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閑話

【雑録 sideセイラ】親友か囚われの姫か

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締切。その単語と共に赤枠で囲まれた日が近付いてくると、無意識に職場の空気は殺伐としてくる。
別に、それはいい。
メリハリとした刺激がなければ、仕事なんてやっていられない。そう思っているのに、そう思ってきたのに、通話が切れた携帯を見つめていると無性に仕事を放り出したくなる。


「あたしも日本に行く!!」


水曜日になったばかりのオフィス。
日付が変わった深夜。
バンッとデスクを叩いて立ち上がれば、ゾンビみたいな顔色をした部下たちから無言で差し出される書類。


「いやよ。サインしたくない」

「セイラ、まじで頼むよ」

「ニコライのせいでしょ、あんのクソ上司。あたしのアヤと一緒に日本にいるなんて許せない!!」

「ランディは日本支社のシステム対応で忙しいんだし、このレベルになると俺たちじゃ対処しきれないんだよ」

「もう、ほんと、情けないわね」


本当に情けない。ここにいる男どもは顔と金だけでモテているに違いない。
このクソださい声と能力を知れば、世の女の目も覚めるだろう。特にアヤとか、アヤとか、アヤとか。


「アヤに会いたい」


ぽそりと呟けば、何とも言えない目で見つめられる。それは、彼女に振られたやつを見る目と同じ目に似ている。
失礼な話だ。あたしは振られてない!!
家で飼っていた猫がある日突然いなくなった。それに近い。この悲しみを抱えて二週間が過ぎ去り、このまま一生会えないのではないかと悲しみが募る。


「………チッ」


浮かんだのは最悪の上司ランドール・ニコライと、その仲間たち。ランディ、ロイ、スヲンと親しまれているが、あんな奴らのどこがいいのか。
アヤは男の趣味が悪すぎる。
彼女を監視するだけでは飽き足らず、管理までしたがる男にいい奴はいない。アヤはいい女だけど、男を見る目は残念としか言いようがない。


「ん?」


アヤとの電話が切れて三分に満たない内に、メッセージが飛んでくる。


「…………」


おっと危ない。アヤには絶対聞かせてはいけない単語が飛び出しそうになった。
大好きな親友の彼氏に使う言葉じゃないもんね。口にしなかったあたしは偉い。大人になったと褒めてあげたい。
茶色に染めた髪も、派手さを落とした服も、メイクも、ネイルも、アヤの隣にずっといたいからなのに、そのアヤは悪魔たちの手で、海の向こうへ連れ去られてしまった。
その悪魔からのメッセージはこうだ。
『「将来のお姉さま」は、ナイスアシスト』
うっさいわ。ってか、アヤと話してるときにいたの!?
ん、いた?
いや、アヤはたしか一人でタクシーに乗ってるって言ってたような。


「………うーわ」


ナチュラルにやばいわね。
アヤと電話を切って数分ってことは、恋人の携帯もしくは周辺のものに盗聴器があるってことでしょ。あの三人ならやりそうって思ってたけど、まさか本当にやってるなんて。
アヤが本気で心配になってきた。
このままじゃ、監禁以外にも放送禁止用語くらいのことされてるんじゃ……うん、絶対されてる。断言してもいい。あいつら狂ってるもの。一人でも大変そうなのに、三人でしょ。はぁ、頭痛までしてきた。
どうしよう、今から日本に行く?
いや、それは止めたほうがよさそう。


「あたしはアヤを尊重する」


呪文のように唱えて気分を落ち着かせる。
そうよ、ようやくアヤとの接点が復活したのに、自分から壊すわけにはいかないの。
この間の日曜日、さらわれたアヤを心配して約十日が過ぎ去った頃、念願のアヤの声を聞いた。
毎日、悪魔たちの職場メールに『アヤの番号教えろボット』が届くようにしておいたかいがあったわ。
獲得した勝利にテンションがあがりすぎて「愛してる」なんて言ってしまったものだから「アヤと二度と連絡が取れないか」「アヤの騎士でいるか」の二択を迫られたんだっけ。
もちろん、アヤの騎士でいるって答えたけど、騎士ってなによ。一応あたしも女なんですけど。
婚約者もいるし、結婚するし。アヤがあたしのブライズメイドなんですけど!!
せっかく手に入れたアヤ本人との接点を奪われるわけにはいかないから、大人しくメッセージだけでやり取りしていた。
そして、今日は水曜日。
アヤからの電話に内心はテンションMAXだし、告げられた内容にはもっとテンションがあがった。
オーラル・メイソンコレクション。
今年はソニア様の発表があるっていう情報を仕入れていたのよね。仕入れた情報ではコレクションは日本時間の来週の日曜日だったはずだけど、変わったのかしら。
いいな、あたしも生でソニア様見たかった。アヤに写真を撮ってこいっていうのは無理だろうし、サインをねだったけど、それも無理でしょうね。
コレクションは配信されるし、動画で見るならプロが撮ったほうがキレイだし。アヤには悪いけど。期待はしてない。


「あー、全然ヤル気でない」


アヤの声を聞いたら、もっと癒されて頑張れるのにって、ここ三日間毎日思ってたけど、実際に声を聞いたら気力が削がれてしまった。


「大体、何日まともに寝てないと思ってんのかしら」


ナイスアシストとか送ってきた上司に殺意が湧いてくる。能力が高く、無駄に外見がいいだけにムカつく。
「これ、やれ」「いつまで?」「二週間後」「無理」「テイラーなら二週間もあれば余裕だろ」「あんたがやれば?」「オレは忙しい」「あたしだって忙しいのよ!!」「十五日ならいけるか?」「………アヤの番号と引き換えなら」
何度頭のなかでリピートしたかわからないやり取り。結局、アヤの番号を知ったのは引き受けてから十日が過ぎているし、あたしもちゃっかり仕事をしてしまっている。


「ていうか、QK作るなら一緒に作ればいいのに。こんなに急いで、さ。エクシブカンパニーの看板女優が変わるくらいで、ここまで大規模に変える必要ある?」


各広告媒体用の差し替え調整、バラバラだったネット販売用とブランドサイトを一緒にするまではいいとして、客の好みと商品を検索履歴やお気に入りの傾向からマッチングさせるAIの組み込みがややこしい。
何百、何千のアイテム数と在庫、顧客データがあると思ってるのか。わかってんのかしら。しかも、それを世界中に展開している実店舗のタブレットにも反映させ、在庫とも連動させろときた。
ふざけている。
ま、この天才セイラ様の手にかかれば実現不可能じゃない。見てなさい、悪魔たちが姫を差し出したくなる完璧な仕事をしてやるわ。


「とはいえ、肝心のイメージ写真がまだなのよね」


エクシブカンパニーの社長であるバージル・ハートンが、日本人のカナコに惚れて、日本支社を独立させQK、いや、クイーンカナコを創設させるという。そのブランドサイト構築のため、憎き上司は奮闘しているはずだ、多分。
QKは、元々エクシブカンパニーで起用していたキム・ヨンヒでいくという。その兼ね合いで、本社であるエクシブカンパニーのイメージを一新がてら変更し、システムごと変えちゃおうと言うのが今回、あたしに割り振られた仕事。
だけど、どうもしっくりこない。
結構、きちんとコンセプトは決まっていて、ブランドイメージ変更に合わせて発売される新商品らしい写真と詳細、変更イメージに合わせた既存商品を撮り直した写真が届いた。
それなのに、メイン画像が一枚もない。肝心のイメージを具体化した絵面がなければ微調整が行いにくい。


「アヤの写真でも貼ってやろうかしら。妙にイメージピッタリだし」


まあ、そんなことを言っても、あいつらがアヤを目立つ場所に置くとは思えない。囲む気満々だし。でもあいつらのことだから、世界中に見せつける目的でアヤとの隠し撮りデート写真とか使ってきそう。
え。
まじで、やりそう。
そうなったらアヤ、ご愁傷様としか言いようがないわ。っていうか、アヤと付属で三人組が出てくるの、なんとかならないのかしら。あたしはアヤに癒されたいだけなのに。
そうね、仕事するしかない。手を動かして、見えない細部をこだわり抜いてやる。


「悪魔たちに、このセイラ様の実力を見せてやる!!」


やるからには手を抜きたくない性格を利用されている気がするけど仕方ない。腑に落ちない部分を凪払うようにキーボードを叩いていく。


「噂だとメリル・マクレガーになるって、あり得ないわよね。あたし、ああいうタイプの女キライだし。キングもキライでしょうよ」


新たに社長として就任し、自分の会社として改めて踏み出す一歩に、ロイ・ハートンが嫌いな女を起用するとは思えない。日本の会見ではメリルをブランドイメージに起用するという話をしていたらしいが、ハートン家が絡んでるのだから、素直に受け止められない。
これは女の勘だけど。
絶対、面倒でややこしいことが待っている。


「あー、もー、まじで吐きそう」


アヤ。マジで会いたい。早く仕事を終わらせて、家に帰って、バートに愚痴ろう。酒も飲んで、もらえる予定もないソニア様のサインをどこに飾るか妄想しよう。
全然あたしのキャラじゃない。疲れてるんだわ。悪魔たちのせいで。


「仮眠しよう」


このままじゃ負のループだと仮眠を決める。三時間くらい寝れば、効率も良くなるだろう。
情けない男たちの仕事はなんとかサポートしたし、文句をいわれる筋合いはどこにもない。


「あー……全然寝た気がしない」


何時間たったのか。仮眠室から戻って時計を見れば、すっかり六時間は経過していた。
今は、水曜日の朝の六時。日本時間は水曜日の夜七時くらいか。
アヤは今頃オーラルメイソンコレクションを楽しんでいるに違いない。


「いいなぁ。ソニア様のコレクションみたい」


寝起きがてら、頭を働かせるためにコーヒーを注いで検索をかける。


「あっれ、おかしいな」


いくら検索をかけてもオーラルメイソンコレクションの開催が来週の日曜日になっている。


「優先招待客ってやつかしら?」


コレクション主催の息子が彼氏であれば、世の中と合致しないスケジュールで楽しめるものもあるだろうと変に納得するのは、まだぼやけた思考回路のせいにする。
百歩譲って三人と付き合うことを認めているとはいえ、あたしとアヤの仲を引き裂く彼氏なら別れてしまえと思うのは当然でしょう。恋は一瞬、友情は永遠ってね。
結婚することになるなら、家族ぐるみで付き合い続けてやる。
クソ男どもにアヤの全部を任せていたら、本当に監禁されちゃいそうで危ないもの。


「写真はまだ、ね。他の仕事を先に片付けるしかないか」


メイン画像がこなければ話にならない。
非公開作業を言い訳にして通常業務が留まることは、あたしの美徳に反するし、そろそろバートが心配してランチくらい誘ってくるだろうから、今日の予定もほぼほぼ決まっている。
そうして、いつも通りの日常を過ごしていた午前が終わりかけの頃。少し早めにランチをしようか、どうしようかと、案の定誘ってきたバートに返事をしようと思った矢先、悪魔からのメールが届いた。


「ようやくお出ましね。秘匿されてきたメイン写真。世界で一番最初に拝めるってのが担当者の醍醐味ってものよ」


それを開くまで、自分の任された仕事は完璧だと思っていた。最高の出来だと思っていた。
バートとランチをして、愚痴を聞いてもらって、メイン写真をはめ込めば仕事は終わると思っていた。


「…………は?」


気付けばあたしは姿勢を正して座り直し、壊れたロボットみたいに無言でキーボードをたたいていた。
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