日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十五話『激突』 破

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 ガルバケーヌ改の機内、なおだまの操縦席「あらみたまくら」で、土生はぶあききょうがくしていた。

「なんだ、今の射撃は……?」

 想定外にも機体の左腕を失った。
 何が起きたのか一瞬理解出来ず困惑し、刹那の後に理解して戦慄した。

 ちらが光線銃を撃つタイミングを予測し、わずかに早く砲口にピンポイントの精密射撃を的中させてきたのだ。
 それは人間にたとえるならば、ライフルの銃口に弾丸を撃ち込まれ、銃身内で互いの弾丸を衝突させて破裂させられた様なものだ。
 熟練の操縦士ですら神業と評すべき芸当で、到底一週間足らずでやってのけられるものではない。

へ来ての一箇月、全てを操縦訓練にささげても無理だろう。おれですら出来んぞ」

 あり得ない――土生はぶのうに忌々しい記憶がよみがえる。

「あいつに匹敵するというのか……。あの思い出しただけで吐き気を催すあいつに……」

 そうせんたいおおかみきばは六年前、丁度こうこくがこの世界線に転移して来た直後に大規模な蜂起を行っていた。
 こうこくが転移後、一年以上にわたり沈黙していたのは主にこのはんらんの鎮圧が理由だった。
 その時の戦闘は、土生はぶにとって大きなトラウマになっている。

 かつて自分の部下だった男に、すべも無く一方的にたたきのめされた。
 その男は今、軍で英雄としての名声をとどろかせている。

「いや、あんな化物が何人も居てたまるか。あいつには遠く及ばない、及ぶはずが無い。なら、機体性能で勝っている以上は恐るるに足りん!」

 土生はぶはそう自分に言い聞かせ、自機・ガルバケーヌ改を敵機・ミロクサーヌ改に接近させる。

「格闘戦で叩きのめしてやる!」

 とはいえ土生はぶは今、わたるの事を侮れないと考え始めていた。
 万が一を考え、自分に有利な戦い方を選択する程度には。

    ⦿

 わたるはガルバケーヌ改の体当たりに対応し切れず、まとらってしまった。
 機体が大きく揺れ、なおだまの内部で仲間達がしこに体をぶつけてしまう。

まずい、接近戦に切り替えてきたか!」

 近接格闘では当然、パワーとスピード、そして瞬発力が物を言う。
 パワーでは両機の特性上かなうべくもなく、スピードは互角、瞬発力は、真面に加減速出来ない分これまたわたるの分が悪い。
 つまり、わたるにとっては遠距離射撃の方がまだ望ましく、近接格闘では輪を掛けて圧倒的に不利であった。

くそ、来るなら来い!」

 わたるは機体の右手を左腰に持って行き、太刀の様な切断ユニットを抜いた。
 同時に、相手も同形状の切断ユニットを手に取った。
 ガンマン同士の銃勝負から、剣同士の立合いに切り替わった様にも見える。

 再び、ガルバケーヌ改が太刀を構えて突進して来た。
 わたるのミロクサーヌ改も太刀で応戦し、両機のやいばが激突する。
 衝突によって太刀から飛び散ったのは火花というよりもせんこうと呼ぶべききらめきだった。

「くっ!」

 やはり、わたるは押し負けた。
 ガルバケーヌ改が振るった追撃のきっさきが、ミロクサーヌ改の腹部をかすめた。
 やいばが浅かったのは、押し飛ばされる際にえて後ろ向きに加速を重ねたのが功を奏したのだ。
 この機転が無ければミロクサーヌ改は胴体を真二つに斬られ、なおだまの下部がしになっていただろう。

「このっ!」

 わたるは体勢を立て直して敵機に斬り掛かった。
 しかし、いくら刃を振るおうとも空を切るばかりだった。

(こいつは……この武器は光線砲よりもしんの消費が桁違いに激しい!)

 わたるが急激な消耗を感じたのは無理からぬ事である。

 どうしんたいの太刀は刀身に白色の光を宿している。
 この光は刃と峰を周回している超短パルス光である。
 つまり、ここにもまたパルス一つ一つに微弱なしんが宿っていて、回転鋸刃チェーンソーの様な役割を果たしている。

 斬撃の際に作用するパルス光ののこの数は、一秒間当り実に数けいも及ぶ。
 すなわち、単純に光線砲の数十倍の破壊力が太刀には宿っているのだ。
 比喩ではなく事実として、光線砲と太刀では必要なしんの桁が違うのである。

のろが何をしたところで、無駄なんだよ!』

 ミロクサーヌ改が振るった太刀がかわされ、その無防備な腕にガルバケーヌ改の太刀が振るわれる。

(しまった!)

 わたるは必死に機体を回避させるも、敵の刃に機体の右腕を斬り落とされてしまった。
 その結果、わたるは同時に太刀をも地面に落として失った。
 残る武器は左腕の光線砲のみ、わたるは完全に追い詰められた。

『さァて……。こうなっちまえば止めを刺すのは簡単だが、どうせなら完全なだるにしてから飛行具を落とし、じっくり恐怖と絶望を味わわせてやろうかァ?』

 土生はぶあきには、抵抗不能になった敵や丸腰の一般市民を面白半分でなぶり物にする悪癖があった。
 軍から追われる原因となったその残虐性はそうせんたいおおかみきばにあっても矯正される事無く、わたるに牙をこうとしていた。

 だがそれが逆に、わたるの脳裡に一つのひらめきを与えた。
 いちばちかの賭けだが、進退窮まったわたるに残された手段は限られている。
 わたるは仲間達に呼びかける。

「みんな、ぼくの胸ポケットに東瀛丸とうえいがんが入ってる。もししんが切れたらすぐに飲んでくれ」
「どういうことだ?」

 あぶしんの疑問は当然だった。
 わたる以外の五人は、東瀛丸とうえいがんの効果が間もなく切れるという事を知らない。
 だが、一刻を争う事態に説明の余裕は無い。

「詳しい話は後だ! 切れた後で飲むんだぞ! 切れる前に飲んでも意味無いからな!」
「どうやら言う通りにした方が良い様だな」

 真先に聞き分けたのはおりりょうだった。

「おいあぶさきもりの胸ポケットから東瀛丸とうえいがんせ。何かヤバい賭けに出るらしいぜ」

 おりの言葉を受けて、しんわたるの胸ポケットから東瀛丸とうえいがんの薬剤包装を取り出すと、七錠の内五錠を切り取って配った。
 自分以外の全員に東瀛丸とうえいがんが行き渡ったのを確認し、わたるは最後の賭に出る。

かく、距離を取らないと……)

 わたるは自機を敵機から遠くへ飛ばす。

『ははは、尻尾を巻いて逃げるのか臆病者! 無駄なきだ!』

 土生はぶのガルバケーヌ改がわたるの後を追って来た。
 これはわたるの狙い通りである。
 最悪なのは土生はぶが追って来ず、光線砲で射撃される事だったが、太刀を失ったわたるに対して、わざわざ勝ち確の近接格闘をてたりはしなかった。

(良し、此処から……)

 もちろんわたるは逃げている訳では無い。
 応戦すべく、機体を旋回させ始める。
 だがそれは同時に減速させる事を意味し、必然的に敵機が追い付く。

め!』

 ガルバケーヌ改が加速し、突撃のきょうじんがミロクサーヌ改に襲い掛かる。
 とっに機体の身をねじって回避するわたるだったが、躱し切れずに背中の飛行具と呼ばれる雷鼓が太刀の一撃でそんかいしてしまった。
 浮力と推進力を完全に喪失したミロクサーヌ改は、真逆様に地面へと墜落していく。

『ははは、残念だったなァ!』
「背を向けたな! 喰らええええエッッ!!」

 即座に、わたるは残された左腕の光線砲を発射した。
 撃墜した、と完全に油断して突撃の勢いに任せていた土生はぶは、ガルバケーヌ改の飛行具を無防備な状態でさらしていた。
 白色の閃光がガルバケーヌ改の飛行具に命中・爆砕し、ガルバケーヌ改は減速手段を失って山へと突っ込んでいく。

『ば、莫迦なァッ!? 畜生!!』

 ガルバケーヌ改はそのまま山に激突し、ごうおんと共に爆発炎上した。
 その直前、機体の背中から球体――土生はぶが搭乗するなおだまが飛び出した。
 なおだま落下傘パラシュートひろげ、ゆっくりと降下していく。

「こっちも緊急脱出だ」

 わたるもまた、墜落するミロクサーヌ改から脱出しようとする。
 機体の胸が開き、土生はぶと同じようになおだまを離脱させようとした、その時だった。

しん量急低下、緊急制御状態に移行。異常発生、緊急制御状態に移行出来ません』

 間が悪い事に、このタイミングでわたる東瀛丸とうえいがんの効果が切れてしまったのだ。
 それは決して偶然ではなく、わたるしん量が元々少ない事、その少ないしん量を土生はぶとの戦闘で大幅に消費してしまった事が原因だった。

うそ!? このままちるの!?」
「何かしんが凄え消耗すんだけど!?」
「これじゃ墜ちたら死ぬのだよ!!」
「嫌!! さきもり君助けて!!」

 仲間達はパニックに陥っている。
 どうしんたいなおだまは、機体の損傷を再生させる為に内部の人間から大量のしんを吸い取る。
 先程までは全てわたるしんまかなっていたが、とうえいがんの効果が切れた為、仲間達にそれが波及し始めたのだ。
 つまり、このまま墜落すると、しんを失った六人は全員死んでしまう。

 そんな中、ただ一人冷静だったのはおりだ。

共が!」

 おりは副操縦席から身を乗り出すと、自らに手渡された東瀛丸とうえいがんわたるの口に突っ込んだ。

「ボケッとすんな! 早く飲んで脱出させろ!」

 わたるは口内の錠剤を飲み込み、そうじゅうかんを握り締める。
 間一髪、なおだまはミロクサーヌ改が地面に激突する直前に打ち上げられた。

「ふぅーっ……」

 落下傘パラシュートが開き、なおだまがゆっくりと降下し始めると、わたるあんから大きく深呼吸した。

「脅かすなよ、さきもり。死ぬかと思ったじゃねえか」
「すまんあぶ。みんなも心配させて悪かった」

 何はともあれ、ひとずの危機は去った。
 そんな中、けんしんわたるたずねる。

「ところでさきもり、色々と分からない事があるのだよ。順を追って説明してくれないか?」
「そうだな。地面に降下するまでの間、この三週間で起こった事を全部話すよ」

 わたるは五人にはたの事を打ち明け始めた。
 彼女がずっと味方だった事、正体不明の内通者が居て、協力関係を秘密にしていた事、買い出しで彼女と共に外出した際、どうしんたいの操縦をみっちり訓練していた事を。

 一四:一〇、どうしんたいによるわたるの緒戦は、結果だけを見れば引き分けに終わった。
 しかし、逃げ延びるという目的を果たしたわたるに対し、この後確実になおだまを破壊され、目標達成不能の土生はぶ――これはわたるの勝利と言って良いだろう。

 そして、それよりもはるかに重要なのは、さきもりわたるという人物がこうこくの人間を除いてどうしんたいの戦闘経験を持つ世界唯一の存在となったという事実である。

 これは、世界の行く末に極めて大きな影響を及ぼすことになる。
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