日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
上 下
74 / 153
第一章『脱出篇』

第二十四話『化爲明瞭』 序

しおりを挟む
 倒れ伏すさきもりわたるが傷を負ったのは二箇所、左脇と右腹である。
 双方共に肉のやりで貫かれ、外傷だけでなく内臓も傷付いている。

 彼にとって幸いだった点は二つ。
 一つはしんによって常人離れしたかいふく力を身に付けていること。
 もう一つは、ずみふたの絹糸で簡易とはいえ止血が出来ており、恢復のためしんは少なく済むことだ。

 だが、それでも重傷には違いない。
 元々のしんが少ないわたるにとっては、充分致命傷になり得る大傷だ。

 わたるは今、燃え盛る土瀝青アスファルトしゃくねつに枕している。
 そのかたわらで相争うは、不死鳥が如きほのおの天使とたのおろちが如き異形の悪魔――は地獄か、終末か。
 わたるの意識は闇の中、死のふちへとまれようとしていた。

「胴部の被弾も慣れてきたぞ。これなら顔面さえ守れば事足りる。槍は半分で充分だろう。つまり、他は攻撃に転用出来るというわけだ!」
「くっ……!」

 一方で、まゆづきは徐々に押され始めていた。
 というのも、彼女のじゅつしきしんは強力だが、狙いの精度が悪いのだ。
 わたりりんろうじゅつしきしん毘斗蛇邊倫ビートジャベリンけいたいさん』と呼ばれる姿は胴部にじゃばらの様な装甲を形成しており、有効打を与えられる部位は首から上しかない。
 言ってしまえば、そこ以外に飛来する結晶弾は無視出来るのだ。

 わたりは結晶弾の対処に慣れ始め、一部の肉槍を少しずつ他へと回し始めていた。
 防御に使っているのは八本のうち四本、他はずみふたけんしんあぶしんへ向けて一本ずつ、そしてまゆづきへの攻撃に一本が差し向けられていた。

「あうっ!!」
「ガッ!? くそ!」
「ぐあっ!!」

 ふたしんの三人はわたりの攻撃に肉を削られた。
 が三人の為に防御壁を生成してはいるが、すぐに破られてしまう。

「うぐっ……!」

 まゆづきの肩と腰を槍がかすめた。
 焔の翼を生やしている彼女だったが、空中の機動力はそれほど高くない。
 しかも、攻撃の際もばたく必要がある為、回避に集中するとかえって敵の攻め手が増えてしまう。
 四人とも必死で防御・回避を行うものの、着実に削られ続けていた。

 このままではジリ貧必至だった。
 皆、必至で打開策を考える。

ずみ、もう恢復しただろう。もう一度わたりを縛れないのか?」
さきもり君の止血で手一杯だから無理だよ。君こそ、まゆづきさんのことも守れないの?」
「距離が離れ過ぎていて無理なのだよ」
「おい二人共、言い争ってる場合じゃねえぞ」

 口論の空気が漂った瞬間、しんくぎを刺した。
 また、彼はこのりで状況を察したようだ。

「ならおれがなんとかするしかねえな!」

 しんは走った。
 ふたそばへと駆け寄った。

「うおおおっ!!」

 しんは二本の槍をつかみ、動きを止めた。
 ふたへの脅威を封じたのだ。
 そして残る一本の槍に対してを凝らすと、刺突の瞬間を見計らってわきに挟み止めた。
 ひとえに、しんの動体視力のせる業である。

「何ィ?」

 わたりは驚いてしんへと注意を向けた。
 瞬間、額へと被弾して大きくける。
 もちろんしんの狙いはただ一回切りの隙を作ることではない。

! 今の内だ! まゆづきさんを!」
「っ、わかったのだよ!」

 今度はまゆづきの足下へと走った。
 彼がまゆづきを守る障壁を生成出来ないのは、距離が開き過ぎていたからだ。
 そこでしんは、が対処していた三本の槍を封じ、を自由にした。
 まゆづきを守れるようになれば、彼女も攻撃に集中出来る。

が! これでおれの槍を封じたつもりか!」

 槍のきっさきがピクリと動き、槍はしんの背後へと伸びていく。
 しんは逆に攻撃をかわせる状態でなくなっていた。
 が、それはしんも織り込み済みである。

「オラアアアアッッ!!」

 しんは力一杯振り返り、わたりに背負い投げを敢行しようとする。
 二人の間で槍の引き合いになり、わたりの体は硬直した。
 その間に、まゆづきの結晶弾が数発頭部にさくれつし、わたりはとうとう膝を突いた。

「おのれ……!」

 三本の槍がしんに襲い掛かる。
 しんは手を放し、間一髪の所で躱した。

「危ねえ……!」
「ぐおおおっ、貴様らァ……!」

 わたりに更なる結晶弾の追撃が浴びせられる。
 まゆづきが機を逃すまいと全力で攻勢に出たのだ。
 狙いの制度も少しずつ良くなっている。
 守勢に回ったわたりいらちを募らせていた。

げんにしろ貴様らァ!! 反抗ばっかりしやがって!! 親が死ねと言ったら大人しく死ねエ!!」
「訳解んねえこと言ってんじゃねえ! 手前テメエおれ達の親なんかじゃねえだろ! それに仮令たとえ家族でも、互いの幸せを阻む権利なんかねえよ! 離れ離れになっても互いをおもい幸せを願うもんだ! 少なくとも、おれの家族はそうしてくれたぜ!」

 しんの反論にわたりは怒りで顔をゆがませる。
 そんな彼を、今度はふたが木のつるで拘束した。
 槍の攻撃が途切れた分、少し余裕が生まれたのだ。
 動けないわたりに、燃える結晶弾の雨が降り注ぐ。

「ガッ!? くそおオオオッッ!!」

 流れが変わった。
 一時は劣勢だったが、今は逆にわたりを追い詰めている。
 そんな中、は倒れ伏したわたるに呼び掛ける。

さきもり死ぬな! ここさえ乗り切れば帰れるのだよ! 生きろぉっ!」

 わたるの意識は依然闇の中である。



    ⦿⦿⦿



 わたるは不思議な感覚に包まれていた。
 この感覚は知っているような気がする。

さきもり!!』
さきもりィ!!』
さきもり君!!』

 遠くで叫び声が響いている。
 みんなが声を張り上げて戦っている。
 もうろうとした意識の中で、わたるは無力さをめていた。

(こんな時に何をしているんだ。結局、ぼくは役立たずなのか)

 そんな彼の目の前に、おぼろな人影が揺れている。

貴方あなた、莫迦じゃないの?』

 その姿は知っている。
 前の時も、同じように夢の中にあらわれた。

嗚呼ああ、また来たのかこと。またたたこしに来ると、何となくそんな気がしたよ)

 うることあきれたような眼でわたるを見下ろしていた。
 おおかみきばに拉致されて以来、もう何度もことを夢に見ている。

(解っているさ、寝ている場合じゃない。ぼくに出来ることなんてたかが知れているけど、それでも起きて戦わなきゃ駄目だ)

 わたるは懸命に起き上がろうとする。
 例の如く体に力が入らないが、なんとか全身に木を行き渡らせようと意識する。
 そんなわたるに、こと悪戯いたずらっぽくほほんだ。

『ふふ、何故なぜ来るか分かる?』

 少し、わたるうれしくなった。
 久々にことの掴みどころの無い微笑みを見た気がした。
 たまらなく懐かしくいとおしい、慣れ親しんだ彼女の微笑みだ。

(そりゃあぼくが駄目なやつだからだろう? きみに尻をたたかれないといちねんほっ出来ないヘタレがぼくだ。みんなとは大違いだよ)

 わたるは自嘲した。

『そうね』

(おいおい、否定してくれよ)

『でも貴方あなただってそれを望んでいるでしょう? 貴方あなたわたしに叱られるのが大好きだものね。だからこうして夢に出て来てあげるのよ。本当に、世話の焼ける男』

 図星だった。
 だが、全く悪い気がしない。
 むしろ見透かされるのが心地良くすらあった。

(ははは、成程。いつもすまないねえ……)

 そんなわたるを見下ろし、ことは意味深に首をかしげる。

『あのね、まだ分からない? わたしは今でも生きていて、幽霊でも何でもないのよ? そんなわたしが、わざわざ貴方あなたの夢枕に立つと思う?』

(え? どういうこと?)

『呆れた。自分の願望で作ったおさなじみにいくら問い掛けても自問自答でしかないわよ。好い加減認めなさい』

 驚きは無かった。
 自分の願望、妄想たる彼女から答えを告げたということは、薄々気付いていたということだ。
 ただ、少し残念だった。

(会いに来てくれていると思いたかったな……。ぼくは都合の良い妄想が大好きだから……)

『残念がる必要は無いでしょう。貴方あなたが夢の中でわたしに叱られて、尻を叩かれる。それで貴方あなたは立ち上がる。それらが貴方あなたの自作自演、茶番なら、結局は貴方あなたが自分一人で立ち上がっているということなのだから。貴方あなたはそう自分自身を卑下する様な人間でもないわよ』

(そんなこと言ってくれても、どうせそう思いたいというぼくの願望だろ?)

『あらあら重傷ね、まったく……』

 ことは小さく息を吐いた。
 あきてた様なこの仕草も、わたるが願望で作った妄想だ。
 普段通りの仕草だが、そんな普段通りの彼女こそをわたるは望んでいた。

『まあ良いわ。わたしが来たからには、どうせ起き上がってやることをやっちゃうんでしょう? だからもうしっげきれいは必要無い。ここからは貴方あなたの潜在意識として、貴方あなたに気付きを促す助言を与えるわ。耳の穴を穿ぽじってよく聴きなさい』

(気付き? 助言?)

貴方あなた、まだ自分のじゅつしきしんく解っていないでしょう?』

 確かに、他の仲間達と比較してわたるは自分の能力をいまだに把握し切れていなかった。
 じゅつしきしんの完全覚醒とは、能力を完全に理解して使い熟すことを意味する。
 半覚醒のわたるには、それが決定的に足りなかった。

『ヒントその一。貴方あなたが今まで作り出してきた道具。これらは全て、やりようによっては戦闘に武器として使用出来るの。包丁、点火棒、竿ざお、モップ……。一見日用品だけれど、武器に出来るイメージはあるでしょ?』

(……ああ、そうだね。実際、モップはそういう使い方をしたわけだし)

『それらは、貴方あなたが今まで実物を使った事があるものよ』

(成程、だから日本刀も作り出せるのか……)

 テロリストとの戦いで日本刀を手にした経験が、まさかこんな形で生きるとは思わなかった。
 しかし、ことはまだ何かを隠しているかの様ににんまりと笑った。

『実は、日本刀を使える理由は貴方あなたの想像と違うのよね。あの日本刀、刀身が光るでしょう? それに、あれだけ妙にしんを消費する。どうしてだと思う?』

(どうして? まあ確かに、普通の日本刀と比べると変だよな……)

『じゃあ、ヒントその二ね。貴方あなた、此処までどうやって来たんだっけ?』

(どうやってって、それが日本刀と何の関係が……)

 わたるはそう考え掛けて、一つの答えに辿たどいた。

(え……? あ……!)

『気が付いた? そうよ。それこそが、貴方あなたの使用した日本刀の正体。けれども残念ながら、しんに乏しい貴方あなたはその機能を充分に発揮出来ない』

(そうか! そういうことだったのか!)

 わたるの意識がはっきりしていく。
 この気付きが、わたるの体に強い意志を巡らせていく。

『そして、ヒントその三。二つの気付きは、貴方あなたにとって本当にさわしい強力な武器を教えてくれるはずよ』

(ああ! そっちならまだ使えそうだ! ありがとうこと!)

『良いわよ、お礼なんて。全部貴方あなたの自作自演だって言ったでしょう』

(いや、この際だから最後まで一人遊びをさせてくれよ)

『しょうがない人ね。まあ良いわ。そろそろ傷も動ける程度には癒えたでしょう。起きて戦いなさい』

(ああ。必ず生きて帰るからな!)

 ことの姿に後光が差す。
 自ら作り出した幻影が薄れ、わたるは光に包まれた。
 わたるは現実世界へと、地獄か終末の様な戦いの場へと帰還する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...