」

 たかつがいわたるの斬撃を腕で防いだ。
 口元には笑みをたたえ、ゆうしやくしやくといった様子だ。
 しかも今度は腕を硬化させており、斬れるどころか刀身の方が折れ、破片が宙に舞ってしまった。

「散々言ってくれたが、そもそも貴様だって剣は素人だろう。その剣速も覚えた。そして、忠告通り体も硬化させた。はや貴様の攻撃は通らん」
「腕だけだろ! わざわざ防いだんじゃバレバレだよ!」

 わたるは折れた刀を素早く捨て、光線砲を構えた。
 たかつがいではなく、折れて中空をきりみ回転する刀身に砲口を向ける。

「何だ、結局それか!」

 たかつがいが嘲笑するのも構わず、わたるは刀身に光線を発射した。
 錐揉み回転する刀身に、光線が一見ランダムに反射する。
 しんで動体視力を強化されたわたるは、その軌道がたかつがいへ向かうように狙いを付けていた。
 それはどうしんたいの交戦でへんりんを見せた、脅威的な射撃能力のせる業だ。

 だが、狙えたということは考えて発射したということだ。
 当然、たかつがいには読まれてしまう。
 たかつがいはこれを簡単に躱す。

 いな、躱さされる。

「何!?」

 瞬間、たかつがいは気が付いた。
 自分が回避した方向にわたるの左掌が待ち構えている。
 わたるの狙いは、たかつがいに光線を回避させて自分の方へ飛び込ませることだった。
 錐揉み回転する刀身に反射させたのは、思考を読もうが読むまいが回避すれば必然とそうなってしまう様に仕向けたのだった。

 わたるたかつがいのベルトのバックルを逆手でつかんだ。
 接触というきんえて犯すというのも、相手の意表を突く策だった。
 そしてそれは、折れた刀身を撃つ瞬間に即興で組み上げたものだ。
 故に、仮令たとえわたるの思考を読んだとしてもたかつがいには対処出来なかった。

 左腕の砲口がたかつがいの股間に押し当てられる。
 筋力が低下しようと関係無い、終わりだ。

「んンぎヒいいいいぃぃィィィィッッ!!」

 手の甲から光線が発射され、たかつがいの股間を焼き払った。
 たかつがいたまらずもんぜつし、股間を押さえて地面を転げ回る。
 急所へのダメージは、しんの耐久力・回復力をもつてしても戦意を喪失させると、わたるは既に知っていた。
 こうてんかんわたりを撃退した経験が生きたのだ。

「勝負あった。素晴らしいわ、わたる。見事な勝利よ」

 一部始終を見守っていたことも賞賛を禁じ得なかった。
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