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第一章『脱出篇』
第十四話『醜態』 序
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神聖大日本皇國は碧森州のとある山道にて、黄色いタートルネックの男が誰かに電話を掛けていた。
仁志旗蓮は皇國の反政府過激派組織・武装戦隊・狼ノ牙に入って日も浅いが、その卓越した情報収集能力で皇國政府の重要情報を彼らに流し、異例の速度で最高幹部「八卦衆」の一員となった。
だがそれでも、仁志旗が本当に重要な情報を流していたのは、狼ノ牙ではなかった。
「もしもし。根尾さん、一つ御報告させて頂きたく」
仁志旗蓮の正体は、日本政府の皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長が送り込んだ諜報員である。
狼ノ牙が邦人の拉致に動いた段階で、彼はその救出の為に動き始めていた。
『どうした、仁志旗。彼らの無事は確認出来たのか?』
「六名の生存を確認。しかし一名はおそらく……」
『そうか……残念だ』
「申し訳御座いません。私が不甲斐無いばかりに全員の救出は叶いませんでした。もっと早く目途付け出来ていれば……」
『いや、お前のせいではない。お前は能くやってくれた』
「いいえ、それが実は想定外の事態になりまして……」
仁志旗は格納庫で起きた一部始終を根尾弓矢に告げた。
まさか岬守航を始めとした拉致被害者が自力で脱出するとは思っていなかった。
「ある程度、調べの付いた背後の人間関係があります。しかし、それがこの様な形で繋がるとは思いませんでした」
『解った、それ以上のことはもう良い。お前はもう離脱しろ。後は此方で引き受ける』
「承知しました。では速やかに、其方と合流します」
仁志旗は電話を切り、上着を脱ぎ捨てて南の空を見上げた。
黒いシャツに吸い付く様な日差しが彼の目を眩ませていた。
⦿⦿⦿
崩壊した為動機神体格納庫の内部、屋渡倫駆郎はスマートフォンに似た電話端末を睨み付け、複数の相手に怒鳴り上げていた。
「巌手支部! 宮柵支部! 福嶼支部! 応答しろ、屋渡だ!」
液晶画面は分割され、三人の男が映し出されている。
所謂チャット会議機能を使っているのだろう。
『同志屋渡、何事ですか?』
『何を慌てているのです?』
『本日は首領Дと面会では?』
「今そっちにミロクサーヌ改が向かっている! 乗っているのは裏切り者だ! 土生のガルバケーヌ改が追っているから、追い付けるように足止めしろ!」
『な、何を言っているのですか!?』
『超級為動機神体を止めろですって!?』
『我々にそんな軍備はありませんよ!』
「言い訳は聞いてない! 回転翼機でもなんでも飛ばして、ぶつけてでも止めろ!」
『ハァ!? 頭がおかしいのか貴方は!?』
『無茶言わんでください!』
『我々に犬死にしろと!?』
屋渡は追い詰められて常軌を逸していた。
通信相手の言い分は彼に全く届かない。
「五月蠅い!! あれには我々の命運が掛かっているんだ! 手に入れるのにどれだけの同志が犠牲になったと思ってる! つべこべ言わずにやれ! 死んでも止めろ!!」
あまりにもあんまりな命令を出す屋渡の醜態を、扇小夜こと水徒端早辺子は内心冷笑していた。
(良い気味だ、この男はもう終わる。後は屋渡の失脚に巻き込まれぬように立ち回り、入れ替わり八卦衆に抜擢されるよう努めるのみ……)
早辺子はこれからの事を考え始めていた。
一方で、屋渡は怒りに任せて電話端末を地面に叩き付けて壊してしまった。
「糞!! どいつもこいつも使命の重さを解っていない! いつから狼ノ牙はこんな小市民の狗の群れに成り下がった!」
「屋渡様、何をなさられますか。物に当られになるのは御止めなさってください」
「何ィ?」
早辺子の言葉に激昂した屋渡は、眉間に皺を寄せて彼女に迫る。
「お前のせいだろうが!!」
一切の加減も容赦も無い拳が早辺子の顔面を殴り飛ばした。
堪らず倒れた早辺子の髪を節榑立った屋渡の手が鷲掴みにし、激しく揺さぶる。
「お前が! 余計な! 口出しを!! お前の! 余計な! 色惚けが!! お前の! せいで! 俺はぁっ!!」
暴行を受け続ける早辺子だったが、彼女の懐では電話端末が鳴り続けている。
屋渡は構わず早辺子を揺さぶり続けるが、その激しさに、とうとう懐から震えながら鳴る端末が零れ落ちた。
画面には、発信相手の名前が表示されている。
「屋渡様、土生様からです」
屋渡は舌打ちすると、端末の傍へ早辺子を放り出した。
「出ろ!」
これから連携を取らなければならない土生十司暁からの連絡とあっては、屋渡も捨て置かせる訳には行かなかったらしい。
早辺子は一瞬屋渡に目線を向けたが、すぐに端末に触れて通話を開始する。
「もしもし、遅くなりました。土生様、何用で御座いましょう」
とはいえ、早辺子は土生の要件を大方察していた。
そして実際、その予想の範疇を大きく逸脱はしなかった。
「はい……はい、畏まりました。屋渡様、土生様が『替われ』と」
土生が早辺子に電話を掛けてきた理由は、屋渡と話す為であった。
勿論、本来であれば直接電話をすれば良いのだが、間の悪いことに屋渡の電話は本人が怒りに任せて破壊してしまっていた。
こうなると当然土生から屋渡の電話には繋がらないので、苦肉の策で傍に居るであろう「扇小夜」の方へ連絡してきたのだ。
「寄越せ!」
屋渡は早辺子から強引に端末を奪い取った。
「土生か、何の用だ?」
『何の用って、さっき首領Дから正式にお前の尻拭いを仰せつかったら、連絡を取ろうと思ったんだよ。しかし、お前の電話が繋がらないのはどういうことだ? 扇の電話が通じたということは、回線は生きているのだろう?』
「俺の電話は色々あって使えなくなった。それより、俺の尻拭いとは随分な言い方じゃないか。貴様、真っ先に現場を放棄しただろうが」
『なんだ、俺に責任転嫁するのか? あの場に残って何が出来た? 現に、お前らだって為す術も無くミロクサーヌ改を奪われたからこんな状況になっているんだろう? あの場で即座に追い掛ける判断をしたこと、寧ろ感謝して欲しいな』
再び屋渡は舌打ちした。
苛立ちから、辺りを歩き回っている。
そして、そんな心理状態は電話口から向こうにも伝わっているらしい。
『まあ落ち着け。為動機神体は完全に俺の土俵だ。一つ貸しにしといてやる。首領Дの御指令だし、取り戻してやるから大船に乗った気でいろ』
「追い付けるのか?」
『いや、それは無理だな。知ってのとおり、ミロクサーヌは高機動型、俺のガルバケーヌは重火装型だ。六人も乗っていれば加速性能は出し切れんだろうが、それでも撒かれんように追い縋るのがやっとだろう』
「無理で済むか! 俺はこれに失敗すれば降格が言い渡される! 手を抜いたら承知せんぞ!」
電話口から土生の溜息が漏れ聞こえてきた。
『だから落ち着け。何も追い付く必要は無い。今の追跡状態で充分なんだ』
「何? どういうことだ?」
『能く思い出して計算してみろ。お前、あいつらに東瀛丸を飲ませたのはいつのことだ?』
「確か六月三日……。あっ!」
屋渡は自分達の優位に気が付いたようで、歪んだ笑みを浮かべた。
嘗て早辺子が航に語ったように、服用した者に神為を身に付けさせる丸薬「東瀛丸」には幾つか用法上の重大な注意点がある。
『そうだ、今から丁度四週間、即ち二十八日前。つまり、奴らは今日、東瀛丸の効果切れを迎え、神為を使えなくなる。そうなると、為動機神体は緊急停止機能が作動し、近場へと緩やかに不時着する。俺はただ、その瞬間まで奴らに撒かれなければ良い』
これこそが、早辺子が航にも告げた東瀛丸の欠点である。
神為を使い続ける為には、東瀛丸を継続的に服用し続けなくてはならない。
このままでは、航達が土生に掴まるのは必定である。
可能性があるとすれば、航が或る一つの選択を取った場合のみ――屋渡と土生は同じように考えていた。
『まあ、奴らも追われていることに気が付いてはいる筈だ。嫌気が差して迎え撃ってくるかも知れんな』
「当然勝てるな、土生?」
『言っただろう、為動機神体は俺の土俵だ』
二人は既に勝利を確信していた。
『脱走した奴らはどうする? 殺すか?』
「俺達と一緒に来た五人は好きにしろ。だが、操縦者の餓鬼は生かして連れて来い。奴だけはこの俺が直々に嬲り殺してやらねば気が済まん」
『お前のことだ、そう言うと思っていた。まあ、お前は今から粛正の方法でも考えて待っているが良いさ』
「吉報を待つ。頼んだぞ、同志土生」
電話が切られた。
狂喜する屋渡のおどろおどろしい高笑いが虚空に響き渡る。
だがそんな最中、顔を伏せた早辺子もまた静かに笑みを浮かべていた。
仁志旗蓮は皇國の反政府過激派組織・武装戦隊・狼ノ牙に入って日も浅いが、その卓越した情報収集能力で皇國政府の重要情報を彼らに流し、異例の速度で最高幹部「八卦衆」の一員となった。
だがそれでも、仁志旗が本当に重要な情報を流していたのは、狼ノ牙ではなかった。
「もしもし。根尾さん、一つ御報告させて頂きたく」
仁志旗蓮の正体は、日本政府の皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長が送り込んだ諜報員である。
狼ノ牙が邦人の拉致に動いた段階で、彼はその救出の為に動き始めていた。
『どうした、仁志旗。彼らの無事は確認出来たのか?』
「六名の生存を確認。しかし一名はおそらく……」
『そうか……残念だ』
「申し訳御座いません。私が不甲斐無いばかりに全員の救出は叶いませんでした。もっと早く目途付け出来ていれば……」
『いや、お前のせいではない。お前は能くやってくれた』
「いいえ、それが実は想定外の事態になりまして……」
仁志旗は格納庫で起きた一部始終を根尾弓矢に告げた。
まさか岬守航を始めとした拉致被害者が自力で脱出するとは思っていなかった。
「ある程度、調べの付いた背後の人間関係があります。しかし、それがこの様な形で繋がるとは思いませんでした」
『解った、それ以上のことはもう良い。お前はもう離脱しろ。後は此方で引き受ける』
「承知しました。では速やかに、其方と合流します」
仁志旗は電話を切り、上着を脱ぎ捨てて南の空を見上げた。
黒いシャツに吸い付く様な日差しが彼の目を眩ませていた。
⦿⦿⦿
崩壊した為動機神体格納庫の内部、屋渡倫駆郎はスマートフォンに似た電話端末を睨み付け、複数の相手に怒鳴り上げていた。
「巌手支部! 宮柵支部! 福嶼支部! 応答しろ、屋渡だ!」
液晶画面は分割され、三人の男が映し出されている。
所謂チャット会議機能を使っているのだろう。
『同志屋渡、何事ですか?』
『何を慌てているのです?』
『本日は首領Дと面会では?』
「今そっちにミロクサーヌ改が向かっている! 乗っているのは裏切り者だ! 土生のガルバケーヌ改が追っているから、追い付けるように足止めしろ!」
『な、何を言っているのですか!?』
『超級為動機神体を止めろですって!?』
『我々にそんな軍備はありませんよ!』
「言い訳は聞いてない! 回転翼機でもなんでも飛ばして、ぶつけてでも止めろ!」
『ハァ!? 頭がおかしいのか貴方は!?』
『無茶言わんでください!』
『我々に犬死にしろと!?』
屋渡は追い詰められて常軌を逸していた。
通信相手の言い分は彼に全く届かない。
「五月蠅い!! あれには我々の命運が掛かっているんだ! 手に入れるのにどれだけの同志が犠牲になったと思ってる! つべこべ言わずにやれ! 死んでも止めろ!!」
あまりにもあんまりな命令を出す屋渡の醜態を、扇小夜こと水徒端早辺子は内心冷笑していた。
(良い気味だ、この男はもう終わる。後は屋渡の失脚に巻き込まれぬように立ち回り、入れ替わり八卦衆に抜擢されるよう努めるのみ……)
早辺子はこれからの事を考え始めていた。
一方で、屋渡は怒りに任せて電話端末を地面に叩き付けて壊してしまった。
「糞!! どいつもこいつも使命の重さを解っていない! いつから狼ノ牙はこんな小市民の狗の群れに成り下がった!」
「屋渡様、何をなさられますか。物に当られになるのは御止めなさってください」
「何ィ?」
早辺子の言葉に激昂した屋渡は、眉間に皺を寄せて彼女に迫る。
「お前のせいだろうが!!」
一切の加減も容赦も無い拳が早辺子の顔面を殴り飛ばした。
堪らず倒れた早辺子の髪を節榑立った屋渡の手が鷲掴みにし、激しく揺さぶる。
「お前が! 余計な! 口出しを!! お前の! 余計な! 色惚けが!! お前の! せいで! 俺はぁっ!!」
暴行を受け続ける早辺子だったが、彼女の懐では電話端末が鳴り続けている。
屋渡は構わず早辺子を揺さぶり続けるが、その激しさに、とうとう懐から震えながら鳴る端末が零れ落ちた。
画面には、発信相手の名前が表示されている。
「屋渡様、土生様からです」
屋渡は舌打ちすると、端末の傍へ早辺子を放り出した。
「出ろ!」
これから連携を取らなければならない土生十司暁からの連絡とあっては、屋渡も捨て置かせる訳には行かなかったらしい。
早辺子は一瞬屋渡に目線を向けたが、すぐに端末に触れて通話を開始する。
「もしもし、遅くなりました。土生様、何用で御座いましょう」
とはいえ、早辺子は土生の要件を大方察していた。
そして実際、その予想の範疇を大きく逸脱はしなかった。
「はい……はい、畏まりました。屋渡様、土生様が『替われ』と」
土生が早辺子に電話を掛けてきた理由は、屋渡と話す為であった。
勿論、本来であれば直接電話をすれば良いのだが、間の悪いことに屋渡の電話は本人が怒りに任せて破壊してしまっていた。
こうなると当然土生から屋渡の電話には繋がらないので、苦肉の策で傍に居るであろう「扇小夜」の方へ連絡してきたのだ。
「寄越せ!」
屋渡は早辺子から強引に端末を奪い取った。
「土生か、何の用だ?」
『何の用って、さっき首領Дから正式にお前の尻拭いを仰せつかったら、連絡を取ろうと思ったんだよ。しかし、お前の電話が繋がらないのはどういうことだ? 扇の電話が通じたということは、回線は生きているのだろう?』
「俺の電話は色々あって使えなくなった。それより、俺の尻拭いとは随分な言い方じゃないか。貴様、真っ先に現場を放棄しただろうが」
『なんだ、俺に責任転嫁するのか? あの場に残って何が出来た? 現に、お前らだって為す術も無くミロクサーヌ改を奪われたからこんな状況になっているんだろう? あの場で即座に追い掛ける判断をしたこと、寧ろ感謝して欲しいな』
再び屋渡は舌打ちした。
苛立ちから、辺りを歩き回っている。
そして、そんな心理状態は電話口から向こうにも伝わっているらしい。
『まあ落ち着け。為動機神体は完全に俺の土俵だ。一つ貸しにしといてやる。首領Дの御指令だし、取り戻してやるから大船に乗った気でいろ』
「追い付けるのか?」
『いや、それは無理だな。知ってのとおり、ミロクサーヌは高機動型、俺のガルバケーヌは重火装型だ。六人も乗っていれば加速性能は出し切れんだろうが、それでも撒かれんように追い縋るのがやっとだろう』
「無理で済むか! 俺はこれに失敗すれば降格が言い渡される! 手を抜いたら承知せんぞ!」
電話口から土生の溜息が漏れ聞こえてきた。
『だから落ち着け。何も追い付く必要は無い。今の追跡状態で充分なんだ』
「何? どういうことだ?」
『能く思い出して計算してみろ。お前、あいつらに東瀛丸を飲ませたのはいつのことだ?』
「確か六月三日……。あっ!」
屋渡は自分達の優位に気が付いたようで、歪んだ笑みを浮かべた。
嘗て早辺子が航に語ったように、服用した者に神為を身に付けさせる丸薬「東瀛丸」には幾つか用法上の重大な注意点がある。
『そうだ、今から丁度四週間、即ち二十八日前。つまり、奴らは今日、東瀛丸の効果切れを迎え、神為を使えなくなる。そうなると、為動機神体は緊急停止機能が作動し、近場へと緩やかに不時着する。俺はただ、その瞬間まで奴らに撒かれなければ良い』
これこそが、早辺子が航にも告げた東瀛丸の欠点である。
神為を使い続ける為には、東瀛丸を継続的に服用し続けなくてはならない。
このままでは、航達が土生に掴まるのは必定である。
可能性があるとすれば、航が或る一つの選択を取った場合のみ――屋渡と土生は同じように考えていた。
『まあ、奴らも追われていることに気が付いてはいる筈だ。嫌気が差して迎え撃ってくるかも知れんな』
「当然勝てるな、土生?」
『言っただろう、為動機神体は俺の土俵だ』
二人は既に勝利を確信していた。
『脱走した奴らはどうする? 殺すか?』
「俺達と一緒に来た五人は好きにしろ。だが、操縦者の餓鬼は生かして連れて来い。奴だけはこの俺が直々に嬲り殺してやらねば気が済まん」
『お前のことだ、そう言うと思っていた。まあ、お前は今から粛正の方法でも考えて待っているが良いさ』
「吉報を待つ。頼んだぞ、同志土生」
電話が切られた。
狂喜する屋渡のおどろおどろしい高笑いが虚空に響き渡る。
だがそんな最中、顔を伏せた早辺子もまた静かに笑みを浮かべていた。
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