日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十九話『惡の華』 序

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 おりりょうは、己の悪性に揺るぎ無き自負心を持っている。

 ののしりたければ勝手に罵るが良い。
 あざけりたければ勝手に嘲るが良い。
 かばいたければ勝手に庇うが良い。
 憧れたければ勝手に憧れるが良い。
 あわれみたければ勝手に憐れむが良い。
 ゆるしたければ勝手に赦すが良い。

 そんなことは、自分の所業とは無関係だ。
 悪の悪たる所以ゆえんは、過去という絶対的事実である。

 なる存在がような態度で己のとがに臨もうが、変わらない。
 時計を左に回してみたところで、罪を犯したという事実は変えられない。
 その真理の前では、罵倒も、嘲弄も、も、どうけいも、れんびんも、ようしゃも、何もかもが無意味だ。

 おりが最初に殺したのは両親である。
 母親の首を絞める父親を背後から酒瓶で殴った。
 一撃では殺し切れず、怒った父親と乱闘になった。
 そして割れた酒瓶で父親を刺し殺そうとしたら、母親が夫を庇って死んでしまった。
 父親は、下手に暴れたことがたたって殴られた傷が致命傷となってしまった。

 おりはその光景を見て、むしろ自分を誇った。
 両親を同時に殺した自分は、まぐれも無く悪である。
 彼は自分が善人である可能性を恒久的に排撃する。

 仮令たとえ、自分が殺した両親に赦されようが、おりりょうという存在が親殺しであるという事実に一抹の変化も影響も無い。
 この世のおわりまで、おりりょうという魂はそのように定義付けられる。
 それが彼の悪としての信念であり、きょうであった。

 そんな彼が、まゆづきという女に強い憧れを抱いてしまった理由、そして彼女に「普通」と断じられたことに強いショックを受けてしまった理由は、彼自身にも分かっていない。



    ⦿⦿⦿



 川岸でけんしん土生はぶあきの間に勃発した戦いは、意外にもが優位に進めていた。

「この……餓鬼……!」

 土生はぶは思わぬ苦戦にいらっている。
 というのも、二人のじゅつしきしんは得意分野が似通っているものの、一つ決定的な違いがあるからだ。
 ここまで、土生はぶは自分の土俵と自負していたどうしんたいの操縦で全く良いところが無い。
 その上、生身の戦闘でもつい一月前にしんを身に付けたばかりの青二才に押されていた。

「貧弱な餓鬼が、調子に乗るなよ!」

 土生はぶは両手の全指をに向けた。
 能力によって形成されたパワードスーツの手は指先に穴が空いている。
 そこから、光の球が無数に発射された。

じゅつしきしん惨尽爆光サンジンバッカー弾幕ショット

 庭球テニスボール大の光弾がに向けて飛んで来る。
 その速度は銃弾の比ではなく、仮令しんによって視力とびんしょうせいを強化されていようとも回避は困難だ。
 だが、を相手には意味を成さない。

 無数の光弾が爆発し、の周囲につちぼこりを巻き上げる。
 しかし、土生はぶの顔は渋いままだ。
 自らの攻撃が全く通用していないと、彼には既にわかっているようだ。

「またその厄介な鏡か……!」
「もう解っただろう。お前の攻撃は俺に通用しないのだよ。さっさとずみを返して去れ」

 土埃が晴れた中にの姿は見えなかった。
 鏡に囲まれ、おのおのが自分の姿を映していた。
 この鏡による防御こそが、じゅつしきしん最大の特徴である。

 じゅつしきしんの本質とは、薄く柔軟な金属と光の透過率が高く堅固な平板の生成である。
 この二つを合わせ、あたかも鏡の様に張り巡らせることで、堅い平板のもろさと金属の柔らかさを互いに補い合い、強力な防御壁を作り出すのだ。

 これはの心理にある程度の余裕を生んでいた。
 は後を気にして振り返る。

おりに怪しい動きは無いか……?)

 は強力な防御能力により、おりまゆづきに気を配りながら土生はぶと相対することが出来ていた。
 この余裕にも見える態度は、土生はぶにとって面白くないだろう。

「その澄まし顔を曇らせてやる!」

 土生はぶは両手の全指を互いに向き合わせた。
 指先から注がれる電光が、両掌の内側で一つの大玉を形成していく。

じゅつしきしん惨尽爆光サンジンバッカー真打マッコイ

 籠球バスケットボール大の光弾がに向かって飛んで来た。
 間違い無く、先程の散弾よりもはるかに強力な一撃だ。

「同じなのだよ、こんなもの!」

 強がるだが、今までとは全く違う規模の爆発がを襲う。
 あまりの威力に、の鏡は粉々に砕け散ってしまった。

「ぐっ!」

 もちろん、破壊されたならば再び鏡を形成すれば良いだけの話である。
 しかし、それを百も承知の土生はぶが許すはずも無かった。
 が爆発にひるんだ隙を突き、土生はぶは一瞬でに肉薄していた。
 あまりに接近されると、鏡の防御壁を形成する隙間が無くなってしまう。

「死ね!」
「くっ!」

 土生はぶの指先が光り、に光弾が直接たたまれようとしている。
 とっに腕を振り上げた。

「ぐああああッッ!!」

 土生はぶの攻撃は不発に終わった。
 じゅつしきしんは防御だけに用いるものではない。
 限りなく薄い金属だけを生成すれば、切れ味鋭い刃になる。
 土生はぶは攻撃しようとした右手首を切断されたのだ。

 土生はぶのパワードスーツは、本来非常に優れた防御力を持つ。
 通常の刃であれば、関節のわずかな隙間を斬ることなど出来はしない。
 だが、が能力で原子一つ分まで薄い刃を生成出来る。
 この薄さならば、如何に密着させたつもりでも元々の構造に隙間がある時点で刃が通ってしまうのだ。

「うぐぅぅ……」

 土生はぶは右腕を押さえて蹲っうずくまた。
 瞬時に動脈を圧迫し、止血を完成させる手際は元職業軍人の面目躍如である。

 だが、彼は自らの強みを永遠に失った。
 如何に常識外れな修復力を持つしんといえども、欠損は対象外なのだ。
 この手では、ちょうきゅうどうしんたいそうじゅうかんを握れない。
 更に、先程の強力な大光弾はもう使えない。

「お、おい……。それではもう戦えないだろう。さっさと手当をするべきなのだよ。俺達はずみを返してもらって、無事日本に帰れればそれでいいのだよ。何も、命まで奪うつもりはないのだよ」

 は震えていた。
 自身を恨めしそうに見上げる土生はぶに、気後れしているようだった。
 そんな様子を遠巻きに見詰め、おりは渋い顔をする。

まずいな。あの、敵の手を切っちまってビビってやがる」
「彼、大丈夫なの?」

 心配そうに尋ねるまゆづきに、おりは舌打ちして答える。

「大丈夫な訳ねえだろ。あいつはつい先月までけんもしたことねえ大学生の坊ちゃんだったんだぜ? どれだけ強い力を手に入れようが、使うやつの中身までそうすぐには変わらねえ。あいつは俺やあぶと違って誰かを傷付けて血を見るのに慣れてねえし、苦痛にうめく相手を構わず追い打ちするなんて出来ねえよ」

 そしてそんな動揺を、戦場を経験した土生はぶが見逃す筈は無かった。
 心に生じた隙、戦意の機微を敏感に察知する。

 既に、土生はぶの右手首の血は止まり、傷がふさがり始めている。
 欠損自体は再生出来ないが、しんによる傷の修復力は依然有効なのだ。
 すなわち、土生はぶの左手はもう自由だ。

 気が動転してあと退ずさは、その事実に気付いていない。

「莫迦がよォッ!!」

 土生はぶは左手の指から光弾を発射した。
 不意を突かれたは、防御壁の形成を忘れてしまった。
 辛うじて全弾を回避し、難を逃れただったが、これは悪手だった。

「しまった!!」

 光弾はの後方へ飛んで行く。
 その先にはまゆづきが居た。
 じゅつしきしんの深みにまで達していないまゆづきは、光弾がさくれつすれば死んでしまうだろう。

 の能力はそう遠くに防御壁を生成出来ない。
 すべも無く、激しい爆風がまゆづきを包み込んだ。
 しかし、直撃を受けたのは彼女ではなかった。

「ぐうぅ……!」
おり!」
おりさん!?」

 おりが咄嗟にまゆづきを庇い、背中で五発の光弾をまとに受けていた。
 ダメージは大きいらしく、たまらず膝を突いている。
 土生はぶの放つ光弾は、散弾であってもしんで強化された人間をやすく殺す威力がある。
 これこそ、相手に触れられなければ意味の無いじがむらもりが恐れた能力だ。

「すまん! 一生の不覚なのだよ!」

 は慌てて二人の許へと駆け寄ろうとする。
 だが、おりは不気味な声で笑い始めた。

「ククク、ははははは!! 確かに不覚だなァ! だが、謝ることはねえぜ!」

 背中から煙を上げ、手を突いて立ち上がろうとするおり――その姿を見ればおりの意図するところは一目瞭然だ。

「礼を言うぜ! これでずみつるに縛られていたおれの腕は自由になった!!」

 土生はぶの光弾の爆裂――そのあまりの威力にり、おりを拘束していたずみふたの蔓が千切れてしまったのだ。
 勿論、おりはこれを狙って背中で光弾を受けた。
 かなりのダメージを負ったが、拉致被害者の中で最強と評された男が今、両腕をひろげていましめからの解放を高らかにうたい上げていた。
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