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第一章『脱出篇』
第二十四話『化爲明瞭』 序
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倒れ伏す岬守航が傷を負ったのは二箇所、左脇と右腹である。
双方共に肉の槍で貫かれ、外傷だけでなく内臓も傷付いている。
彼にとって幸いだった点は二つ。
一つは神為によって常人離れした恢復力を身に付けていること。
もう一つは、久住双葉の絹糸で簡易とはいえ止血が出来ており、恢復の為の神為は少なく済むことだ。
だが、それでも重傷には違いない。
元々の神為が少ない航にとっては、充分致命傷になり得る大傷だ。
航は今、燃え盛る土瀝青の灼熱に枕している。
その傍らで相争うは、不死鳥が如き焔の天使と八岐大蛇が如き異形の悪魔――此処は地獄か、終末か。
航の意識は闇の中、死の淵へと引き摺り込まれようとしていた。
「胴部の被弾も慣れてきたぞ。これなら顔面さえ守れば事足りる。槍は半分で充分だろう。つまり、他は攻撃に転用出来るというわけだ!」
「くっ……!」
一方で、繭月百合菜は徐々に押され始めていた。
というのも、彼女の術識神為は強力だが、狙いの精度が悪いのだ。
屋渡倫駆郎の術識神為『毘斗蛇邊倫・形態惨』と呼ばれる姿は胴部に蛇腹の様な装甲を形成しており、有効打を与えられる部位は首から上しかない。
言ってしまえば、そこ以外に飛来する結晶弾は無視出来るのだ。
屋渡は結晶弾の対処に慣れ始め、一部の肉槍を少しずつ他へと回し始めていた。
防御に使っているのは八本のうち四本、他は久住双葉・虎駕憲進・虻球磨新兒へ向けて一本ずつ、そして繭月への攻撃に一本が差し向けられていた。
「あうっ!!」
「ガッ!? 糞!」
「ぐあっ!!」
双葉・虎駕・新兒の三人は屋渡の攻撃に肉を削られた。
虎駕が三人の為に防御壁を生成してはいるが、すぐに破られてしまう。
「うぐっ……!」
繭月の肩と腰を槍が掠めた。
焔の翼を生やしている彼女だったが、空中の機動力はそれほど高くない。
しかも、攻撃の際も羽撃く必要がある為、回避に集中すると却って敵の攻め手が増えてしまう。
四人とも必死で防御・回避を行うものの、着実に削られ続けていた。
このままではジリ貧必至だった。
皆、必至で打開策を考える。
「久住、もう恢復しただろう。もう一度屋渡を縛れないのか?」
「岬守君の止血で手一杯だから無理だよ。虎駕君こそ、繭月さんのことも守れないの?」
「距離が離れ過ぎていて無理なのだよ」
「おい二人共、言い争ってる場合じゃねえぞ」
口論の空気が漂った瞬間、新兒が釘を刺した。
また、彼はこの遣り取りで状況を察したようだ。
「なら俺がなんとかするしかねえな!」
新兒は走った。
双葉と虎駕の傍へと駆け寄った。
「うおおおっ!!」
新兒は二本の槍を掴み、動きを止めた。
双葉と虎駕への脅威を封じたのだ。
そして残る一本の槍に対して眼を凝らすと、刺突の瞬間を見計らって腋に挟み止めた。
偏に、新兒の動体視力の為せる業である。
「何ィ?」
屋渡は驚いて新兒へと注意を向けた。
瞬間、額へと被弾して大きく蹌踉ける。
勿論、新兒の狙いはただ一回切りの隙を作ることではない。
「虎駕! 今の内だ! 繭月さんを!」
「っ、解ったのだよ!」
今度は虎駕が繭月の足下へと走った。
彼が繭月を守る障壁を生成出来ないのは、距離が開き過ぎていたからだ。
そこで新兒は、虎駕が対処していた三本の槍を封じ、虎駕を自由にした。
繭月を守れるようになれば、彼女も攻撃に集中出来る。
「莫迦が! これで俺の槍を封じたつもりか!」
槍の鋒がピクリと動き、槍は新兒の背後へと伸びていく。
新兒は逆に攻撃を躱せる状態でなくなっていた。
が、それは新兒も織り込み済みである。
「オラアアアアッッ!!」
新兒は力一杯振り返り、屋渡に背負い投げを敢行しようとする。
二人の間で槍の引き合いになり、屋渡の体は硬直した。
その間に、繭月の結晶弾が数発頭部に炸裂し、屋渡はとうとう膝を突いた。
「おのれ……!」
三本の槍が新兒に襲い掛かる。
新兒は手を放し、間一髪の所で躱した。
「危ねえ……!」
「ぐおおおっ、貴様らァ……!」
屋渡に更なる結晶弾の追撃が浴びせられる。
繭月が機を逃すまいと全力で攻勢に出たのだ。
狙いの制度も少しずつ良くなっている。
守勢に回った屋渡は苛立ちを募らせていた。
「好い加減にしろ貴様らァ!! 反抗ばっかりしやがって!! 親が死ねと言ったら大人しく死ねエ!!」
「訳解んねえこと言ってんじゃねえ! 手前は俺達の親なんかじゃねえだろ! それに仮令家族でも、互いの幸せを阻む権利なんかねえよ! 離れ離れになっても互いを想い幸せを願うもんだ! 少なくとも、俺の家族はそうしてくれたぜ!」
新兒の反論に屋渡は怒りで顔を歪ませる。
そんな彼を、今度は双葉が木の蔓で拘束した。
槍の攻撃が途切れた分、少し余裕が生まれたのだ。
動けない屋渡に、燃える結晶弾の雨が降り注ぐ。
「ガッ!? 糞おオオオッッ!!」
流れが変わった。
一時は劣勢だったが、今は逆に屋渡を追い詰めている。
そんな中、虎駕は倒れ伏した航に呼び掛ける。
「岬守死ぬな! ここさえ乗り切れば帰れるのだよ! 生きろぉっ!」
航の意識は依然闇の中である。
⦿⦿⦿
航は不思議な感覚に包まれていた。
この感覚は知っているような気がする。
『岬守!!』
『岬守ィ!!』
『岬守君!!』
遠くで叫び声が響いている。
みんなが声を張り上げて戦っている。
朦朧とした意識の中で、航は無力さを噛み締めていた。
(こんな時に何をしているんだ。結局、僕は役立たずなのか)
そんな彼の目の前に、朧気な人影が揺れている。
『貴方、莫迦じゃないの?』
その姿は知っている。
前の時も、同じように夢の中に顕れた。
(嗚呼、また来たのか魅琴。また叩き起こしに来ると、何となくそんな気がしたよ)
麗真魅琴が呆れたような眼で航を見下ろしていた。
狼ノ牙に拉致されて以来、もう何度も魅琴を夢に見ている。
(解っているさ、寝ている場合じゃない。僕に出来ることなんてたかが知れているけど、それでも起きて戦わなきゃ駄目だ)
航は懸命に起き上がろうとする。
例の如く体に力が入らないが、なんとか全身に木を行き渡らせようと意識する。
そんな航に、魅琴は悪戯っぽく微笑んだ。
『ふふ、何故来るか分かる?』
少し、航は嬉しくなった。
久々に魅琴の掴みどころの無い微笑みを見た気がした。
堪らなく懐かしく愛おしい、慣れ親しんだ彼女の微笑みだ。
(そりゃあ僕が駄目な奴だからだろう? 君に尻を叩かれないと一念発起出来ないヘタレが僕だ。みんなとは大違いだよ)
航は自嘲した。
『そうね』
(おいおい、否定してくれよ)
『でも貴方だってそれを望んでいるでしょう? 貴方、私に叱られるのが大好きだものね。だからこうして夢に出て来てあげるのよ。本当に、世話の焼ける男』
図星だった。
だが、全く悪い気がしない。
寧ろ見透かされるのが心地良くすらあった。
(ははは、成程。いつもすまないねえ……)
そんな航を見下ろし、魅琴は意味深に首を傾げる。
『あのね、まだ分からない? 私は今でも生きていて、幽霊でも何でもないのよ? そんな私が、態々貴方の夢枕に立つと思う?』
(え? どういうこと?)
『呆れた。自分の願望で作った幼馴染にいくら問い掛けても自問自答でしかないわよ。好い加減認めなさい』
驚きは無かった。
自分の願望、妄想たる彼女から答えを告げたということは、薄々気付いていたということだ。
ただ、少し残念だった。
(会いに来てくれていると思いたかったな……。僕は都合の良い妄想が大好きだから……)
『残念がる必要は無いでしょう。貴方が夢の中で私に叱られて、尻を叩かれる。それで貴方は立ち上がる。それらが貴方の自作自演、茶番なら、結局は貴方が自分一人で立ち上がっているということなのだから。貴方はそう自分自身を卑下する様な人間でもないわよ』
(そんなこと言ってくれても、どうせそう思いたいという僕の願望だろ?)
『あらあら重傷ね、まったく……』
魅琴は小さく息を吐いた。
呆れ果てた様なこの仕草も、航が願望で作った妄想だ。
普段通りの仕草だが、そんな普段通りの彼女こそを航は望んでいた。
『まあ良いわ。私が来たからには、どうせ起き上がってやることをやっちゃうんでしょう? だからもう叱咤激励は必要無い。ここからは貴方の潜在意識として、貴方に気付きを促す助言を与えるわ。耳の穴を掻っ穿ってよく聴きなさい』
(気付き? 助言?)
『貴方、まだ自分の術識神為を能く解っていないでしょう?』
確かに、他の仲間達と比較して航は自分の能力を未だに把握し切れていなかった。
術識神為の完全覚醒とは、能力を完全に理解して使い熟すことを意味する。
半覚醒の航には、それが決定的に足りなかった。
『ヒントその一。貴方が今まで作り出してきた道具。これらは全て、やりようによっては戦闘に武器として使用出来るの。包丁、点火棒、釣り竿、モップ……。一見日用品だけれど、武器に出来るイメージはあるでしょ?』
(……ああ、そうだね。実際、モップはそういう使い方をしたわけだし)
『それらは、貴方が今まで実物を使った事があるものよ』
(成程、だから日本刀も作り出せるのか……)
テロリストとの戦いで日本刀を手にした経験が、まさかこんな形で生きるとは思わなかった。
しかし、魅琴はまだ何かを隠しているかの様ににんまりと笑った。
『実は、日本刀を使える理由は貴方の想像と違うのよね。あの日本刀、刀身が光るでしょう? それに、あれだけ妙に神為を消費する。どうしてだと思う?』
(どうして? まあ確かに、普通の日本刀と比べると変だよな……)
『じゃあ、ヒントその二ね。貴方、此処までどうやって来たんだっけ?』
(どうやってって、それが日本刀と何の関係が……)
航はそう考え掛けて、一つの答えに辿り着いた。
(え……? あ……!)
『気が付いた? そうよ。それこそが、貴方の使用した日本刀の正体。けれども残念ながら、神為に乏しい貴方はその機能を充分に発揮出来ない』
(そうか! そういうことだったのか!)
航の意識がはっきりしていく。
この気付きが、航の体に強い意志を巡らせていく。
『そして、ヒントその三。二つの気付きは、貴方にとって本当に相応しい強力な武器を教えてくれる筈よ』
(ああ! そっちならまだ使えそうだ! ありがとう魅琴!)
『良いわよ、お礼なんて。全部貴方の自作自演だって言ったでしょう』
(いや、この際だから最後まで一人遊びをさせてくれよ)
『しょうがない人ね。まあ良いわ。そろそろ傷も動ける程度には癒えたでしょう。起きて戦いなさい』
(ああ。必ず生きて帰るからな!)
魅琴の姿に後光が差す。
自ら作り出した幻影が薄れ、航は光に包まれた。
航は現実世界へと、地獄か終末の様な戦いの場へと帰還する。
双方共に肉の槍で貫かれ、外傷だけでなく内臓も傷付いている。
彼にとって幸いだった点は二つ。
一つは神為によって常人離れした恢復力を身に付けていること。
もう一つは、久住双葉の絹糸で簡易とはいえ止血が出来ており、恢復の為の神為は少なく済むことだ。
だが、それでも重傷には違いない。
元々の神為が少ない航にとっては、充分致命傷になり得る大傷だ。
航は今、燃え盛る土瀝青の灼熱に枕している。
その傍らで相争うは、不死鳥が如き焔の天使と八岐大蛇が如き異形の悪魔――此処は地獄か、終末か。
航の意識は闇の中、死の淵へと引き摺り込まれようとしていた。
「胴部の被弾も慣れてきたぞ。これなら顔面さえ守れば事足りる。槍は半分で充分だろう。つまり、他は攻撃に転用出来るというわけだ!」
「くっ……!」
一方で、繭月百合菜は徐々に押され始めていた。
というのも、彼女の術識神為は強力だが、狙いの精度が悪いのだ。
屋渡倫駆郎の術識神為『毘斗蛇邊倫・形態惨』と呼ばれる姿は胴部に蛇腹の様な装甲を形成しており、有効打を与えられる部位は首から上しかない。
言ってしまえば、そこ以外に飛来する結晶弾は無視出来るのだ。
屋渡は結晶弾の対処に慣れ始め、一部の肉槍を少しずつ他へと回し始めていた。
防御に使っているのは八本のうち四本、他は久住双葉・虎駕憲進・虻球磨新兒へ向けて一本ずつ、そして繭月への攻撃に一本が差し向けられていた。
「あうっ!!」
「ガッ!? 糞!」
「ぐあっ!!」
双葉・虎駕・新兒の三人は屋渡の攻撃に肉を削られた。
虎駕が三人の為に防御壁を生成してはいるが、すぐに破られてしまう。
「うぐっ……!」
繭月の肩と腰を槍が掠めた。
焔の翼を生やしている彼女だったが、空中の機動力はそれほど高くない。
しかも、攻撃の際も羽撃く必要がある為、回避に集中すると却って敵の攻め手が増えてしまう。
四人とも必死で防御・回避を行うものの、着実に削られ続けていた。
このままではジリ貧必至だった。
皆、必至で打開策を考える。
「久住、もう恢復しただろう。もう一度屋渡を縛れないのか?」
「岬守君の止血で手一杯だから無理だよ。虎駕君こそ、繭月さんのことも守れないの?」
「距離が離れ過ぎていて無理なのだよ」
「おい二人共、言い争ってる場合じゃねえぞ」
口論の空気が漂った瞬間、新兒が釘を刺した。
また、彼はこの遣り取りで状況を察したようだ。
「なら俺がなんとかするしかねえな!」
新兒は走った。
双葉と虎駕の傍へと駆け寄った。
「うおおおっ!!」
新兒は二本の槍を掴み、動きを止めた。
双葉と虎駕への脅威を封じたのだ。
そして残る一本の槍に対して眼を凝らすと、刺突の瞬間を見計らって腋に挟み止めた。
偏に、新兒の動体視力の為せる業である。
「何ィ?」
屋渡は驚いて新兒へと注意を向けた。
瞬間、額へと被弾して大きく蹌踉ける。
勿論、新兒の狙いはただ一回切りの隙を作ることではない。
「虎駕! 今の内だ! 繭月さんを!」
「っ、解ったのだよ!」
今度は虎駕が繭月の足下へと走った。
彼が繭月を守る障壁を生成出来ないのは、距離が開き過ぎていたからだ。
そこで新兒は、虎駕が対処していた三本の槍を封じ、虎駕を自由にした。
繭月を守れるようになれば、彼女も攻撃に集中出来る。
「莫迦が! これで俺の槍を封じたつもりか!」
槍の鋒がピクリと動き、槍は新兒の背後へと伸びていく。
新兒は逆に攻撃を躱せる状態でなくなっていた。
が、それは新兒も織り込み済みである。
「オラアアアアッッ!!」
新兒は力一杯振り返り、屋渡に背負い投げを敢行しようとする。
二人の間で槍の引き合いになり、屋渡の体は硬直した。
その間に、繭月の結晶弾が数発頭部に炸裂し、屋渡はとうとう膝を突いた。
「おのれ……!」
三本の槍が新兒に襲い掛かる。
新兒は手を放し、間一髪の所で躱した。
「危ねえ……!」
「ぐおおおっ、貴様らァ……!」
屋渡に更なる結晶弾の追撃が浴びせられる。
繭月が機を逃すまいと全力で攻勢に出たのだ。
狙いの制度も少しずつ良くなっている。
守勢に回った屋渡は苛立ちを募らせていた。
「好い加減にしろ貴様らァ!! 反抗ばっかりしやがって!! 親が死ねと言ったら大人しく死ねエ!!」
「訳解んねえこと言ってんじゃねえ! 手前は俺達の親なんかじゃねえだろ! それに仮令家族でも、互いの幸せを阻む権利なんかねえよ! 離れ離れになっても互いを想い幸せを願うもんだ! 少なくとも、俺の家族はそうしてくれたぜ!」
新兒の反論に屋渡は怒りで顔を歪ませる。
そんな彼を、今度は双葉が木の蔓で拘束した。
槍の攻撃が途切れた分、少し余裕が生まれたのだ。
動けない屋渡に、燃える結晶弾の雨が降り注ぐ。
「ガッ!? 糞おオオオッッ!!」
流れが変わった。
一時は劣勢だったが、今は逆に屋渡を追い詰めている。
そんな中、虎駕は倒れ伏した航に呼び掛ける。
「岬守死ぬな! ここさえ乗り切れば帰れるのだよ! 生きろぉっ!」
航の意識は依然闇の中である。
⦿⦿⦿
航は不思議な感覚に包まれていた。
この感覚は知っているような気がする。
『岬守!!』
『岬守ィ!!』
『岬守君!!』
遠くで叫び声が響いている。
みんなが声を張り上げて戦っている。
朦朧とした意識の中で、航は無力さを噛み締めていた。
(こんな時に何をしているんだ。結局、僕は役立たずなのか)
そんな彼の目の前に、朧気な人影が揺れている。
『貴方、莫迦じゃないの?』
その姿は知っている。
前の時も、同じように夢の中に顕れた。
(嗚呼、また来たのか魅琴。また叩き起こしに来ると、何となくそんな気がしたよ)
麗真魅琴が呆れたような眼で航を見下ろしていた。
狼ノ牙に拉致されて以来、もう何度も魅琴を夢に見ている。
(解っているさ、寝ている場合じゃない。僕に出来ることなんてたかが知れているけど、それでも起きて戦わなきゃ駄目だ)
航は懸命に起き上がろうとする。
例の如く体に力が入らないが、なんとか全身に木を行き渡らせようと意識する。
そんな航に、魅琴は悪戯っぽく微笑んだ。
『ふふ、何故来るか分かる?』
少し、航は嬉しくなった。
久々に魅琴の掴みどころの無い微笑みを見た気がした。
堪らなく懐かしく愛おしい、慣れ親しんだ彼女の微笑みだ。
(そりゃあ僕が駄目な奴だからだろう? 君に尻を叩かれないと一念発起出来ないヘタレが僕だ。みんなとは大違いだよ)
航は自嘲した。
『そうね』
(おいおい、否定してくれよ)
『でも貴方だってそれを望んでいるでしょう? 貴方、私に叱られるのが大好きだものね。だからこうして夢に出て来てあげるのよ。本当に、世話の焼ける男』
図星だった。
だが、全く悪い気がしない。
寧ろ見透かされるのが心地良くすらあった。
(ははは、成程。いつもすまないねえ……)
そんな航を見下ろし、魅琴は意味深に首を傾げる。
『あのね、まだ分からない? 私は今でも生きていて、幽霊でも何でもないのよ? そんな私が、態々貴方の夢枕に立つと思う?』
(え? どういうこと?)
『呆れた。自分の願望で作った幼馴染にいくら問い掛けても自問自答でしかないわよ。好い加減認めなさい』
驚きは無かった。
自分の願望、妄想たる彼女から答えを告げたということは、薄々気付いていたということだ。
ただ、少し残念だった。
(会いに来てくれていると思いたかったな……。僕は都合の良い妄想が大好きだから……)
『残念がる必要は無いでしょう。貴方が夢の中で私に叱られて、尻を叩かれる。それで貴方は立ち上がる。それらが貴方の自作自演、茶番なら、結局は貴方が自分一人で立ち上がっているということなのだから。貴方はそう自分自身を卑下する様な人間でもないわよ』
(そんなこと言ってくれても、どうせそう思いたいという僕の願望だろ?)
『あらあら重傷ね、まったく……』
魅琴は小さく息を吐いた。
呆れ果てた様なこの仕草も、航が願望で作った妄想だ。
普段通りの仕草だが、そんな普段通りの彼女こそを航は望んでいた。
『まあ良いわ。私が来たからには、どうせ起き上がってやることをやっちゃうんでしょう? だからもう叱咤激励は必要無い。ここからは貴方の潜在意識として、貴方に気付きを促す助言を与えるわ。耳の穴を掻っ穿ってよく聴きなさい』
(気付き? 助言?)
『貴方、まだ自分の術識神為を能く解っていないでしょう?』
確かに、他の仲間達と比較して航は自分の能力を未だに把握し切れていなかった。
術識神為の完全覚醒とは、能力を完全に理解して使い熟すことを意味する。
半覚醒の航には、それが決定的に足りなかった。
『ヒントその一。貴方が今まで作り出してきた道具。これらは全て、やりようによっては戦闘に武器として使用出来るの。包丁、点火棒、釣り竿、モップ……。一見日用品だけれど、武器に出来るイメージはあるでしょ?』
(……ああ、そうだね。実際、モップはそういう使い方をしたわけだし)
『それらは、貴方が今まで実物を使った事があるものよ』
(成程、だから日本刀も作り出せるのか……)
テロリストとの戦いで日本刀を手にした経験が、まさかこんな形で生きるとは思わなかった。
しかし、魅琴はまだ何かを隠しているかの様ににんまりと笑った。
『実は、日本刀を使える理由は貴方の想像と違うのよね。あの日本刀、刀身が光るでしょう? それに、あれだけ妙に神為を消費する。どうしてだと思う?』
(どうして? まあ確かに、普通の日本刀と比べると変だよな……)
『じゃあ、ヒントその二ね。貴方、此処までどうやって来たんだっけ?』
(どうやってって、それが日本刀と何の関係が……)
航はそう考え掛けて、一つの答えに辿り着いた。
(え……? あ……!)
『気が付いた? そうよ。それこそが、貴方の使用した日本刀の正体。けれども残念ながら、神為に乏しい貴方はその機能を充分に発揮出来ない』
(そうか! そういうことだったのか!)
航の意識がはっきりしていく。
この気付きが、航の体に強い意志を巡らせていく。
『そして、ヒントその三。二つの気付きは、貴方にとって本当に相応しい強力な武器を教えてくれる筈よ』
(ああ! そっちならまだ使えそうだ! ありがとう魅琴!)
『良いわよ、お礼なんて。全部貴方の自作自演だって言ったでしょう』
(いや、この際だから最後まで一人遊びをさせてくれよ)
『しょうがない人ね。まあ良いわ。そろそろ傷も動ける程度には癒えたでしょう。起きて戦いなさい』
(ああ。必ず生きて帰るからな!)
魅琴の姿に後光が差す。
自ら作り出した幻影が薄れ、航は光に包まれた。
航は現実世界へと、地獄か終末の様な戦いの場へと帰還する。
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