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第一章『脱出篇』
第九話『親愛なる残春』 急
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翌朝、航は朝食の準備をしていた。
この一食を最後に、彼らは飢餓訓練に入るとのことなので、軽食ながらも腕によりを掛けて作る。
中学時代から段々と料理をする頻度が上がり、大学生になった時点で家事能力が完成していた航にとって、これは普段の生活の延長だった。
人数分料理を作るのも、魅琴を相手にするのと大して変わらない。
「こんなもんかな」
一息吐いていると、双葉と椿、それと何故か新兒も食堂に入ってきた。
「あ、三人ともおはよう」
「岬守君、おはよう」
「貴方も大変だね。ま、自分で引き受けた事なんだから頑張りな」
「俺も手伝えたら良いんだけどなー。家事出来ねえからな俺は」
三人は席に着いた。
「待っててくれ。今、配膳するから」
航は三人分の朝食を用意する。
これを最後に暫く何も食べられなくなるから確り食べておけ、とは言えない。
早辺子――彼らにとって敵の一人である扇小夜から、有利な情報を貰っていると話す事は出来ないのだ。
「岬守、虻球磨には言ったけど、双葉の話は昨日の夜私が聴いといたから」
「悪いな、椿」
「うぅ、みんなに迷惑掛けてごめん……」
双葉は申し訳なさそうに縮こまっている。
「貴女はビビってオドオドしてるのが良くないんだよね。その癖、余計な事は言っちゃう毒舌だし。そういうところ、他人の神経を逆撫でしがちなんだよね」
「陽子さん、それは昨日言われて解ったから……」
椿の言葉で、航はふと高校生の頃を思い出した。
毒舌、といえば真っ先に魅琴の方を思い出すが、双葉もそれに同調して結構色々な事を言ってきた気がする。
ただ、仲良くし始めた頃にはそんな事も無かったので、慣れてきたらそういう面が出てくるのだろうか。
そういうことなら、逆説的に彼女はこのメンバーに打ち解けてきたのかも知れない。
「久住ちゃん、言いたい事言うのは別に良いんだぜ。だが、もう一寸堂々とした方が良いな。その点、俺の妹の千草は仮令俺にでもズケズケ物言ってくるからな。たいしたもんだと思うよ、兄貴としては」
また新兒の妹自慢が始まった。
隙あらば如何に自分の妹が素晴らしいかをアピールしてくるので、今では全員が彼の妹を認知している。
同室の航に至っては、少々辟易としている。
おそらく、他の者達がそうなるのも時間の問題だろう。
「貴方さ、妹煩悩なのは良いけど、あんまりそういうことを言い触らすと妹本人にウザがられるよ」
どうやら既に椿を辟易とさせつつはあるらしい。
新兒を諫める彼女の口調には呆れが多分に混じっていた。
だが、ふと思い出した様に付け加える。
「まあ、会えないんだけどさ……」
椿の顔に影が差し、朝の空気が重くなった。
しかし、それを和ませるべく動いたのは彼女だった。
「大丈夫、屹度すぐに会えるよ」
双葉は新兒と椿に微笑み掛け、二人を勇気付けようとしていた。
思えば、初日に二井原雛火が自己紹介を始めた時、新兒が渋る中で流れを切らなかったのは彼女だった。
双葉は決して空気の読めない人間ではなく、皆に気を遣って清涼剤になることが出来る優しい女である。
航も魅琴も、そんな双葉の美点はよく解っている。
「会えるよ。虻球磨君の妹さんにも、陽子さんの弟さんにも。だからもっと、御家族の話を沢山聞かせて」
「え? 椿お前、弟がいたのか?」
航と新兒には初耳だった。
抑も、椿は新兒と違ってあまり自分の事を話したがらない。
それを双葉が知っているということは、同室で生活する内にかなり彼女と打ち解けたということだろう。
そういえば心做しか、椿の態度は当初と比べて柔らかくなった気がする。
「まあ、そうだね……。双子の弟がいるんだ。一緒だった時間は短いけれど、大切な弟なんだ。あいつの為なら、私は……」
どうやら椿にも何かと事情がありそうだ。
「いやー、解る! 解るぜ椿! なんだ、お前も俺と一緒だったのかよ! やっぱり兄弟姉妹ってそういうもんだよな! 何かと気には掛かるし、助けになりてえもんだ!」
新兒は一人で納得し、共感した様だが、椿の方は少々苛立ちを覚えた様な視線を彼に送っていた。
「ま、まあ何れにせよこのままじゃ何も始まらないよな」
これ以上争いの火種を抱えたくない航は、強引に話を纏めようとする。
双葉も同じ気持ちなのか、航の後に続いた。
「その為にやるべきことははっきりしているんだから、私達はそこへ向けてみんなで頑張れば良いんじゃないかな」
「ま、貴女もそう思うんなら、あんまり虎駕と衝突している場合じゃないよね、双葉」
「うぅ、はい……」
椿に釘を刺され、双葉はしゅんとしてしまった。
「解ってるよ。虎駕君はあくまでも仲間なんだって、本当の敵が誰なのかって、私は見失ってなんかいないよ」
本当の敵。
武装戦隊・狼ノ牙、屋渡倫駆郎は今日からより過酷に航達を生死の境へと追い込むだろう。
早辺子曰く、それは本来危険なだけで効果的とはいえないとのことだが、狼ノ牙は航達を使い捨てる事など何とも思っていない。
気を確り持って必死に足掻かなければ、二井原雛火の様に殺されてしまう。
下らない不和で無駄なエネルギーを消費している場合ではない。
今日から始まる飢餓訓練とやらでは、おそらくより七人の協力体制が重要になるだろう。
「岬守君も、本当に斃すべき相手を間違えないでね」
双葉はそう言うと、航に笑顔を見せた。
心做しか、高校生の頃よりも世の中を知って大人びた様な印象を受ける。
彼女も強くなったのだろうか。
そんな事を考えていると、食堂の扉が開いた。
虎駕が起きてきたのだ。
「あ、おはよう……」
「お、おう……」
彼と真っ先に挨拶したのは双葉だった。
反省は本物で、少しでも関係を修復しよういう意思が窺える。
虎駕も虎駕で少し驚いたようで、気の抜けた返事をする。
航、新兒、椿は嫌な予感を覚えながらも、希望を持って二人を見守っていた。
「その、なんだ……。昨日は悪かったのだよ」
「うん、私も……」
ぎこちないながらも、虎駕と双葉は互いに謝罪の言葉を口にした。
この分なら大丈夫だろう、と見守る三人に安堵が広がる。
「腕が当たったのは事実なのだから、素直に謝っておけばあんな面倒な事にはならなかったよな」
「そうだね。私も『自分の事ばかり』とか、言い過ぎだったかも。仮に本当だとしても、言われた方は気分良くないし」
んん?――安堵に亀裂が生じた。
二人の会話に早くも相手を殺傷する刃が見え隠れしている。
「一寸待て、本当って何なのだよ?」
「そっちこそ、面倒って何?」
どうやら駄目そうである。
「だから、ちゃんと助けようとしたと言ってるのだよ!」
「結局、面倒臭いから口先で謝るだけじゃない!」
「抑も、不可抗力で起きた事を批難されているのだから、面倒臭いのは当然だろ!」
「それでもこっちはお陰で溺れたんだよ! 謝って欲しいのは当然でしょ!」
「じゃあ謝る以上の事を求めるなよ!」
「心からの謝罪が欲しいの!」
「心からの謝罪という言葉、大嫌いなのだよ! そんなのお前の胸先三寸だろ!」
「謝られる立場なんだから当然でしょ!」
「そういう性根が腐ってる!」
「意味解んない! どっちがよ!」
「阿呆!」
「莫迦!」
「ぴえん!」
「非モテ!」
結局こうなるのか、と航は頭を抱えた。
新兒と椿も溜息を吐いている。
食堂の奥、台所へと目を遣ると、早辺子も冷めた視線を向けていた。
(すみません、水徒端さん。こいつらが仲直りするのは多分無理です。何とか、計画に支障が出ない様に祈るしかありません)
航は心の中でそんな事を思いながら、今日から始まるという飢餓訓練の内容を想像して現実逃避した。
一週間の飢餓訓練、航達はどうにか乗り切った。
飲まず食わずで山脈を巡る、この間で四人が神為の第三段階に達した。
一方で屋渡はこの結果に満足しておらず、日に日に「その時」が近付いていた。
この一食を最後に、彼らは飢餓訓練に入るとのことなので、軽食ながらも腕によりを掛けて作る。
中学時代から段々と料理をする頻度が上がり、大学生になった時点で家事能力が完成していた航にとって、これは普段の生活の延長だった。
人数分料理を作るのも、魅琴を相手にするのと大して変わらない。
「こんなもんかな」
一息吐いていると、双葉と椿、それと何故か新兒も食堂に入ってきた。
「あ、三人ともおはよう」
「岬守君、おはよう」
「貴方も大変だね。ま、自分で引き受けた事なんだから頑張りな」
「俺も手伝えたら良いんだけどなー。家事出来ねえからな俺は」
三人は席に着いた。
「待っててくれ。今、配膳するから」
航は三人分の朝食を用意する。
これを最後に暫く何も食べられなくなるから確り食べておけ、とは言えない。
早辺子――彼らにとって敵の一人である扇小夜から、有利な情報を貰っていると話す事は出来ないのだ。
「岬守、虻球磨には言ったけど、双葉の話は昨日の夜私が聴いといたから」
「悪いな、椿」
「うぅ、みんなに迷惑掛けてごめん……」
双葉は申し訳なさそうに縮こまっている。
「貴女はビビってオドオドしてるのが良くないんだよね。その癖、余計な事は言っちゃう毒舌だし。そういうところ、他人の神経を逆撫でしがちなんだよね」
「陽子さん、それは昨日言われて解ったから……」
椿の言葉で、航はふと高校生の頃を思い出した。
毒舌、といえば真っ先に魅琴の方を思い出すが、双葉もそれに同調して結構色々な事を言ってきた気がする。
ただ、仲良くし始めた頃にはそんな事も無かったので、慣れてきたらそういう面が出てくるのだろうか。
そういうことなら、逆説的に彼女はこのメンバーに打ち解けてきたのかも知れない。
「久住ちゃん、言いたい事言うのは別に良いんだぜ。だが、もう一寸堂々とした方が良いな。その点、俺の妹の千草は仮令俺にでもズケズケ物言ってくるからな。たいしたもんだと思うよ、兄貴としては」
また新兒の妹自慢が始まった。
隙あらば如何に自分の妹が素晴らしいかをアピールしてくるので、今では全員が彼の妹を認知している。
同室の航に至っては、少々辟易としている。
おそらく、他の者達がそうなるのも時間の問題だろう。
「貴方さ、妹煩悩なのは良いけど、あんまりそういうことを言い触らすと妹本人にウザがられるよ」
どうやら既に椿を辟易とさせつつはあるらしい。
新兒を諫める彼女の口調には呆れが多分に混じっていた。
だが、ふと思い出した様に付け加える。
「まあ、会えないんだけどさ……」
椿の顔に影が差し、朝の空気が重くなった。
しかし、それを和ませるべく動いたのは彼女だった。
「大丈夫、屹度すぐに会えるよ」
双葉は新兒と椿に微笑み掛け、二人を勇気付けようとしていた。
思えば、初日に二井原雛火が自己紹介を始めた時、新兒が渋る中で流れを切らなかったのは彼女だった。
双葉は決して空気の読めない人間ではなく、皆に気を遣って清涼剤になることが出来る優しい女である。
航も魅琴も、そんな双葉の美点はよく解っている。
「会えるよ。虻球磨君の妹さんにも、陽子さんの弟さんにも。だからもっと、御家族の話を沢山聞かせて」
「え? 椿お前、弟がいたのか?」
航と新兒には初耳だった。
抑も、椿は新兒と違ってあまり自分の事を話したがらない。
それを双葉が知っているということは、同室で生活する内にかなり彼女と打ち解けたということだろう。
そういえば心做しか、椿の態度は当初と比べて柔らかくなった気がする。
「まあ、そうだね……。双子の弟がいるんだ。一緒だった時間は短いけれど、大切な弟なんだ。あいつの為なら、私は……」
どうやら椿にも何かと事情がありそうだ。
「いやー、解る! 解るぜ椿! なんだ、お前も俺と一緒だったのかよ! やっぱり兄弟姉妹ってそういうもんだよな! 何かと気には掛かるし、助けになりてえもんだ!」
新兒は一人で納得し、共感した様だが、椿の方は少々苛立ちを覚えた様な視線を彼に送っていた。
「ま、まあ何れにせよこのままじゃ何も始まらないよな」
これ以上争いの火種を抱えたくない航は、強引に話を纏めようとする。
双葉も同じ気持ちなのか、航の後に続いた。
「その為にやるべきことははっきりしているんだから、私達はそこへ向けてみんなで頑張れば良いんじゃないかな」
「ま、貴女もそう思うんなら、あんまり虎駕と衝突している場合じゃないよね、双葉」
「うぅ、はい……」
椿に釘を刺され、双葉はしゅんとしてしまった。
「解ってるよ。虎駕君はあくまでも仲間なんだって、本当の敵が誰なのかって、私は見失ってなんかいないよ」
本当の敵。
武装戦隊・狼ノ牙、屋渡倫駆郎は今日からより過酷に航達を生死の境へと追い込むだろう。
早辺子曰く、それは本来危険なだけで効果的とはいえないとのことだが、狼ノ牙は航達を使い捨てる事など何とも思っていない。
気を確り持って必死に足掻かなければ、二井原雛火の様に殺されてしまう。
下らない不和で無駄なエネルギーを消費している場合ではない。
今日から始まる飢餓訓練とやらでは、おそらくより七人の協力体制が重要になるだろう。
「岬守君も、本当に斃すべき相手を間違えないでね」
双葉はそう言うと、航に笑顔を見せた。
心做しか、高校生の頃よりも世の中を知って大人びた様な印象を受ける。
彼女も強くなったのだろうか。
そんな事を考えていると、食堂の扉が開いた。
虎駕が起きてきたのだ。
「あ、おはよう……」
「お、おう……」
彼と真っ先に挨拶したのは双葉だった。
反省は本物で、少しでも関係を修復しよういう意思が窺える。
虎駕も虎駕で少し驚いたようで、気の抜けた返事をする。
航、新兒、椿は嫌な予感を覚えながらも、希望を持って二人を見守っていた。
「その、なんだ……。昨日は悪かったのだよ」
「うん、私も……」
ぎこちないながらも、虎駕と双葉は互いに謝罪の言葉を口にした。
この分なら大丈夫だろう、と見守る三人に安堵が広がる。
「腕が当たったのは事実なのだから、素直に謝っておけばあんな面倒な事にはならなかったよな」
「そうだね。私も『自分の事ばかり』とか、言い過ぎだったかも。仮に本当だとしても、言われた方は気分良くないし」
んん?――安堵に亀裂が生じた。
二人の会話に早くも相手を殺傷する刃が見え隠れしている。
「一寸待て、本当って何なのだよ?」
「そっちこそ、面倒って何?」
どうやら駄目そうである。
「だから、ちゃんと助けようとしたと言ってるのだよ!」
「結局、面倒臭いから口先で謝るだけじゃない!」
「抑も、不可抗力で起きた事を批難されているのだから、面倒臭いのは当然だろ!」
「それでもこっちはお陰で溺れたんだよ! 謝って欲しいのは当然でしょ!」
「じゃあ謝る以上の事を求めるなよ!」
「心からの謝罪が欲しいの!」
「心からの謝罪という言葉、大嫌いなのだよ! そんなのお前の胸先三寸だろ!」
「謝られる立場なんだから当然でしょ!」
「そういう性根が腐ってる!」
「意味解んない! どっちがよ!」
「阿呆!」
「莫迦!」
「ぴえん!」
「非モテ!」
結局こうなるのか、と航は頭を抱えた。
新兒と椿も溜息を吐いている。
食堂の奥、台所へと目を遣ると、早辺子も冷めた視線を向けていた。
(すみません、水徒端さん。こいつらが仲直りするのは多分無理です。何とか、計画に支障が出ない様に祈るしかありません)
航は心の中でそんな事を思いながら、今日から始まるという飢餓訓練の内容を想像して現実逃避した。
一週間の飢餓訓練、航達はどうにか乗り切った。
飲まず食わずで山脈を巡る、この間で四人が神為の第三段階に達した。
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