日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十七話『奸計』 破

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 翌日、七月三日。
 おりりょうを除く拉致被害者達は再びとうえいがんを服用し、しんを身に付けて出発した。
 前日にわたるたつかみと約束した宿までのみちのりは約五十五キロ、無理をすれば一日で歩けぬこともない距離だ。

「はあ……はあ……」

 六人に夏の日差しが照りつける。
 朝早くに出発した彼らは、休憩を挟みながら何時間も川沿いに歩いていた。

「おい、そろそろ休ませてくれよ。これじゃ拷問じゃねえかよ」

 特に、おりにとってこの行程はかなり辛いもののはずだ。
 しんの有無は体力面で極めて大きな差になる。
 わたる達にとっては何てことの無い道程も、おりにとっては地獄である。

「そうだな、一寸ちょっと休憩しよう」

 わたる達も別に急いでいる訳ではないし、いたずらおりを虐待したい訳でもない。
 ただ、彼を逃がさず共に帰国したいだけだ。
 もっとも、それはおりにとって許容出来る目的ではない。
 どうにかして逃亡し、こうこくとどまろうとしていることは明らかだった。

えず、川の水でも良いから飲ませてくれ。喉が渇いて仕方がねえ」

 しんによって常人離れした持久力を身に付けたわたる達と違い、おりの水分不足は命に関わる。
 彼の要求をまない訳にはいかないだろう。
 ただ、おりにはどうやら別の狙いがあるらしい。

ずみ、川岸に降りたら腕のこいつを外せ。流水を手ですくいてえ」

 ずみふたじゅつしきしんって植物を生やし、操る事が出来る。
 その能力で、彼女はおりつるうしろに拘束していた。
 簡易的な手錠代わりという訳だ。
 このままでは逃げられないので、おりは水分補給にかこつけて解かせようとしていた。

「大丈夫だ、水ならぼくが飲ませてやるよ。機体の破片と点火棒を持って来ている。これでしゃふつしよう」

 もちろんわたるもそんな事は承知の上だ。
 すんなりとおりの要求に従う筈など無かった。

 わたるあらかじめ川で水をむ必要は感じていた。
 そこで、一昨日同様に器の代わりにするため、ミロクサーヌ改の破片の一部を持ち出すことを思い付いた。
 問題は煮沸だったが、そんなことを考えていると、わたるの手にはいつの間にか点火棒が握られていた。

(昨日はこんなこと無かった。お陰で、予めめておいた飲み水だけで一日しのがなければならなかった。とうえいがんを飲んだらまたこの現象が起こったということは、こういう道具はぼくじゅつしきしんで生み出されているのか?)

 必要な道具を必要な時に使えるとすると、これは非常に便利である。
 もし自由に使いこなせるようになれば、帰国への道程に大きな助けとなるだろう。

 だがこの時、わたる達は誰も気付いていない。
 これはおりにとってわばおとりの策であり、本命のかんけいは別のところにあるのだ。
 おりは人知れず独特の技能を身に付けていた。

 ⦿

 悪いなあ、お兄ちゃん達……――おりりょうは一人ほくそ笑む。

おれは三週間の訓練でひそかに、自分のしんを隠す事が出来る様になった)

 通常、しんの使い手は精神と肉体の様々な機能が飛躍的に向上する。
 典型的なのは耐久力や回復力といった生命力、筋力や持久力といった身体能力だが、視力や聴力といった感覚的な認識能力も強化されるのだ。
 これによって、例えば極超音速で移動するどうしんたいから外の地形を認識したり、脇を通り過ぎた回転翼機ヘリコプターを視認したりすることが出来る。

 更には、五感を超えた空気感を把握する第六感の認識能力も上がり、常人には感じ取れない様々な情報を読み取ることも可能なのだ。
 その一環として、しんを身に付けた人間同士ならば相手のしんがどれほどの大きさであるかも判別出来る。
 つまり、しんが使える人間と使えない人間を一見して区別するなど造作も無いのだ。

 だが、おりはそれを逆手に取った。
 自らのしんを調整し、限りなく感知しにくくすることで、あたかしんを持たないとわたる達に錯覚させていた。
 これは、熟練のしん使いですらめっに身に付かない高等技術である。

(一昨日、自分のとうえいがんさきもりに使っちまったおれは考えた。なんとかしてもう一粒とうえいがんを手に入れなきゃならねえとな)

 おりがその策を思い付いたのは、わたるからはたとの約束を聞かされた時のことだった。
 ちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改のなおだまを破壊し、再生不能にしておおかみきばから永久に失わせるという話を聞いた時、彼は「使える」と考えたのだ。

(そこで、一計を案じた。ず、あのロボット操縦席の球体を破壊するというていさきもりにもう一粒とうえいがんを渡させる。だが、実はこの時おれはまだとうえいがんの効果が切れてはいなかったのさ。しんを隠し、効果が切れていた振りをしただけだ)

 本来、しんを使った戦いの素質を最も見込まれていたのがこのおりである。
 手負いとはいえ、そんな彼のしんわたるに次いで切れる筈など無かったのだ。

おれは渡されたとうえいがんを飲む振りをした。そうして、あたかも薬の効果でしんが身に付いたと錯覚させた。こうしておれは、密かにとうえいがんを隠し持つ事に成功したのさ。さきもりは何やらおれめようとしたが、残念だったな)

 おりとうえいがんの用法上の注意点に気付いていた訳ではない。
 彼が得ていた情報は不時着直前にわたるから聞かされた「効果が切れる前にとうえいがんを飲んでも意味が無い」というものだけだ。
 その注意に従い、飲む振りを装うだけにしたことで、おりは完全な形でとうえいがんを服用する機会を得たのだ。

(後は、見張りの目を盗んでとうえいがんを飲めばこのとおりだ。つまり、今おれは本当のところしんを使えるのさ。例によって使えない振りをしているだけだ。ここぞという時に不意を打ってやろうってな、ククククク)

 六人で川岸を降りる中、おりは考える。
 不意を突いてもう一人の女・まゆづきを人質にすれば気弱なふたは拘束を解くだろう。
 それさえかなえばちらのもの、はや自分の逃亡を止める力は五人に無い。
 休憩を終え、再び出発しようと動き始めた時がチャンスだ。

 わたる達に不穏なたくらみの影が忍び寄っていた。

 ⦿

 六人は川岸に降りた。
 後手に縛られているおりは斜面に苦労し、一度転んでしまった。
 体を起こす為に手を貸したわたるは考える。

(上に戻る時はすがに拘束を解かなきゃいけないかもな。逃がさない様に細心の注意を払って対応しないと)

 わたるはそんなことを考えながら、川まで水を汲みに行く。
 おりのことはあぶしんけんしんの男二人に見張らせておく。
 案の定、おりは何かを企んでいるようで、ずみふたまゆづきの様子をチラチラとうかがっている。

ずみさん、来てくれ」

 水を汲んだわたるふたを呼んで手招いた。
 煮沸の為に火をけるまきを用意したかった。
 ふたわたるの元へ一人駆けて来る。

 この時、わたるの頭の中はおりへの警戒で一杯だった。
 ふたが一人になってしまうことに思い至らなかった。

「おい、さきもり!」

 しんが川の向こう岸、東の空を見て叫んだ。
 わたるも背後に、どこか覚えのある気配を感じた。
 何かが川の中に着水し、飛沫しぶきが背中に掛かる。
 わたるは驚いて振り返った。

「こいつは!」

 わたるの背後に見覚えのあるロボットが立っていた。
 全高三メートル程の、かつてテロリストの一人がわたるの高校に持ち込んだものと同型の機体だ。

「みんな逃げろ!」

 わたるがそう叫んだ時には、ロボットはわたるを飛び越えてふたに襲い掛かっていた。

「ヒッ……!」

 ばんきゅうす、ふたが殺されてしまう、かと思われたが、ロボットは腹部からマジックハンド様の器具を伸ばしてふたの体をつかんだ。

「何を!?」
『ハハハハハ! 脱走者共、女は預かるぞ!』

 聞き覚えのある音声が流れた。
 ロボットはふたを掴んだまま再び川の向こう岸へと走っていく。

さきもり君、助けて!!」

 ふたさらわれた――緊急事態にわたるは追い掛ける判断を迫られる。
 戦えないおりを連れては行けないし、一人にする訳にも行かない。

! この場は任せた! あぶ! ぼくと来てくれ!」

 二手に分かれるしかない――それがわたるの下した結論だ。
 まゆづきは戦う力が充分ではないから、おりと同じく連れて行けない。
 かといって、おりと二人だけにするのは危険だから、防御に優れた能力を持つを残し、まゆづきを守りながらおりの逃亡に備える。
 追い掛けるのはわたると、視力に優れたしんだ。

「よっしゃ、行くぜさきもり!」

 わたるしんと共に川を跳び越えた。
 しんによって大幅に上昇した跳躍力のせる業だ。
 二人はそのままロボットを追い掛けて森の中へ足を踏み入れた。

あぶ、見えるか?」
「ああ、このまままっぐ追うぜ」

 ロボットの巨体が逃げて行ったけものみちわたる達にとっても通りやすい。
 速度的にも、かれる心配は先ず無いだろう。

さきもり、さっきの声」
「ああ、どうしんたいで戦った相手だ。やっぱり生きてやがった」

 ふたを攫った犯人が土生はぶあきであることはすぐにわかった。
 あっさりと味方の回転翼機ヘリコプターを撃墜し、民間人の集落を砲撃して虐殺するような男である。
 早く追い付かなければ、ふたも何をされるか分からない。

「てことは、あのロボット……」
「そういうことだろうな。あれも小型のどうしんたい、操縦出来るのは巨大ロボットだけじゃないってことだろう」

 どうしんたいはその大きさによってちょうきゅういっきゅうきゅうさんきゅうしょうきゅうまっきゅうの六等級に区別される。
 ミロクサーヌやガルバケーヌのような、全高二十メートルを超えるものはちょうきゅう、今追い掛けているような、全高二~五メートルのものはきゅうに区分される。
 他にもちょうきゅうきゅうの中間サイズのものはいっきゅう、人間大より小さくドローン様のものはさんきゅう、羽虫の様なサイズのしょうきゅうマイクロナノ単位のものはまっきゅうと呼ばれ、こうこくの軍隊では用途に応じて運用されている。
 土生はぶちょうきゅうからさんきゅうまでのどうしんたいを扱える高度技術者なのだ。

「へっ、くず野郎のグループが考えることは何処どこの世界でも同じだな」
「どうした、あぶ?」
「あのロボット、建物の中に入っていったぜ。ずみちゃんを人質に自分たちのアジトに誘い込もうって腹だ」

 土生はぶの操るきゅうどうしんたいくも研究所に入っていったらしい。
 しんは散々不良同士の抗争でまりに呼び出されたことがあるのだろう。
 彼にとっても、おおかみきばとはそういったチンピラと同然の存在だった。

「行くしかないだろ、あぶ
「当然だぜ!」

 わたるにもくも研究所の建物が見えてきた。
 二人はおおかみきばの根城へと足を踏み入れていった。
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