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序章
第一話『轟臨』 急
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廊下では各教室を占拠していたテロリスト達が我先にと逃げ出していた。
味方の裏切り、中心メンバーの全滅という事態に命が惜しくなったのだろう。
野蛮な獣の如き連中である、危機には敏感なのかも知れない。
緋色の装甲を備えたパワードスーツを装着した航と、全高三メートル程の武装した二足歩行ロボット――凡そ学校の教室には似つかわしくない二者が対峙している。
尤も、壁を破壊され死骸が転がる教室は、既に平穏な学び舎とは程遠い。
「やるしかないよな、そりゃ……」
敵の残したパワードスーツに望みを託した航だったが、冷静になるにつれて括った筈の腹が緩んできていた。
勢いに任せて装着したは良いものの、肝心な事を見落としていたのだ。
「解っちゃいるんだが、こいつの使い方が分からん……」
そう、所詮は初めて見た借り物の装備である。
ド素人の航には、それがどの様な能力を備え、如何にして発揮するのか、全く見当も付かないのだ。
「参ったな、指一本動かせない」
状況は最悪であった。
全く使い方が分からないという事は、脱ぎ方も分からないという事だ。
頼みの綱と見たパワードスーツも、これでは渡りに船どころか棺桶である。
航は却って墓穴を掘った様な気がしてきていた。
そんな航の後悔など知る由も無い機械の敵は、情け容赦無く四本の腕に備わった銃口を航に向け、弾丸を連射した。
「うわっ!」
航は生命の危機から鳩尾を締め付けられる様な感覚に襲われたが、頑丈な装甲に護られ掠り傷一つ負わずに済んだ。
「ビビった。まさかマシンガンで撃たれる経験するなんてな」
胸を撫で下ろしたのも束の間、ロボットは一気に間合いを詰めて来た。
どうやら直接攻撃を選択したようで、大鎌のような刃物を備えた腕を振るう。
だが頑強な装甲はまたしても航への攻撃を阻み、逆にロボットの腕が圧し折れて天井に突き刺さった。
今度はドリルで航の身体を貫こうとするも、やはり装甲の硬度が勝り、ドリルは折れ曲がって回転も止まった。
「か、硬いなこれ。このまま自滅してくれないかな、頼むから……」
淡い期待を抱いた航だったが、ロボットが次に採った行動を目の当たりにして青褪めた。
僅かに間合いを取ったロボットは胸に白い光の塊を発生させ、何やらエネルギーを溜めている。
「やべッ!! 糞、動け動け! 今度こそ死ぬかも知れないぞ! 頼むから動けよ!!」
航の懇願も虚しく、太い白色光の柱がパワードスーツをバラバラに撃ち砕いてしまった。
幸い航は直接的な傷こそ免れたものの、破壊の衝撃でスーツから投げ出され、倒れた机や椅子に紛れて床を転げた。
「うわぁッ!!」
崩れた壁から地面へ落ちそうになった航は、辛うじて右腕一本で体を支える事が出来た。
危機一髪という状況に、宙ぶらりんの足下から航の身を案じた悲鳴が聞こえた。
「畜生、ふざけんなよ、この期待外れのポンコツが」
航は右腕に残ったパワードスーツの一部を恨みがましく見詰めて悪態を吐いた。
「ぶっ壊れてから動いてんじゃねえよ」
航の命が助かったのは、破壊された影響かパワードスーツが誤作動を起こし、偶然にも動かせるようになったからだ。
右腕は力強く航の体を攀じ登らせた。
「ふぅ、マジで死ぬかと思った……」
教室へ復帰した航は状況を確認する。
ロボットは背中を向けて廊下へ出て行こうとしている。
他の教室からテロリストが逃げ出す気配は感じたが、確証は持てない。
もし生徒達が自由の身になったとしても、おそらく避難は済んでいまい。
つまり、ロボットを行かせれば確実に犠牲者が出る。
腕の鎌が一本圧し折れて天井に刺さっているとはいえ、丸腰の人間にとっては依然脅威だろう。
航の足下に、破壊されたパワードスーツのケーブルが散らばっている。
それはスーツの部品に接続され、またケーブル同士が絡まって宛ら一本の長いロープの様に繋がっていた。
瞬間、航の脳裡に電撃的な閃きが舞い降りた。
航は右手に、絡まり合ったケーブルの先端――スーツ左腕部のシャフトを掴んだ。
そして勢い良く振り被ると、釣り糸を遠くの水面に投じる様にケーブルのロープをロボットへ投げ掛けた。
ケーブルがロボットに巻き付き、動きを阻害する。
電線はパワードスーツの高出力に耐えるべく太く柔らかい素材と構造になっており、曲がり易いがそう簡単には引き千切れない。
尤も、ロボットには馬力と刃物が備わっており、長くは拘束出来まい。
だが、航の狙いは単にロボットを縛り付けるだけではなかった。
航は竿に見立てたシャフトを引き、同時に跳び上がった。
ロボットの重さとパワードスーツの馬力が合わさり、航の身体はケーブルに引かれて大きく舞い上がる。
その軌道上には、先程天井に突き刺さったロボットの大鎌がある。
航はシャフトを折れたロボットの腕に持ち替える。
「うおおおおおッッ!!」
大鎌を引き抜いた航は勢いそのままにロボットへ突撃していく。
そして衝突際、パワードスーツの右手で力一杯ロボットに刃を突き立てた。
刃はロボットの肩口から深々と内部を穿ち、激しく火花を散らす。
航は駄目押しとばかりに刃でロボットの中を抉り続ける。
「止まれ! 止まれ!!」
ロボットの藻掻く力が次第に弱くなってきた。
また、パワードスーツの右手も軋みを上げノイズを鳴らしている。
(もう……限界か?)
そう脳裡に過った瞬間、ロボットは激しく放電した。
右手の部品が高熱を帯び、航は苦痛に顔を歪めて思わず跳び退いた。
「ぐうぅっ……!」
ロボットはバチバチと火花放電を繰り返しながら、少しずつギクシャクと動いている。
嫌な予感を覚えた航は、痛みを堪えながら最後の力を振り絞り、右手でロボットの足を掴んだ。
「ガアアアアアアッッ!!」
航は振り向き様にロボットを校舎の外へと放り出した。
ロボットは校庭を飛び越えた宙空で爆発四散し、平和な街に似つかわしくない色の硝煙を八方に撒き散らした。
「はぁ……はぁ……。やった……なんとか……」
航の右手から役割を終えたスーツの残骸が崩れて落ちた。
心からの安堵を抱え、航はふらふらと教室を出て行った。
⦿⦿⦿
火傷した右手を充分に冷やした航は、痛みを堪えながら他の生徒達と共に校庭へ集まった。
スマートフォンを確認すると、魅琴から警察に通報したとのメッセージが入っていた。
校庭の生徒や教師達は、無造作に転がるテロリストの死体三つを避けるように位置取って待機している。
航は唯一人、仲間に裏切られて無残に横たわる三人へと近寄った。
「おい岬守、大丈夫か? あまり見ない方が良いぞ」
体育教師が航を気遣う様に肩に手を置いてきた。
「大変だったな。お前の事、少し誤解していたようだ」
「いえ……」
航にとって、体育教師の掌返しは然程気にならなかった。
どうでも良い、と言った方が正確かも知れない。
(こいつら、結局何が目的だったんだ? 御嬢様って、国難って何だ?)
ただの頭のおかしな過激派右翼団体としては、奇妙な事が多かった。
特に、リーダーと思しきお多福面の男と裏切り者となった猫面の男は、何やら超常的な力や技術を駆使していた。
三階への跳躍、狒々への変身、パワードスーツの顕現、殺戮ロボット、闇へ姿を晦ます退却など、起きた出来事は今でも現実と信じられない。
(魅琴の奴が居なくて良かった。あいつ、性格から考えて絶対無闇に突っ掛かってただろうしな。正直、僕が何とか切り抜けられたのは運が良過ぎた)
航もあまり他人の事は言えないのだが、誰よりも親しい少女が危険に巻き込まれなかった事は素直に喜ばしかった。
いくら初対面で航を完膚無きまでに叩きのめしたとはいえ、もう九年も前、あまりに幼い時分の話である。
流石に高校生にまで成長した今も腕力で劣るとは考え難い。
もしもの時は体を張って彼女を守らなければ――航はそう思っていた。
が、そんな折に、校舎の入口、下駄箱の方から悲鳴が聞こえてきた。
何事かと振り向くと、見覚えのある二人のテロリストが一人の女生徒を人質に取っていた。
「餓鬼ども、叫んでないでそこを開けろ! この小娘がどうなっても知らんぞ!」
「警察の厄介になるのは御免なんでな! 一緒に逃げさせてもらう!」
その光景に、航は腕の痛みも忘れて駆け出した。
何故なら、人質の顔もよく知っていたからだ。
(そうだ! あの二人今まで寝てたんだ! それで逃げ遅れた! なんで来たんだよ、魅琴!)
一刻も、一瞬でも早く、魅琴を助け出さねば、彼女を守らなければ――その一念で航は怪我を押してテロリストの残党に立ち向かおうとしていた。
一方で、当の魅琴は極めて冷めた眼で落ち着き払っていた。
「全く……」
テロリストが魅琴のそんな態度を訝しんだのも束の間、彼女の身柄を抑えていた一人は突如腹を押えて悶絶し始めた。
魅琴は暴漢の胸倉を掴むと、片腕で軽々と持ち上げて地面に叩き付けた。
「ま、マジ……?」
航は唖然とする他無かった。
歳月を経て男と女に近付き、相応のものとなったかに思われた力関係は、実は全く逆転などしていなかったのだ。
「伸びてる……」
テロリストの一人が再度気を失っていると確認した航は魅琴の腕力に軽く退いていた。
そんな航を尻目に、魅琴はもう一人を睨み付ける。
「ヒッ……ま、まさか貴女は……」
男は情けない悲鳴を上げながら逃げようとして転倒する醜態を晒した。
丁度、盾を持った警察が踏み込んで来た為、二人の暴漢は敢え無く御用となった。
「航、無事で何よりだわ」
「まあ、なんとかね」
「腕、どうしたの?」
「一寸ね」
航は魅琴に心配を掛けまいと敢えてはぐらかした。
魅琴の方もそんな幼馴染の意を酌んだのか、それ以上は追及しない。
彼女の視線は校庭に転がる死体の方へ向いた。
警察が現場保全の措置を行っている。
「仲間割れでもした様ね」
「御蔭で助かったよ。警察が来るまであいつら全員を相手に凌がなきゃならないと思ったからね。ま、君が通報してくれて希望は出来たけど」
校舎にも警察が入り、もう一つの現場も検証が始まるだろう。
好く晴れた空の下、事件は収まり平穏が戻り始めていた。
その様に、航は疑わなかった。
非現実的な程にどこまでも青く澄み渡った日本晴れの空――それはまるで、何か神憑り的な力が、天幕を覆う存在を一片足りとも許していないかの様だった。
まるでそこから降り注ぐものを遮る存在、その一切を排除してしまっているかの様だった。
「やはり、『神為』が満ちている……」
魅琴が朝と同じ様に空を仰いで呟いた。
航は言葉の意味が解らず、彼女に訊ねようとする。
突然、魅琴は目を見開いて航の足を掛け、奇麗に体を崩して転ばした。
航は訳も分からぬまま仰向けに転がされ、そのまま上から魅琴に抑え込まれた。
「な、なんだよいきなり!」
「ごめんなさい、このままじっとしてて!」
その時、突然の揺れが辺り一面を襲った。
地震というより、世界そのものが何かに慄いている様な、宛ら「空間震」とでも呼ぶべき揺れだった。
破壊された校舎から瓦礫が落下してくる。
校舎へ近づいていた航と魅琴は特に危ない位置取りとなっていた。
揺れは約二分間続いて納まったが、魅琴は航を解放しない。
航は全く身動きが取れなかった。
先程彼女の見せた膂力は紛れも無い真実だったと受け容れざるを得ない。
「来る……!!」
魅琴は体を反らせて三度天を仰いだ。
その強調された身体の実りの向こうに、航は真っ青な空のカンバスへ一滴の黒い影が落ちるのを認めた。
それは太陽の影となって顕れ、この国に住まう者ならば誰もが見知った形をしていた。
世界に論を拡げても、実に多くの者が一度は目にした事があろう形をしていた。
だが後に明らかになるその全容は、既存のものより遥かに大きかった。
即ち縮尺にして約三倍、面積にして約十倍の日本列島だった。
地上からは裏返って見えたそれは、巨大な存在感を陽光と共に纏っていた。
そして本来の日本列島の南東へ轟臨し、太平洋上の島嶼を押しのける様に移動させ、空いた地理へ我が物顔で鎮座した。
世界史上空前の意味不明な状況であったが、異常現象は更に続く。
あまりにも都合良く雲一つ無い空に、軍服の様な装いの女がバストアップで映し出された。
二十代後半に見えるが、倍の年齢を彷彿とさせる妙な貫禄があった。
女は口を開き、流暢な日本語で語り始める。
「御初に御目に掛かる。私は神聖大日本皇國が内閣総理大臣、能條緋月と申す者。此度、栄えある皇國臣民の第一人者として、偉大なる森羅万象の君、神皇陛下の御稜威により三千世界耀々たらしめるべく、万国の愛護を宣するものである。八紘一宇! 皇國に弥栄あれ!!」
一気に捲し立てるだけ捲し立てた女の姿がフェードアウトしていき、入れ違いに旭日紋様が空に浮かび上がる。
それはフェードインするように鳴り始めた軍艦行進曲が終わるまで大空を占拠し続けた。
「何なんだよ……まるで意味が分からない……」
一日にあまりにも異常な経験を重ねた航の頭は茹で上がる寸前だった。
一方で、魅琴は眦を決し紋様が消え行く様を仰ぎ見ていた。
「ついに顕れた……。偽りの帝が統べる、もう一つの皇國……」
「あの、そろそろ退いてくれません……?」
「あら、ごめんなさ……ん?」
何かに気が付いた魅琴は視線を航の股間に注ぎ、心底冷め切った目付きに変わる。
航は恥ずかしさのあまり彼女から目を逸らした。
「……何これ?」
「その……庇ってくれてありがとう。そしてごめん」
「変態」
「お願い、見ないで……」
「なら早く小さくしなさい。十秒以内。じゅーう、きゅーう、はーち、なーな……」
「ま、待って!」
「六、五、四」
「速い速い速い!!」
「あら、やれば出来るじゃない」
「小さくなってないよ!」
「三二一」
「このドS!!」
その日、世界は変わり果てた。
時を超え、歴史の流れを超え、世界は日輪を名に冠した脅威の大帝国と再び邂逅した。
味方の裏切り、中心メンバーの全滅という事態に命が惜しくなったのだろう。
野蛮な獣の如き連中である、危機には敏感なのかも知れない。
緋色の装甲を備えたパワードスーツを装着した航と、全高三メートル程の武装した二足歩行ロボット――凡そ学校の教室には似つかわしくない二者が対峙している。
尤も、壁を破壊され死骸が転がる教室は、既に平穏な学び舎とは程遠い。
「やるしかないよな、そりゃ……」
敵の残したパワードスーツに望みを託した航だったが、冷静になるにつれて括った筈の腹が緩んできていた。
勢いに任せて装着したは良いものの、肝心な事を見落としていたのだ。
「解っちゃいるんだが、こいつの使い方が分からん……」
そう、所詮は初めて見た借り物の装備である。
ド素人の航には、それがどの様な能力を備え、如何にして発揮するのか、全く見当も付かないのだ。
「参ったな、指一本動かせない」
状況は最悪であった。
全く使い方が分からないという事は、脱ぎ方も分からないという事だ。
頼みの綱と見たパワードスーツも、これでは渡りに船どころか棺桶である。
航は却って墓穴を掘った様な気がしてきていた。
そんな航の後悔など知る由も無い機械の敵は、情け容赦無く四本の腕に備わった銃口を航に向け、弾丸を連射した。
「うわっ!」
航は生命の危機から鳩尾を締め付けられる様な感覚に襲われたが、頑丈な装甲に護られ掠り傷一つ負わずに済んだ。
「ビビった。まさかマシンガンで撃たれる経験するなんてな」
胸を撫で下ろしたのも束の間、ロボットは一気に間合いを詰めて来た。
どうやら直接攻撃を選択したようで、大鎌のような刃物を備えた腕を振るう。
だが頑強な装甲はまたしても航への攻撃を阻み、逆にロボットの腕が圧し折れて天井に突き刺さった。
今度はドリルで航の身体を貫こうとするも、やはり装甲の硬度が勝り、ドリルは折れ曲がって回転も止まった。
「か、硬いなこれ。このまま自滅してくれないかな、頼むから……」
淡い期待を抱いた航だったが、ロボットが次に採った行動を目の当たりにして青褪めた。
僅かに間合いを取ったロボットは胸に白い光の塊を発生させ、何やらエネルギーを溜めている。
「やべッ!! 糞、動け動け! 今度こそ死ぬかも知れないぞ! 頼むから動けよ!!」
航の懇願も虚しく、太い白色光の柱がパワードスーツをバラバラに撃ち砕いてしまった。
幸い航は直接的な傷こそ免れたものの、破壊の衝撃でスーツから投げ出され、倒れた机や椅子に紛れて床を転げた。
「うわぁッ!!」
崩れた壁から地面へ落ちそうになった航は、辛うじて右腕一本で体を支える事が出来た。
危機一髪という状況に、宙ぶらりんの足下から航の身を案じた悲鳴が聞こえた。
「畜生、ふざけんなよ、この期待外れのポンコツが」
航は右腕に残ったパワードスーツの一部を恨みがましく見詰めて悪態を吐いた。
「ぶっ壊れてから動いてんじゃねえよ」
航の命が助かったのは、破壊された影響かパワードスーツが誤作動を起こし、偶然にも動かせるようになったからだ。
右腕は力強く航の体を攀じ登らせた。
「ふぅ、マジで死ぬかと思った……」
教室へ復帰した航は状況を確認する。
ロボットは背中を向けて廊下へ出て行こうとしている。
他の教室からテロリストが逃げ出す気配は感じたが、確証は持てない。
もし生徒達が自由の身になったとしても、おそらく避難は済んでいまい。
つまり、ロボットを行かせれば確実に犠牲者が出る。
腕の鎌が一本圧し折れて天井に刺さっているとはいえ、丸腰の人間にとっては依然脅威だろう。
航の足下に、破壊されたパワードスーツのケーブルが散らばっている。
それはスーツの部品に接続され、またケーブル同士が絡まって宛ら一本の長いロープの様に繋がっていた。
瞬間、航の脳裡に電撃的な閃きが舞い降りた。
航は右手に、絡まり合ったケーブルの先端――スーツ左腕部のシャフトを掴んだ。
そして勢い良く振り被ると、釣り糸を遠くの水面に投じる様にケーブルのロープをロボットへ投げ掛けた。
ケーブルがロボットに巻き付き、動きを阻害する。
電線はパワードスーツの高出力に耐えるべく太く柔らかい素材と構造になっており、曲がり易いがそう簡単には引き千切れない。
尤も、ロボットには馬力と刃物が備わっており、長くは拘束出来まい。
だが、航の狙いは単にロボットを縛り付けるだけではなかった。
航は竿に見立てたシャフトを引き、同時に跳び上がった。
ロボットの重さとパワードスーツの馬力が合わさり、航の身体はケーブルに引かれて大きく舞い上がる。
その軌道上には、先程天井に突き刺さったロボットの大鎌がある。
航はシャフトを折れたロボットの腕に持ち替える。
「うおおおおおッッ!!」
大鎌を引き抜いた航は勢いそのままにロボットへ突撃していく。
そして衝突際、パワードスーツの右手で力一杯ロボットに刃を突き立てた。
刃はロボットの肩口から深々と内部を穿ち、激しく火花を散らす。
航は駄目押しとばかりに刃でロボットの中を抉り続ける。
「止まれ! 止まれ!!」
ロボットの藻掻く力が次第に弱くなってきた。
また、パワードスーツの右手も軋みを上げノイズを鳴らしている。
(もう……限界か?)
そう脳裡に過った瞬間、ロボットは激しく放電した。
右手の部品が高熱を帯び、航は苦痛に顔を歪めて思わず跳び退いた。
「ぐうぅっ……!」
ロボットはバチバチと火花放電を繰り返しながら、少しずつギクシャクと動いている。
嫌な予感を覚えた航は、痛みを堪えながら最後の力を振り絞り、右手でロボットの足を掴んだ。
「ガアアアアアアッッ!!」
航は振り向き様にロボットを校舎の外へと放り出した。
ロボットは校庭を飛び越えた宙空で爆発四散し、平和な街に似つかわしくない色の硝煙を八方に撒き散らした。
「はぁ……はぁ……。やった……なんとか……」
航の右手から役割を終えたスーツの残骸が崩れて落ちた。
心からの安堵を抱え、航はふらふらと教室を出て行った。
⦿⦿⦿
火傷した右手を充分に冷やした航は、痛みを堪えながら他の生徒達と共に校庭へ集まった。
スマートフォンを確認すると、魅琴から警察に通報したとのメッセージが入っていた。
校庭の生徒や教師達は、無造作に転がるテロリストの死体三つを避けるように位置取って待機している。
航は唯一人、仲間に裏切られて無残に横たわる三人へと近寄った。
「おい岬守、大丈夫か? あまり見ない方が良いぞ」
体育教師が航を気遣う様に肩に手を置いてきた。
「大変だったな。お前の事、少し誤解していたようだ」
「いえ……」
航にとって、体育教師の掌返しは然程気にならなかった。
どうでも良い、と言った方が正確かも知れない。
(こいつら、結局何が目的だったんだ? 御嬢様って、国難って何だ?)
ただの頭のおかしな過激派右翼団体としては、奇妙な事が多かった。
特に、リーダーと思しきお多福面の男と裏切り者となった猫面の男は、何やら超常的な力や技術を駆使していた。
三階への跳躍、狒々への変身、パワードスーツの顕現、殺戮ロボット、闇へ姿を晦ます退却など、起きた出来事は今でも現実と信じられない。
(魅琴の奴が居なくて良かった。あいつ、性格から考えて絶対無闇に突っ掛かってただろうしな。正直、僕が何とか切り抜けられたのは運が良過ぎた)
航もあまり他人の事は言えないのだが、誰よりも親しい少女が危険に巻き込まれなかった事は素直に喜ばしかった。
いくら初対面で航を完膚無きまでに叩きのめしたとはいえ、もう九年も前、あまりに幼い時分の話である。
流石に高校生にまで成長した今も腕力で劣るとは考え難い。
もしもの時は体を張って彼女を守らなければ――航はそう思っていた。
が、そんな折に、校舎の入口、下駄箱の方から悲鳴が聞こえてきた。
何事かと振り向くと、見覚えのある二人のテロリストが一人の女生徒を人質に取っていた。
「餓鬼ども、叫んでないでそこを開けろ! この小娘がどうなっても知らんぞ!」
「警察の厄介になるのは御免なんでな! 一緒に逃げさせてもらう!」
その光景に、航は腕の痛みも忘れて駆け出した。
何故なら、人質の顔もよく知っていたからだ。
(そうだ! あの二人今まで寝てたんだ! それで逃げ遅れた! なんで来たんだよ、魅琴!)
一刻も、一瞬でも早く、魅琴を助け出さねば、彼女を守らなければ――その一念で航は怪我を押してテロリストの残党に立ち向かおうとしていた。
一方で、当の魅琴は極めて冷めた眼で落ち着き払っていた。
「全く……」
テロリストが魅琴のそんな態度を訝しんだのも束の間、彼女の身柄を抑えていた一人は突如腹を押えて悶絶し始めた。
魅琴は暴漢の胸倉を掴むと、片腕で軽々と持ち上げて地面に叩き付けた。
「ま、マジ……?」
航は唖然とする他無かった。
歳月を経て男と女に近付き、相応のものとなったかに思われた力関係は、実は全く逆転などしていなかったのだ。
「伸びてる……」
テロリストの一人が再度気を失っていると確認した航は魅琴の腕力に軽く退いていた。
そんな航を尻目に、魅琴はもう一人を睨み付ける。
「ヒッ……ま、まさか貴女は……」
男は情けない悲鳴を上げながら逃げようとして転倒する醜態を晒した。
丁度、盾を持った警察が踏み込んで来た為、二人の暴漢は敢え無く御用となった。
「航、無事で何よりだわ」
「まあ、なんとかね」
「腕、どうしたの?」
「一寸ね」
航は魅琴に心配を掛けまいと敢えてはぐらかした。
魅琴の方もそんな幼馴染の意を酌んだのか、それ以上は追及しない。
彼女の視線は校庭に転がる死体の方へ向いた。
警察が現場保全の措置を行っている。
「仲間割れでもした様ね」
「御蔭で助かったよ。警察が来るまであいつら全員を相手に凌がなきゃならないと思ったからね。ま、君が通報してくれて希望は出来たけど」
校舎にも警察が入り、もう一つの現場も検証が始まるだろう。
好く晴れた空の下、事件は収まり平穏が戻り始めていた。
その様に、航は疑わなかった。
非現実的な程にどこまでも青く澄み渡った日本晴れの空――それはまるで、何か神憑り的な力が、天幕を覆う存在を一片足りとも許していないかの様だった。
まるでそこから降り注ぐものを遮る存在、その一切を排除してしまっているかの様だった。
「やはり、『神為』が満ちている……」
魅琴が朝と同じ様に空を仰いで呟いた。
航は言葉の意味が解らず、彼女に訊ねようとする。
突然、魅琴は目を見開いて航の足を掛け、奇麗に体を崩して転ばした。
航は訳も分からぬまま仰向けに転がされ、そのまま上から魅琴に抑え込まれた。
「な、なんだよいきなり!」
「ごめんなさい、このままじっとしてて!」
その時、突然の揺れが辺り一面を襲った。
地震というより、世界そのものが何かに慄いている様な、宛ら「空間震」とでも呼ぶべき揺れだった。
破壊された校舎から瓦礫が落下してくる。
校舎へ近づいていた航と魅琴は特に危ない位置取りとなっていた。
揺れは約二分間続いて納まったが、魅琴は航を解放しない。
航は全く身動きが取れなかった。
先程彼女の見せた膂力は紛れも無い真実だったと受け容れざるを得ない。
「来る……!!」
魅琴は体を反らせて三度天を仰いだ。
その強調された身体の実りの向こうに、航は真っ青な空のカンバスへ一滴の黒い影が落ちるのを認めた。
それは太陽の影となって顕れ、この国に住まう者ならば誰もが見知った形をしていた。
世界に論を拡げても、実に多くの者が一度は目にした事があろう形をしていた。
だが後に明らかになるその全容は、既存のものより遥かに大きかった。
即ち縮尺にして約三倍、面積にして約十倍の日本列島だった。
地上からは裏返って見えたそれは、巨大な存在感を陽光と共に纏っていた。
そして本来の日本列島の南東へ轟臨し、太平洋上の島嶼を押しのける様に移動させ、空いた地理へ我が物顔で鎮座した。
世界史上空前の意味不明な状況であったが、異常現象は更に続く。
あまりにも都合良く雲一つ無い空に、軍服の様な装いの女がバストアップで映し出された。
二十代後半に見えるが、倍の年齢を彷彿とさせる妙な貫禄があった。
女は口を開き、流暢な日本語で語り始める。
「御初に御目に掛かる。私は神聖大日本皇國が内閣総理大臣、能條緋月と申す者。此度、栄えある皇國臣民の第一人者として、偉大なる森羅万象の君、神皇陛下の御稜威により三千世界耀々たらしめるべく、万国の愛護を宣するものである。八紘一宇! 皇國に弥栄あれ!!」
一気に捲し立てるだけ捲し立てた女の姿がフェードアウトしていき、入れ違いに旭日紋様が空に浮かび上がる。
それはフェードインするように鳴り始めた軍艦行進曲が終わるまで大空を占拠し続けた。
「何なんだよ……まるで意味が分からない……」
一日にあまりにも異常な経験を重ねた航の頭は茹で上がる寸前だった。
一方で、魅琴は眦を決し紋様が消え行く様を仰ぎ見ていた。
「ついに顕れた……。偽りの帝が統べる、もう一つの皇國……」
「あの、そろそろ退いてくれません……?」
「あら、ごめんなさ……ん?」
何かに気が付いた魅琴は視線を航の股間に注ぎ、心底冷め切った目付きに変わる。
航は恥ずかしさのあまり彼女から目を逸らした。
「……何これ?」
「その……庇ってくれてありがとう。そしてごめん」
「変態」
「お願い、見ないで……」
「なら早く小さくしなさい。十秒以内。じゅーう、きゅーう、はーち、なーな……」
「ま、待って!」
「六、五、四」
「速い速い速い!!」
「あら、やれば出来るじゃない」
「小さくなってないよ!」
「三二一」
「このドS!!」
その日、世界は変わり果てた。
時を超え、歴史の流れを超え、世界は日輪を名に冠した脅威の大帝国と再び邂逅した。
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ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ママと中学生の僕
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある元令嬢の選択
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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