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第六章 華麗なる暗躍者

第九十八話 夢の国デート

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お盆直前、平日の夢の国。時刻は三時半を回る頃。真夏の平日とはいえ、人はそれなりにいて、まだ暑さの厳しい太陽に照らされながらも、夢の国はすべての人を楽しませてくれる。
ここに四人でひとつのカップルがいることなど、誰も気にしない。
アトラクションの待ち時間も、ショーの合間に向けられる笑顔も、突然始まるスタッフのパフォーマンスも何もかもが特別で真新しい。
非日常な場所ではあるが、歩くだけでは済まなさそうな場所であることは認めよう。それでもレディファーストや気遣いの塊である三人の彼氏と一緒なら、何も問題はない。


「日本のランドに来るのは初めてだな」


ランディのテンションが『あがっている』と確信できると、嬉しくなるのはなぜだろう。ロイが調子にのって買った耳付きカチューシャをつけて、首からポップコーンの限定バケットをぶら下げたランディは、大きいのに可愛くみえて仕方がない。


「あ、あれ、限定品ってやつじゃない。アヤ、買いに行こう」

「えっ、う、わぁ!?」


ロイが視界に写るものを全部買いたがるせいで止めるのが大変だと、止める気もないランディが呟きながらついてくる。


「ロイ、扇風機はわかるけど、レインコートまで買うの?」

「え、いるでしょ?」

「いるな」

「ちょっと、ランディまで…ああ…」


荷物がどんどん増えていく。
扇風機やレインコートを人数分、それぞれ柄を選んだロイがランディに渡していく。それから二人揃って水鉄砲を選び始めた。
水鉄砲なんて三十路前の大人が目を輝かせて持っていいものじゃないのに、ロイもランディも嬉々として選んでいる。本気で買うつもりなのかな。男の子っていつまでも子どもなんだな。そう思った心の声は、せっかく治りかけた喉のせいにしてそっと飲み込んだ。


「アヤ、止めなくていいのか。ロイを放置してると荷物がすごいことになるぞ」

「……スヲン」


壁の花を決め込もうとしていたアヤの隣にスヲンが並ぶ。
どこぞの芸能人かと思えるほど、サングラスに私服のスヲンはかっこよくて拝みたくなる。スーツに見慣れていると、ラフな格好とのギャップにやられがちだが、いくら見慣れていてもセンスの鬼でもあるスヲンのデート仕様は目にありがたい。
行く前の気合いの入れ方は、ここにいる誰よりスヲンが一番高かったと胸に刻んでおこうと思う。


「俺たちの傍を離れるなよ」

「じゃあ、スヲンが離れないでよ」


アヤは頬を膨らませてスヲンを見上げた。
スヲンは何やら「少ない時間でいかに遊べるか」という効率的なルートを編み出していたらしく、並ばなくて済むチケットの獲得に奮闘していて、少し別行動をとっていたのだからそう返したくもなる。


「手錠売ってないか?」

「え、なんで手錠?」

「そうすれば、俺とアヤは離れないだろ」

「…………たしかに」


手を繋ぎ、指をからませ、至極真面目にいうものだから、笑ってしまった。


「で、ロイとランディはさっきから何を選んでるんだ?」

「レインコートと、あと、さっきは水鉄砲を見てたかな」

「水鉄砲?」

「うん」

「ランディも一緒にか、珍しいな」


やはりスヲンでもそう思うのか。
各々に楽しみかたが違うのもまた、見ていて楽しいのだが、三人の手綱を握るのは相当骨がおれるかもしれない。
先ほどスヲンが「止めなくていいのか」と聞いてきたが、「止めるなんて無理だもん」とアヤはスヲンの指を握り返した。


「まあ、水鉄砲はプールでも遊べるか」

「プールなんてどこにあるの?」

「アメリカに帰ったらあるだろ」

「…………アメリカ?」


ロイたちとたった二ヶ月余り過ごしただけのアメリカのマンションを思い返してみる。そんなものがあった記憶はないと首をかしげるアヤに、会計を済ませたロイとランディが戻ってきた。


「あれ、スヲン。もういいの?」

「俺を誰だと思ってる。ていうか、ロイもランディも買いすぎじゃないか?」

「楽しくて」


ついと、そう言ったのがランディなのだから、誰もなにも言えない。むしろもっと買おうと、ロイのテンションがあがった。


「まだ来て一時間も立ってないのに、この調子だと帰る頃には荷物だらけだな」

「まあまあ、スヲンもはい。これ」

「なんだ?」

「耳だよ、アヤとお揃いの」


耳付きカチューシャ。かっこよくきめたスヲンがそれをつけると、ミスマッチなのに妙に似合っていて、すごく可愛い。思わず声を出して笑ってしまった。


「可愛いよ、スヲン」


そう教えてあげると、満更でもなさそうな顔で耳を触っている。


「写真でも撮ろうか」


やはりスヲンもテンションがあがっているのだろう。運良く通りかかった夢の住人たちと四人そろって写真に収まる。
ジェスチャーでカップルか問われたが、全員で一度顔を見合わせて、そろって首を縦に振った。


「あー、幸せだぁ、楽しすぎる」


灼熱地獄の待ち時間をスヲンパワーで乗りきって、クーラーの効いたレストランで席に案内されるなり全員で呟いた。
時刻は17時。パレードまではまだ時間がある。


「アヤ、暑くない?」

「うん。思ったよりこのミニチュア扇風機が活躍してる」


彼らのせいで肌を出せない格好だが、スヲンの選んでくれた服は通気性が良くて、動きやすい。日も陰り、夜が近づいてくると気温も下がる。それに、ロイが買った扇風機は大活躍で、全員が高身長で日除けになってくれるおかげで、暑さは予想以上に和らいでいる。


「水分補給はしとけ」

「さっき飲んだよ。ランディが買ってくれたジュース、美味しかった」

「アヤ、これを頼めば食器がついてくるってさ」

「あっ、これ。可愛いって思ってた、欲しい」


スヲンが教えてくれたのは期間限定の食器がついてくるメニューの一覧。そのまま持って帰れるので、お土産にもちょうどいい。
運ばれてきたのは小さなコップと可愛いお皿だったが、自然とテンションはあがる。


「セイラにも買っていこうかな」

「それならもうひとつずつ頼もうか?」

「………うーん」

「俺が食べるよ」

「ほんと、やった!」


付属の料理を食べながら呟いた感想をスヲンが拾ってくれて、アヤは即決する。
日本らしいお土産が何か欲しい。
派手なセイラはもっと和物のほうが喜ぶかもしれない。そう思ったら、浴衣柄のキャラが描かれた食器セットは的確かもしれない。


「この柄の浴衣、さっきお土産屋さんで売ってたよ」

「え、そうなの?」

「食ったら買いに行くか」

「うん」


さすがロイとランディは土産コーナーを全制覇してきただけのことはある。
レインコートは水浴びのアトラクションで役に立ったし、スヲンの助力もあって限定品はほぼほぼ手に入れた。


「萌由ちゃんたちにも何かお土産買いたくなるなぁ。ダメだろうけど」

「なにか都合でも悪い?」

「だって体調不良で今日休んだのに、遊びに行ってたなんて、気を悪くしない?」

「体調不良、だれが?」


ロイに放り込まれたパスタを飲み込んだアヤは、全員からの疑問に疑問で返す。


「え、私?」


昨夜から連続した全裸相撲に負けて、急きょ休んだのだから、理由としては体調不良が妥当だろう。休暇連絡をしてくれたのはスヲンらしいが、セックスが過激すぎて腰とのどが死にました。と、バカ正直に理由を述べているとは思えない。
午前中は寝て過ごし、ランチタイムでそこそこ回復し、嬉しくも悲しくも彼らとのセックスライフによって鍛えられた腰は、微睡みのベッドタイムを過ごすうちに筋肉痛すら起こさず素晴らしい速さで回復し、敏感なまま歩くことになれた神経も、擦れない下着を身につけることで、こうして出掛けることが叶っている。
本来なら、ベッドの中で一日を過ごす予定のはずだ。体調不良という理由が一番妥当で、急遽休みをもぎ取るには、一番手っ取り早いうたい文句だろう。
そう思っていたのに、ロイを始め、スヲンやランディまで不思議そうな顔で首をかしげている。


「体調悪かったのか?」


特にランディは、ショックを受けたような顔をした。


「気付かなかった。悪い」

「えっ、いや。なに言って……ランディ、どこいくの!?」


すぐに帰ろうと席を立とうとするランディをアヤは慌てて止める。それなのに、横のスヲンは会計を始めたし、ロイは額に手をあててきた。


「これが日本の熱中症ってやつかな。熱はなさそうだけど」

「ないよ。だって元気だもん」

「アヤ、我慢はよくない。少しはしゃぎすぎた」

「スヲン。自覚あったんだ」


これが俗に言う「じと目」というやつだろうか。
アヤは三人の行動がどうもおかしいと、それぞれ再度椅子に戻して、自分の休んだ理由を聞くことにした。


「え、休む理由?」

「休むのに理由がいるのか?」


ロイとランディに聞いたのが間違いだった。というか、そもそもなぜ三人は同じ会社に勤めているのに、ここで一緒にデートしているのだろう。
その事実に気付いたとき、今度はアヤの顔に疑問符が張り付いた。


「みんな、休んだの?」

「アヤの部署は、突然ひとり休んだくらいで困るような部署なのか?」


それなら抜本的な見直しが必要だと、スヲンが怪訝そうな顔で見てくる。


「スヲンは何って言って休んだの?」

「今日は休む。以上」

「は、ぇ!?」


ロイもランディもうんうんと頷いて、途中だった食事を再開させる。
「アヤはほんと大袈裟だよね」と、ロイはパスタを巻き付けたフォークを口に運んでくるが、アヤは唇に押しあてられたそれを「いらない」と否定する。
否定したところで、それがどうだというのか。


「休むのに、いちいち理由なんていらないんだよ」


ロイの言葉に反応して開いたアヤの口の中にパスタが突っ込まれる光景は、学習能力がないとアヤ自身も地団太を踏んでいた。


「今日は会社の気分じゃないとか、誰にだってあるでしょ?」

「んー、ほうらけど」

「理由は言いたければ言えばいい。ズルでも何でも、休みたいっていう人間が休めないようじゃダメだよね。ま、役割を認識せず、責任を放棄するようないい加減な人間ならそもそもいらないし、永遠に休めばって言ったこともあるからその辺の管理体制は心配ないよ」


それをめちゃくちゃキレイな笑顔で言ってくるところがロイらしい。永遠の休みを告げられる対象になりたくないという潜在的な不安感は、深く考えないほうが人生、楽に生きられるのかもしれない。
夢の国のはずなのに、とんだリアルだと、アヤは目の前のハイスペックたちを眺めていた。


「アヤ、こっち来て」

「どこ行くの?」

「いいから、こっち」


食事を終え、人波に逆らいながらロイたちは人気のない場所に向かっていく。
てっきり、店を出たらパレード観覧に一番いい場所を確保するのかと思っていた。でも、そうではなかった。
行動を少し不思議に思いながらも、アヤは素直に三人についていく。


「アヤ、ここに立って」


夜のパレードを見ようと人が集まる場所を離れ、スヲンと手をつなぎながら前を歩くロイとランディの背中についていたアヤは、徐々に薄紫に変わりつつある空と点灯し始めた照明たちに向けていた顔を戻す。
この時間に楽しめるアトラクションがあるのかと、アヤはスヲンに告げられるまま、そこでじっと足を止めた。


「わぁ」


お城を背景に開けた風景が、暮れる空と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出している。
スヲンの手がすっと離れたことで、違和感を覚えたアヤはそこで改めて三人の姿を見つけて息をのんだ。
本当にかっこいい。
すごく絵になると、視界の幸せを全力で噛みしめる。


「今日で、実は三か月になるんだよね」


唐突に告げてきたロイに、何の話かと思えば、付き合って今日は三か月記念らしい。色々ありすぎてすっかり忘れていたが、まだそれだけしかたっていないのかという感想が正直なところ。
濃厚な三か月。しかもついこの間、ネックレスや時計や香水をもらったせいで、余計に実感がわかないのかもしれない。


「え、ちょ、なに?」


突然、三人が跪いて周囲がざわつく。
平日の穴場の時間。恋人たちが好む場所なのは風景から納得だが、いくら人が少ないとはいえ、目立つような行動にアヤも動揺を隠せない。


「アヤ」

「は、はい」

「ボクたちと結婚してください」


代表して、ロイが差し出してきた小さな箱。
もしかしなくても、光る小さな宝石はダイヤモンドだと一目でわかる。
何が起こっているのだろう。さっきまで普通にデートしていたのが嘘みたいに、しんと静まり返った空気が心臓の鼓動だけを耳に届けてくる。
夢じゃないだろうか。
こんな夢みたいな場所で、プロポーズされる日が来るとは想像もしていなかった。


「……はい」


アヤは実感がわかないまま、ロイの差し出す小さな箱に触れて、その申し出を承諾していた。


「愛してるよ、アヤ」

「幸せにすると誓う」

「この世の誰よりも」


ロイに抱きしめられて、スヲンに手を取られて、ランディに指輪をはめてもらう。
観客は拍手をくれたが、通常は二組で成立する出来事が一人対三人という見慣れない構図に、多少の困惑をしているようだった。
それでも、外野がいったい何だというのだろう。
左手の薬指に光る指輪の重みに、アヤは自然と込み上げてくる愛しさを眺めずにはいられなかった。
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